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Le monde brûlé  作者: フーデリッヒ
人類の終末
13/17

La lecture de la colline de Megiddo


――ヴィーグエルン国軍中央司令部地下司令室:午前4時20分――




「...整ったか。」

「は。」

沈黙に包まれていた司令室に、椅子が音を響かせた。

「聖戦を、始めよう。」

その一言で、沈黙は破られた。

「状況コントロール開始、パネル出力します!」

「Nポイントまでのスキャン開始。結果を2番モニタに出力します。」

「第1偵察隊、滑走路へタキシング開始。1,4,6番。」

「超音速爆撃隊、次いで2,3番に移動します。」

「輸送船団、Nポイントまで移動開始。」

「全艦隊、輸送船団を取り囲んで移動開始。空母機動艦隊は後方10km地点を航行せよ。」

「こちら試験艦隊、先行する。」

「コントロール、了解。」

「おいっ、誰が5番滑走路に出ている!」

「電子戦機群だ!止めるな。」

「CC-1、編隊は1-2-2-2-5。」

「了解、編隊は1-2-2-2-5。CC-1、先行する。」

「揚陸艇は出たか?」

「こちらDリーダー、出港を確認しています。」

「ワールドマッピング完了、メインモニタに出力します。」

中央のモニターに、世界地図が映る。そこに次々と情報が入力され、味方の艦隊、航空機、それらの武装、速度、高度等が記されてゆく。

「ユーラから準備完了との知らせが。」

「彼は、制御出来るのか。」

あの時以来、彼は徐々に自らの力に気付き始め、一度は本人の意思で翼を展開させたが、収納できずに体力を失って倒れこんでしまったのだ。

「本人は、大丈夫だと。」

「とにかくひとまずは最終ラインの輸送機に載せておけ。」

「は。」

司令室のメインモニタに映った光点が徐々にNポイントと呼ばれる場所へ集結してゆく。

航空機は偵察機と第1電子戦機群以外離陸準備ができており、攻勢は整っていた。

「今度は我々から攻めこませてもらう...見くびってもらっては困るのだよ...。」





――ノーアヘルム海軍所属レーダー艇“マナナン・マクリル”:午前5時40分――





「艦長。」

それまでCICはいつも通り、ただ淡々とポイントを維持していた。

このマナナン・マクリルをはじめとしたレーダー挺は、海上の動くアンテナ局として航海を行っているものであり、数年前まではブイがしていた仕事をしている。

「何だ。」

「方位080よりこちらへ接近する友軍艦隊、航空隊を確認したのですが...」

「こちらも捕捉しました。」

「機体詳細、所属部隊コード、その他一切の情報が...不明です。」

「ならば敵だろう。」

艦長はまるで興味がないようだった。

「本部に伝達します。」

「情報ブイを発射して撤退だ。」

「情報ブイ発射、目標は。」

「方位080、距離7000。」

VLSがそのハッチを開け、中から情報ブイと呼ばれる情報収集用ブイ弾頭を搭載した長距離航行ミサイルが発射される。

「針路変更、方位290、全速で海域より離脱しろ。」

「頭290、撤退します。」





――ノーアヘルム海軍情報部:午前5時45分――





「マナナン・マクリルより緊急入電!」

「何事だ。」

「情報を一切持たない、「友軍」と識別される大部隊がこちらへと向かっているとのことです。」

「どういうことだ。もっと詳しく説明しろ。」

「見ていただいた方が早いかと。」

「うむ、ならば映せ。」

「はっ。」

最高責任者である中尉の手元の端末にワールドマップが映し出される。

「こちら側のものには基本的にすべて識別用の情報がインプットされており、このように...」

技術者が自分の手元の端末をいじると、それがそのまま中尉の端末へも反映される。

「確認が出来るのですが、こちら側の部隊、一つとしてその情報を持っていないのです。」

「ということは、偽装した敵か。」

「中央線から方位270へと向かっていることから、そうであると推測されます。本部へ送りますか...?」

「いや、いい。我々のみでどうにかなる。」

「了解しました。」

中尉は、完全に油断しきっていた。数こそ多いものの、大した部隊ではないだろうと。

「哨戒部隊に打電、『敵大規模艦隊接近中、確認次第牽制乃至先制攻撃をかけ、後続する空母機動艦隊の囮となれ。』」

「あの大艦隊相手に哨戒部隊を投げかけるんですか...?」

不安を隠しきれずに思わず口から考えが出る。しかしその返答には迷いがなかった。

「ああ。」

ただ一言、それ以上何も言う事はなかった。

「...了解しました。」

そう言って、彼は部屋を後にした...





