Invasion
「司令。」
「ん、何だ?」
「例の兵器の件ですが…」
「ああ、あれか。」
「試験ではそこそこまで動かせました。エンジンの起動、翼の操作類は出来ました。」
「飛行試験は?」
「まだです。大事な機体を失う訳には行きませんから。」
「そうか…コピーの開発はどうだ?」
「それが…素材が調達出来ません。」
「代替の物でいいだろう?」
「いえ、機関類など特に解析が難航していて…」
「そうか…最善を尽くせ。」
「はっ!」
「我が国は大丈夫だろうか…」
「…」
部下は何も言わなかった。
「もしこの国が滅んだら、この国の文化は消されるか、残されるか。人民はどうか。あの襲撃以来そんなことしか考えていない。」
「司令が弱気になってどうするんですか…我々には彼がいますよ。」
「….そうだな。そうだ。ありがとう。」
彼は心配だった。あれが味方かどうかすら分かっていないのだ。もしユーラが上手く記憶操作できていなくて、実はまだこの国に恨みを持っていて、スパイをしていたら…などと考えるとまったくもって落ち着かないのだ。
「そうだ、ちょっと。」
「はいっ、何でしょう?」
不意に声をかけられ、部屋を出ようとしていた部下が驚いた様子で振り返る。
「彼をここへ。」
「…はっ。」
「何ですか…?」
ここしばらく放送に振り回され、ユーラのみならず基地の者は疲れきっていた。
「これを見て欲しい。」
そう言って司令は画面にあの石版の写真を映し出す。
「…?これは一体…?」
「君は知っているはずだ、これが何か、どこのものかを。」
首を傾げるユーラ。その姿を見ても司令は安心しきれなかった。
「君、知っているだろう…?」
「分からないですよ…」
「そうか…」
不安は取り除かれなかった。 ユーラはと言うと、覚えがある気がしていた。
ふと、思い出す。何かが、誰かが語りかけてくる。懐かしい声。
ただ、その声はノイズに紛れて誰のものだか分からない。何を言っているかも分からない。
ただ、これだけは確かだった。
「人…」
「ん?どうしたんだ」
司令が咄嗟に反応する。聞き逃すはずがなかった。
「い、いえっ、何でもありません!」
その声は、確かに聞き覚えがあった。
「そうか…。」
司令は顎に手を当て、険しい表情をする。
「まあいい、君も疲れているだろう。休め。」
「はっ。」
そう言ってユーラは司令室を後にした。
兵舎に戻りつつふと空を見上げる。普段通りの青い空。
その青は深く、今にも吸い込まれそうだ。そこに流れる白い雲も、足元で戦争があるとは思えない程優雅にふわふわと浮いている。
ゆっくり、ゆっくりと。
そしてその青と白のグラデーションを引き裂いて進むのは―――
「飛行機…?」
直後、スピーカーが慌てて発した警報は基地が、今立っているこの場所が、まさに戦場であることを一瞬で全員に知らしめた。
「屋内へ退避せよ!総員退避!」
基地が一斉に動き出す。表にいた人々は慌てふためき、我先にと本部に入る。本部にはシェルターがあるのだ。
そんな醜い光景などユーラの視界に入っていなかった。彼の眼に映っているのは、超音速で飛行するその物体のみ。
旋回を繰り返し、時折攻撃するかのような素振りを見せる。しかし武装はしていないように見えた。
空のハードポイント。
欠けた主翼。
明らかに様子がおかしい。
そのエンジンノズルは黒煙を吐き、キャノピーを覆っている装甲板は半分以上が剥離していた。
『Declaring emergency』
そんな言葉が聞こえた気がした。
爆音。
航空機はより激しく黒煙を吐きながら、きりもみ状態で数マイル先の森へ飛び込んだ。すぐさま放送が鳴り響く。
「第三小隊、確認へ向かえ!」
即座に第三小隊は集合し、現場へ駆けて行った。急に沈黙が基地を覆う。
さっきまでの騒がしさが嘘のようだった。しかしすぐにその平穏は幻想であることに気づかされる。
「待機中の全隊に告ぐ!第一級戦闘態勢に入れ!繰り返す!第一級戦闘態勢だ!」
声の様子から、事態が深刻であるのは言うまでもない。
「多数の飛行物体を確認、すでに戦闘空域への侵入を許している!」
