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#1プロローグ

(今、何時……)


四畳半のアパートの一室、毛布に包まっていた観月(みづき)は薄目を開き目覚まし時計の針を確認した。


(7時半……何だ、まだ眠れるじゃない)


彼女は再び毛布を頭まで被り、眠りに着く。春の陽気に包まれ、穏やかな寝息を立て始めた。




「 オ ラ ア ! ! 観 月 ! 起 き や が れ え え ! ! 」




突然の侵入者により、観月は現実へと引き戻された。


「全く、お前は何度言ってもわからねー奴だな!後1回遅刻したらレポートって昨日言われたばっかりだろ?」


毛布を剥ぎ取られ、体を揺さぶられながらもまだ意識が朦朧としているのか、観月は口を開かない。


侵入者、(たかし)は呆れ気味に彼女をそっと横たえる。幸いまだ始業時間には余裕がある、彼は別のアプローチをすべく動いた。


(ったく、しょーがねーな……)




崇はテーブルに置かれたカセットコンロにフライパンを乗せ、冷蔵庫の中身を確認した。それからポットに水を張り、トースターをセットし、目玉焼きを作り始める。

食べ物で釣る作戦だ。

彼の計画通り、焼き上がった頃に観月はもそもそと寄ってきた。


「美味しそう」


傍で指を咥えている観月に「その前にやること、あるだろ?」と言い放つ崇。彼女もしぶしぶとそれに従った。




東南西北




「お前、もっと俺に感謝しろよな?」


学校へと向かう途中、崇は観月にそう愚痴をこぼした。一方の観月はまだ眠いのか返事すらせずとぼとぼと歩を進める。


「……全く、駄目な幼馴染を持つと苦労するぜ」


三歩後ろを追従する観月に崇はそう漏らした。そこで始めて、観月は口を開く。




「……嫌ならやめればいい」


崇が振り向くより早く、観月は彼を追い越し、先へと進んで行った。


「ちょ!?待てよ、冗談だろ!」


慌てて後を追う崇、観月は立ち止まり、振り向いた。




「……うん。私も冗談」


(……ったく、目が本気じゃねーか)


こいつには敵わない。

そう思い知らされた崇は肩を落とし、再び観月の三歩前を歩き始めた。




白撥中




「観月、帰ろうぜ」


HRを終え下校の時刻となる。その日部活が休みだった崇は観月の元へと駆け寄った。


「……いいけど、私この後バイトだから遊べないよ?」


観月からバイトと聞かされ一瞬戸惑った崇であったが、彼女の境遇を考えると致し方ないのかもしれない。崇は一つ頷いた。




「あれー、観月ちゃん今日出勤なんだ?」




すると、ポケットに手を突っ込んだ一人の男子生徒が二人の間に割って入った。


(佐伯?)


崇は一瞬わけがわからなかった。観月はクラスに友達が多い方ではない、客観的に見て佐伯のような目立つタイプの人間とあまり接点が見当たらない。


「うん」


観月は佐伯の言葉に違和感無く返事した。佐伯は「そかそか」とだけ言い残し、その場を立ち去った。

崇はその後ろ姿を無言で見つめた。




「……崇?」


崇が気付いた時、観月は不思議そうに彼を見つめていた。


「帰ろ?」


その言葉に「ああ」と答え、崇は歩き出した。




一九①⑨⑴⑼




いつものように観月の三歩前を歩きながら、崇は佐伯について考えていた。

先程の感じから推測すると、佐伯は観月と同じ職場でバイトしているのかもしれない。そう考えれば観月と佐伯の接点にも納得がいく。

しかし……両親のいない観月と違い、佐伯にはバイトをする必要がない。医者の息子であり、奴が裕福な家庭に育ったことはクラスでは有名なことだ。

もちろんそれだけで佐伯がバイトしていることは否定出来ない。第一仮にそうだとして、崇にはあまり関係のないことである。

それでも彼には気掛かりだった。

何故なら……佐伯というクラスメイトからはあまりいい噂はない。


『ヤクザと付き合いがある』

『雀荘に入り浸っている』

『女を何人も孕ませた』


他にも色々……最も証拠があるわけでなく、彼の派手な出で立ちがそのような根も葉もない噂を招いているだけなのかもしれない。


それでも……観月に万が一のことがあってからでは遅い。

崇は意を決して、彼女に尋ねた。




「観月、お前佐伯と親しかったのか?」


「別に」


観月の答えに、崇はひとまず安堵した。それによくよく考えてみると佐伯はモテる、女には不自由しないはずだ。観月みたいな面倒くさいタイプに興味を持たないだろう。


「それじゃあ、私こっちだから」


「ああ。バイト、頑張れよ」


駅前へと続く交差点で、崇は観月と別れた。




(それにしても、観月がバイトねえ……。あいつ接客とか出来んのか?)


幼馴染の働く姿を想像しながら、崇はくすりと笑みを浮かべる。




東!




「東ツモっ!ダブル役満だぜっ!」


午後7時、雀荘『ロマン』は卓も埋まり活気に溢れていた。

上機嫌に笑う中年太りの男に、対面の幸の薄い細身のサラリーマンはがっくりと項垂れながら、32000円を支払う。


「……俺はここまでだ、あばよ」


荷物を纏めた男が立ち去ったのを皮切りに、他の二人も席を立った。拍子抜けした中年太りは肩を落とし、咥えた煙草に火を付ける。


「相変わらず強いですね、相原さん」


給仕として働く観月から珈琲を差し出された相原は物足りない様子だ。


「ありがと観月ちゃん……。ここじゃあ、俺が強すぎて他は相手になんねえ。今日は佐伯の坊主もいねえし……つまんねえなあ」


この相原という男、実際『ロマン』では桁違いに強く常連客はまず同卓には入らない。なので打つのは先程のような一見の客たちで、みな半荘持たず面子はすぐに解散してしまう。

その度、退屈そうに煙草を吹かしては観月に話し相手になってもらっていた。


「なあ観月ちゃん、麻雀教えてやるからおっちゃんと打ってくれねえか?相手がいなきゃ始まんねえよ」


「でも私、勤務中だし……」


『ロマン』は小さな雀荘であるから、給仕は観月一人だ。その観月が抜けては客たちの世話をする人間がいなくなってしまう。


(それに私、麻雀なんて……)




観月にとって、麻雀は特別なものであった。




それは、忌むべきもの……。




父の仇だ。

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