#3プロローグ3
その日、雀荘『ロマン』では異変が起こっていた。
「ロンっ!跳満だぜ、おっちゃん」
「くっ……」
常連客の中では最強の相原が、大学生風の三人組にコテンパンにされていた。
(足り……ない)
膝上で握り拳を震わせる相原、珈琲を届けに来た観月は心配そうに見つめる。常連相手ならツケも効くだろうが、相手が飛び入りならそうはいかない。
父親を麻雀で亡くした観月は、相原がどんな目に会わされるか容易に想像出来る。彼らは果たしてどう出てくるか……観月は行く末を見守った。
「観月ちゃん、駄目だろ?ボーッとしちゃあ。2番テーブル注文取ってきて」
マネージャー、久に肩を叩かれ、観月は我に返る。それでも相原のことが気になる観月は久を伺う。
(なあに、相原さんのことは任せなさい)
久はその視線で、観月に語り掛けた。
(マネージャー……)
観月は久にぺこりとお辞儀し、2番テーブルへと向かった。その後ろ姿を見送った久は三人組に対峙した。
「お客さん、彼のマイナス分はうちで持ちますよ。今日は貴方方の完勝……ここまででしょう」
久は懐から不足分を支払った。彼らはそれを受け取り、歪んだ表情で久を見上げた。
「へへ、そいつは有難いね。でも俺ら、今日はツイてるんだ……もうチョイ粘らせてもらうよ」
そして、乱暴にもたれ掛かる。相原がそそくさと立ち去ると、その一人が小声で「命拾いしたなおっさん」……そう呟いた。
(粘るか……まあ、当然だろう)
麻雀に置いて、ツキは決定的なアドバンテージとなる。それを見す見す見逃すはずはない。とはいえ、常連客でも最強の相原を断トツラスへ叩き落とした三人組だ、卓に入る者などいるわけがない。
(連中に居座られちゃあ……みんな帰っちゃうよなあ……)
そうなれば今日の売り上げが減るのは確実、最悪客離れに繋がり兼ねない。マネージャーである久に取って、それは何としても阻止しなければならない。
(仕方ない。ここは俺が……)
「ちぃーす!観月ちゃん。空きある?」
久が踏み出す直前、佐伯がやって来た。観月は佐伯に駆け寄ると、そっと耳打ちする。
(佐伯くん、今日は……)
しかし佐伯は最後まで聞かず、相原を追い出した三人組の卓に着いた。
「はいはい、愛の告白なら後だ。俺は今麻雀が打ちたい」
ふんぞり変える佐伯に、観月と久は溜息を付く。しかし……相原と違い、佐伯の打ち筋は破天荒そのもの、読みは甘いが読みにくい。『ロマン』の繁栄を願う二人はもう彼を止めなかった。
「君、威勢がいいね。でも俺ら相手にお小遣い足りるかな?」
「あんたら大学生?それじゃあ、先輩って呼ばせて貰うわ。でもな……
一発やった後の俺は強えーぜ?」
『東1局』
佐伯の手牌は
二三②②②③③③⑶⑷白南南
という信じられないツキ。そしてツモ牌が四、白打でイーシャンという……これが勢いなのかと、久は苦笑いした。
しかし、佐伯がこのままぶっ千切れば『ロマン』は安泰……。
「ほい、リャンピン」
(馬鹿か!?刻子崩してリャンピン切りか!?)
佐伯の後ろに陣取った久は言葉を失う。その後佐伯の下家は東打、対面はポン。さらに上家の北打も鳴いた。流石のコンビ打ち、凄まじい連携である。
次の佐伯のツモは白、ドラを残した結果、まさかの対子が出来上がる。現状南打は危険であるが、佐伯も対面のスピードを考えると、時間はかけられないはずだ。
それに4飜40符あればロンでも満貫、一気に流れを掴める。
しかし……。
「ほい。リャンピン」
(まさか!?確かに南は危険、にしても……)
降りた?佐伯が?それは考えられない。ここから伸ばすには、三色?三暗刻蹴って?一体、何考えて……。
「ツモ!」
結局、対面が三度目で当たりを引いた。混一ダブ東といういきなりの大物手、佐伯は4000円を雀卓に放り投げる。
「はえー、そりゃ無理だわ」
三人組と佐伯は揃って煙草に火を付けた。久も佐伯が未成年だと知っているが、今更注意する気もしない。
(リャンピン連打、か)
観月は思う。三人組がコンビ打ちをしているくらい、この卓に着いた時点で佐伯にも一目瞭然だろう。それならまずすべきは相手を撹乱すること……そう考えるとあれは面白い切り込みなのかもしれない。
「観月ちゃん、珈琲とサンドイッチー!ちゃんと手作りしてよー」
勝ちに行っての負けより、あの局はあれで良かったのだ。それに佐伯は満貫を和了られても全く動揺していない。
「はい。ただいま」
「兄ちゃん大丈夫かい?ツイてなさそうだよ?」
対面の言葉を鼻で笑い、佐伯は珈琲を飲み干した。
「まあ見てな。一本場頂くぜ」
次局、佐伯は配牌でドラを暗刻するも和了れず。しかし一切表情は買えない。
「おっかしーなあ、ツイてるんだけどな」
不思議そうに首を傾げている。観月は久と二人、顔を見合わせた。
((まさか、気付いてない?))