ステルス機だったのだろう。我が軍のレーダー網をいとも簡単にくぐり抜けて来た。急遽発進させられた400機近くの要撃機が離陸と同時に急速上昇してゆく。超高高度から侵入してくるクロースカップルドデルタとそれに向かうコンパウンドデルタの視線が交わる。
「スイングロールファイターだ!」
「いや、あれは先行部隊だ…本隊は…」
「こちらクラースヌィ アヂーン!雲上に大規模な戦爆連合を確認!」
「電子戦機だ!SEADをするつもりだぞ!」
「シーニー シェースチ、AWACSを確認!」
「ワイルドウィーゼルだ!電子戦機を優先攻撃目標に設定!」
「クラースヌイ ウィルコ!」
「シーニー ウィルコ!」
「ジョールトゥイ ウィルコ!」
「こちらビエールイ トゥリー、降下してくるのはTALDだ!無視して雲上へ向かえ!」
「クラースヌイ ヂェースイチ、スプラッシュワン!」
「それはTALDだ!弾を無駄にするな!」
「要するに要撃機はいないんだろ!ならとっとと叩いてやるよ!」
「待て、上がるな!」
「今更何を言う、敵がいるんだ、黙っていたら殺されるぞ!」
「一度離れろ!それは罠だ!」
「何が罠だって言うんだ…!」
「…何だ…あれ….?」
雲上には大小様々な数百という航空機が隊列を成して飛行していた。
地上から全機確認できなくなってまもなくだった。
「ジョールトゥイ トゥリー、ブレイク!」
「被弾した!ベイルアウトする!」
「無理だ、うわあああぁぁ!!!」
「隊形を崩すな!一度雲の中へ入れ!」
「何か飛んでくる…」
「回避、回避!」
「よしっ、避け….」
直後、数十機が同時に爆発した。
「スタンドオフディスペンサーだ!」
「何っ…どういうことだ!」
「固まり過ぎだ!」
「くそっ…!これじゃ埒が明かない!」
「バイザーが…痛い…見えないぃぃ…!!」
「セールイ ドゥヴァー、ブレイク!」
「雲に入れ!」
「ダメだ!HUDがイカれてやがる!」
「ジャミングだ!ロックオンできない!」
「奴ら、DEADをするつもりだったのか…」
「既に我々は全機ノー・エスケイプゾーンにいる。こうなったら総力を挙げてぶつかるんだ!」
「「ウィルコ!」」
雲が晴れ、そこには舞い踊る数多の鉄の塊。
コントレイル。
ヴェイパー。
自然の雲ではない。
それは航空機の軌道。
爆発。
叫び。
しかし地上には、何一つとして伝わってこないようだった。
ユーラは、気力なく、ただただ、青い空を眺めていた。
「爆弾槽の開放を確認!」
「早く撃墜しろ!」
「無理です!護衛機がうるさくて近づけない…!」
「爆撃機は残り何機いるんだ!」
「4機は確認できます!」
「爆弾、投下されました!」
「高度1000ftを切る前に破壊する!ポイントAマイナス550S!」
「機銃で撃てってんですか?!」
「あんなデカいの外すわけないだろうが!やれ!」
「こちらジョールトゥイ トゥリー、皆離れて!」
その通信から十数秒後、ジョールトゥイ トゥリーは爆弾に体当たりをする。
「なっ…サーモバリック爆弾だと…!?」
その体当たりでUVCEが起こり、付近400m程の航空機が吹き飛ばされる。
次いで投下されていた爆弾にも誘爆し、次々と爆撃機が消えてゆく。
既に戦力は友軍も敵軍も半数を切ろうとしていた。
こちらは残りおよそ200機。対する戦爆連合は、AWACSと電子戦機、大型の爆撃機を全て失っていた。
「全機、一度地上へ戻れ!」
「何です、後少しでこいつらを叩きのめせるんですよ!」
「違う、そいつらは先行部隊だ!」
「何を言ってるんですか!」
「いいから戻れ!!」
「…ウィルコ。」
「こちらクラースヌイ アヂーン、全機私に続け!」
プッシュオーバーし、パワーダイブする。200程の鉄の塊が急降下してくる。
「お前らはレーダーが見えないのか!」
「見えてますよ!何も映っていない!」
「…そうか。方位210、高度100ft」
「あれは…!」
NOE飛行をしてきた超音速巨大爆撃機を中心とした大規模爆撃機隊だった。
「もう無理だ…」
「全航空機へ告ぐ、こちらクラースヌイ アヂーン。迎撃に向かう!」
「敵爆撃機隊、およそ30秒で基地上空に到達予定です!」
「対空兵器を展開しろ!」
「60秒待ってください!」
「間に合わない…」
「クラースヌイ エンゲージ!」
