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#5月と太陽(前編)1

「悪いね観月ちゃん、休日に呼び出して」


「いえ、ちょうど退屈してたところだったので」


夕方頃、観月の携帯に久から着信があった。何でも急に『ロマン』で働きたいという子がやって来たらしい。観月も何故自分に相談するのか疑問に思ったが、ここは雀荘……ある程度予想は付いた。


「俺も不思議でさ、何でうちで働きたいのか。聞くと麻雀は得意みたいなんだけど、人付き合いが苦手なんだって。それで雀荘なら自分に合うと思ったらしい」


そこまで話し、久は観月を連れ事務所に入る。観月の目に飛び込んだのはこれまた麻雀とは不釣り合いな三つ編みに眼鏡という女性、歳は観月より少し上くらいだろうか。二人に気付くと、彼女は深くお辞儀をして自らの名前を名乗った。


「あの、私、陽満(よみ)っていいます。その、一応大学生です。よろしくお願いします」


「お待たせ、陽満ちゃん。この子は観月ちゃん、うちで給仕をやってもらってる高校生ね。もし君にうちで働いてもらう場合、観月ちゃんの休みの日になると思うからあまり顔は合わさないかもしれないけど」


(ということは……この人も給仕なのかな?だったら私、来る意味なかったんじゃあ……)


てっきり空き卓が出た場合の戦力だと……別に観月が気にする事ではないのだが。観月の微妙な表情に気付いたのか、にこりと笑みを浮かべながら久は続きを話す。


「とはいえ、ここは雀荘だしね。当然麻雀が出来るなら空き卓に入ってもらうよ。そこで……」


「よお、二代目。俺に用って何だ?」


(相原さん?……つまり)


そう、観月が呼ばれた理由は予想通りであった。




「よろしくね、観月ちゃん」


対面に座る陽満にそう微笑みかけられ、観月はぺこりと頭を下げる。


(随分、余裕だなあ)


観月の陽満に対する第一印象は見た目通り気弱なイメージで、このような状況では気負ってがちがちに緊張すると思っていた。ところがそんな感じはなく、どちらかと言えばリラックスしているように見える。


「では、陽満ちゃんの採用試験を始めようか」


「おっちゃんとしちゃあ、若い女の子が入ってくれるのは大歓迎だがなあ……麻雀に関しちゃあ手は抜けねえ」


久に相原と『ロマン』の二強が同卓に入るのを見た他の客達は自然に集まり始めた。というのも久、観月が卓に着いた時点で給仕をやる人間がいなくなる、よって今は使用料も、セルフにはなるが飲み物も無料だ。

なので皆、勝手に打つよりこちらの方が面白いと踏んだ。


(何か、私の方が緊張してきた……)


陽満の方を伺うと、彼女も俯き加減だ。もしかしたら男ばかりの雀荘で観月にだけ親近感を抱いたのかもしれない。それなら何故、雀荘勤めを希望したのかという話であるが……麻雀に関してはかなりの自身があるのだろう。


「採用条件は二つ、東風1回を終えた時点で2着以内であること、そして27000点以上あること。ラスは子の和了以外は続行ね」


「わかりました」


(なるほど……)


この条件を聞き、観月は久らしいと思った。久は元来、連勝する打ち手をあまり評価しない。最も相原クラスになれば話は別であるが。それ以上に、守るべき所を守り、チャンスを確実に活かすべきと考えている。


振り込まず、固く点を伸ばす。


これさえ出来れば試験はパスしたも同然なのだが……難しいメンツだ。

相原は満貫以上をガンガン和了る為、27000でも残すのは至難の技だ。つまり、トップを取るくらいの勢いが求められる。


(それじゃあ、私は……)


自分をメンツに加えた意図を、観月は考える。変な話、2着、27000なら観月が陽満に差し込めばクリアさせられるのではないか?それ以前に観月は麻雀初心者、絶好のカモである。


(……わかった)


観月はそこで気付く。つまりは、観月はカモであり、惑星なのだ。初心者は手が読みにくく、守ったつもりでも振り込んでしまうことがよくある。恐らく、久の狙いはそこだ。

陽満の立場では、これ程やりにくいメンツそうはない。


(陽満さん、大丈夫なのかな?)




