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三日目。〜午後、三角と進展、真実



『はじめまして〜。あたし、颯天とお付き合いしてる早瀬っていいまーす』

『こら、知生ちお


 語尾にハートマークが飛びまくっている話し方だった。

 午前中、三織を訪問したのは―――彼と、彼の彼女だった。三織が告白をしようと決めた、彼だった。


『結婚、するんだ』


 高校を卒業して、遠い町の県庁舎に勤める公務員の彼が、照れながらいった。


『結婚を報告しに来てくれたのね、おめでとうございます』


 母が嬉しそうに三織を見た。彼は昔から家族ぐるみでお付き合いのある寺の子だ、母は自分の息子同然に嬉しいのだろう。息子がいない母は、かなり可愛がっていたから。


『でも、小さい頃はあれだけあたしたちや三織と一緒にいたのに。てっきりあたしたちのだれかに、と思ってたわよー。でも驚いた、颯天にこんな可愛い子がいたなんて!』

『確かに。知生さん、こいつヘタレでね。つよーい女の子が好きなの。頑張ってね?』


 冗談をいう姉たち、冗談ではすまされない気持ちの三織。心から祝福する姉たち、祝福できずに作り笑いを浮かべるしかない三織。

 三織のなかで、何かが音をたてて崩れていく。ピシッとヒビが入り、あっという間に崩れて行く。




 知らない誰かさんの彼氏になる前に、知らない誰かさんの隣に立つ前にと、そう思っていたというのに。

 三織は、告白すらできないままに玉砕した。ものの見事に、玉砕した。

 ふたりを見送った三織は、ふらふらと外へ向かう。近所に挨拶しにいく彼とは別方向、裏手の家に。

 自然と向かう先は、もうひとり仲の良かったあの子のところ。いつも彼と三織にくっついていたあの子のところ。三織の気持ちを知っている、唯一のこの場所へ。


『おい……!』


 ふらふらと歩く三織を、小人のご先祖が追う。しかし無意識の三織の足は思ったより速い。このままでは見失う、と焦ったご先祖は、霊力の節約から小さくなっていた姿から、等身大へと戻り、駆ける。


『寺……?』


 三織が入ったのは、近松(きんしょう)寺、という名の寺だった。


『まさか』


 ご先祖は寺の入り口に触れた。すると、見えない壁に行き当たる。触れると、弾力のある壁に押し返された。結界だ。


『くそっ』


 彼は、霊力を込めて、一気に壁を潜った。

 彼の姿が、一瞬薄れる。姿を保つだけの霊力も尽きかけた。だが、踏みとどまる。彼は、契約を果たすために、踏みとどまらなければならないのだ。


『今度こそ、守る』


 契約を履行するために。

 今度こそ、“生きて”守るために。


『ここで、くたばるわけにはいかないんだ、オレは!!』


 彼は、三織の気配を追って寺の中を走り出した。





「……で、兄貴にふられてなんでここにいるのさ……」


 三織は現在、彼の―――颯天の家にいた。正確には、裏の寺の縁側に、彼の弟とともにいた。


「しかも、変なのを連れて。昨日、墓にもいたよね、あんた」


 彼の弟―――鈴生すずおが不機嫌そうに呟いた。その先には、うっすらと時おり蜃気楼のように消えかける忍者装束の若い男がいた。

 汗をかいて、息も絶え絶えの姿に、鈴生は思う。生きていないのに、心というものは生きていた時の姿を再現するのにどこまでもこだわるんだな、と。そんな無駄な霊力の使い方をすれば、すぐに尽きてしまうだろうに。本当に昔から不器用だと思う。


「ねぇ、三織。あれ、消そうか?」


 鈴生は三織の髪を撫でうっとりと微笑んで、三織の顔に自分の顔を近付けた。ふたりの距離が一気に近付いた。

 今、三織はあまりにもショックが大きくて立ち直れない。昨日のショックに加え、今朝のショックだ。

 だから三織は、鈴生の膝枕で仰向けに寝ていた。ショックのあまりに、ふらふらと縁側について、鈴生の姿を認めた途端に縁側に倒れ込んだのだ。そのまま三織は眠りについてしまった。

