序章
延々と広がる闇。
それはまるで墨が霧になったかのごとく深く深く、数メートル先すら見渡せない程に空気に溶けていた。
物音一つせず、耳鳴りが聞こえてしまいそうな程静かなリゾート地。
舞台の始まりはそのリゾート地に在する定期点検日のカジノが巨大なサイレンの轟音と共に、煌々とネオンとサーチライトを灯したことに始まる。
それと同時に玄関先から堂々と走り出る2人の人影。
一人は男。一人は女。2人ともまだ20代前半というには幼さを残す容姿。
だが、2人はカールルイスのように美しいフォームでお互いにサンタクロースのような真っ白な包みを担いで走り去っていく。
「まったく!最後の最後で詰めを誤るなんて!あなたと仕事するといっつもこうなんだから!」
「100回に1回ぐらいだろ馬鹿!」
「プロとしては十分多いわ!」
後ろを振り返れば何人もの男たち。しかし、その男たちが深夜だというのに黒いサングラスに黒いスーツに黒ワイシャツに黒ネクタイと全身真っ黒な衣装で銃を片手に追いかけてくる。明らかに警備員や警察官といった感じではない。なんというか……捕まったら最後二度と太陽の下には出して貰えないような……つまりは裏稼業の人物達。もちろん、そういった人物達が関わっていることを知って強奪するカジノを定めたのだが……
「で、逃走用の車は?」
男が問いかけると、女は驚いたように言い返す。
「は!?私の車を使う気でいたの!?」
「緊急事態だ!さっさと車まで案内しろ!でないと2人供二度と朝日が拝めなくなるぞ!」
「偉そうに!」
そう言いつつも近くに停めてあった黒のGT-Rのキーを解錠し、そのまま運転席に女が乗り込み、男は助手席へと体を滑り込ませた。
「いつもの車じゃないのか?」
「車検中よ」
言い終わらぬうちに、キーを回すとV6気筒のエンジンが唸りを上げる。トランスミッションを1速にぶち込み、アクセルを全開までフカした。4WDすべてのタイヤが路面を捉え、一気に車を加速させる。すぐに2速へ。後ろにはすでにこちらを追いかける為の黒塗りのベンツに男たちが搭乗する姿がバックミラー越しに見える。
だが女は焦らない。2速の状態でエンジンを一定の圧力にキープし、できるだけ蛇行させながらまるで後ろの車が追いかけてくるのを待つかのごとくサイドミラーで後ろを確認する。
「おい、追いつかれるぞ!」
男の言葉に女は呆れてため息を一つ。
「少しは車のこと勉強しなさい。タイヤも暖めないでカーチェイス出来ると思ってんの?」
寸前まで相手が近づいてきたのを見計らって、女はトランスミッションを3速に。エンジンが爆発するほどの加速でGT-Rは走りだした。
モナコの静寂の夜に爆音が響き渡る。改造車のようなものではない。本物の洗練された甲高い音。
「振りきれるか?」
「もちろん……モナコ・グランプリも見たし、グランツリスモもやったから」
「テレビとゲームかよ!」
だが、言葉に反してF1レースにも使われるコースをGT-Rは颯爽と駆け抜けていく。だが、それでも相手は複数台。さらに……
「追いつかれてんじゃねーか!」
「そりゃ、初めて乗る車だし性能全然わかんないから……」
「それでもAクラスライセンスホルダーか!」
「あぁもううるさい!黙って後ろのトランク取って!」
男が後部座席を振り返るとそこには確かに銀色のアタッシェケースが。
おもむろにそれを取り上げ、中を開くと……一丁の拳銃が……確かワルサーPPK。ジェームズ・ボンドも御用達の有名銃。だがそんなことよりも……
「どうやって持ち込んだ…………」
「企業秘密」
短く言い終わるなり、右手をハンドルから離し、銃へと持ち替えた。そして窓を開け……そのまま腕を後ろに突き出す。照準を合わせるのはドアミラーの仕事。そして手にとってから僅か5秒間。たったそれだけで彼女は引き金を引いた。
