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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

橙薔薇、橙悸。

作者: 久遠瑠璃子

静かに、目を覚ます。

一瞬、ここが何処だったか理解出来なかったが。

意識が覚醒してくると同時に、ここが何処なのか思い出せた。

今日は、暖かく陽気の良いだった。

大好きなオレンジの薔薇の咲いているエリアで転た寝をしてしまい――

そのまま、眠ってしまったようだ。

「いっけね! 思わず寝ちゃったよオレ!」

慌てて飛び起き、オレンジ色の髪を軽く撫でる。

煉瓦(レンガ)道で眠ってしまったので、汚れていないだろうか。

そう心配したが、ちゃんと掃除されているようで身体が汚れる事はなかった。

オレンジの髪に、茶色い瞳。

彼の名は、橙悸(だいき)

彼もまた、この薔薇園から招待状が贈られた招待客だ。

そして、橙悸は温室から空を見上げて更に慌てた。

もう、すっかり空は夕暮れに染まっている。

「やっべ! 部活に遅れるっ!!」

橙悸はすぐに立ち上がり、薔薇園内を駆け抜ける。

ここには、少し昼寝に来たつもりなのだが。

どうやら、寝過ぎてしまったようだ。

(オレンジ)薔薇エリアを抜けようとした時。

薔薇を摘み取っていたらしい、虹とすれ違った。

「おや、橙悸君。良かった、今さっき新しくオリジナルブレンドを作ってみたんだけど飲んで――」

「悪い! オレ部活あるから!」

それだけを言い残し、颯爽(さっそう)と温室から出て行く。

こんな、何処にでも居るような少年。

至って普通極まりないような、少年。

しかし、それは()わば表の顔。

橙悸には、裏の顔が存在する。




橙悸は、至って普通な少年。

本当に、今までの人生に何の問題もない。

問題があるとすれば――

ある出来事が、キッカケであろう。

ある日の事。

いつものように、家族みんなでの夕食を囲んだ。

何気なく、いつものように食事をしたのだが。

ある、異変に気付いた。

「――――?」

味が、しない。

不思議に思って、橙悸は首を傾げる。

どれも、橙悸の大好物ばかりが並んでいる。

それなのに。

味覚を感じられない。

それが、全ての始まりだった。

橙悸は、意外と味に(うるさ)い。

そんな橙悸がある日突然、味覚障害に陥った。

原因は、わからない。

しかし、橙悸は病院へ行く事は愚か。

両親に相談をしなかった。




――何を食べても、〝味〟を感じない――




〝味〟を感じない、橙悸にとっては食事をしている感覚がなかった。

その為、食事の愉しみを失ってしまった。

更には、食事を自ら禁じるようにもなった。

何も食べず、水だけの生活。

その水すらも味がしない。

水道水独特の味すらも、感じられない。

橙悸は、部屋に閉じ(こも)るようになった。

誰も、橙悸の抱えている事に気付きもせずに。

そんな、ある日の事だった。

「橙悸くん、大丈夫か? 最近、外に出てないみたいだけど。どっか悪いのか?」

そう、橙悸に声を掛けて来た人物が居た。

それは、お隣のお兄さんだった。

幼い頃から良くしてもらった、お兄さん。

橙悸の事を、実の弟のように思ってくれているお兄さん。

橙悸もまた、実の兄のように慕っているお兄さんだ。

しかし、橙悸はそのお兄さんにも味覚障害になった事は言わなかった。

なんでもないとずっと言い続けたのだが。

お兄さんは、ずっと橙悸の事を気に掛けて何度も声を掛けてくれた。

そんなお兄さんに、いつしか橙悸は心を開くようになっていった。

味覚障害については、決して話さずに。

橙悸を、必死に元気づけてくれるお兄さん。

今でも橙悸の記憶に残っている。

お兄さんが、橙悸に教えてくれた花言葉を。

「オレンジの薔薇の花言葉はね、無邪気で、爽やかで、信頼。そして――」

元気を出して。

お兄さんは、笑ってそう言ってくれた。

お兄さんの気遣いが、とても嬉しかった。

しかし、それは他の招待客とは違う。

決して、お兄さんに対して橙悸は恋愛感情などは抱いていなかった。

抱いていたとすれば――

信頼だ。

しかし、そんな二人の関係も変わる日が訪れた。

それは、唐突に。

その日も、お兄さんは花言葉辞典を開いて橙悸に色んな花の花言葉を教えてくれていた。

お兄さんの職場は花屋で、日々多くの花言葉を覚えようとしているのだとか。

その時に他の薔薇の花言葉も聞いたのだが、橙悸はすぐに忘れてしまった。

愉しい、愉しい時間。

何をしているよりも、有意義な時間。

その時だった。

「痛っ……」

「どうした、お兄ちゃん!」

「いや、ちょっと本で指を切っちゃって――」

お兄さんの指を見てみれば、血が滴っている。

そこで、応急処置のために橙悸はお兄さんの指を口に含んだ。

そして、知ってしまったのだ。




――口の中に広がる、甘くもあり、鉄のようでもある不思議な〝味〟を――




橙悸は気付いた。

何を食べても、味覚は感じなかった。

しかし、〝血〟にだけは〝味〟を感じたのだ。

