La fin de la bataille
「現在航行中の機へ告ぐ。我々は現時点よりノーアヘルム軍と協同戦線を展開する。ノーアヘルム軍機は敵ではない。繰り返す。我々は現時点よりノーアヘルム軍と協同戦線を展開する。ノーアヘルム軍機は敵ではない。」
すっかり静まり返って古戦場の風すらも吹いている海上の空軍機内にヴィーグエルン国参謀部長のアナウンスが響く。
「ユーラは墜ちたのか...?」
「確認はしていない。こちらクラースヌィ アヂーン。これより付近一帯に対し掃射を行う。爆装している者は爆撃せよ。そうでない者は機銃でも何でも構わない。ノーアヘルムの方々にもご協力願いたい。目標はこの島だ。これよりオープンチャンネルで位置情報を発信する。この放送を聞いた者は各自目標を確認後攻撃を開始されたし。」
ビフレスト島へ続々と様々な航空機が集結してゆく。インターセプター、攻撃機、爆撃機、偵察機...更にはノーアヘルム軍は海軍の残存戦力までもを攻撃へ向けた。人類が協調して行う恐らく最初にして最後の作戦であろう。
その頃、ビフレスト島に漂着したユーラは目を覚ました。
「ん...ここ...は...」
懐かしい砂の感触。間違いなく生まれ故郷である。虐殺された者達の亡骸は既に残っておらず、島はある程度整備されていた。
「どういうこと...だろう...」
ゆっくりと起き上がり、門へと向かって歩き出す。自分でもどこへ向かうつもりかは分からない。しかしその足は勝手に彼の家へと彼を運んでいた。
そして家の中、キッチンに残された姉の遺体を庭先に埋めて2階へと上がった。
「この石版のせいなのかな...」
長老から返してもらった石版を眺めてベッドに寝転がる。今となってはここに書かれている事は殆ど読める。この島に漂着した最初の家族の記録だ。
「...そうだ。」
ふと思い立ち、ユーラは洞窟へと向かった。家を出て、海岸へと通じる門を抜けて海へ。そのまま海岸線に沿って進み、洞窟の入り口へと辿り着く。そして吸い込まれるように、闇の中へと歩みを進めてゆく。
道の中程へと差し掛かった頃、入り口の方から爆音がし始めた。恐らく追撃の手を緩める気は無いのだろう。ユーラは呆れにも似た感覚を覚えた。
それから少し歩いて、開けた場所へ出る。そこには以前と同じように石の階段があり、空が見えた。しかし不思議な事に爆撃の音どころか航空機のエンジン音すらしない。そんなことを気にかけている内にも足は勝手に前へ前へと進もうとする。
階段を登り切って、開けた場所に出ると、目の前に少女が立っていた。
「遂に、その時が来ましたね。」
少女は微笑みながら話しかける。
「どうだろう。僕は何をしにここに来たのか、ここで何をすればいいのか。何も分からないんだ。」
そう言ってユーラは俯く。
「言葉にする必要はありません。貴方には、貴方の思い通りに未来を創る力があるのです。そして貴方はそれに気付いた。今となっては貴方を止める者はいません。」
少女は他人行儀に素っ気なく答える。
「...そっか。そうだよね。ありがとう。」
ユーラは軽く少女に微笑みかけて、そして少女に背を向けた。
「なら...こんな世界...滅ぼしてやる。」
うつむき加減にぽつりと呟く。
「みんなが仲良くできないなら、みんな...いなくなっちゃえばいいんだ。戦いをする事しか頭にない人たちなんて、平和なんて謳って、そんなこと本当はちっとも思ってないのに。自分たちが頂点に立てさえすればいい、万人のその欲求が争いを生むってこと気付いてないふりをして、きっと皆知ってるんだ...それなのに、それなのに...」
自分の考えが言葉となって外に吐出され、その言葉たちが再び彼の頭に訪れるたびに彼は苛立ちを募らせた。何で、どうして、そんな言葉ばかりが彼の脳内を飛び交う。