乾いた音が空気を振動させる。銃弾は一発で相手のタイヤを撃ちぬく。モナコの道路の特徴は非常に多いヘアピンカーブ。そこで一番前の車がパンクすれば自然と後続車も巻き込まれることになる。結果は多重衝突の交通事故。もう追ってくることは出来ないだろう……
「さっすが元傭兵特殊部隊出身…………」
驚く男に女はまたため息。
「さっさと逃げるよ。これ以上の面倒はゴメンだから……」
「わかってる。アジトまで頼むよ……」
車が向かう先の空は白みいつしか朝日が登っていた。
だが、あくまでここまでが導入部分。
今回の仕事はここからが始まりであることをまだ2人は知らない……
※ ※ ※
スイスの首都ベルンには、中世ヨーロッパ都市の姿を今に伝える美しい町並みが残っている。それらの街並みは1983年にユネスコ世界遺産に登録され、一般的にはベルン旧市街と呼ばれている。
そんな旧市街の一角に他の建物よりも二回り大きな建物が存在した。入り口には表札もないが、見あげれば窓は開けられ清潔であるため、日本で言う一般企業が多数入る雑居ビルにも見える。
そしてそんな雑居ビルの中。まるで豪奢なアトリウムを思わせる一室のソファに男と女は座していた。昨夜はわからなかったが男は黒髪の美しい東洋的な銀縁眼鏡の青年。女性はと言えば赤髪灼眼の美女。スタイルも中々に良い。だが、それだけではない。もう一人中年の男が申し訳無さそうに座っている。
「どういうことだよおっさん!」
机を激しく叩き、男を先に糾弾したのは男の方だった。
申し訳なさそうに頭を下げる中年男性に男は今度は袋の中から取り出した王冠を投げつける。見ただけで目がくらむような黄金と宝石で彩られ、素人目には時価数百億にもなるであろうそれは、机で跳ね返り、味気なく床に落ちた。
「モナコのカジノにあるって情報くれたのはそっちだろ。だが実際行って、盗んでみればこのザマだ!死にかけたんだぞ!」
「いや……死にかけたのはあなたがヘマしたせい……」
「いやそっちじゃなく、金庫の中に閉じ込められかけた話……」
「あぁそっち……」
「ともかくだ!きちんとした説明を求める!」
もう一度机を強く叩くと、男は申し訳なさそうにもう一度頭を下げた。
「本当に申し訳ない……どうやら情報に若干の不備があったようだ……」
「情報の不備で命危険に晒されたんじゃたまらないんだよ!金庫に入った途端に閉じ込められたんだよ!情報が漏れてたんじゃないか!?」
「それについては現在調査中だ。何にしても、申し訳なかった。そして生きて帰ってきたことを喜ばしく思う」
まず何故このようなことになっているのかを理解頂くためには今回の事件の導入の更に前から全てを話さなくてはならない。
時間は約48時間前。一昨日まで遡る。
残り少なくなった夏のバカンスを堪能していた昼下がり……家の中にビーチチェアを出して寝ていた男の黒電話が鳴ったのは昼食終わりで子供向け番組を見ながらウトウトしていた頃だった。
「ルイス!仕事だ」
電話の相手は先程糾弾されていた中年男。ルイスと呼ばれた男は何度も使われたコードネームに嫌そうに体を起こし受話器を持ち替え、静かにため息を付いた。
「あの……まだ俺休暇中なんですけど……」
「悪いが休暇は切り上げてもらわなくてはならなくなった。早急の要件だ。モナコに行ってもらいたい」
中年男とルイスの関係は雇用主と労働者。仕事内容はいわゆる窃盗。すなわちルイスは雇われ窃盗団のリーダーだった。
「で、今回はなんです?」
「あぁ……王冠だ。ハプスブルグ家の隠し財産たる代物で、現在はモナコのグランカジノに保管されている。グランカジノの情報は後からいつものコードでFAXする」
「了解。それで、報酬は?」
「王宮が保管されているのはグランカジノの金庫室だ。そこから好きなだけ盗んで構わない」
「また保険会社が何社か潰れそうですが……」
