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Le monde brûlé  作者: フーデリッヒ
ノーアヘルムの悪夢
11/17

Apparition de Dieu

「さて、エレーナの設置は完了したか。」

「は。」

「これでフィールドが作動するはずだ。」

「試験を開始します。」

「よし、後は任せた。」

私は敬礼すると部屋を出て、コントロールセンターへ向かった。コントロールセンターと呼ばれている部屋は、先週まで物置だったが数日前に様々な機材が運び込まれ、今は艦のC.I.Cのようになっている。

カードをかざし、センターの中へ入る。すでに全てのコンソールに人員が配置されている。中央の椅子へ腰掛け、息を吸い込む。篭った空気だった。

「総員、準備はいいか。」

「エネルギー抽出準備完了。」

「HLTSハイレベル・トランスポート・システム起動。」

「全システム、オールグリーン。」

「被験体、沈黙しています。L-A-0107。FF/FN/TT。」

「ルーヴァンに繋げ。」

「は。」

すぐに中央の画面に男の姿が映る。

「どうしました、主任。こちらには何もありませんよ?」

「シェルターに入って様子を見てくれ。稼働する。」

「了解。」

「エネルギー抽出開始。」

「変換装置作動率21%。」

「抽出装置から変換装置へのケーブルの熱が予測値を上回っていますが。」

「気にするな。」

「HLTSへのエネルギー供給開始。」

「エネルギーコア捕捉。照準。」

「よし、予備照準器作動。」

「予備照準器作動。照射5秒前。」

「前線の電子兵装を落とせ。」

「全システムシャットダウン。」

「予備照準器作動。照射。」

「空間隔離。」

「空間隔離開始します。エネルギア・シャフト開放。」

「空間隔離0.7μm。主照準器作動します。」

「構わん。」

「主照準器作動。エネルギーコア捕捉。」

「伝導レーザー起動。照射!」

「全員、ヘッドフォンをミュートに。」

「3...2...1...HLTS作動!」

「稼働率30%...40...46...大丈夫そうです。」

「変換装置作動率80%超。」

「空間隔離装置、1μmで固定。」

「フィールド、起動します。」

「よく見ていろ...これがイージスの盾の誕生だ...。」

「起動!」

右手前の男がコンソールにあった小さなボタンを押した瞬間、モニタに映っていた小さな小屋から薄い、青い衝撃波が広がった。衝撃波は周辺の木を傾け、電子兵器を破壊し、防衛設備までもを破壊した。それだけではない。そこに配備されていた人々まで死んだ。