――ノーアヘルム海軍哨戒部隊司令部:午前5時50分――





仕事もなく、司令官は椅子に深々と腰掛け半ば眠りに落ちていた頃だった。

扉が急に開き、下士官が司令室に転がり入って来て司令官に電報を渡す。

「何だこれは...」

「情報部からです。」

ひと通り読んで、顔を上げる。

「我々に死ねと言うのか...?」

不機嫌そうに司令官は報告に来た下士官を睨みつける。

「私に聞かれても。」

「仕方ない。至急戦闘配置、哨戒用の装備でいくが、艤装は少し前に第2艦隊から借りたのを使え。」

「まったく迷惑な話です。足の遅いのはいりませんよね。」

「沈めたいなら連れてけ。乗組員もいないだろうに。」

「は、はい...」

「すぐに出港する。」





――ヴィーグエルン国軍中央司令部地下司令室:午前6時15分――





「敵側に反応、艦隊です。」

「規模は。」

「小型艦艇4隻、中型が1隻です。」

「奴らはなめてるのか?」

「分かりません。しかし技術力は確実に彼らの方が上です。気は抜けないかと。」

「まあ、例のエネルギー兵器もあるしな、分かった。気をつけよう。」

「こちらグラス1!」

偵察機からの連絡にそれまで小言が飛び交っていた司令室が一斉に耳を傾ける。

「敵艦隊を目視しました!あれは...哨戒艦です...」

「何っ...?」

「間違いないでしょう。武装は恐らく殆ど積んでいないでしょう。高速艇群です。」

「司令、本隊はレーダーに捉えられていないだけで既に裏を取られているとか、喫水下にいるとか...可能性は無いわけではありません。」

「...そうだな、こちらもまとめて潰されては敵わん。部隊を分断しよう。」

「了解しました...こちら司令部。」

オペレータが艦隊に向けて隊の二分化と第一級戦闘配置命令を発令しようとした、その瞬間だった。

「何だっ...!?」

司令部の電子端末の画面が一斉に乱れ、消える。

「何があった!状況確認急げ!」

一瞬にして慌ただしくなる室内。

「ジャミングかっ...これでは艦隊は独立する...!」

「彼らに伝達ができていない...出来る限り早くシステムの復旧を!」

そして、数分間の後であった。

「復旧!」

なんとか全システムは復旧したが、そこには信じられないような光景が広がっていた。

「艦が...」

艦隊を監視していた者のその一言をきっかけに、混乱の波紋は広がっていった。

「グラス・チーム、確認できません!」

「レーダーに反応なし、艦隊、航空隊、全てロストしました...」

「そんなバカな!?通信は、通信はできるのか!」

「無理です...当該領域に反応する者なし...」

「何があった...」

「消滅した海域から微弱なエネルギー反応があります。」

「本当に彼らは、消滅したのか...?」

「そんなはずはない...あそこにはユーラがいる...大丈夫だ...きっと...」

最早司令部では誰一人としてそれ以上の追求をしようという者はいなかった。

「我々も彼らも、死ぬのを待つのみか...」





――ノーアヘルム海軍情報部:午前6時20分――





「中尉!」

「ああ、事態は把握している...」

下士官が息を荒らげて会議室へと飛び込んで来る。

「どういう事ですか...何もしないんですか!」

「何も出来ないんだっ!」

中尉は机を力強く叩く。その堅く握られた拳が全てを語っていた。

「...何があったんですか...」

「分からない...全く、分からないんだ...」

「そんな...」

静寂が会議室を包み込む。少しして、中尉がふっと席を立つ。

「どうか、なさったんですか...?」

「当たりたい所が、ある...」

「...分かりました。」

下士官は会議室を後にして、情報部のコントロールセンターへと向かった。午前6時18分、海軍の全施設から有線通信で「システムが不安定な上無線設備の一切が使用不可能だ」との旨の通信を受け、慌てて中尉に報告に向かったのだ。

