#2プロローグ2
観月の父は、麻雀に殺された。
母親は麻雀狂の父に愛想を尽かし離婚、それにも拘らず彼は麻雀を打ち続けた。
(お父……さん?)
最後の姿は惨めなものだった。
裏レートに手を出してしまい、そこで借金を作り、金になる臓器は全て失っていた。
それでも足りず、観月も借金のカタに取られた。不幸中の幸いであったのは観月は当時幼く、風俗では働けなかったこと……不憫に思った父の旧友である『ロマン』の店主、日下部が彼女を買い取り、難を逃れた。
高校に上がってから、観月はそのお金を返済すべく日下部の下で働いている。
「お疲れ観月ちゃん。明日も学校だろ?もう上がっていいよ」
午後11時、閉店作業を終えた観月を日下部の息子であり『ロマン』のマネージャー(そう呼ばれたいらしい)である久は労った。
「マネージャー」
「それに、観月ちゃんは未来のお嫁さんなんだし!?いて!」
後ろから店主である父、日下部に殴られ久は頭を抱え蹲った。
「ったく、女の弱みに付け込むような男に育てた覚えはねーぞ。いいかい?こんな奴だけは選んじゃ駄目だからね」
一二三
(佐伯くん?)
『ロマン』を後にした観月は階段を降りた所でクラスメイトと出会した。「もう閉店だよ」と伝えると残念そうに踵を返す。
「あーあ、一発やった後だし……麻雀打ちたかったんだけどなあ」
夜空を見上げながら、佐伯は悪びれもなく話した。帰路を同じくする観月は仕方なく後ろをとぼとぼ歩く。
「観月ちゃん飯どうすんの?よかったら奢るぜ」
「いい。多分崇が用意してくれてるから」
観月から頼んだわけではない。そもそも崇は直接バイトを始めることを伝えられたわけではなかったが……それでも帰りの遅い日には何かしら用意していた。
『お前に一人暮らしなんて出来る訳ない。鍵渡せ、毎朝起こしてやるから』
高校に上がった時、観月はそれまで世話になっていた崇の家を出た。最後まで反対していた崇はそれを条件とし……現在に至っている。
「ふうん……」
それを聞いた佐伯は不敵な笑みを浮かべ、観月ににじり寄った。
「何だったらさあ、俺が観月ちゃんを買ってやろうか?場末の雀荘で一生こき使われることねえって」
佐伯の言葉に、観月は首を傾げ……
(そうか、あの時)
そして納得する。
以前卓が空き、久が佐伯と打っていたことを思い出した。
その日馬鹿ヅキだった佐伯は久とも互角以上の戦いをし、トータルでトップに立った。
『あーあ、賭けに負けたよ』
そう話す久の表情からは悔しさが滲んでいた。負けたとはいえ僅差、金額的には痛手はないはず……つまり佐伯は勝利の報酬として別の何か、観月の情報を手に入れた。
(別にいいけど)
「クラスメイトの好だ、特別価格で買ってやるよ。金、いるんだろ?」
お金。確かに観月には必要なものだ。日下部が観月のために支払った5000000円、利子も考えるとその倍……それだけあれば、もう雀荘で働く必要はない。
そうすれば、観月は一生麻雀から離れることが出来る。
しかし、いくら佐伯が裕福でもそんな額用意できるわけがない。それに観月自身それだけの価値があるなどこれっぽっちも思っていない。
「お金は欲しいけど……少なくとも10000000円はないと、私は自由にはなれない。それでも買ってくれる?」
淡々と話す観月に、流石の佐伯も圧倒される。
「なるほどね……確かに高いわ。でも、逆に興味出た」
それだけ残し、佐伯は夜の街に消えた。
そして観月は、改めて自らの境遇を思い知らされ……一つ溜息を付く。
①②③
「んん……」
翌日、目を覚ました観月の前に真剣な表情で正座をする崇の姿があった。時計を見るとまだ7時……このまま二度寝してしまおうとも考えたが、流石にそれは崇が許さないだろう。
諦めて体を起こした観月は、そのまま崇に向かい合い、同じく正座する。
「……おはよ、崇。早いね」
「ああ。お前に、聞きたいことがある」
(聞きたいこと、か)
観月は崇にバイトのことを話していない、恐らくはそのことだ。あるいは、昨日佐伯と話しているところを見られているから……そちらが本題なのかもしれない。
どちらにしても、崇に心配させてしまったのなら全て話さなくてはいけない。そう思い、観月は頷く。
「うん。それじゃあ、着替える間だけ外で待っててくれる?」
⑴⑵⑶
「それじゃ、早速。昨日も遅かったみたいだな。バイトのこと、聞いてもいいか?」
「うん。崇は知ってると思うけど……お父さんには借金があって、それを返すために、相手の人のお店で働いてる」
崇は深く溜息を付いた。ある程度予想はしていたものの……直接聞かされてはやはり堪える。
父親の借金か……崇も観月の父が麻雀狂だったことは知っていた、子供心に酷い人間だと思った記憶がある。
そんな男の借金だ、いくらあるのか検討も付かない。となるとまともなバイトでないことは簡単に推測出来る。
恐ろしい。
一瞬躊躇った崇だったが、それでも知らなければならない。
観月が……危険な目に会う前に。
「で、内容は?」
「……雀荘の、給仕」
「つっ!」
雀荘?その言葉を聞き、崇は怒りを覚える。
(あれか?あの父親がこさえた借金分、観月にタダ働きさせるってか?あれだろ?ああいう所って勝って気が大きくなったオヤジがセクハラしまくるんだろ?そんな所で観月は……)
雀荘など、下手すればヤクザの出入りするような所で、とても高校生が働くような職場ではない。
それでも風俗ではなかっただけ、崇も理性を保つことが出来た。
「話はわかった」
観月を真っ直ぐに見据え、切り出した。
「俺も働く。お前の借金がいくらかは知らない、俺なんかじゃ足しにもならないかもしれない。それでも……二人なら、半分の時間で返せるだろ?」
その申し出に、観月は手を付き……深々と礼をして応える。
「お断りします」
「お前なあ!」
「そんなことして欲しくない」
「何でだよ!頼れよ!俺を!ただ心配するだけなんて嫌なんだ!」
食い下がる崇を、観月はさらに引き離す。
「気持ちは嬉しいよ。でも……そんなことされたら、私は崇のご両親に一生顔向け出来ない。身寄りを無くした私を……崇たちは助けてくれた。その上、あなたの将来にまで傷を付けるくらいなら……
私……
死にます」
「観月……」
今の彼に、その言葉に反論する術は無かった。
⑺⑻⑼⑼
通学路、三歩前を歩く崇は頬を掻きながら尋ねる。
「佐伯ってさ、もしかしてその店の客なのか?」
「うん」
観月の返事に、崇はゾッとする。彼の中でこれは想像通り……いや、それ以上に危険人物であることは間違いない。
「そっか。観月、一つ忠告だ。佐伯とは関わらない方がいい。お前もそれくらいわかるだろうけど……雀荘に入り浸るような高校生は普通じゃない。気を付けた方がいい」
「わかった。気を付ける……」
観月も彼の素行が悪い事は百も承知だ、好んで近付くわけがない。崇がそこまで佐伯に拘るのは、観月を心配してのことである。
彼女にはそれが嬉しかった。
しかし、佐伯に後ろ指を指すことなど……観月には出来ない。
彼女も同じなのだ。
(雀荘に入り浸るような高校生は普通じゃない、か)
その言葉に、観月は胸を痛める。
⑼!