「高エネルギー、来ます!」

「向こうのエネルギー循環は。」

「完成しています。」

「接続遮断!経路変更、HLTSの照準、ポイント4。」

「ポイント4了解。経路変更完了まで15秒。」

「衝撃波到達までおよそ40秒です。」

「間に合うな。よし。」

「経路変更完了、フィールド、展開しました。」

「相殺できそうか。」

「恐らく。」

こちらの基地からも同じように衝撃波が発生する。

「衝突まで、5...4...3...2...1...衝突!」

「磁気が乱れました。」

「それだけか。」

「それだけです。恐らく向こうのフィールドは確立したかと。」

「通信は。」

「遮断されています。」

「試験をする。AOS(サジタリウスの矢)起動。」

「AOS起動。エネルギー供給開始。」

「照準、方位210、仰角5度。」

「方位210、仰角5!」

「供給率70%。」

「照準安定装置作動。」

「メインバレル固定。」

「エネルギー供給率100%。」

「撃てぇ!」

「発射。」

基地の前線側、その地下から姿を現す全長50m程のエネルギー収束砲から矢が放たれる。

「弾かれました。」

「よし、フィールドは作動しているな。」

「よくやった、HTLS経路変更、ポイント1。」

「ポイント1了解。」

「全システムシャットダウン。損害状況の確認に移れ。」

「は。」

「さて、面白い物が見れるぞ...。」




「うぅ...」

再び、エレーナは長い眠りから醒めた。

「ここ...どこ...?」

暗かった。しかしそこはあの夢ではない。何かに繋がれていたが、しかし恐らくここはあの箱の中ではないだろう。

「被験体を摘出します。ハッチオープン。」

「ハッチオープン。保護液排出。意識レベルは依然固定数値のまま。」

「慎重にな...こいつは怒らせちゃいけない感じの奴だからよ...」

「は。」

うっすらとした意識の中、頭に声が反響している。

「暖かい...やはり人間なのか...」

「可愛い女の子だもんな。まさかこの子が兵器だなんて...」

「私は兵器じゃない。」

私は何も考えてなかった、寧ろそんな余裕は無かったのに、誰かが私の口を使って言葉を発した。

「なっ...!」

「私は自律した生命体だ。君達は私を使い切れていない。私は仕方なく使わせてやっているのだ。」

「何を...」

「とにかく...運ぶぞ...。」

私を抱えている男の手は震えていた。

「歩ける。」

私の口はそう言うが、身体に力が入らない。

「分かった、だが保安の為に手錠を...」

「付けたところで何の役に立つ。まあそれで君達が一瞬でも安心出来るならいいが。私は抵抗はしない。君達に協力しよう。」

「そ、そうか...手を出してくれ。」

私は地面に下ろされ、無言で手を差し出すと、その手に手錠がかけられる。

「どこへ向かっている。」

私は私の発している言葉の冷徹さに恐れすら感じていた。それはまるで氷の様で、単語が突き刺さるようだ。

「言えません...」

「行けば分かる。」

「は、はい...」

しばらく歩かされて、見覚えのあるところへ差し掛かった。

「...研究区画。」

「っ...は、はい。」

「今のが第一ゲート。地下施設にでも監禁するつもりか。」

「我が軍はあくまで保護という形で...」

「監禁、だな。」

「そう、です...」

ここまでくると隊員が可哀想にすらなってくる。

「こちら護送班、被験体を護送中。どうした。」

先程まで無言で歩みを進めていた前の兵士が無線機に向かって問いかける。

「D-2ゲート警備担当のファービッシュです。」

よし、この隙に少しだけいたずらしてやろうと思った。現在私の警備についているのは計10名。

私の頭にショットガンを突きつけているのが2名、5mほど後方に横一列に並んで軽機関銃を持った兵士が4名。私の左に手錠で繋がった兵士が1名、右前方に無線を持った人間、私から8mほど前方にアサルトライフルを持った兵士が2名だ。

10秒ほど考えて、行動に移る。

急速にしゃがみ込み、両手を広げて左右のショットガン兵の足首を打つ。するとショットガン兵は2人とも見事に宙返りする形となる。宙返りしている兵の身体が地面と並行に下を向いた瞬間、右手でショットガンを奪い、持ち直して手錠の鎖を撃つ。この間およそ3秒弱。

そのままバック転をしてショットガンを投げつけ、後方の右1人の軽機関銃を落とす。

その隣の兵士の軽機関銃を踏みつけるように着地し、しゃがみこんでさらにその隣の兵の手首を打つ。

地面を蹴り、最後の1人の軽機関銃に突進して奪い取り、身体を翻して前方に向き直る。見ると、アサルトライフルを持った兵がこちらを向こうとしていた。すかさず構え、4発。2発は右の兵のライフルの銃身に当たり、もう2発は左の兵のライフルに穴を開けた。

振り返って床に落ちた軽機関銃に穴を開け、壁に向かって投げつけつつ振り返る。駆け抜けながらショットガンを拾い上げ、壁に叩きつけて折る。

そして拳銃に手をかけた中央の2人の間を抜けつつ、拳銃を奪って投げ捨てる。最早誰も武器を持っていない。武装解除できたんだ。そんな優越感と共に最前列の兵士の間を抜け、地面を踏み込んで方向転換した瞬間だった。