「コントロールセンター、どうだ!」

またも彼はコントロールセンターのハッチが開き切らない内に室内に飛び込み、叫んだ。未だ混乱の渦中にあったコントロールセンターの人間は誰一人としてそれに反応しなかった。

「どうなっている...!」

通常では慌ただしく光点が動き回っているメーン・スクリーンには、まっさらな世界地図のみが映っていた。

「何も、無いんです。まるで世界から兵器が消えたかのように...」

「そんな事があるはずが...」

「じゃあこれは何なんですかっ!!」

皆血気立っていた。正気を保てる訳もない。これでは話にならない。そこでふと中尉の言っていた事を思い出した。

「当たりたい所...」

ふらっとコントロールセンターを出て、廊下を進む。ひたすらに長い廊下。殺風景で、普段は到底感じない寒気を感じる。

彼はまるで霊でも近くにいるかのような得も言われぬ恐怖感に襲われていた。その足取りは重く、しかし着実に前へと進んでいた。身体が前へと吸い込まれるように傾き、嫌でも足を前に出さねば倒れてしまうのだ。

そして彼は海軍情報部を出て、基地内に空いている車両を認め、それに乗った。

それに気付いた担当兵卒が歩み寄ってくる。

「お出かけですか?」

「ああ、頼む...」

下士官の顔は青ざめ、生気は失われていた。

「どちらへ...?」

兵卒はキーを車に差し込んで回し、エンジンをかけてから顔色を伺うようにして訊いた。

「統合司令部...」

消え入りそうな声で言う。

「へ...?」

「統合司令部の中央棟へ...向かってくれ...」

もちろん彼に施設立ち入りの権限などない。

「わ、分かりました。」

少々戸惑いながらも車を出す。

その道の途中、大きな地響きと共に何か巨大な黒い物が統合司令部直属の軍施設、戦術兵器運用区と呼ばれる区画の方面から上空へと向かっていった。

恨み、嫉み、怨嗟、憎悪、自棄、破壊衝動...まるで負の感情を具現化したようで、それでいて恐らく戦場に赴くであろうその姿は。

「アーレースみたいだ...」

運転席で呆気に取られている兵卒が何気なく言い放った。神格化された狂乱、破壊。

あの漆黒の、空間を切り抜いたようなあの漆黒の物体は、破壊を齎すのだろうか。

勝利や敗北、そんなものはあの“闇”には関係ないような気がした。そして、ただひたすらに畏れる事しか出来ないのだった。





――ノーアヘルム統合司令部・司令室:午前6時05分――





「敵国の戦力分析、全て完了しました。」

「どうだ。」

「恐らく我々の技術の流用です。亡命者でもいたかという位精巧に出来ています。兵の練度から考えて、総力戦を行えば勝算は4割程度でしょう。」

「しかし案ずるな、こちらには箱がある。」

「ですが、箱についての詳細は陸海空軍の限定された上級将校のみにしか渡されていませんし、あのジャミングは自国軍も対策が...」

「構わん、“我々”が勝利すればよいのだ。」

「まさか...あの箱のみで相手を...?」

「ああ、十分だ。少しの間空海軍を泳がせておけ。」

「...了解しました。」

兵卒が敬礼し、応えるように司令も弱々しく敬礼した。そして司令は自分を見ているカメラに視線を移し、何かを悟ったように手を胸の前で組み、椅子に深く腰掛けて目を閉じた。





――ノーアヘルム統合司令部・戦術兵器運用区・戦術兵器格納庫:午前6時00分――






司令が兵卒に敬礼する様子を、エレーナは監視カメラを通して見ていた。彼女は敵が来るのを察知して、一人、またも箱と意思疎通して午前3時頃に箱へと入っていたのだ。

そして彼女は箱の中――棺のようなその場所で、死人が眠るが如く、ただ刻を待っていた。

「そろそろ、かな。」

そう呟き、ふと司令室の監視カメラの映像に目をやる。司令がちょうど目を閉じたところであった。

刹那、何かがエレーナの意識に語りかけた。

「彼も、よく頑張ったよ。」

その声の正体を探る事はなく、しかしエレーナはその言葉の意味を少し考えた。

「そっか...司令、休んじゃうのか...」

棺の中で、彼女はその間は兵器ではなかった。ただ一人の少女として、一言感想を述べただけであった。

「じゃあ、行こうか。」

気持ちを落ち着ける。そこに音は、なかった。

「電子戦用意。」

「電子戦用意。」

「情報ブイ、電子戦機を利用して海域にジャミングをかける。」

「戦術データ・リンク・システム起動、ジャミング開始します。」

「少し待ってから出る。」

「了解しました。ジャミングを持続しつつ休止状態に移行します。」

そして彼女も目を閉じた。

“私は、司令の遺志、この国の民の望みを一心に背負っている”