それに気付いた日、橙悸は自分の身体をナイフで切り付けて自分の血を味わった。

確認の為にも。

確かに、血にしか〝味〟を感じなかった。

更には、ある事にも気付いてしまったのだ。

口の中に血の味が残ったまま、食べ物を口にした。

すると、食事を美味しく感じられたのだ。




――血があれば、オレは食事が出来る――




それに気付いた日、橙悸は久々に家族と共に夕食を食べた。

その時の料理は、鳥の手羽元の唐揚げだった。

橙悸ただ一人だけ、血の滴る鶏肉に喰らい付いていた。

そして、気付いた。

どんな生き物の血が滴るものを試して喰べてみたが。

やはり、〝人間の血〟にしか味覚を感じなかったのだ。

それに気付いてしまった日から、橙悸は思うようになった。




――お兄さんの血、欲しいな……――




自分でも、一瞬思った。

吸血鬼じゃないかと。

日々、橙悸は欲求するようになった。

お兄さんの血が欲しいと。

激しく、求めるようになった。

しかし、こんな吸血鬼のようになってしまった自分をお兄さんは受け入れてくれるだろうか。

きっと、恐れられるだけだ。

そう思いながらも、橙悸はお兄さんと一緒に居た。

自分は危険だと思いながらも。

異常な自分が、いつ顔を出すかと恐れながらも。

「あ、橙悸くんこの本知ってる?」

「なんだ? その本」

「今人気のベストセラー小説。吸血鬼の話なんだって」

一瞬、心臓が跳ねた。

やけに、吸血鬼と言う言葉に敏感になっているようだ。

「そ、そうなんだ……」

「でも、この話ってホラーなんだよ。吸血鬼なのに、最終的には人間を喰べるって話」

「たべ……る…?」

「そう、ほら近年あるじゃないか。共喰いする人間って。あれをモチーフにしてるんだって」

「……共喰い……」

心臓が、やけに煩い。

ドクドクと、全身が心臓になったように。

自分の中にある〝異常〟な部分が、顔を出そうとしている。

怖い。

自分は今、何を考えている?




――血が、欲しい――




――喰べる。肉を――




――お兄さんを、喰べる――




そんな事を考えている自分に、恐怖を感じた。

今すぐ、お兄さんから離れなくては。

そう思いはするのだが――

それよりも血を求める思いの方が、強い。

逃げなくては。

それをやってはいけない。

過ちを犯してはいけない。

そう、わかっているのに――

橙悸の手には、自らを切り付ける為に常備しているナイフが。

それを見て、目の前に居るお兄さんが恐怖に震えているのが視界に映る。

目の前に居るお兄さんよりも、自分の方が自分自身に怯えている。




――お兄さんの瞳に、嬉しそうに。恍惚としてナイフを握る自分の姿が映る――




そして、気が付いた時には。

辺りは赤一色。

更には家族の哀れな姿。

無残に、喰い荒らされた大切な人達。

そう、全て橙悸が喰らい尽くした。

全身、血塗れにして。

鏡に映った自分の姿を見て、我に返った橙悸は悲鳴を上げた。

あまりの恐怖に、全身が震える。

自分が、こんな事をした。

それが、信じられない。

その後、警察が橙悸の家にやって来た。

警察達は橙悸の姿を見て、呆気に取られていた。

不思議な事に、誰もが思わなかったのだ。




――その場に居た少年が、この悲劇を生み出したのだとは――




現場で恐怖に怯え、震え続けている少年。

ショックのあまりに、喋る事もままならない。

その状況下で、警察達は推測で事件を解決した。

何者かによって、少年の家族は殺された。

少年の目の前で。

それか、少年に家族を殺すように仕向けた。

少年を脅して。

少年の口元に付いている血などに関しては――

犯人に、無理矢理死体を喰べさせられたと。

実際に、橙悸は警察からそう聞かれどうすればいいのかわからずにとりあえず頷いた。

その為事件は全て偽りのまま幕を閉じた。

橙悸はその後、施設に送られたのだが。

そこで、食事をする事が出来なかった。

どうしても、あの事件の事を思い出してしまうからだ。

そんな時だった。

橙悸の元に、ある一通の手紙が届いた。

施設の者から渡されたわけではない。

いつの間にか、自分の服のポケットの中に入っていた。

その手紙にはこう書かれていた。

〝あなたをお茶会へご招待しましょう。あなたのその飢えを満たす場所を、与えましょう〟

そう、書かれていた。

橙悸は外へ出る許可をもらって添えられていた地図の場所へと来てみた。

そして、この薔薇園へと来たのだ。

そこにあったのは、血の入った紅茶に血が染み込んでいるクッキー。

更には、血の入った小瓶までもが誰も居ないテーブルの上と。

自分の色である〝オレンジ〟の椅子に置かれていた。

その日から、橙悸は以前のように明るく元気に生活が出来るようになった。

明るくなったおかげで、引き取り手も見つかり施設から出る事にもなった。

今は、学校も通わせてもらって部活もやっている。

しかし、橙悸の秘密は誰も知らない。

橙悸を招待した人物と、橙悸自身の他には。

橙悸が、自分の中に狂った獣を飼っていると言う事を――






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