「僕は、そんなのは嫌なんだ...だから皆、消えちゃえばいいんだ...!」
彼はいつの間にか祠の中心に立っていた。少女は彼の正面に移って、その手を彼へと伸ばす。
「いいんだよ。」
そう優しく言い放って、彼の頬に触れる。
「っ...!」
そして彼女は、彼と一体となった。最早誰一人として彼らを止められない。
彼は両手を天に向かって伸ばす。
少しして、天に一つ、光が見えた。
「おい、あれが見えるか?」
補給の為に帰投中だったシーニー ヂェースイチがオープンチャンネルのまま呟いた。
「あれって何だ...?」
それを聞いていた者達が辺りを見回す。
「上の方。方位158、75度あたり。」
「星か...?」
「何をバカな事を言ってる。あれは航空機だ。」
「そんな訳ない、レーダーで捉えられないぞ?」
「確認した。恐らく君たちの言っているのは小惑星だ。」
ヴィーグエルン側は内地に残っていたレーダーで小惑星を探知した。
「星が降ってくるだと...?」
「星...?あいつらは何をバカな事を言っているんだ...?」
ノーアヘルム側ではそれを探すつもりはなかったため、前線の兵士は疎か本部の人間ですら星が落ちてきているなど考えもしていなかったのだ。
「とにかくまずは全機撤収だ。」
「おいっ、あれ...」
撤収中のヴィーグエルン軍機はその速度を緩める。
「こちらセヴァン、あの島から光の柱が...」
その声は恐怖からか、はたまた興奮からか、微かに震えていた。
「光の柱...?」
ヴィーグエルンの司令部がざわつく。
「セヴァン中尉、詳細を説明しろ。」
少し待つもノイズしか流れない司令部は緊張が高まる。
「おい、セヴァン!聞いているか! ...くそっ、全機一時撤収!補給をして再出撃だ!奴はまだ生きてる!」
ヴィーグエルン軍機に退却命令が出される。
「海軍戦力を現地へ向かわせる。貴君達は補給して再出撃してくれ。」
ヴィーグエルン側の命令の後に続いた通信はノーアヘルム海軍情報部からだった。
「分かった、後は任せた。撤収急げ!」
「ニコライ中将、報告を。」
「我々に行けって言うんですか。いいでしょう、受けて立ちますよ。こちらは全艦無傷だ。」
「了解した。頼むぞ、セグヴィッチ。」
「任せておいてください。あんなの、ちょっと手応えがあるだけですよ。全速で該当海域へと向かいます。」
「現在より海軍の指揮権はヴォリョル級航空母艦艦長、ニコライ・セグヴィッチ中将へと全権委任する。」
「現在戦闘可能な艦は我に追従せよ。こちらの座標は...よし、公開した。」
「ニコライ中将...」
帰還中だったヴィーグエルンの者が呟く。
「誰か、呼んだかな?」
「あっ...よろしく、お願いします。」
チャンネルが開放されていることを忘れていたようだった。
「君たちも来るんだ。まあ、戻る頃に奴が生きていれば、だがな。」
「ああ、もちろん、です。」
階級ではニコライの方が明らかに上だが、つい先刻までの敵である。言葉遣いに悩むところがあった。
「行くぞ、ミャーコフ、先行せよ。」
「了解。」
艦隊はほぼ単従陣でビフレスト島へと向かった。
「おい...あれは何だ...!」
試験艦隊で唯一の長距離砲を有しているKF5667.2級戦艦の改装艦がビフレスト島を射程圏内に捉えた頃、島から発されている光の一部が集束しているのが目視で確認された。
「全艦回頭!どちらでもよい、左右に捌けろ!」
ニコライ中将の怒轟が艦隊中に響き渡る。
「光...AOSか...?」
「何をふざけた事を言っている!ジェートヴァ、前に出ろ!」
艦隊の中央あたりから小型艦2隻が前方へと進み出る。みるみるうちに2隻は艦隊の先頭へと着き、島へと直進した。
