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Le monde brûlé  作者: フーデリッヒ
ノーアヘルムの悪夢
9/17

Debut de la seconde vie ―エレーナの章―

「私に何の用でしょうか?」

軽い脅迫をされて連れてこられたエレーナは不機嫌であった。

「君がシャリエ・エレーナか。」

「いかにも、そうですけど。」

「君に頼みがある。」

エレーナは睨むようにして言い放つ。

「勿体ぶらないでください。少しでも拒否すれば殺すつもりでしょう?」

「そんなつもりはない。」

参謀は腰を椅子から浮かせ、座り直す。

「君に、我が軍に参加してほしい。」

「...?」

一瞬、というか少しの間理解ができなかった。

「私に...?」

「そうだ、君にだ。どうだ、引き受けてくれるかね。」

「...いいでしょう。相手は?」

「ヴィーグエルン。」

「何ですか...?それ...」

「君たちの島を襲った者たちだ。」

「っ...!」

急に感情が込み上げてきた。怒り、憤り、ぶつけようの無い感情。あの日以来封印されていた憎悪が急速に彼女を包み込む。

「ならば、私は彼らを一人残らず殺しましょう。例えこの身が滅びようとも...」

「安心しろ、君の身は滅びない。」

「え...?」

得意気に髭を弄びながら参謀は軽くにやける。

「君には、専用の兵器がある。」

「...お見通し、ですか。」

「早速見てもらいたい。どうだ?」

「ええ、是非。」

それを聞くなり、参謀は彼女を格納庫へ案内するように将兵に言った。

案内役の将兵について行く。奥へ奥へと進んでいく。

何枚も扉がある。一々将兵がIDカードをかざしたり、網膜認証や、指紋認証、静脈認証まで。扉をくぐればくぐるほどどんどん分厚く、重くなってゆく。



そしてある扉をくぐると、そこはとても開けた空間だった。

恐らく非常に広いのだろうが、中央に鎮座する巨大な立方体のせいでそこまで広く見えなかった。その立方体は黒く、場の者全てに威圧感を与えていた。

「これ...ですか...?」

「ああ、そうだ。どうだ?」

エレーナは呆気に取られていた。あまりに巨大で、自分に動かせるか不安だった。というよりは、小さな自分には不釣り合いだと思った。

そんなエレーナを見て、将兵が続ける。

「実は私もこれを目にするのは初めてなんだ...いや、大きいな...」

ひとりごとなのか、話しかけているのか。しかし今のエレーナにそんなことはどうでもよかった。

「さて、早速搭乗テストを実施する。」

「えっ...?!」

「大丈夫だ、何も心配することはない。」

そう言うと将兵はどんどんと立方体へ近づいてゆく。

エレーナも遅れないようについていく。

裏へ回ると、外付けの昇降装置に乗った研究者らしき年寄りがいた。白衣に身を包んで、薄笑いを浮かべながらこちらを見る。

「ほお...君がか...ふふっ...」

少しだけ、寒気がした気がする。

「さあ、乗りたまえ。」

エレーナは研究者らしき男の乗る昇降装置へと恐る恐る歩みを進める。

足を乗せる。

直ぐに安全柵が立ちあがり、昇降装置と他の空間を隔離する。高かったが、あっという間に立方体の上部へと着いた。

「さあ、そこの丸いところの上に立つんだ...」

男の指差す方向を見ると、確かに丸くなっているところがある。ここまで来たらもう退けない。エレーナはやはり恐る恐る、ゆっくりと、円へ近づく。

そして、円の中心に立つ。

直後だった。

「Prudence. Prudence. Fonctionnement des equipements d'embarquement des passagers. S'il vous plait ne pas bouger de l'equipage de l'endroit. Personne autre que l'occupant, s'il vous plait ne pas s'approcher du lieu sont montes a bord. Repeter. Prudence. Prudence. Fonctionnement des equipements d'embarquement des passagers. S'il vous plait ne pas bouger de l'equipage de l'endroit. Personne autre que l'occupant, s'il vous plait ne pas s'approcher du lieu sont montes a bord.」

