No.1
片桐琥珀は幼少の頃からクラスメイトやその親らに気味が悪いと軽蔑されがちだった。
それは彼の目に理由がある。
生まれつきの片目だけアルビノ。つまり、目の色素が薄くて血液の色が出てしまったのだ。片目だけ視力が弱いため、眼鏡も片側は度が入っているレンズと入っていないのを掛けていた。それ以外は、隻眼で肌が少し人よりも白い事を除けば、ちょっと茶髪気味で現代の若者に多い細身中背だ。
小、中学校とイジメこそなかったものの、友達と言える者は居なかった。
高校は通信制の学校を選んだ。そうすればハナから奇異を見る目を気にしなくていいから。
高3の冬だった。
彼はついに大学への一歩を踏み出す決断をした。
両親は快く琥珀の背中を後押しし、都内の某大学へと目標を決めた。そこの大学では生物学に秀でていて、アルビノに関して研究を進めている教授がいるためだ。
都内だから、外に出れば奇異の目を向けられるのは目に見えていた。
だが、社会に出ることになってもそれは同じだ。だからこそ慣れておく必要がある。我慢する必要がある。耐性を身に付ける必要がある、人々の視線に。
そう思っていた、夜の散歩。紫外線を避けなければいけないため、昼間に散歩するよりも夜の方が賢明だったし、何よりも冬の冷たい空気が好きだった。少し積もった雪を踏むのが好きだった。
そろそろ帰ろうと足を自宅へと向けた。
時刻はすでに午後10時を過ぎていた。にもかかわらず、道中で何人か散歩をしている人にすれ違う。
そして、あと五分もすれば家に着くという地点だった。
前方からまたもや散歩している人がいた。珍しいことに、琥珀と同じくらいの女子だった。しかし、散歩と言うよりはランニングだったため、ダイエットだろうと思った。耳にはイヤホンをしているようだし、お年寄りよろしく、挨拶しても聞こえないなと思い、そのまま通り過ぎるつもりでいた。
通り過ぎるつもりだった。
ランニングしている女子の後ろから迫るワゴン車を見るまでは。
不規則に加速しては右往左往に揺れているワゴン車を見て、どういう訳か。琥珀は何年も前に見たテレビの特集を思い出した。それは交通事故の決定的瞬間、というものだった。速度超過、前方不注意、居眠り運転、信号無視……など多くの違反車が次々に交差点や一時停止の標識があるT字路で自動車をおじゃんにしていた。
琥珀にとって極めて印象に残っていたのは、最も無残に大破した飲酒運転の事故だった。その時に見た自動車と同じ動きをしているワゴン車が、今、琥珀の目の前にあった。
(あ、あの人後ろから来てるのに気付いてない……!?)
琥珀の前方からランニングしてくる女子は息を荒くして下を見て走っていたが、後ろから迫る自動車が危険だという事には気付いていないらしい。
咄嗟に、危ない! と言っても彼女はイヤホンをしている。琥珀の呼びかけが聞こえるはずもなく、彼女の走る速度は一定で、後ろから迫るワゴン車はそれ以上に速い。おまけにここは住宅街で一本道になっている。
ならば、琥珀は助けられる女子を見捨てる訳にもいかない。
今まで人との関わりを避けてきた彼が勇気を出して、人を助ける時だった。
琥珀は一本道の反対側の端を走る女子へと近づく。
(僕が近づいてそれにあの人が気が付けば、それだけでも助かる)
琥珀は急いで女子へと近づく。
結構な至近距離だが、彼女は下を見ていて、琥珀に気が付かない。
もはや手を伸ばせば触れられる距離でようやく女子は琥珀に気が付いた。
と、同時に。
不運な事に、ワゴン車が発するライトが琥珀の顔を照らした。
彼が今まで人とのかかわりを避けてきた理由、それは。
「ひぃっ!!」
女子は琥珀の隻眼、片方だけ赤い目を見て驚き、恐れ、後方に後ずさってしまった。
それによって、女子は自ら死へと踏み出したも同義。
後ろから迫るワゴン車にも、あと2m強で気づき、硬直した。
これ以上は琥珀が助ける義理は無かった。
彼女が自分の姿に対して恐れなければ容易に助けられた。
しかし、それを自ら遠ざかってしまった。
だから、これ以上は琥珀に義理は無かった。
はずだった。
琥珀はワゴン車が迫る女子を押し飛ばし、慣性の法則で女子が居た場所にそっくりのまま琥珀が入り込んだ。
(……………なにしてんだろ、僕)
助ける必要があったか? と問われれば、誰もが仕方ないと言うほかない。
だが、琥珀はこう思ってしまった。
今まで人に気味が悪がれ、奇異の目を向けられてきた自分には生きる価値なんてあるのだろうか、と。
それは心の隅の隅に置いといた疑問であった。
しかし、この瞬間になってそれが表面上に出てきてしまった。
そして、それが行動になってしまった。
道路に敷かれた雪のカーペットに、片桐琥珀の目と同じ色の液体が飛び散った。
お初です!
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