少しだけ、プレッシャーを感じる。しかし、それ如きに屈するエレーナではなかった。しばらくそのまま時は流れた。そしてゆっくりと、その瞳は開かれる。

「行く!ハッチオープン!」

「了解、ハッチオープン。SOB起動。目標地点を設定してください。」

「目標、ヴィーグエルン国沿岸、内陸に入ってもいい!」

「SOB、燃料残量40%。」

「構わない!」

少しの振動も音もなく、箱は戦術兵器格納庫から発進する。この箱に居る間、彼女が戦争をしているという実感をした事は無かった。

全ては夢、全ては幻想、ボードゲームをするような感覚。

「SOB燃料残量、30%。」

「メイン・エンジン点火!」

「メイン・エンジン点火了解。」

「海域のジャミングは。」

「問題ありません。」

「よし、我々は戦闘海域になるであろう海域を越え、敵艦隊を背後より襲撃する!」

「了解しました。」



あっという間だった。SOBの燃料はすでに底を尽き、推力も高度も落ちてきた。

「着水する!」

「着水了解。」

メイン・エンジンが切られ、箱は大きな水柱を作って海へと潜った。

「よし、該当海域の自軍艦をコントロールする。」

「了解、戦術データ・リンク・システム起動。接続中です。」

そしてまもなく、まさにボードゲームの様な画面が広がる。

「接続完了。」

エレーナはまず、湾内で待機していた大型の空母機動艦隊を敵艦隊へと向けて移動させ、高速艇を慎重に敵艦へと接近させる。

「哨戒艇の武装を。」

「20mmガトリング機銃が2門のみです。」

「あれであの大艦隊と戦うつもりだったと言うのか...。よし。」

高速哨戒艇を敵艦隊の間へと投げかける。まだ陽がほとんど無いので、同士討ちを避けるために撃たない者、そんな事は気にせず副砲を放つ者、様々なのであろう、高速哨戒艇はそのまま敵艦隊の中央当たりまで行ったが、そこで突然4隻が一度に消えた。

「何だっ...?!」

「解析します。」

「こちらの艦隊の到着までは!」

「後20分程です。」

「それまで情報ブイを見つけられないようにしないと...」

彼女はそこで黙った。自分が出れば良いのでは無いか、と。

「挟撃作戦を取る。試験艦隊、空母機動艦隊3艦隊、戦艦隊5艦隊、潜水艦18隻をそれぞれ南北と中央より敵艦隊へと集中させ、空母機動艦隊より発進させた艦載機と潜水艦にて先制攻撃、前方の艦隊に集中させ、我々が背後より奇襲し仕留める!」

「作戦了解、警戒状態を維持しつつ待機します。」

「今回は待ってばかりだ。」

エレーナは表情を作る事もせずに、心では少しだけ苦笑いした。





――ヴィーグエルン国軍艦隊旗艦“A”:午前6時40分――





艦長は椅子から立ちあがり、C.I.Cの中を一望してから言い放った。

「今や我々は海に出ている。陸からの命令が何だ。我々の目で見、耳で聞き、鼻で嗅ぐのだ。各艦に伝達、知っての通り通信機器は一切が使えない。旗旒信号...いや、投光信号にて伝達。」

有線通信を聞いていた艦の乗組員は士気を取り戻した。それと共に投光員はサーチライトに手をやりながら通信機に耳を傾けた。

『コレヨリ自艦率イル第1艦隊ハ針路ヲ変更セズ敵陣ヘト突入ス。他艦隊ハ各艦艦長ノ判断ニ従ワレタシ。猶、自艦ニ追従ナイシ自艦指揮下ヘト入ル者ハ其ノ旨ヲ伝エラレタシ。以上。』

