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#4プロローグ4

「観月ちゃんの大勝利に!かんぱーいっ!」


閉店後の『ロマン』はお祭り騒ぎだった。閉店作業に勤しむ観月と久を他所に、佐伯、さらには命拾いした相原も合流し酒盛りを始める。


「それにしてもおっちゃん、あんな連中にやられるとか腕が鈍ったんじゃね?」


「面目ねえが100000負けたおめえには言われたくねえぜ」


ビール片手に負けた者同士が互いを貶し合う姿を、久は呆れた様子で眺める。煙草といい、この佐伯という男は何処まで羽目を外せば気が済むのだろうか……そしてそんな高校生を叱りもせず対等に接する相原という男……。


(駄目な連中だ……)


頭の中で呟くが、それらは全て自分に返ってくる。ならば考える意味などない。


「俺も飲も。観月ちゃんもいる?」


「いりません。それにもう遅いので私は失礼します」


観月の言葉に佐伯と相原は大声を上げた。


「そりゃねえぜ、観月ちゃん。おっちゃん、まだちゃんと礼も言えてねえじゃねえの」


「そうだぜ!明日は学校休みだろ?オールだ、オール!」


「お礼なんていりませんよ。どうせまぐれですし」




そう。




たまたま、観月の配牌が天和だっただけのこと。それだけだった。

たったそれだけで、明暗はくっきりと別れる。もしあそこで和了れていなかったら、自分はどんな目に遭っていただろう?


「それに、これでも結構……


怖かったんですよ?だから今日は早く、安心したいんです」


「安心、ねえ……観月ちゃん一人暮らしだろ?逆に心細くなるんじゃねえの?」


「「……」」


一人首を捻る相原と、面白くなさそうに言葉を失う久と佐伯。そして、自分たちはやはり観月にとっての外側の存在なのだと思い知る。

それでもその先の解釈は至って対象的で……久は立場の違いを痛感し、佐伯はさらに観月を意識する。


「そっか、そうだよな。お疲れ観月ちゃん。気を付けて帰りな」


「はい。マネージャー」




東東東




観月の去った『ロマン』では、また三人の男たちが馬鹿騒ぎを始め、話の内容はみるみる低俗化して行く。


「何でえ、観月ちゃん、男いやがんのかい?かああ、隅に置けんねえ」


「違う違う、おっちゃん。あれだろ、やたら世話焼きたがる幼馴染。ぜってーまだやってねーな」


「観月ちゃんは難しい子だからな。それに、そんな子があれだけ懐くんだ……絶対何処かおかしい」




南南南




(駄目……)


帰路、観月は一人内なる恐怖と対峙していた。そしてそれは先程語った恐怖とは、別のものである。

もし観月が今感じている不安が、あの時負けてしまった場合、三人の男から受ける性的暴力に対する恐れであったなら、どれだけ良かったであろう。


観月の感じる恐怖は……麻雀で、勝ってしまったことに対するものだ。


(駄目、あんなこと……もうないの。だから、忘れて)