「東一局、陽満ちゃんの親だね」


親の陽満の下家に相原、上家に久、そして対面に観月となった。牌を集める陽満を久は見つめる。


(この27000点、彼女は守りにくるか、伸ばしに来るか……)


東風1回、連荘しなければ陽満の親番はもうない。となると出来るだけ点数を増やす場面だが……下家の相原が厄介だ。勿論陽満は相原の実力も手筋も知らない、となると高打点に繋がる牌は出来るだけ切るべきではない。


(ドラは……南か、いきなり相原さんに高目の予感だ)


「じ、じゃあ……切りますね」




陽満、白打。




(おいおいいきなりか、相原さんに関わらず下家の南がドラだぞ……警戒しすぎるのも良くないがあまりにも不用意だ。どんな手牌か知らないけど)


ションパイ白を安全と見るには三枚必要、でなければ相手に役を与えてしまう可能性がある。しかし……普通親場で、しかも確実に勝たなければならない場面なら持っていればキープが無難、一枚相手の捨て牌を見てからでも遅くはない。


「ほう、おっちゃんに白を切るなんざあ、勇気あるねお嬢ちゃん」


相原は鳴かずに、ツモ。五打。

そして……観月が一枚引いた。


(観月ちゃん、この前は天和一発で終わらせたからな。打ち筋は未知数……さて、何を切るか)



「うーん……」


人差し指を唇に当て、暫く手牌と睨めっこをする観月。数秒後、その手が牌を掴む。




三打。




そして、1000点棒。


「リーチします」


その流れに相原と久は目を疑う。彼らを驚かせたのは観月のダブリーより、配牌をしなかったことだ。


(おいおい観月ちゃん、本当に初心者かよ……)


(これは陽満ちゃん、よっぽど頑張らないとな……)


久は採用試験に観月を選んだことを少し後悔する。これなら佐伯辺りにしておくべきだったと思いながら、手牌にツモ牌を乗せる。




      南

撥撥三三四四⑴⑶⑻⑼②③⑨




(ドラヅモね……マネージャーとして、観月ちゃんに振り込むわけにはいかないな)


現物、三打。


「私の番ですね、ええと……」


その手は真っ直ぐ伸び、再び白を切った。まさかの連打に久は驚かされる。


(へえ……ツモ牌じゃないし、初めから白連打って決めてたのか。残さずに盾に使うとか、俺好みだ)


陽満の勝ち急がない点に、久は好感を覚える。親場で安手を上がり、たまたま27000残したという結果では試験の意味がないので、これは彼女なりのアピールなのかもしれない。


(採用条件で俺の注文を読み取ってその筋通りに打つ、か。面白い)




「三打かあ……観月ちゃん、これかい?」


相原も再び五打、場には『白』『三』『五』の三種類の捨て牌しか牌が出ていない。陽満の白連打に続き相原の五連打、早くも異様なムードに包まれる。


(いきなり窮屈だな……)


「これじゃないですね」


観月、白打。流石に一発は逃した。




      南

南撥撥三四四⑴⑶⑻⑼②③⑨


(またドラかよ……観月ちゃんに当たったら満貫確定だな。現物は『三』『白』、安牌は『五』のみで後はションパイか。なら……)


ここは観月に対して二度目の現物、三打。


「おいおい、二代目もそれかよお。勝負してくれや」


相原がそうぼやく。まあこれだけ窮屈な麻雀では無理もない。さらに次の陽満の捨て牌はまたしても白、ツモ切りではないので狙っての三連打暗刻落としの様だ。


「ぐへえ、勘弁してくれや……」


相原は三枚目の五を切り、難を逃れる。そして観月のツモ牌は……




三。

勿論待ち牌ではない。


「また引いちゃいました」


観月、三打。




その瞬間、陽満は手牌を倒した。


「それ……ロン、です」


(!?)

(あの場面で三待ちだとお!?)


(……


振り込んじゃった)


陽満の和了り牌は


東東東四五七八九①②③⑥⑥ 三。


「えと、2900、です……」


この結果に客達もざわつく。それもそのはず、観月のダブリーから始まり、河には『白』『三』『五』しか出ず終了するのだから。観月が点棒を支払い終えた後、久が口を開いた。


「いい麻雀だったよ、陽満ちゃん。期待以上だ」


「いえ、そんな……」


そう褒められ、陽満は顔を赤らめ俯いた。


「二代目の言うとおりだぜ、大したもんだ。妙な流れを利用して当たりをもぎ取ったんだからなあ」


久に続き、相原も太鼓判を押す。実際陽満は自らの白切り以外、観月に対する安牌しか出ない場で残り少ないそれを待ちに選び、最後の一枚をきっちり和了った。強引且つ鉄壁な打ちで文句の付けようもない。


が、当の本人はあまり満足気ではないようだ。




「ぐ、偶然ですよ。それに内心、怯えてました……観月ちゃんが、白単騎だったらって」


謙遜に見えなくもないが、そこまで気にしなくてもと久は思う。どちらにしても、こうして採用試験を受けるに充分足る存在であることは証明され、久は満足感を得た。

久同様上機嫌な相原は、初の振り込みに動揺したのか右手をグーパーしている観月に尋ねた。


「でえ、観月ちゃんは何を待ってたんだ?」


「へ?」


考え事をしていたのか、観月は少し遅れて返事をした。




「あ、はい。




南です」


その言葉に、久は気を引き締め直す。

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