けたたましい警告音と共に、よくわからないアナウンスが流れる。警告は止まった。

「何だ、何もないんだ...」

そう安心した瞬間。足元の円が急に開き、エレーナは立方体の内部へと自由落下する。黒い壁面を見ながら、ただただ落下する。

15秒程して、彼女は水で満たされたカプセルの中へ落ちた。即座に蓋は閉められる。

「っ?!」

息を止めるが、もう持たない。溺れて死ぬかと思った。息をしてみれば、できるではないか。

「はぁっ...何...これ...?」

カプセルは少女が一人入ってぎりぎりのサイズだった。ガラスのようなものでできている。液体は恐らく緑だろう。その壁面から急に親指程の太さの触手が数十本と出てくる。

「な、なにっ...?!」

しかし抵抗もできない。触手は少女の衣類を破り、引き剥がし、端へ寄せた。そして彼女の腕、胸、腹、脚、首などに吸盤のように吸い付いた。

指先には手袋のような物が付けられ、頭にはヘッドギアのような物が装着された。軽い電流が身体を突き抜ける。少女の意識は彷徨うように身体を離れる。

不思議な感覚だった。幽体離脱ではない。自分の意識が拡張される。

そしてそれは立方体を包んだ。彼女はそれが自らの身体のように思えた。

心地良い。

これまでよりずっと居心地がよい。

もしかして、私の魂はこの身体に出会う為に作られたのかもしれない。そう思える程だった。

安らげる場所。と、同時に彼女は中枢コンピュータの存在を無意識的に感知した。

『初めまして。』

「初めまして...あなたは誰...?」

『私はこの兵器のメイン・コンピュータです。』

「そっか...私の補佐役?」

『はい、もし貴方に何かあれば代わりますし、貴方の指示で動きます。』

「そう、なら少しだけ遊んでみましょう?」

『はい。』

「ESM(電子支援装置)、ECM(電子妨害装置)起動。ECCCM(対対電子妨害対抗)用意。仮想敵設定。目標、ノーアヘルム軍特殊情報課管理コンピュータ群。電子戦用意。ソフトキルを行います。」

『了解、ESM、ECM起動。敵情報取得。ECCCM用意の必要性は無しと判断。』

「ソフトキルするのはあくまで仮想敵であって、実際にしないでもよい。」

何故か言葉がすらすらと出てくる。彼女は、彼女自身のデータを中枢コンピュータに送信する代わりに、中枢コンピュータから情報を吸収しているのだ。彼女達は戦術データ・リンクシステム以上の、別の何かで繋がっていた。

そして彼女は、その兵器――未だ名も無い寂しい子――に恋をした。きっと彼も応えてくれる。エレーナはそう信じた。

『処理を開始します。』

「電子戦中止、全システムシャットダウン。」

『脅威は排除されていません。』

「シャットダウン。」

『生命保護装置以外をシャットダウンします。』

騒がしかった冷却装置、とりわけうるさかったファンなどの音が一斉になくなる。


沈黙。

そして彼女はそこで眠りについた。彼に、身を委ねるようにして...。





「上手く起動しますかね...?」

「私は完璧だ。心配するな...」

研究者は得意げに言う。先ほどの警報から、まったくアクションがない。彼女が中に入ったのかすら分からない。

少しすると、立方体は不可解な音を発し始めた。

生理的不快感。

まるで立方体が“近づくな”とでも言っているかのようだった。

「これは...!?」

耳を押さえながら研究者に尋ねる。

「何かが作動している...が...わからん...!」

まったく無責任な奴だ。立方体を管理している特殊情報課へと連絡を取ろうとする。

「ん...?」

通じない。

無線が一切通じないのだ。何かがおかしかった。仕方なく有線を使って連絡を試みる。

特殊情報課はこの立方体をリアルタイムでモニタリングしているはずだった。しかし、一向に繋がらない。

ハッチを強制開放しつつ、情報課本部へ向かう。来るときはさほど分からなかったが、こうしてみると嫌に長い道程だった。最後のハッチを開けた時、そこは混乱していた、としか形容できない様子だった。人が走り回り、怒号が飛び交う。無数の小型モニタから、中央の大型モニタまで、唯15文字が映されているのみであった。

『Nous avons gagne.』

「我々は...勝った...」

我々とは誰だろうか。誰による攻撃だ?思い当たるのは一つだけ。

「あの箱め...!」

将兵はその事を情報課総括へと報告し、電源系統の手動切断を行った。あの箱は今の状態ではメイン電源の供給なしでは彼女からのエネルギーを吸収できない。即ち、箱は即座に沈黙する。

本部が復旧する。

モニタの文字は消え、普段通りの様子であった。

が、普段通りなのは機械だけ。人々は畏怖し、互いに恐怖をぶつけあっていた。

その後、彼女はカプセルごと脱出した。当然外部からの命令によってだが。

その時、起動直後にモニタリングルームの巨大液晶に映しだされていたという彼女の安らかな表情は面影もなかった。まるで恋人と別離を強制された若者がする、そんな表情だった。一体彼女に何があったのだろうか。

ただ彼に出来る事は、苦悶に顔を歪める彼女を見ることのみだった。




彼女が目覚めたのは翌日だった。朝、何事も無かったかのように起き上がるエレーナ。

そこは病室だった。

少しだけ考える。

「私...」

そして思い出す。この身体は偽物だ。私のものではない。ベッドから飛び起きようとすると、咄嗟に横にいた看護師が押さえつける。

「離してっ...!」

「まだ動いてはダメだ!」

「何で、ですか?」

突然きょとんとしたように、エレーナは看護師の目を見て言った。

まるで、「何故私を気遣うんだ」とでも言うかのように。

「それは...君が身体を壊してしまうからだ。」

「この身体は私のものではありません。」

「何を言っているんだ...?」

「いいから離してください。」

冷め切った、というよりは最初から熱が無かったかのようなエレーナの瞳が看護師を捉える。その口から発される言葉は、冷気のようで。

それは看護師に恐怖とも畏怖ともとれない感覚を与えていた。しかしその力を緩めることはない。

「あくまでその手を離すつもりはないと...」

「いいから落ち着くんだ!」

そう言いながら鎮静剤を打ち込む看護師。だが、エレーナは何も感じなかった。感覚もないまま、再び深い眠りへとついた...

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