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3話

 そこには懐かしい顔、従者として父に付き従っていたカインお兄ちゃんの顔があった。カインお兄ちゃんもあたしの顔を覚えていたのか、すぐに馬から下り、あたしに近寄り、そしてあたしの手を取る。

「シャーリーン様……よくぞご無事で……」

 両目に涙を浮かべ、カインお兄ちゃんはあたしの手をぎゅっと握る。あたしはまだ目の前の状況が理解できないでいた。でも、なぜかあたしの眼からはとめどなく涙が零れ落ち、強く握っていた短剣も手から離れ、だらりとだらしなく垂れ下がったままだった。

「シャーリーン様、とりあえずここを離れましょう。もう、これ以上辛い思いはさせません」

 カインお兄ちゃんは立ち上がると部下に一言命令し、撤退の準備を始めた。

 あたしはカインお兄ちゃんの馬に乗せられ、馬に揺られながらようやく気持ちが落ち着き、涙が止まった。帰りの道すがらカインお兄ちゃんがいろいろと話してくれた。

 あたしたちの村が襲われた次の日にはお父さんたちは戻ってきてくれていたみたいだったが、もうそこは殆ど誰もらず、周りも捜索したが行く先も解らずに捜索は断念されたようだ。しばらくは村にとどまったが、すぐに国から帰国命令が出され、父たちはイーリスに帰国してそのままになってしまっていたようだ。

 あたしはあの優しかった父に会えるのかと楽しみに下が、カインの話では何年か前に戦死したようだ。あたしはその事実を受け止める事は出来なかった。

 そしてカインお兄ちゃんはあたしのお爺ちゃんにあたる人に今から会わせてくれると言っていた。父や母以外のあたしの血のつながった人物……今や、唯一の肉親となってしまったであろうその人にあたしは早く会いたかった。

 馬に揺られ、あたしは知らぬ間に寝てしまっており、気が付いた時にはものすごく立派な部屋の中でフカフカで、良い匂いのするベットの中で寝かされていた。そしてあたしは眼が覚めると、瞬時に跳ね起き、武器を探して、辺りをきょろきょろと探すが武器は見つからなかった。

 そうしているうちに、部屋の中に誰かが入ってくる。身構えたが、カインお兄ちゃんであることが解るとすぐに警戒をといた。そして、カインお兄ちゃんの後に何人かのメイドが入ってくる。そしてメイドに一声かけてカインの兄ちゃんは部屋を出て行くと、メイド達はあたしを風呂へ連れて行き、あたしの服を全部剥ぎ取ると、あたしの身体を隅から隅まで綺麗にし、総てが終わった後、今まで着た事もない様な絹の服を着せられた。髪の毛は綺麗に結いなおされ、うっすらと化粧も施された。そして、今まで盗賊だったあたしはどこかのお姫様のようにされてしまい、またカインお兄ちゃんに引き合わされた。

「それでは参りましょう。あなたのお爺様がお待ちです」

 カインお兄ちゃんはそう言うと、あたしの前を歩きだす。それに付き従うようにあたしも歩くが、着慣れない長いスカートのドレスを何度も踏みつけ、その度にこけそうになりながらあたしは何とか、お爺ちゃんのいる部屋につく。

 お爺ちゃんのいる部屋は大きな装飾のされたドアで閉ざされていて、そのドアがゆっくりと開き、中の大きな装飾のされた椅子に、白髪の老人が一人私の方を見ていた。玉座のような椅子に腰かけた老人は私の事を詰まらない物でも見るかのような感情の無い瞳で見ている。

「陛下、シャーリーン様をお連れ致しました」

 カインお兄ちゃんはその老人を陛下と呼び片膝を着き頭を垂れる。

「それが、シャーリーンか? ふむ……ブルースに似ていなくもないが……真にブルースの娘なのだなカイン?」

「はい。間違いなくブルース殿下の忘れ形見、シャーリーン様でございます」

 変わらず無表情な眼であたしの事を見ながら、少し考えるように俯く。そして、少しの時間をおいて、老人は話し出す。

「まあ、よい。仮にブルースの子であろうと、今更この娘には王位継承権などあろうはずもない。王宮の一室に部屋を与えるが、必要以上に誰にも会わせる事無く軟禁状態にしておくように」

「陛下!? それは……」

「カイン。これ以上は口出し無用!」

 老人にそう言われたカインお兄ちゃんは仕方なく黙る。

「もう、用は無い。二人とも下がれ」

 カインお兄ちゃんとあたしは部屋を出るが、カインお兄ちゃんは途中で老人に呼ばれると、そのまま老人と奥の部屋に入って行く。そして、あたしは自分の部屋に案内され、そのままその部屋の中で軟禁状態にされる。あたしの肉親であろうお爺ちゃんはあたしの事をまるで物でも見るかのような眼にあたしは悲しくなったが、それでも王宮内に部屋を与えてくれた。それよりも、あたしの頭の中は混乱の方が強かった。母は、父の事をあまり詳しくは教えてはくれなかったが、まさかイーリスの王族だなんて思いもしなかった。もちろん、あたしに王位継承権が有ろうと、あたしには王になって国を治めるなんてことは無理だろうし、なるつもりもない。こんなに汚れてしまった手では、王たる資格もないだろう。あの老人……お爺ちゃんは何をそんなに恐れていたのだろう? それにあたし以外にも誰か王にふさわしい人物がいるだろう。とにかく、あたしはこれからこの王宮の中での生活を手に入れた。今までに比べれば、天国のような暮らしになるだろう。何かに怯える事もなく、自分の命を繋ぐために誰かを殺す事ももうしなくても良い。それだけであたしは人間らしく暮らすことが出来る。そんな事を考えていると、カインの兄ちゃんがあたしの部屋に誰かを連れて入ってくる。

「シャーリーン様……申し訳ありません」

 一言謝るカインお兄ちゃん。気にしないでお兄ちゃん。あたしはそう声を掛ける。それからまたしばらくあたしはカインお兄ちゃんとこの国の事をいろいろ聞いた。そして、あたしにはお爺ちゃん以外にも、妹がいる事が解った。四つ年下の妹がいる。私はその事がうれしかった。あたしにも姉妹がいる。その事が本当に嬉しかったが、妹には会う事は出来ない、カインお兄ちゃんはそう言っていた。恐らく、お爺ちゃんがそう言ったのだろう。でも、一度でいいから、妹に会ってみたい、同じ王宮内にいるのだから、いつか偶然にでも会えるかもしれない。でも、お爺ちゃんはあたしが妹に会った事を知ったら、あたしは王宮から追い出されるかもしれない……

 一人で生きて行けない訳じゃない。でも、ここにはカインお兄ちゃんがいる、それに妹も。諦めていたものが目の前にまた現れたら、もうそれを逃がす事は絶対にしたくない。もし、それがまた私の前から消え去ろうとしたら、あたしはあたしの持てる力をすべて使ってでもそれを護る。そう、あの時とは違って、今のあたしにはその力がある。だから、この力をこれからさらに鍛えよう。

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