「我々は君たちに盗んでもらう代わりに地図や現場の状況をできる限り調査して渡すのが役目だ。君たちは情報料として指定されたものを盗んでくる。ただそういう関係だ……保険会社の心配なんぞしなくて構わん」
「ご立派なこって……」
「で、やってくれるのか?」
「えぇ雇われてる身分ですから……」
そして電話は切れた。
全ては計画通りに事が進む予定だった。だが、蓋を開けてみれば大違い。
まず最初の間違いは、全員がバカンス中だったこと。ルイスの窃盗団は全部で7人。その全員がとある一つの分野においてスペシャリストの更に上を行く腕前を持っている。つまり全員が揃ってこそのチーム。だが、何度も言うが全員がバカンス中。連絡後、作戦決行までは僅か2日。結局戻ってくることが出来たのは相棒の女性。彼女だけだった。しかも愛車は定期点検中。
次の間違いは忍びこんでから……事前に内部の見取り図を中年男が提出してくれたためそれ程には苦労しなかったのだが……問題だったのはその後……
男から地図と一緒にもらっていたセキリュティのほぼすべての情報が間違っていた。そのせいでカメラには映りかけるわ、警備員に出くわしかけるわ、挙げ句の果てには金庫室に閉じ込められそうになった。
それでもなんとか脱出し、ルイスがあまりの計画との相違に苛立ちを募らせ、結果ミスをして追いかけられ……
国境を超えて、やっとの思いでスイスのアジトに戻ってきてみれば、盗んできた王冠はプラスチック製。札束も通し番号が全部同じという粗悪なコピー品。
ここでルイスの怒りがついに爆発。
そして現状である。
元々ルイスは完璧主義者な上に盗みに美学を覚えるタイプの人間。チェスで言えばできるだけ相手の駒が多く残っている状態か一つも駒が残っていない状態でチェックメイトしたいタイプ。つまりは一番美しい状態での盗みを願い、そのために計画を立てる。窃盗はその場凌ぎでなんとかなるものではない為、完璧主義者の彼にとってはある意味天職かもしれない。
だが、それだけに計画通りに行かないことに弱い。特に自分起因ならまだいくらでも手の打ちようがあるが、信頼している情報が間違っていたとなると計画自体が音を立てて崩れてしまう。
よってストレスが溜まりすぎ、その結果がこの状態。
先ほどまではドロップスをガリガリ噛み砕いていた。これ自体は彼の糖分補給の方法でありストレス発散の方法なのでそれ程珍しくもないのだが、さすがに一瓶ともなると心配になる。
申し訳なさそうにしていた中年男性は助けを求めるように女の方に目をやった。
「助けませんよ」
「フェラーリ……そう言わずに……」
女性の方のコードネームはフェラーリ。理由と何のスペシャリストなのはか追々。だが、ルイスにとってはおそらく一番付き合いも長く、相棒と呼ぶにふさわしい女性だった。
「それで……大方すでに本物の王冠がどこに移動されたのか……見当ぐらいはついてますよね……」
「いや……実はまだ……」
「頭ぶち抜きますよ……?」
中年男の頭にリボルバーがつきつけられる。
「ま!待ってくれ!見当はついてるが、確証がないんだ!イギリスのMI6にもすでに手は情報提供を求めているし、CIAも協力してくれている!後3日待ってくれ!そうすればほら!他のメンバーもバカンスから帰ってくるし車検に出してる愛車も戻ってくるだろ!」
「…………」
それを聞いてやむなくフェラーリは撃鉄を下ろし、拳銃を仕舞った。
「3日です。それ以上の猶予はありませんからね……」
「わ!わかってる!ルイス、3日後に資料は渡す。今回は分量が多くなりそうだからいつもの金庫に入れておく。それでいいか?」
「…………」
「イエスってことで!それじゃ、私はまだ仕事が残ってるから、先に帰らせてもらうよ」
そう言うと中年の男はそそくさと出て行く。流石に命の危険性を敏感に感じ取ったらしい。
ドアが閉められたと同時にフェラーリはため息を一つ。
「で、ルイス。君のことだからすでに調査は終わってるんでしょ?」