「っ...?!」

弾丸が脇腹をかすめる。思わず立ち尽くして、呆然としている10人の奥に立っている人影にフォーカスを合わせる。

「お嬢さん、少々暴れすぎですよ。」

そこには小型拳銃を構えた上級将校の姿があった。

「海...軍...?」

「そうです、私はエヴゲニー・アブドゥヴァリエフと申します。」

「...いい腕だ。」

「それより、貴方は何をするおつもりで?答えによっては、今度は当てなくてはなりませんが。」

「今のはわざと外した、と。」

「質問にお答えください。」

「小手調べだ。」

「ふむ...ならば素直に監禁されるおつもりですか。」

「まあ、抜けようとすればいつでも抜けられる。私は協力すると言っている。」

「その言葉、信頼しても?」

「むしろ私が協力しないつもりならばこの基地は既に消えている。」

「ほお...どうやって?」

「ならば少しだけ、お見せしましょう。敬意を払って。」

私は最早私が私でないような気がしてきた。こんなのは私じゃない。だが、これが私なのだ。認めざるを得ない。

静かに右手を左の肩に当てて、思いっきり右に伸ばす。それと同時に、背中の右側から光の集合体のような小さな翼のようなものが現れる。

「こういうことです...。」

少しだけ身体が浮き、直後、基地に衝撃が走った。

「うわわっ?!」

エヴゲニー以外の全員がよろけた。一回だけの衝撃だ。

「どうでしょう?」

私の翼は先端から消えていき、地面に足がつく。

「素晴らしい。なるほど。」

「なので、監禁しても大いに構いませんが、出来れば自由行動を許可していただきたい。」

「掛けあってみよう。ただし。」

「ただし?」

「もう、暴れないでいただけると助かります。」

「努力する。」

「ふむ...貴方とは気が合いそうです。」

「ああ、よろしく。」

このやりとりを唖然として見ているこの10人の兵士は一体何を思っているのだろう。

「ということで、あなた方の任務は完了した。」

皆が無言でこちらを見ていたが、一人が立ちあがって去ると、残りの人々も追従した。

「さて、外の空気でも吸おうか。」

既に“私”は、存在を失いかけていた。意識は私にあった。だから、私は私の行動の原因も分かるし、次すべきことも分かった。

もう私はシャリエ・エレーナではない。しかし誰かと問われれば、シャリエ・エレーナなのだ。

と、警報。

「警戒衛星より報告、ヴィーグエルンの戦爆連合と連合艦隊がたった今第一警戒ラインを通過したとのことだ。各員、兵舎へ戻り許可があるまで一切の外出をしないこと。尚、我が国は沿岸に新兵器を設置したため、内陸への侵攻の心配はない。繰り返す...」

そう、この国には私と、私を半永久機関として使用するハイテクノロジーな兵器がある。もしかするとヴィーグエルンの侵攻を防いでいるだけでこちらは一切の被害なしにあの国は壊滅するのではないかというほどの戦力だ。

今回、新たに内陸の作戦本部への侵攻を防ぐ目的で、半円状(というよりはドーム状と言ったほうがよいか)のエネルギー・フィールドを展開した。ちなみに、そこには当然迎撃兵器も用意してある。長距離狙撃が可能な瞬間照射レーザーだ。エネルギーはフィールドからわずかながら持ってきて使う。しかし極微量な為、ほとんどフィールドの動作には影響しない。そしてそのレーザーに照準を送るのは警戒衛星と前線のレーダー設備類だ。これらによって取得された情報は本部の高性能コンピュータによって処理され、レーザーへ送られる。よってレーザーは一度に数十という標的をロックオンでき、エネルギー・フィールドがレーザーに干渉することによってレーザーの屈折、拡散が可能となる。

「第一波、来ます。」

何故かコントロールセンターの声が聞こえてくる。しかし第一波は第一警戒ラインを通過した報告から4時間程経った時の事であった。

「戦爆連合の沿岸への爆撃、同時に艦隊による艦砲射撃が開始されました。」

「足並み揃えて来たな...無駄な事を。」

「沿岸部の設備は壊滅状態です。戦爆連合、引き返します。」

「どうせあんな設備は空だよ。飾りさ。」

「揚陸艇を7艇確認。」

「放っておけ。どうせ森林やらでこちらまでは来れまい。」

「対空設備などをあさっているようですが...」

「どちらにせよ今動けば色々とまずい。待つんだ。」

「了解しました。」

きっと彼らはまさかあんな超兵器が待っているとも思わず、しかも運良く沿岸に敵がいなかったので潜入に成功したとでも思っているのだろう。

「撤退しています。」

「何も見つけられなくてさぞかし悔しいだろうな。」

「っ...待って下さい!」

「どうした?」

「警戒衛星より、第一警戒ライン上空、超高高度を飛行する大型の機体が...1...2...」

「いや違う、あれは固まっているんだ、拡大しろ。」

「何だこれは...?!奴ら総力戦でも仕掛けるつもりか...」

「今からでも4時間近くあります。戦闘配置を...」

「いや、あの兵器だけで十分だろう。」

「テストもせずにそんな...!」

「彼にやらせろ。」

「でも...」

「聞けないというなら出て行ってもらう。」

「...了解しました。」



そのやりとりから4時間、私はコントロールセンターへ赴いていた。空を埋め尽くす鉄の鳥の大群が来た。カメラからの映像を見ていると、まるで世界を世紀末へ追いやる悪魔の大群を見ているようだった。