「早く避けろ!」
ニコライ中将がそう叫んだのと同時に島からAOSにも似た光線が艦隊に向けて放たれた。
「何だってんだよ、あれ...!」
矢は盾として配置されたジェートヴァ2隻のみならず、後方の試験艦隊以外の艦を全て貫通した。
「LF2242、救助に当たれ!我々は島に向けて艦砲射撃を行う。KF5667.2、長距離砲は使えるか!」
「はい、ばっちりですぜ。いつでも構わないですよ。」
KF5667.2級長距離砲撃用改装戦艦の艦長は自信ありげに答える。
「目測で構わない、あの攻撃兵器を叩け!」
「了解...っと。道を開けてください。前方!ミャーコフか。どけ!」
「そう怒鳴るな。」
ミャーコフが回避する。
「これで貴様ら...終わりだ!」
巨大な長身砲が火を吹き、核砲弾が砲身から放たれようとしたその瞬間だった。
「何があった...」
KF5667.2級長距離砲撃用改装戦艦は核の炎に呑まれて消えた。その爆風は試験艦隊の殆どを呑み込み、海上に残ったのは最早ヴォリョル級航空母艦のみとなった。
「そんな...バカな...」
士気は低下し、戦闘継続意志のあるものはほぼなかった。
「何が...いけないというのだ...我々が何をした...何故、人類を救おうとしてはいけないんだ...何故、何故神は...」
「それは僕が、神を凌駕したからさ。」
少年の声がする。
「誰だ...」
「ふふ、名乗る意味はない。」
「貴様...何を言っている...」
「人間は、平和を謳うのが好きな割には、平和は嫌いと見た。」
「何っ...!」
「これ以上話す事はない。」
「待て、何故こんな事をする...!何故、どうして...!」
しかし、いくら待てども返事はなかった。
「ふざけおってからに...機関長、全速前進。」
「了解。」
艦が不気味な呻き声を上げながら進み始める。
「神を...凌駕した...?何を馬鹿げた事を...ならば神もろとも、消えればいいさ。」
そう言ってニコライは拳銃を抜き、ブリッジの人間の頭を撃ちぬいていった。
「艦長!」
航海士も拳銃を抜くも、直後、その頭部を鉛弾が貫く。
「ふふふ...」
「銃声...!何があったんですか!艦長!ご無事ですか!」
通信機から機関長の声がする。
「ああ、全員無事だとも。そのままだ。」
艦首は島の光の柱の方へと向いていた。
「この艦には、IIAPが4発積んである...貴様らの運もこれまでだ...」
しかし、島との距離がほぼ無いにも関わらず全速で進み続けるこの異常事態は観測手の機関長への報告によって阻止されるのであった。
時を同じくして、ビフレスト島。ユーラは黙って世界の崩壊を見届けるだけであった。
「ねえ、ユーラ。」
「エレーナ...?」
「何、してるの。」
「僕は...疲れたんだ。人間が人間を憎んで、何が楽しいんだ。それも人間同士だけでやるならいい、この星までもを巻き込んで...それで一体、何になるっていうんだ。そんな、そんな無益な事する人間が...嫌になったんだ。」
「それで、嫌になったから、全部壊してやろうっていう事?」
「そういうことだよ。」
「ユーラ...それはね。自分勝手だよ。」
「どういう事っ...!」
「貴方がしてる事だって、同じじゃない。それで全てを粛清して、貴方は満足?」
「満足...できるわけないじゃん...」
「まだ、間に合う。」
「無理だよ...あはは、もう間に合わない。アーレア、ヤクター、エストとでも言おうか。」
「諦める事しかできないの?」
「どうしろって言うのさ!」
「私達ならできる。あれを、止められる。」
「でも止めたって、何が残るのさ...!」
「何も残らない。きっと、何一つとして変わらない。」