「……ま、それなりには……」
流石と言うべきかなんというか……
おそらく昨夜アジトに到着してから一睡もせずに調査しなおしていたのだろう……おそらくハッキングや逃走ルートの分析までして。器用というべきかなんというべきか……
「で、場所は?」
「ヴェネチア。だけど、3日後までは動く気無いよ。フェラーリだって、車検に出してる車戻ってこないと動きづらいし、それに他のメンバーだってこのアジトへの到着は明日だろ?やるなら万全の状態でやりたい」
「まぁ……それもそうか……」
確かに他のメンバーの分まで働かされるのは嫌過ぎる。ルイスが3役自分が3役やるのは勘弁願いたい。取り分は増えるが命あっての物種。
それに、今回はあまりに急だったからレンタカーで済ませたが、それなりに性能がいい車を選んだはずだが、やはり急調達の車は勝手が違いすぎる。
やっぱり愛車……“ベル”でないと……
それにバカンス明けということもあって必要物品が少ない。ならば、それらの調達も必要。
結局3日間というのは良い猶予なのかもしれない……
「というわけで、後のことは頼んでいい?」
……え?
ちょっと待って欲しい。その理論はおかしい。いつの間にかスーツケースに荷物をまとめ終わった彼はこちらをきょとんとした表情で見つめているが、そんな顔をされる云われはない。
「頼んでいいって……あなたはどうするの?」
「先にヴェネチアに行く。下見もしたいし……相手に気付かれるリスクは少しでも減らしたい」
「相手って?」
「俺達の行動情報を元に王冠他金庫の中身を移動させた奴。当然コッチの正体も知ってるだろうし、まとまって移動するよりは各々別々にヴェネチア入りした方が良い。日にちが違えば尚良し」
「まぁ……理には敵ってる」
「というわけで、詳しくはヴェネチアで合流。場所は……カステッロのダニエリホテルのレストラン。そこで3日後の午後10時に全員集合」
「了解」
言い残すなり、ルイスはトランクを持って出ていく。さて……自分の方はどうするか……
とりあえず、車検に出したベルを取りに行くとしよう……出来上がってなければ納期を早めてもらうためにも……
※ ※ ※
翌日になり愛車もなんとか受け取る事が出来、アジトにて他のメンバーの到着を待つ。さて誰から来るか……
と……ノックもなしに無粋に入ってきたのは老齢の禿げた老人。まるでヤクザの親分にも見えるその男はポケットに乱暴に手をツッコミあざ笑うような目線でフェラーリを見つめる。
「……フェラーリだけか……」
「テオ。バカンスは楽しかった?」
「フロリダでずっとドックレースを見ていたよ……私が一番乗りか?」
「えぇ」
軽く紹介しておくと、彼のコードネームはテオフラスト。もちろん本名は知らない。まあ、それは他のメンバーにも共通して言えることなのだが……
専門は詐欺とスリ。裏社会を数年前に引退したところを再雇用した往年の天才詐欺師。別名1000の顔を持つ男なんて言われたりもする。
そしてテオについでアジト入りしたのは今度は見るからにコミュニケーション障害を患っていそうなオドオドした東洋系の男だった。
「ケヴィン。久しぶり」
「や、やぁフェラーリ。テオも……その……僕時間に遅れてないかい?」
「もちろん。ピッタリよ」
コードネームはケヴィン。専門は情報管制と電気関係。ようはハッキングと技術さん。元FBIでアメリカ国防総省のセキュリティを欠陥だらけだと言い張り、上司に無視された為自ら国防総省のメインコンピュータをハッキング。結果、頭に銃を付きつけられるまでハッキングを止めず、そのまま解雇となった天才ハッカー。
「バカンスは何してたの?」
「あぁ……日本に言ってたよ……漫画のお祭りがあるんだ……」
「へぇ……ワンピースとかルパン三世とか?」
「いや……ちょ、ちょっとだけ違うよあはは……」