「そろそろあいつに動いてもらわないとな。」

「“イージスの盾”のあたりの磁場がおかしい...空間が歪んでいるようです...」

「何があったか確認を...」

直後だった。大量にいた爆撃機の半数が突如爆発、炎上して墜落してゆく。

「すごい...」

「敵爆撃機、爆弾槽開放!」

「爆弾を投下しつつ旋回しています。撤退命令でしょうか。」

「これだけの数が失われれば仕方がないだろうな。」

「支援機と思われる機体群が急速降下中。」

「ん、フィールドの位置がバレたか...?」

「いえ、恐らく攻撃元の捜索かと。」

「機銃掃射をしていますね。最早見えない敵と戦っている感覚でしょう。」

「支援機隊、急速離脱中。集結している...?」

「見つかったな。いや、きっと大丈夫だ。」

「再編成して向かっています。距離3000。」

「何故撃たない...?」

「私は分かりません。彼と連絡がとれないのです。」

「ええい...」

「距離2500。」

「早く、早く撃て!」

「まさかフィールドの存在を知らしめたいのでしょうか...」

「ふむ...どちらにせよ我々は祈るのみだ。」

「エネルギー反応、チャージをしている...のでしょうか。」

「そんな機能はないはずだ。」

「エネルギー・フィールド内で屈折させてエネルギーを蓄積しているのでは。」

「それを広域に照射して一気に消すつもりか...」

「恐らく。」

「距離1000、ミサイル発射。」

「エネルギー、尚も増加...」

「....!」

画面上に映った密集した赤い光点が一瞬にして消滅した。

「ターゲット群、ロスト...」

「違う、奴がやったんだ...。」

「そんな...映像を!」

「映像、出力します!」

メーン・ディスプレイには燃え盛る森しか映っていない。

「やった...ようです...」

「そんな......」

喜ぶべきであろうが、誰一人として喜んでいる者はいなかった。

「艦隊も撤退するようです。」

「やった、のか...?」

「やりました...!やりましたよ!」

ようやっとざわめきが生まれてきた。しかし誰も気づいていない。上陸した揚陸艇は7、撤退したのは6のみだ。あの騒ぎでまとまって死んだか、迷ったか。でなければエネルギー・フィールドの方へ向かっている可能性もある。

それから30分、コントロールセンターの人員は解散しようとしていた。

「エネルギー・フィールドのカメラを。」

あまりに気がかりで、つい言ってしまう。

「...?」

「頼む。」

「出力します。」

画面には先程と対して変わらない風景が映っている。しかし、何かがおかしい。人が出てきている。一人...何をしているんだろう。

「倍率を。」

「どこを中心に...?」

「右側、いや、東側に人がいるだろう、あそこを注視してくれ。」

「は...。」

男へカメラが寄る。

「話している...敵か!?」

私の勘は正しかった。しかし彼らは何をしているのだろう?

「何か感知しています...熱源反応!」

「何っ!?」

センター内の雰囲気が一気に変わった。

「原因は。」

「外側の...あの男...」

「え...?」

「何を言って...」

男がフィールドに触れた瞬間、エネルギー・フィールドは炎に包まれた。

「何だ、何が起こっている!」

「男がエネルギー・フィールドを通過しました!」

「超高エネルギー反応!このエネルギーは...フィールドからでしょうか...」

「いや、収束してるぞ!フィールド中央、高度60ft!」

「フィールド内だ...」

その直後、画面が一瞬真っ白になった。

「何だ!?」

「収束したエネルギーが開放されたようで...」

「っ....!」

センター内が静まり返る。その全員の視線はモニタに注がれていた。

「フィールド...が...」

それまでそこそこ巨大な設備があったその場所には、ただクレーターと男が一人。

「あれは...何だ.....」

茂みから数人が出てきて、男を担ぎ上げ、上陸地点へと向かった。皆はそれを無言で見つめることしか出来なかった。専門家はエネルギー・フィールドの暴走だという。しかしあれは違う。きっとあの国は既に私のエネルギーを解析していて、使い道を見つけたんだ...