投光員はまず前方、続いて後方の艦へと投光し、その艦が周辺艦へと投光してゆく。

「艦長。」

少ししてオペレータの一人がモニタから目を離して艦長の方へと向き直る。

「あの...」

「全艦隊、艦長の指揮下へと組み込まれる事を希望しております。司令を。」

別のオペレータが首だけを艦長へと向けて言った。

「...そうか。」

老いぼれた艦長は溜息を一つつき、再び椅子から立ち上がり叫んだ。

「総力戦だ!我が国は無敵だと言う事、知らしめてやるのだ!」

「「「はっ!!」」」

C.I.Cにいた全員が起立し、敬礼した。

「行動に移れ!1番から4番までの空母は護衛艦と共に最後尾へ、5番と6番は我が艦隊の右後方、左後方に位置付け!特務艦は我が艦の直後、重巡洋艦、巡洋艦隊は弓形陣に布陣し最前へ、そのすぐ後方に駆逐艦、軽巡洋艦、フリゲート艦を単横陣に配置、その後方に戦艦を左右梯陣に、その内側にミサイル艇だ!この陣形を基本陣形とし、それを5つ編成する!B、C、D、Eをそれぞれの旗艦とし、最寄りの艦へと就け!」

奇怪な陣形だった。それは雰囲気からも分かる事だろう。しかしその命令が発令された直後だった。

「前方より敵コルベット4隻接近中!」

C.I.Cの空気が引き締まる。

「対艦戦用意!ドズロフ、カリミヤの2隻は急速回頭、片舷魚雷全弾打ち切り!」

命令を受けた旗艦前方にいた2隻はそれぞれ外側を向くように急速回頭を開始した。

「混乱しています...前方にて同士討ちが多発している模様です。」

「してやられたか...しかしここで沈める。」

「ドズロフ、魚雷発射!」

「続けてカリミヤも発射!」

2隻のフリゲート艦から放たれた15門の4連装魚雷が航跡を残しつつ艦隊から離れてゆく。

「命中!」

巨大な水柱が立つ様子がスクリーンに映る。

「4隻、反応消滅しました。」

「まずは一段落だな。」

「しかし位置はすでにばれています。早い所組み直しましょう。」

「ああ、そうしよう。」

数隻を残し、中破以下の艦は着実に陣形を形成しつつあった。





――箱:午前7時00分――





「さあ、仕掛けるぞ。」

航空母艦は既に艦載機の有効距離まで到達していた。

「全機発艦、先制攻撃を掛ける。潜水艦も有効射程距離に到達次第攻撃を開始せよ。」

「了解、艦載機発艦開始します。」

無人の航空母艦の、無人の飛行甲板で、無人の艦載機が次々とカタパルト発進する。恐らくすぐに落とされる。しかしいいのだ。気さえ引ければ。

一撃離脱をコンセプトに開発された超高速飛行兵器は既に相手の視認距離に入っただろう。



最初の機の発艦から、10分が経った。

「敵艦隊、迎撃を開始しました。」

「よし、後は私がやる。」

そう言ってエレーナは意識を集中させる。幾つものヴィジョンが闇の中に浮かび上がる。超高速飛行兵器の高度を海面を擦る程まで落とし、旗艦を狙う。その隙にインターセプターを高空へと向け、垂直へと旗艦へ落とすのだ。