目線を逸らされた。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。そこへ残り2人のうち、ボストンバックを抱えたドレッドヘアの黒人の方が姿を表した。
「フェラ―――リ!会いたかったよー!」
陽気な感じで抱擁を求めてきた男はデイジー。もちろんコードネーム。専門は兵器と爆発物。15歳の時から死の商人の元で爆弾の製造と取り付けを行なっていた経験もある根っからの爆弾マニア。噂ではイラク戦争でも活躍してたらしい。
「テオとケヴィンが居るってことは、後はルイスだけだな!」
「いえ、もう一人……」
「あぁ!アイツなら俺と一緒さ。バカンスは2人でドバイに行ってたんだ!」
「一緒って……どこに……」
と……デイジーが持っていたボストンバッグを地面に置き……
そのジッパーがゆっくりと開いていく……まさか……
バッグの中から姿を表したその人物は全身が白のレーシングスーツで身を固め、頭は白いフルフェイスのヘルメットを被り、ゆっくりとした動作で腕組みした。
―エスパー伊藤かよ!―というツッコミはもちろんフェラーリも非常に強く感じたがあえて言葉には出さないでおく。出したら負けな気がする。
紹介しよう。コードネームはランエル。常に白のレーシングスーツを着用し、白のシンプソンのフルフェイスのヘルメットを着用していること以外何一つ不明という分かる人はわかるネタ満載な奴。もちろん性別すらわからない。専門はもちろん運転手。実力は圧倒的で全く狂いのない走行ライン、一瞬の隙もないハンドリング。正確無比なアクセルワークと、まるでどっかの赤い皇帝とかターミネーターとか呼ばれた男を思い出しそうな人物。さらに……
「ランエル。バカンスはドバイでなにを?」
「………………」
「……えっと……泳いだりした?それともショッピングとか?」
「………………」
「何か気に入った食べ物はあった?」
「………………」
3回の問いかけを行ったところで挫折した。そう……ランエルは一言も喋らないのだ……顔だけはこちらを見るけれど……噂ではモールス信号で会話をするだとか、ラジオを特定の周波数に合わせると彼の思想が聞こえるとか……
と……
Prrrrr……
マナーモードにし忘れていた携帯電話がけたたましく鳴り響く。どうやらメールらしかった。
『ドバイでは、ホテルの窓からひたすら海を眺めていた』
………………
まさか……
いや、その理論はおかしい……だって端末を操作するどころか、彼はずっと仁王立ちして堂々と腕を組んでいただけなのだから……
ランエル……恐ろしい子……
ともあれ、これで実行メンバーは揃った。もうう一人、裏役者を加えての7人。前回は2人で失敗したが今度はフルメンバー。二度目の失敗はない。
全員の顔をフェラーリが静かに見据える。
「さて……見ての通りルイスが居ないけど、彼は先に目的地で情報収集を行ってる」
「あー……それで、行き先は?」
テオフラストの問いかけにフェラーリが微笑む。
「行き先はヴェニスよ。ルイスの提案でそれぞれ別々に現地入りしてもらうことになる。テオにとケヴィンには航空券を手配しておいた。それを使って頂戴。金持ちの父親とその息子のボンボンを演じること」
「わかった」「了解」
「次にデイジーは陸路でお願いしたいんだけど……列車のチケットを取ってあるわ」
「できれば、ファーストクラスにしてくれ!」
「残念だけどエコノミーでお願い。できるだけヴェニスに入ったことをばらしたくないの」
「…………仕方ないか……」
「次にランエルだけど…………どうしようか……正直どんなことしても目立つ気がするから……」
「………………」
「またデイジーのボストンバッグの中でもいい?」
「………………」
「……駄目?」
「………………」
しばらく腕組みしてこちらを見つめた後、堂々と腕組みをしたまま、ボストンバッグに入り自分でジッパーを閉めるランエル……どうやら納得してくれたらしい。