その事件...事故...とにかくその出来事から、4日程度が経った。

私は放送に呼び出された。メインブリーフィングルームに来いとの事だが、私は場所を知らない。手頃な士官を捕まえ、案内してもらった。

扉を開くと、所狭しと並べられた機材、使い古されたホワイトボード、そして円卓。最早そこは儀式の場であった。

「突然だが」

中年の肥えた男性が立ちあがり、こちらを見据えて言う。階級章からして少将だ。

「君に、新兵器を動かしてもらいたい。」

「偵察か」

「それを兼ねた牽制だよ。威嚇とも言う。」

「詳細を。」

私がそう問うと、中年の男の横に座っていた痩せこけた男が立ち上がる。

「これを。」

男はディスプレイを指さす。そこには円盤があった。

「何だ、AAFSではないのか。」

「少々改良した。」

「具体的な説明を。」

「まずはリサイズだ。全長、まあ形状的に言えば直径だが、5m程巨大になった。」

「それはずいぶんな肥え様で。何を食った?」

私を出迎えた少将からの視線が刺さる。

「小型の核弾頭さ。」

気にせず技術者は続ける。

「速力も僅かに上がっている。言ってしまえば一撃離脱用、まあ基本的に使い捨てだろう。」

「それを飛ばせと。」

「あの箱からでないとコントロール出来ない。事情があってな。」

「エネルギー問題か。わざわざ私のを使わずともよかろうに。」

「この速力を実現できるものはそれしかないんだ。」

「面白そうだ。乗った。作戦について詳細を。」

そう言うと、技術者は座り、今度はその向かいに座っていた男が立ち上がる。

「簡単だ。改良型のAAFSに海を越えさせ、敵地の本部に核弾頭を撃ちこみ、あわよくば帰還させる。」

「ほお、混乱に乗じて一気に攻め込んだりはしないのか。」

「失敗した時の事を考える。」

「試験を実戦で行う...いや、むしろ実戦を引き起こしかねない試験とはな。」

「我々は常に戦闘中だ。今も敵の爆撃機が上空に差し掛かっているかもしれない。」

「その通りだ。」

少将が口を挟む。

「とにかく、作戦決行は本日1600時。君は30分前には箱の中で待機していろ。通信衛星が状況を確認...」

「その必要は無い。」

私はその言葉を遮る。

「箱のその手についての性能は完璧だ。こちらで処理し、随時データを送る。」

「...了解、なお、本作戦は機密とする。」

「分かった。準備に向かう。」

それだけ言い放ち、くるっと後ろを向いて勢い良く扉を開け、颯爽と去る。

さて、私は再びあれに乗るのか...。そう思うと、嬉しさと共にほんの少しだけの戸惑いが心に生まれた。

何故だ?何を戸惑っている?

それの正体が分からないが、何かが私に“してはいけない”と。心が警鐘を鳴らしている。しかし私はそれを気に留めず、戦術兵器運用区へと歩みを進める。間違いない。これでいいんだ。そう自分に言い聞かせる。

途中、数人顔見知りに会った気がしたが、挨拶どころか目を合わせることすらしなかった。



戦術兵器運用区へと入った。ここは基地内の他のどの場所とも違う、まるで別世界だ。

「ただいま。」

誰も答える事はない。ただ聞こえるのは反響する私の声と冷却装置を始めとした設備のうめき声だけ。私はここが好きだった。ゆっくりと昇降装置に乗り、箱の中心へと向かう。まだ作戦決行まで1時間近くある。

円の中心に乗り、落下して、取り込まれ、やっと“自分”を取り戻す。周囲が明るくなる。

「おかえりなさい。」

「ただいま。」

「作戦情報がありません。」

「これから説明する。」

「いえ、脳内データを拝見してもよろしいでしょうか。」

「説明する。」

「失礼しました。」

「まず、この基地内にAAFSがある。探せ。」

「戦術コンピュータにアクセス要求をします。」

「許可する。」

「アクセス...アクセス完了、データを取得中です...」

「それを動かせるようにしておけ。」

「データ取得完了、解析完了。スタンバイ。」

「そのまま1時間待機だ。指令があるまで休んでていい。」

私がそう言った瞬間、暗くなる。騒音も殆どなくなって、まるで自分が死んだのではないかと心配してしまう程静かになる。

心地いい温度。

私は、この子に包まれて...



