二日目。〜夜、就寝前の会話ともうひとつの帰還
遠松家は、かつて戦乱の世の時代に“城主”に仕える“忍び”の一族だったと言い伝えられていた……といってもあくまでも、遠松家のあるこの花隠という山奥の集落での話だ。
戦乱の時代はまさしく群雄割拠、大小問わなければたくさんの“城主”、城持ちがいたのだから。
『ほんとうに、ほんとう?』
三織は幼い頃、お盆などの墓参りの際に、決まってそういって周囲の大人を困らせ、嫌な顔をされたものだ。
あくまでも“言い伝えられて”いるだけであり、誰も真実など知らないし、そもそも誰も興味を持たない話題であったため、周囲の大人たちはその話題に“触れてほしくなかった”のだ。
『ほんとうだよ、たぶん!』
三織にいつも賛同してくれるのが“彼”だった。
三織はいつも、“彼”ともう一人の子とつるんでいた。二つ上の“彼”はいつも頼りになるお兄さんだった。
そして三織は、世間一般の幼馴染みの定番中の定番、“幼馴染みに片思い”をすることになる。
しかし、“幼馴染みとの恋は成就”しないとも聞く―――幼い頃恋を自覚したあの日以来、三織はそれが怖くて、なかなか次の一歩を踏み出せずに今日まで来た。
「明日」
就寝前の今、三織は壁掛けカレンダーとにらめっこをしていた。三織の視線の先にあるのは、ピンクの蛍光ペンでぐるぐるに塗り潰された“14日”。
「あーしーたーぁーあー!!」
しばらくにらめっこしたあと、三織は頭を抱えてベッドにダイブした。その拍子に、『ぎゃあ』とか小さな悲鳴が三織の耳に入ったけれど、三織は無視を決め込んだ。聞こえなかった、聞こえなかったものは聞こえなかったのだ、うん。
『無視するなー、子孫〜っ!!』
しかし、ベッドダイブの犠牲に会い、さらに無視を決め込まれた方は、そうは問屋はおろさぬとばかりに叫びまくった。
『こらぁーっ、とうっ』
ベッドダイブの際に、ベッド上にて寛いでいた小人忍者は、揺れるベッドの反動で床へ投げ出されたのだ。床へ投げ出された痛みと無視された屈辱をはらそうと、彼は高々と跳躍して三織の頭上に飛び蹴りを―――
「さすかって」
まるで羽虫を叩き落とすかのように、小人忍者は床に落とされた。びたーんと、実に痛そうな甲高い墜落音がした。蚊等を叩き落とす腕前にかけては、三織は他者の追随を許さなかった。
『ご先祖に対する扱いが酷いぞー?!』
むくりと起き上がり、小人忍者は再び跳躍し、ベッドの上の小人となった。まだあちこちが痛むらしく、腰やら背をさすっていた。
「……痛いの?」
ぽそっと粒やく三織に、ご先祖は「痛いぞーっ!」と斜め上の発言をした。痛むか痛まないか、の意味ではなかった。痛みを感じるのか、という意味だった。
「生きて、いないのに?」
『違うぞ、子孫』
小人忍者は、ぴょんとひととびで、寝転がる三織のそばへ着地した。
『意識を持つものは何であれ、誰しも痛みを持つんだぞ。これは普遍、世の中の当たり前な話だ』
小人忍者は真面目に語った。昼間のお墓の上でふんぞり返っていた姿とは別人だ。
「わたし、まだ信じてないよ。本当にご先祖なの?」
三織は“境界”以外は何も“見えない”し、“見た”ことがない。だから、目の前の小人忍者が“自分のご先祖”ということが信じ難い。信じ難いからこそ、お墓の前で叫んだのだから。まぁ、あれは……ご先祖と仮定したとして、軽い感じのご先祖は嫌だぁと多少思ってしまった影響もあるのだが。
「それに、昼間あれからずっと姿を消して、さっきいきなり出てきて。……何の用なのよ?」
お墓での出会いの後、すぐに小人忍者は姿を消した。いきなり『シャバだーっ、楽しむぞー』とかいって、どこかへ飛び跳ねていったのだ。
そして夜、三織が就寝する頃にいつの間にやら、“いた”のだ。何の用だと問いたくなるのも無理はないといえた。
―――今朝のことも鑑みて、セクハラや夜這いの類いの可能性も考えられたからだ。例え(限りなく薄い)血の繋がったご先祖と子孫の間でも。
『お゛ー……』
じとりと横目で睨んでやれば、小人忍者は視線を逸らした。
「ほーぅ?」
相手の顔を先程まで見ていた人が、視線を逸らす。それは何か隠し事や、いいたくないこと、そして気まずい何かがあるときに人がとる態度だ。これは時代が変わっても同じことらしい。
「なぁにぃをー、隠しているのかなぁー」
三織は端から見れば、実に“悪代官”のような笑みを浮かべていた。
『のぉおおおおーーっっ?!! そ、そこはあああああ!!』
お盆二日目夜の遠松家では、就寝前の時刻にご先祖の悲鳴が響き渡った。悲しいことに、“霊感”がある三織以外には誰も聞くものがいなかった。ゆえに、ご先祖は何かを“吐く”まで、三織によってしばらく絶叫をあげ続けるはめになった。
『のぉおおおおーっ!! やめれ、やめ……ぎゃはははははははははははは!!』
夜に絶叫、大きな笑い声を聞くという生の恐怖体験をしたのは、遠松家の家族ではなく―――
「何だ、何だっっ?!」
帰省ラッシュの影響により、帰還時刻がこんな時間になった遠松家の裏の寺の息子だった。大きな荷物を肩からさげ、手には“○○名物○○土産”と印刷された紙袋を幾つも持っていた。
「何がって、ゆの付くあなたの嫌いなあれの声だよね〜」
そしてもう一方の手には、華奢な白くほっそりした手が、しっかりと握られていた。