「私は自分の車でスイスからトリノ経由でベニスに向かうから……集合場所は2日後の夜10時。カステッロのダニエリホテルのレストラン。合図はいつもどおり、ウェイターにシャンパンを運ばせるからそれを受け取って個室に来てちょうだい。そこでルイスが作戦内容を説明する。さて……というわけでココからは……」
「私の出番ですね~」
振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
「本当に良いタイミングで現れるわね……」
「商売ですから~」
ロングのフワフワ茶髪に黒の軍服という独特過ぎる出で立ち。顔は童顔で10代後半にすら見えてしまう。女性がそこには居た。おっとりした笑顔で微笑み、腰に優しく手を当て、物腰はすごく柔らかい。
「呼びつけておいて買わなかったら許しませんよ~、神様はお客様ではなく、お金様ですからね~」
だが、その物腰に反してとんでもないことを平然と言いやがった。
リリカ・グラバー。一応本名らしい。窃盗団の主に後方支援を担当してもらっている7人目の仲間。正体はかの有名なトーマス・グラバーの子孫で、裏社会で名を馳せる死の商人。ちなみにとんでもない毒舌。さらに年齢は見た目10代後半なのに、実は20歳から数えてないとかぶっちゃけ4じゅ
「フェラーリ?ぶち殺して全身の皮を剥いで中華料理店の店先に並べちゃいますよ~」
「な!何も考えてないわよ!」
「さて、お仕事お仕事」
パンパンと手を打つと、アジトの中に真っ黒な服を着た男たちがガンガン大きな木箱を運び入れる。そしてそれを開くと……そこには銃器、銃弾、バズーカに刀まで……
しかも、恐ろしいことに……
「うへぇ……全部純正品だぜ……」
デイジーの言うとおり。恐ろしいことに木箱に入ってる銃器はトカレフやガスガンの粗悪な改造銃なんてものじゃない。コルトガバメントにS&WM645 。その他用意されているモノ全てが通常アメリカなどでも一般人は持つことが許されない軍隊制式採用銃達。もちろん弾丸も手作りや裏製造品ではなく全部純正品……一体どんなルートを使えばこんな芸当が可能になるのだろう……まぁもちろん……
「支払いは現金一括のみ。ドル、円、ユーロでお支払いくださいね~」
恐ろしく値段は高い上に、支払方法もまた別次元なのだが……
「リリカ。C-4はあるか?」
「ございますよ~。何キロ程ご利用でしょうか~」
「4kg程」
早くもデイジーは買い物を済ませていた。他のメンバーはまだ前回使った予備が余っているようで手は出さない。
「リリカさん。私にはいつものを」
「毎度あり~。今回は料金2割増しですよ~」
「な!なんで!?」
「さっき私の年齢を言いかけたじゃないですか~、罰ですよ罰~」
恐ろしすぎる。ただでさえ原価の倍以上の値段だというのに。
「あ、それと作戦内容によっては別途注文するかもしれないけど大丈夫?ヴェニスまで届けてもらうことになりそうなんだけど」
「もちろんです~お金のあるところならどこでも行きますよ~」
リリカの微笑みがこころ強い。
それはさておき……
とりあえずこれで仲間と準備は整った。
目指すはヴェニス。狙うは取り逃がした王冠と今回の作戦資金。
※ ※ ※
3日後、ダニエリホテルレストランVIPルーム。
テーブルの上には高級オードブルが並び、各々の前にドリンクが並ぶ。約一名フルフェイスな上に目の前にエンジンオイルが置かれている輩もいるが……
VIPのドアが空き、最後の到着者であるルイスが声を張り上げる。
「よし、全員時間通りに揃ってるな……」
言うなり、机の上にスペースを作ってそこに資料を広げる。しかも全部紙と模型。
文明社会にはipadだの3DCGだのが萬栄しているというのに紙と模型。お陰でスペースが半端じゃない。
「さて……今回の山を説明する」