胸元を握りしめ、必死に自らを宥める。それでもその衝動を抑えきれない。何度も何度も、自分に語り掛ける。


『勝ちたい』


あえて目を背け、心の奥底に封じ込めてきた感情。


『私から幸せな家庭を、父を奪った麻雀に勝ちたい』


「嫌っ!」


ふつふつと湧き上がる負の感情を振り払うように開け放ったアパートの扉の先、面食らった表情をした崇が観月を見つめている。


「おか、えり。どうした?」


「崇……?」


観月がわからないでいると、抱えていた土鍋をカセットコンロに置き、崇は罰悪そうに話し始めた。


「あ、あれだよ。今日部活帰り軽く食って帰ってさ、そしたら晩飯時腹減ってなくて、親が材料余ったから、観月のところに持っていけって。で、ついさっき……」


必死に弁明する崇の傍に無造作に散らばる近所のスーパーのレジ袋とレシートを見て、観月はくすりと笑う。


「ありがと。私、お腹空いた」


「おう!」


その瞬間、観月は内なる黒い感情を忘れていられた。




西西西




遅い夕食を終えた頃、時計の針は午前3時を指していた。帰り支度をしていた崇を観月は引き止める。


「こんな時間だし、朝になるまでいたら?」


崇としてもそれは有難い申し出であった。しかし……素直に受け入れるには、お互い難しい年頃である。


「そ、そりゃそうだけどさ……眠いだろ?お前」


「うん。もう寝る」


あっさりと答える観月に、崇は軽くため息を付く。何なんだこいつはと。


「まあ、確かに俺はここの鍵持ってるし、いつも勝手に出入りしてるからさ……こんなこと言えた義理じゃないと思うけど……警戒しないのか?」


「警戒……?」


崇の言葉に、観月は少し考える。崇は自分が眠っている観月に何かよからぬことをするか心配じゃないのか……つまりはそう聞いている。




「警戒、してないよ」


「えっ……」


「だって、崇にそんな度胸ないし」


「お前なあ!」


実際、そうなのだ。雀荘勤務を注意し、佐伯には近付くなというくらい、崇は観月のことを気にかけている。そんな彼が自らそれを破るようなことをするとは考えにくい。

それに崇なら今で無くとも観月の寝込みを襲うチャンスはいくらでもあった。それでも毎回、朝食の支度をし、起こす時間まで観月に指一本触れない崇には、確かにそんな勇気はないだろう。


「それとも、崇は私としたい?」


「!?」


その表情はいつもの子供っぽい幼馴染のものとは思えないくらい、艶めいて色っぽい。


(何だよ、観月……お前、こんな顔、出来んのかよ……)


それは何処か、いつも自分の側にいた幼馴染が遠くへ行ってしまったようで……崇は全力で、それを追い越したくなった。


目を瞑り、


頬を二三発叩いて、


準備万端。




「観月、しよ……」

「おやすみ」


唖然とする崇の目の前には、先程とは程遠い、いつもの子供っぽい幼馴染が布団に包まる姿があった。




北北北白




「観月!いい加減に起きろ!」


結局崇は観月の部屋に泊まった。とはいえ布団が一つしかなく、崇は毛布を被って眠った。崇が目を覚ましたのは9時頃、それからは観月の部屋を掃除したりして時間を潰していたが、流石に退屈になったのか、布団に潜る観月の体を揺さぶった。


「むにむに……」


「じゃねえよ!折角の休み、一日中寝てる気かよ!?」


必死に揺り動かすも、全く無反応な観月。しかし、崇としても休日まで観月の行動に干渉は出来ないので実際は諦めるしかない、


のだが。

昨夜のやり取りといい、このまま観月になめられっぱなしは崇としても悔し過ぎる。


(くっ、こうなったら……)


相変わらず、すやすやと寝息を立てる幼馴染の耳元でこう囁く。


「おーい観月、お前、昨日帰ってから風呂入ってねーだろ?汗臭くなっても知らんぞお」


「!?」


その一言に、流石の観月もむくりと起き上がる。


(お?効いたか?)


にんまりする崇を、観月は寝ぼけ眼のまま見つめる。


「……私、汗臭い?」


「え、ええと……」


崇自身、別にそう思って言ったわけではなかったので、返答に困ってしまう。その感にも観月は自分の腋の下をすんすんと嗅いでいる。


(おいおい、やめろって……俺が悪かったからさ)


すぐに止めに入ろうとしたものの、観月がボタンを外したり袖を捲ったりし始め……崇としても劣情を振り切れない。時折ちらりと覗く胸元や腋の下に目が行きそれどころではなかった。


「……ホントだ、私、臭いね。しかもここ剃り残してるし……」


「おい!ま、ま、ま、待てよっ!」


立ち上がった観月は、そのままボタンを全て外し、下着も脱ぎ出す勢いだ。寝起きだからか崇がいることなどお構いなし……このまま全裸になりかねない。いくら崇でもそこまで見てしまっては今後の観月との関係に響くのは必死、慌てて目を瞑り、叫んだ。


「帰る!帰るから、ちょっとたんまあ!」


そして荷物をまとめ、早々にその場から退散した。途中二度転び、最後には階段を踏み外す始末……。


(何故俺がこんな目に……)


自らの失言が原因とはいえ、あまりにも無慈悲な境遇に、崇は厄日を噛みしめる。




「……女の子を辱めた罰よ」


少し顔を赤らめた観月はそう呟き、そのまま風呂場へと向かうのであった。




白!

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