全ては彼女の頭で動かされている。しかしここで予想外の事態が発生する。

「敵航空隊接近」

そのアナウンスでエレーナの意識が逸れ、低空飛行をしていた機は全て墜ちた。

「無視しろ!」

「了解、脅威リストより排除します。」

そして何とか高空へと送った機体は、旗艦を発見する。

「沈めてやる...」

全機一斉にスロットルオフ、ストールターンをして一直線に敵旗艦へと向かう。

「当たれっ...!」

しかし、突如2機が爆散する。

「何だっ?!」

残るは14機、高度は21000ft、速度は既にマッハ1に到達していた。

「1機でも当てられればいいんだ...!」

しかし次々と機体は爆散して、高度10000ftでは残り2機となった。

「後数秒...!」

しかし、奇跡的とも言える艦砲の直撃弾を受け、うち1機が破壊、その破片が命中して最後の1機も僅かにコースがずれ、海面へと激突した。

「一体何だと言うんだっ!」

「当該海域東側に敵高速飛行物体群を確認。」

「あんなところから一体どうやって...!」

そう言った瞬間だった。地図上に新たに映しだされたばかりの飛行物体群のを示す光点のうちの一つが途轍もない勢いで加速する。

2倍、4倍、10倍、50倍...そしてそれは一瞬にしてこちら側の航空母艦を分断した。

「何だ...あれは...」

30機はある。あれを全て主要艦に当てられればこちらの艦隊は壊滅状態だ。

「何としても迎撃する。じき戦艦の有効射程距離だ、我々で凌ぐ!」

「...第二形態へと移行しろ!」

少しのためらいの後、エレーナは意識の中で叫んだ。

「第二形態に移行します。」

アナウンスの後、前方に光を見る。

「箱が、割れる...」

これは2回目だ。だが、やはり慣れるものではない。そして200発のAAMが放たれ、続いて対地ディスペンサーも発射される。

艦首が、見えた。

そして艦は、急速浮上する。もう沈む事は出来ない。一度顔を出せばすぐさま彼らの標的となることくらい、エレーナにもわかっていた。

「対空戦闘用意!FOJ、CIWS起動!」

「対空戦闘用意了解。」

甲板が慌ただしくなる。その直後だった。

爆風、揺れ。

「くっ...!」

敵の飛行物体が標的をこちらへと移したのだ。

「ECMブイを撒け!対空ミサイルとCIWSの弾もだ!回避機動!」

「ECMブイ装填...射出。ロック機構停止、CIWS、対空ミサイル、掃射します。」

空に向けて大量の弾薬がばら撒かれ、発射直後のミサイルにも当たる程密度は高かった。直後、艦前方左舷側に巨大な水柱が立つ。

「2機目、逸れました。」

「その調子だ。」

しかし飛行兵器の機動は不可解で、海面近くまで急降下して直線的に向かってくる機もいた。

「右舷装甲損傷率20%を突破。」

「次機の着弾直前に艦側部装甲爆破パージを行い、AAFS、AACSを一気に投げ出す!」

「了解、艦側部装甲爆破パージ用意。」

「AACSはデコイ・モードだ。機関を暖めておけ。」

「チャフ散布弾発射!分裂弾頭ミサイルを1番から20番に装填、撒け!」

「了解。」

「次いでレーザーCIWS、群に照射!」

「了解。」

「敵機、来ます。」

「パージ!」

艦側部の400mmAM装甲が勢い良く船体から離れ、敵機はそれに体当たりする。

「上手くいったな。」

30機のAAFS、12機のAACSが次々に飛び出し、AACSが狂ったように踊り始める。

「本艦に向かってくる場合はAAFSを5機まとめて盾に!」

上空より次々と襲い掛かってくる見えない恐怖は、コンピュータでしか太刀打ち出来ないと判断し、エレーナは休んだ。

ただ、艦の揺れに今までに無い不安を感じながら。





――ノーアヘルム統合司令部・司令室:午前7時30分――





「全艦隊、敵艦隊と交戦を開始しました。」

「うむ...箱は、どうだ。」

いつまでも起きない司令の代わりに、副司令が指揮を執っていた。

「箱は敵艦隊の後方にいます。先程第二形態へと移行した模様です。」

「しかし...」

メインモニタに映る光点を見つめながら副司令は顔をしかめる。

「航空戦力は、どこだ...?」






――ヴィーグエルン国軍艦隊旗艦“A”:午前7時55分――





「撃ち尽くせ!全弾叩き込んでやるのだ!」

後方で大きな爆発を認め、一隻、巨大で不気味な漆黒の船舶に退路を塞がれて四面楚歌となったヴィーグエルン国海軍は、最早背水の陣を強いられていた。

「後方の敵艦、こちらへ撃ってきませんが...」

「気にするな!今は撃ってきている正面の戦艦を相手にするのだ!」

戦況は優勢だった。敵の戦力の6割は沈めている。

「航空隊の支援が受けられないのは少し辛いが、この海戦、勝ったぞ...!」