指示棒を伸ばし、まず指差されたのは数枚の顔写真。どれもそれなりに顔の知られた人物。
「ついさっきおっさんから資料が届いた。これが今回の敵。モナコの金庫から目的の王冠を盗み出した奴ら……こいつらが誰だか知ってる奴らは?」
「知ってるも何も、割と有名なマフィアの幹部とその部下でしょ」
確かルッソファミリーの幹部で名前はクラウス。
「王冠を盗んだ目的は?」
「もちろん金だろう……マフィアも最近はイタリア政府によって資金源をガッチガチに凍結されてるからな……モノがモノだけに、中東当たりの金持ちなら青天井で買うだろう……続けるぞ」
指示棒がヴェネチア市街地の模型へと移る。指した先は運河に架かる橋の上に作られた古びたビル。
「奴らのアジトはこのビル」
模型のビルの天上を取ると今度は内部構造が明らかに。ビルの中はトイレや給湯室を除けば部屋が3つ。ベッドルームとリビングと書斎。そしてリビングルームの中にひときわ大きな箱が置かれている。
「これが内部の間取り。ベッドルームは見張りの仮眠室として。書斎はシチリアの本部との連絡用に極秘回線が引かれた通信機がある。そして目的のモノはリビングルームにある金庫の中に保管されている。金庫の寸法は縦1m、横1m、高さ1m。重さは約1t……金庫は7桁のダイアル式で毎日番号が変更される。さらに番号はシチリアの本部で一括管理されてる」
「ダイヤルの番号は入手できないのか?」
テオの言葉にルイスは力なく首を振った。
「今からシチリアまで行ってる時間はない。王冠は2日後にここから運びだされどこかでオークションに掛けられる予定。誰か一人がシチリアに行きマフィアのアジトに潜入して番号を盗み出しリアルタイムで報告して金庫を開けるって手段も考えたが、そんなことしてたらタイムオーバー。王冠は売られる」
「盗むなら金庫ごと盗むしかないってことか……」
デイジーがニヤケながら語るが、それがいかに不可能なことかは全員がわかっていた。なにせ重さ1tにも及ぶモノ。持ち出すにしても台車か重機が必要だろう。ましてや建物があるのは運河の上。ヴェネチアは車両進入禁止区域。もちろん違法に持ち込むことはできるが、クレーン車なんて持ち込んだら「今から盗みます」と宣言しているようなもの。王冠はすぐに移されるだろう。
「わ、わざと相手に王冠を運び出させて、その運搬途中で盗むってのは?」
一番現実的とも言えるケヴィンの提案にもルイスは首を振る。
「運び出すとなるとおそらく警備は厳重になる。なにせ組を存続させる為の金がかかった事業だ。流石にマフィア一つを相手にするのは分が悪い。こっちはたった6人のチームなわけだし」
ということは金庫を盗み出すしかないことになる。重さ1t。6人で運ぶとすれば一人あたり170kg弱の重量を支えることとなる。最も台車を使えば多少は軽減されるだろうがそれでも現実味には欠ける。
「それで……盗み出すプランニングはもう出来てるの?」
フェラーリの問いかけにルイスは自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。
「もちろん」
相変わらず彼の頭はおかしい。
「さて……作戦を説明するぞ……まず最初に……」
※ ※ ※
作戦決行日。
それぞれがそれぞれの持場につく。
壊れかかったアパートの4F。リビングには金庫を囲むようにして5人程の黒服が待機していた。
「それにしても……モナコのカジノでは運が良かったですね」
まさか今まさに金庫を狙っている者たちが居ることなど知る由もなく、黒服は椅子に深く腰掛けぼんやりとヴェネチアの街を見下ろす。
「あぁ……事前に情報がつかめて本当に良かった」
「どこからの情報だったんすか?」
「イギリスのMI6。いや、今はSISに改名したんだったか……そこの友人さ……」
「しっかし相手もマフィア相手によく盗もうなんて気になりますよね……」