 もちろん、三織がみずから鈴生の膝へ進んで倒れ込んだわけではない。ショックから眠ってしまった三織を、鈴生が勝手に膝枕をしただけだ。

 鈴生は三織が起きないことをいいことに、普段からいえないことをいいまくっていた。

 すべて、鈴生のひとりごとだ―――ご先祖にたいして話しかけるのを除いて、は。


『おまえにはやらん』


 ご先祖は、威嚇した。鈴生の正体には完全には気付いていないようだ。しかし、自身の味方にはならないと勘付いたらしい。つくづく“野性動物”のような男だと鈴生は思う。死した後も、勘とやらは衰えるどころか、生前より冴え渡っている。

彼はすこぶる機嫌が悪かった。


『三織から離れろ』


 ぎろ、とご先祖は鈴生を威嚇する。腕をくみ、上方から睨む。かなり威圧感がある上に、彼は生者ではない。なのに鈴生は怯まない。小学四年生なのに、怯まない。 鈴生は、ただの小学生ではない。生まれる前の人格を保ったまま、この世に鈴生として生まれたのだ。生まれる前は、彼とよくお互いの背を預け戦った仲だった。また戦友であったと同時に、恋の敵同士でもあった。


「あんたの許可なんか要らない。必要あるのは、三織の同意だけ。そうでしょ―――多聞」


 子供特有の笑みなのに、鈴生のそれはかなり大人びていた、というより大人臭い。それは生まれる前の人格のままだからこそ、だ。


「せっかく、生まれ変わったんだ。今度こそ手に入れるよ、僕は―――君は残念なことにご先祖だけどね、“逃げの多聞”?」

『おまえ……』


 ご先祖―――多聞が目を細める。見定めようと、眉間にシワを寄せ、眉を逆八の字に歪め、目を細める。

 そして、睨む。


『もしや―――』



 ―――ず、どん



『なっ?!』

「あ」



 ―――ず、どん


 大きな、大きな足音のような低い地響きが周囲に響き渡る。とたんに、周囲が“切り離された”。


『ぬ、ここは“寺”だろう?!』

「でも、破られたね。それだけ執着してるってことだね、嫌だね。バカは嫌いだよ」


 その言葉を聞き、多聞はひらめく。生前、よく同じことを口にした奴がいたことを思い出したのだ。


『貴様、やはり衛門か!!』


 多聞が、鈴生を睨む目にさらに力を込める。


「そうだよ? 一緒に姫様を守ったよねぇ、近松“逃げの”多聞」


 一方、鈴生―――衛門はクスクス笑い、のらりくらりと多聞の睨みをかわし、さらに多聞をからかう。

『逃げいうてる場合ではないだろうが!!』

「でも、君は姫様の気持ちから逃げたろ? 別に、君は城と運命をともにしなくても良かっんだ」


 鈴生は、それまで浮かべていた上っ面の笑みを捨てた。感情をむき出しにして、多聞に突っかかる。


「また、逃げないでよ?! 勝ち逃げは卑怯だからね!」


 衛門は、三織からそっと離れた。愛しげに髪を撫で、キスを落とす。それを見ていた多聞はいらっとし、三織を抱き上げて衛門から遠ざけたくなるのを我慢した。

 多聞は、知っていた。聞かされていた、こちらへ来るまでに。

 ―――姫が、お仕えした姫が、“遠松”に生まれたと。“遠松”の子として生まれ変わったのだと。

 だから、今度こそ守ると誓った。

 今回の帰還が終われば、あちらの王との“契約”が果たされる。“条件”さえ守れば、多聞が望む“契約”が履行される。

 だから多聞はいわない。守ると、そこから先の言葉をいうことができない。

 だから多聞は衛門がうらやましい。

 だから多聞は衛門が腹が立つ。


『―――さぁ、来い』


 今しばらく、この気持ちに蓋をして。今は少し、我慢をして。この四日間、多聞は耐える。


 ―――その決意を邪魔するものを、多聞は許しはしない。

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