「よし、作戦を開始する。マイクチェック。」

無線から声がする。私は眠っていたようだ。

「マイクチェック。聞こえるか。」

「聞こえる、感度良好だ。」

「改良型AAFSのケーブルを切断する。接続はしているか?」

「接続済みだ。」

「ケーブル切断。あとはそちらの言うことを聞くはずだ。」

「了解。少し試運転をする。」

「核ミサイルのセーフティピンは抜いていない。誤射されてはたまらない。」

「冗談を言うのを今すぐやめないと司令部へAAFSごと突っ込むぞ。」

「はいはい...っと。好きにテストフライトをしれくれ。」

「了解。耐久限界試験を開始する。」

「待て待て待て!」

AAFSはその場から垂直に100ftほど浮く。

「可能な限り速度を出させろ。」

「了解です。」

後部推進ユニットから出る熱で空間が歪んで見える。

「間違っても落とすなよ。」

「貴方こそ、そういう冗談は機械に通じないのでほどほどに。」

こいつはジョークも言うのか、と少しだけ感動した。

「おい!AAFSをどこへやった!」

あまりに速度がありすぎたのだろう。地上員の混乱が聞こえるようだ。

「現在東岸に到達しようとしている。速度は約300kt。」

300kt。300海里/時で、555km/時とでも言うところか。

「まだ動作練習...」

「海は広い。」

「くっ...後は任せた。」

「セーフティピンは振り落としておこう。」

「な...何!?」

それはこの箱にも伝わった。

突如AAFSは高度を下げ、木の頂上にセーフティピンを引っ掛けて抜いて見せた。

機体が一瞬前傾したが、上昇してやりすごした。

「国内で核を起爆するつもりか!」

「モニタリングしているなら先程位置を聞く必要は無かったのではないか。」

「試験は基地内でやると思っていたんだ。」

「そうか。しかしピンは抜けたし、そもそも小型なので基地まで被害は及ばない。」

「ちなみに、向こうには当然ながら迎撃兵器が...」

「調査済みだ。」

「我々はモニタリングしている。反逆以外なら好きにやるといい。」

「言われずともそうするつもりだ。」

「通信終了。」

「さて...これが最高速か。」

「これ以上は弾頭が危険です。」

「分かった。」

「このAAFSはカメラを積んでいるか?」

「はい。」

「映像を映して。」

目の前が海と空の映像になる。速い。

「私達もこのくらい出ないのか?」

「冗談を言っています?」

「ああ、冗談だ。」

「ロックオンを検知。」

「何...?敵か?」

「友軍です。」

「友軍から...しかし船舶の影がない...潜水艦か...?」

「そのようです。」

「そのよう、とは何だ。」

「そもそもAAFSにソナーはありません。衛星を活用していますが、見つけられません。」

「まあ、ミサイルを発射するにしても一度浮上しなければならない。」

「このAAFSは機関砲を撤去していますので、全速力で逃げるのが最善の策かと。」

「そうだな。潜水艦では追いつけない。」

少しして、何か突き抜けるような感覚がエレーナを襲った。

「急速上昇!右90度旋回!」

「急速上昇、旋回。」

AAFSがその鉄の体を軽々と持ち上げた瞬間、下方ブースターの火の届く位置まで何かがジャンプした。

「魚雷っ...?!」

魚雷がトビウオのように跳ねて来たのだ。

「先程の潜水艦とは別の潜水艦の物と判断します。」

「当たり前だ。この速度に追いつけてたまるか...」

「残り4分でヴィーグエルン国西岸です。」

「了解、下方と哨戒機に警戒しつつ超低空で侵入だ。」

それから岸に着くまで海面は穏やかだった。

「対空防御システムの検知範囲はおよそ50ftからという情報があります。」

「後は任せる。」

「了解。アイ・ハブ。」

低空で木と木の間を華麗に避けながら、ほぼ減速なしで進む。これは何の問題もなく打撃できそうだ。

「長距離捜索レーダー網にかかりました。敵が対空兵器を展開する可能性があります。」

「到達までの残り時間は。」

「およそ5分。」

「間に合う...核ミサイル発射用意。」

「発射用意。」

「射程圏内に入っています。」

「いや、奴らにこれを見せてやるんだ。」

「...残り3分。」



「残り1分。」

「発射!」

「発射、確認。」

「よし、弾頭着弾地点を通過する。」

「了解、加速します。」

「待って、前方に...急速上昇!」

「急速上昇。」

彼女はカメラ越しに何か人のようなものが浮いているのを見た気がした。急速上昇は間に合わなかった。

「弾頭とAAFS、ロストしました。」

「何...あれは一体...」

「解析装置を一切搭載していないので詳細は不明です。」

「カメラの映像を解析して。」

と、無線のノイズが入る。

「何やってるんだ!」

「不慮の事故だ。これは予測出来なかった。」

「映像の解析結果は一応渡す。」

「助かる。」

「作戦終了だ。」

「作戦終了。」

そう言うと、照明が落ちる。

この短期間で2度も出現した謎の人物。きっと同一人物だ。だが、私は何か知っている。私の記憶は彼を知っている気がした。

「ん...?」

彼...何故私は、“彼”と分かったのだろうか...

彼女は旧友と再開したかのような気分の中、再び眠りについた...。

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