Depart et determination
※この部には少々グロテスクな表現が含まれます。ご注意ください。
「ん...」
ずきずきと痛む頭をおさえ、ゆっくりと目を開ける。
光が眩しい。
少女は長い眠りから醒めた。
そして、自らの置かれている環境について理解しようとした。
しかし、寝起きの少女の頭では到底理解できない世界がそこにはあった。
「何...これ...」
腐臭。
血。
人。
肉。
顔。
瓦礫。
光。
闇。
世界が歪む。
「ぁ...」
めまいがする。
頭痛。
容赦なく鼻をつつく腐臭。
門前雀羅を張っている。
「あいつら...許さない...」
怒りをぶつける場所はなかった。
少女はその幼い躰に抑え切れない程の怒りを感じた。しかしただただ黯然銷魂するのみであった。
時はゆっくりと流れていた。
一時間が経った。
少女は目玉すらも動かす気にならない。
更に一時間が経った。
少女は石の如く何事にも動じず、視線も焦点を失っていた。
それから一日。
少女は空腹感に勝てなくなった。
しかしそこに作物はない。
あるのは、人だったもののみ。
唯、それだけ。
少女の目には紅が映った。
肉。
膝から崩れ落ちるように倒れる。
鼻先には腐敗した“元”人がいた。
少女の理性は既に失われ、本能すら嫌う共食いを何のためらいもなくした。
必死でかぶりついた。
血管が破れ、固まりかけの血が喉に引っかかる。
気持ち悪い。
それでも少女は食べるのをやめなかった。
美しかった色白の肌は、すでに薄汚れた赤に染められていた。
どす黒い赤。人間の憎しみ、欲望、怒り...そんなものが混ざってこの色を作っている。夕陽はいつもと同じように島を照らす。閑散とした島に、ただ悍ましい音がこだまする。
波すらも息を殺して。
それから数日後、ノーアヘルム軍がビフレスト島に上陸した。
その時上陸した偵察隊はこの時の状況をこう語る。
「先行偵察隊より確認された生命体は一体との報告を受けていた。が、こんな光景を見るとは思っていなかった...。上陸地点に近づくとひどい腐臭がした。上陸地点ではその原因を確認出来なかったが、少し奥へ進むとすぐに分かった。大量の死体だ。何があったかは分からないが、食い荒らされているようだった。我々は戦慄した。こうしている間に、これを食った奴が後ろに立っているのではないかという恐怖と不安で足がすくんだ。そして遂に、見つけたんだ。そいつを。そいつは恐ろしい目をしてた。まるでブラックホールのような...そいつが俺らと目を合わせた時、吸い込まれそうだった...今すぐに逃げ出したい。そればかりだった。退路の確保だってできている。でも足が動かない、動かないんだ。奴は俺ら目掛けてゆっくり、ゆっくりと近づいてきた。もうだめだ、食われる、って思ったよ...。しかし奴は俺らを食わなかった。近づいて、恐ろしく低い、人間とは思えない声でこういった。
『オマエ、ウバッタ』って。片言だったけど、確かに人ではあった。しかし言ってるのが何だったかさっぱり分からなかったんだ。次に発した言葉で理解したよ。『ワタシ、ミンナ、ウバワレタ。オマエ、テキ』。きっとヴィーグエルンだ。あそこが上陸作戦を敢行して殺戮をして、生き残った子がこんなになってしまったんだって。それで、「私達は味方だ、安心しろ。君から全てを奪ったのは私達の敵だ。だから私達と一緒においで。」と。そうしたらそれまで四足歩行だったその子は突然へたりこんで、泣きだした。生存者は0だったから、その子だけ回収して帰ってきたんだ。」
少女はそのまま上陸艇に乗せられ、ノーアヘルム本国まで連れて行かれた。
当初難民扱いであった彼女は軍部に呼ばれた。
調査班と呼ばれる、云わば研究部隊。
そこで調査を受けた。
軍部は、面白いデータを得た。
「やはり、です。」
「そうか。」
「あの島、何かがおかしいと思うんです。」
「データがそれを語っている。別に口から聞きたいとは思っていない。」
「は、失礼しました。」
「それで、彼女もその力があると。」
「はい。恐らく彼女自身は気づいていません。」
「ふむ...なら以下に有効活用するかだ。」
「常時微弱なエネルギーは発していますので、現在彼女のエネルギーを動力源とする兵器の開発に着手しようかと。」
「それほどエネルギーがあるのか?」
「はい。我が国の電力...とまでは行きませんが、半分の供給は可能です。」
「なら全機それから補給すれば...」
「しかし不可能なんです。あのエネルギー、従来の物とまったく違います。変換すらも困難です。」
「ならば専用兵器の開発をするしかないな。」
「は。後日、正式に許可を。」
「ああ。」
その時彼は気づいていなかった。自分の下した決断が、世界を変えるものになんて。