「っ...!!」

急にすぐ前のレーダー要員が席を立った。

「どうした...?」

振り向くその顔は血の気を失い、死人のように真っ青だった。

「黒い...船が...」

「メインモニタに映せ!」

メインモニタに巨大な漆黒の船の船首が左右に割れているのが見えた。まるで魔界への入り口が大口を開けて我々を飲み込もうとしているかのようだった。

「何だ、あれは...自沈か?」

自爆、自沈、そのような単語しか浮かばなかった。

「敵艦隊、壊滅状態です!」

電信担当の者が叫んだ。

「ええい、全艦回頭!あいつを叩け!」

「しかし自沈...」

「いいから叩け!」

「了解っ!急速回頭!」

その瞬間、漆黒の船が左右に完全に分かれて海中へと姿を消す。

「...」

C.I.C内は完全に沈黙していた。

「嫌な予感が、する。全艦回頭中止、残った敵艦隊に集結して畳み掛け、そのまま沿岸設備を破壊、上陸する!」

既に北部戦線、南部戦線は戦闘が終了しており、順次集合しているところであった。戦艦も全艦沈め、残る相手はフリゲート艦と航空機を失った航空母艦等のみであった。

「後方!海中より何か来ます!」

再びメインモニタに先程船が沈んだ場所が映る。そして、海中から2本の巨大な何かが姿を現すのを見た。

「迎撃だ!後方全砲門、狙わなくとも良い、撃て!周辺艦にも伝達、総力を挙げて迎撃せよ!」

しかしその“何か”が完全に水上に出てから、それがミサイルである事は一目瞭然であった。それも、途轍もなく巨大な。

片方は北へ、片方は南へと向いているようだった。

「とにかく撃て!」

砲弾が飛び交うが、有効射程ではない。砲弾は届かない。そのままミサイルは雲上まで上がり、消えた。

「あれは何だ...」

「敵陣へ、逃げる。」

「へ...?」

突然の艦長の命令に、場が固まった。

「敵艦隊へと突撃する。仮にあれが降ってくるとしても、敵の一隻は巻き添えにしてやる!」

誰もが耳を疑ったが、拒否する理由はなかった。

「全艦全速前進、敵陣へと特攻する!」

「艦、全速前進!」

艦隊が動き始める。しかし敵艦の放火はすでに止んでいた。

「撃ってこない...何故でしょう...」

「乗員が退避したか...?しかしボートは出ていない...」

「潜水艦も感のあったものは全て沈めました。」

「何だ...寒気すらする。」

刹那、甲板上にいた者から有線で「空に僅かな光を見た」との伝達があった。

「遥か後方です。信号弾か何かでしょう。」

だが、その読みは外れた。

「高速で飛来する物体、多数!」

「何だこの数は...!」

「針路計算...当艦には命中しませんが、あの数百発の内数発は艦隊に命中します!」

「そんな物、大した被害では無い!気にするな!」

対空迎撃もせずにいたが、数十秒後であった。

「あれは...核か?!」

艦の右遠方で巨大な爆発があった。

「対空迎撃開始!!急げぇっ!!」

海面や船舶に弾頭が命中するたび、巨大な爆発が巻き起こる。

「とにかく走れ、走るんだ!」

薙ぎ払うように扇状に北と南から攻めてくる爆風の嵐は、遂に中央に寄ってきた。

「無理です、回避できません!」

しかし、旗艦のいる艦隊に損害は及ばず、間一髪の所で弾頭は降らなくなった。

「くそっ...しかしあの艦は沈んだ...」

「しかし後方待機の航空支援も要請できず、最早孤立状態です...」

「だが敵艦ももういない。見ろ!」

興奮した口調で艦長は叫ぶ。

「確かに...」

メインモニタに映されている光景に艦はいなかった。

「よし、沿岸に陣を敷いて艦砲射撃、ジャミング元を殴る。」

「しかしどこにあるかも分からない...」

「我々にできるのは待つ事のみ。ならばその間、少しでも国に尽力しようではないか。」

「...はい。」

「後方!まだ来ます!」

「何ぃっ!?今度は何だ!?」

「白い...人...です...」

「何をバカな事を...!」

拡大された海上に浮かぶ光は、確かに人の形をしていた。

「何だ...あれ...」

それを認めたすぐ後、光から閃光を放つ翼が左右へゆっくりと広がる。

「神...なのか...?」

そして少しずつ近づいて来る。

「撃て、あれを撃て!」

「は、はっ!」

砲門を人へと向けた瞬間だった。

衝撃が艦を貫く。

爆音。

船体は、まるで何かが中央を高速で通り過ぎたかのように、分断されていた。

「ダメージ・コントロール、急げ!」

「無理でっ....」



そして艦は、その水兵の言葉と共に、呆気無く、海へと呑まれたのであった。

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