これだけあからさまなコンビ打ちに?全く……これは別の意味で凄いと観月は思った。
「兄ちゃん、半荘オーラスだけどどうすんの?もう100000は負けてるよね」
今日の佐伯は引きも良く、振り込みも無かった。しかし相手に早手で交互に上がられてはなす術がない。
「そうだなあ……もう親場もねーし、逆転は無理だな。残念」
佐伯がいくら金持ちでもこの額は洒落にならないだろう。これ以上続けるのは難しい、無理をすればそれこそ相原の二の舞だ。
「そんな兄ちゃんに朗報だ」
伸びをする佐伯に、三人組は勝ち分全てを傍らに置き、語り掛ける。
「んだ?返してくれんの?」
「兄ちゃんが勝てばな。俺たちも鬼じゃねーし、高校生から取り上げるのも気が引ける……チャンスくらいやろうじゃないの」
「ほう。で、あんたらが勝ったら?」
大学生は話が早いとばかりに二三度頷くと、キッチンにいる観月を指差した。
「もちろんこれは没収、副賞としてそのお姉ちゃん一晩借りてくわ」
「「は?」」
佐伯と久はこれに唖然とする。何故観月なのだろう?これだけあれば、風俗でもそうとう遊べるだろうに……。
「お客さん、それは店として認められませんねえ」
一歩踏み出し咎める久であったが、今度は卓に相原の負け金を放り投げる。
「まあまあ、認めてくれりゃあ……これ、気持ち良く受け取るからさあ。な?」
(こんの野郎……)
つまりは、認めなければ相原は負け分、暴行されるということ。最悪、殺される。久はやはり自分が出るべきだったと後悔した。
「悔しいかい?跡取りさん。何なら一発勝負はあんたがやってもいいぜ」
この自信……これはコンビ打ちというより、
通し。
(おかしいと思った)
久も相原の実力は知っている。事前打ち合わせくらいでどうにか出来るとは考えにくい。
なら……どうやってサインを送る?
久も佐伯後ろから見ていたが、そんな場面は確認出来ていない。
「おいおい、あんたらそんなに観月ちゃんとやりてーの?童貞?」
「言うねえ、兄ちゃん。あれだよ、こんな男臭い煙草臭い店で甲斐甲斐しく働く女の子とかさあ、やりてーだろ?100000賭けても」
けらけら笑う三人組を、観月は奥から眺める。本人抜きにして勝手に副賞にされていることに溜息を付いた。
(麻雀、だなあ)
勝っても負けても、おかしくなる。
観月は珈琲を人数分用意し、問題の卓に届ける。
「これで落ち着いて下さい、皆さん」
「観月ちゃん……」
「いいですよ、私が副賞でも。一つ条件さえ付けて頂ければ」
「条件?」
大学生の話で、観月は一つのヒントを得た気がした。この三人……
実は何もしていないのではないか?
つまり始めからコンビ打ちを警戒させるのが目的、ペースを乱しにいった側が実は相手の術中にはまっている。
観月を副賞にすれば、二人はより一層相手の出方を伺う。
それに元々3対1の勝負、これでは勝つ方がおかしい。
「私が打ちます。弱いですけどね」
「観月ちゃん!?」
「ほおお、こりゃいいや。俺は処女厨じゃねーから、観月ちゃんが負けても気にしないぜ」
こうして始まる東1局、オーラス。
振り直しにより観月が親となる。
父の麻雀を見ていたものの、実際にはこれが初めての実戦……
しかし、それは強い弱いとか以前の問題であった。
強いていえば、愛。
コンビ打ちとか、通しとか、読みとか……それら全てを超越したもの。
『観月、配牌』
②南白⑺⑹二白①四南⑻③南三
「天和です」
彼女は、誰より麻雀に愛されていた。