「CEPに入った!」
「速い、短距離ミサイルを使え!」
「シーニー アジーンナツァチ、発射!」
「カリーチニヴィ チティーリ、発射!」
「ジリョーヌイ ヴォスィミ、発射!」
次々と赤外線誘導空対空ミサイルが放たれる。それをものともせずCIWSのような兵装で迎撃する爆撃機。むしろ護衛していた機体にばかり命中する。
後続の機体に被弾した機体の破片が当たる。残ったのは巨大爆撃機1機と特殊戦闘機のみであった。
「あれくらいガンポッドで…!」
セールイ ドゥヴィナーツァチが編隊を離れる。
「待て、単独行動はよせ!」
「手柄は俺のものだ!」
ガンポッドからたった数発が発射された後、セールイ ドゥヴィナーツァチは散った。
「何だ…何があった!何も見えなかったぞ!」
「間に合わない…!」
しかし、天は彼らを見捨てなかった。
「機体が…!?」
刹那、爆撃機と特殊戦闘機が爆散する。
「何があったんだ…?!」
「総員退避!機体から離れろ!」
落ちた爆撃機はデイジーカッターのような爆発を起こし、消えた。
「敵は…?」
「こちら司令部、確認できない。」
「終わったのか…?」
「分からない。ジョールトゥイは周辺空域の哨戒にあたれ。他は帰投せよ。」
「ラジャ。」
何があったのか、まったく分からない。
司令部は気がかりだった。今回の大規模な侵攻に対し危機感を覚えていた。
ここまでの補給基地類はまったく攻撃を受けていない。
そして、謎の爆発。
地形追随飛行をしてきた全長1Kmもあろう超音速巨大爆撃機は突如爆散した。
ユーラであろうか。誰も何も分からないまま、1日が過ぎた。
司令部は昨日の戦闘で破壊した航空機の破片類を可能な限り回収するように全部隊に命令した。研究班は回収されたそれを分析する。
結果、同程度の技術の確立に成功したのである。
ここまで1ヶ月。何時次の侵攻が来るかと心配することもなくなってきた。しかし一切攻撃の様子はなかった。
それから1年。報復攻撃の用意は整っていた。
※用語解説
ハードポイント→航空機の兵装をマウントする場所のこと。
Declaring emergency→航空でのメーデー。緊急事態宣言。
クロースカップルドデルタ→航空機の主翼の形状。デルタ翼とカナードを組み合わせたもの。
コンパウンドデルタ→デルタ翼の一種。複合三角翼とも。
SEAD→敵防空網制圧。レーダーや通信施設等を攻撃し、一時的に機能不全に陥らせる作戦のこと。一般的には後続する航空機に対する攻撃を無力化する支援。
電子戦機→強力なECM(電子妨害装置)/ECCM(対電子妨害対抗手段)装置を多数搭載し、ジャミングにより敵レーダーを無力化しソフトキルするためのSEAD専用機。
AWACS→空中警戒管制指揮機。巨大なレーダーを持ち、早期警戒機の能力に加え、味方航空機の管制やデータリンクのサーバーとして機能を併せ持つ。
TALD→戦術空中発射デコイ。自ら電波を発信したりして敵のレーダーに航空機と誤認させる装置。
DEAD→敵防空網破壊。防空網を直接的に攻撃し、無力化することを目標とする。
ノー・エスケイプゾーン→空対空ミサイルにおいて、高確率で標的に命中させる事ができる射程範囲。
コントレイル→飛行機雲。
ヴェイパー→高迎え角をとった航空機の翼から発する湯気。
サーモバリック爆弾→燃料気化爆弾とも。空中で燃料を散布、蒸気雲を形成すると着火し、UVCEを起こすもの。12気圧に達する圧力と約3000度の高温を発生させる。
UVCE→自由空間蒸気雲爆発。可燃性物質が直ちに着火せず、その蒸気が大気中に雲のように拡散したのちに着火爆発する現象。
プッシュオーバー→パワーダイブすること。
パワーダイブ→スロットルを上げたまま機首を下げて降下する事。
NOE飛行→地形追随飛行。地表数百ftを飛行することを言う。これによってレーダーによる探知が困難になる。
CEP→平均誤差半径。この半径に約半数の弾が着弾する。
FOX2→自機が赤外線誘導空対空ミサイルを発射したことを友軍に知らせるコード。
CIWS→通常艦戦に搭載される迎撃兵器の総称。
デイジーカッター→地表の構造物を薙払うように吹き飛ばす爆弾などを指すスラング。