「なら何故止める!」
「新しい芽が萌える場所まで奪ってしまってはいけないでしょう?」
「...いいんだ。僕達が消えたその後は、何がどうなったって関係ないから。」
「全ての人がそう言っていたら、ユーラ、貴方はここには生まれなかったでしょうね。」
「わかったよ!どうすればいい...」
「...信じて。」
「信じるって、何を。」
「私を...信じて。」
「ああ、分かった。信じるよ。」
ユーラがその一言を放って少ししてから、天から光が差す。それはNポイント、エレーナの沈んだ場所を照らす。エレーナは光の中、海からその姿を現す。無残にも裂かれた身体は元に戻り、美しい翼を広げて天へと昇ってゆく。
「エレー...ナ...」
ユーラはその目で彼女を見た。どれほど遠くても、彼には見えた。そしてエレーナは空中で静止して星の方へと向き直る。
「信じて、ユーラ。」
声がする。
「信じる、信じてるよ。」
「ユーラ、好きだよ。」
「え...?」
次の瞬間、閃光が走る。エレーナは消えた。しかし星はその勢いを少しも止めようともせずに地表へと近づく。
「な...」
「無駄な事を。」
「あれを...あれを止めて...」
「もう私にもできません。」
「そんな...エレーナは...」
「彼女はあの星に体当たりをしたんですよ。」
「っ...!」
「しかし、無駄でした。あまりに呆気ない最期でしたね。」
「ふざけて...」
「全ては貴方のせいですよ。ユーラ。」
「僕の...せい...」
「貴方が悪い。」
「僕のせいで...エレーナは...」
「彼女だけじゃない。この星が、滅ぶ。」
「ようやっと分かった...」
「何が、ですか?」
「僕の、すべきこと。」
「...そうですか。」
「僕はあれを...」
ユーラは目を瞑る。
「止める。」
そしてその目を開き、今まさに落着しようとしている星を睨む。
「艦長!島が!」
観測手の叫びでニコライは眠りから覚める。もうあれから何年経っただろうか、実際には数分なのだろうが、もう長い間眠っていた気がした。
「何だ。」
ゆっくりと立ち上がり上体を起こして島を見る。
「...何だ...」
島は光に包まれていた。海から、天から、光の球が島へと集う。
「艦長...」
「どのみち何もできんさ。」
巨大な波が押し寄せてくる。
「この艦は、海には呑まれん。」
ニコライ・セグヴィッチ中将は床に落ちた帽子を深々と被り、背筋を伸ばして正面を向く。
「私達は、伝承者の役割は担えなかった訳だ。」
ゆっくりとパネルに手を伸ばす。保安装置を無効化して、IIAPの発射シーケンスを開始する。
「艦長?!何をしてるんですか!」
「ふふ。」
IIAPが甲板上にその巨体を露わにする。
「また、会おう。」
そして手元のコンソールのボタンを押す。
「ミッション中止、弾頭破棄。」
その冷たい合成音声のアナウンスと共に、艦は光に包まれて消えた。
「もう、これしかないもの。」
ビフレスト島は海を離れた。巨大な島が宙に浮いている。
「やはり貴方には、力がある。」
「今更そんなこといってどうするのさ。」
島の喫水下、僅かに尖っている所に輝く石があり、光がそこに集まってゆく。
「間に合え...!」
石は集めた光を今まさに地球に落着しようとする星へ向けて照射する。地表を抉れる程の巨大なエネルギー砲だが、全く影響がない。
「これじゃ...ダメなのか...!」
大気圏に入る。星が不気味に赤く輝く。
「頼む...間に合ってくれ...っ!」
だが、ユーラの努力も虚しく、星はその巨体を地球へとぶつける。
熱を帯びた衝撃波が島を襲い、島は崩壊してゆく。
最期の時までユーラは地球を守ろうとした。しかし島は地殻津波に呑み込まれ、蒸発して、消えた。