「まあ、それ程腕に自信のある奴らだったってことだろう……今本部がそいつらの素性を探ってる……じきに死ぬよりも酷い目にあうだろうさ……マフィア相手に盗もうとしたんだからな……」
そんな他愛もない会話をしていた時、ドアをノックする音が響く。
即座に銃を準備し、ドアの脇に2人が配備し、リーダーが応対する。
「誰だ……」
「私だ……」
帰ってきた返答はそっけないものだった。
「私?」
「開ければわかる……」
一応、銃を準備して、黒服のリーダー格がそっとドアを開く。
そこに居たのは一人の老人だった。強面からとてつもない威厳を漂わせるサングラスに黒のアルマーニのスーツを着た男。勧誘セールスでないことは一目瞭然だった。
「あ……あんた……」
「Qui per aprire……In questo momento」
流暢なイタリア後にリーダー格は何かを察知してドアを開ける。
「もしかしてあんた……」
「王冠は無事だろうな……」
間違いない……この男……この男こそ……自分たちが顔も見たことがない、マフィアのボス。首領ルッソ……
「お前がクラウスか……」
「はい……その通りですボス……」
リーダー格の男は静かにドア付近に待機させていた黒服に銃を下ろすよう支持して、男の前に跪く。
「王冠の警護ご苦労……今日来たのはほかでもない……明日の輸送計画の説明のためだ……」
「ボス……自らですか?」
怪訝そうな顔をするクラウス。しかし首領に睨まれると途端に力が抜けた。それ程にこの男の眼光は鋭かったのだ。
「勘違いするな……どちらにしろ明日空港から飛行機で王冠を運ぶのはこの俺だ。部下を信用しないわけではないが……オークション会場に運ぶまではまたあのコソ泥共が盗みに来るとも限らん……それに、本部から連れてきた奴らとともにクラウス……お前たちにも同行してもらう……警備は多いに越したことはないからな……」
「りょ……了解です……」
「さて……それでは詳細な計画を話そうじゃないか……まず、明日の朝一、このアジトの下の通路からモーターボートでヴェネチア空港まで運ぶ」
「護衛は?」
「モーターボートの他にガトリングガンとロケットランチャーを搭載した武装船が二隻。さらに空港までの4kmの道のりにはチェックポイントを20箇所程設け、すべての地点でスナイパーライフルを持った部下が安全を確保している。空港についたらそこからはチャーターしたビジネスジェットでドバイまで向かう。護衛には戦闘機が2機付く。アメリカのPMCブラックウォーターの警備だ」
「安全でしょうか?」
「問題ない。王冠には裏ルートで多額の保険金をかけた。もしブラックウォーターに警備されている最中盗まれたら王冠の代金は保険会社とブラックウォーターが支払う。問題はない」
「では、最大の問題は空港に運ぶまでですね?」
「ジェット機に載せるまでだ。気を抜くな」
「は……はい……心得ました……」
「……では武器の受け渡しをしよう……君たちのモノをある程度用意した……外に部下を待たせている……ついてこい……」
ボスの言葉にクラウス含め5人の黒服たちがぞろぞろと従う。
と、その時……
バチンッというスリッパで床を叩いたような音と共に証明が落ちた。
「……停電か?」
ボスの言葉にクラウスが答える
「心配入りません。この街ではよくあることで……
その瞬間……
まるで雷にでも撃たれたような音と共に、室内はとてつもない煙に包まれた……
※ ※ ※
ルイスの説明とともに計画の推移はこうだった。
フェラーリは岩山の上に立っていた。
隣にはケヴィンが静かに佇む。
2人の前には長い長い高圧線。山を超えてヴェネチアの街に電気を送電してる高い高い鉄塔がいくつもそびえ立っている。
「ケヴィン……どの電線?」
フェラーリの問いに、パソコンを見ながらケヴィンは落ち着いた声で言う。
「や……山の頂上から見て右に4つ目と5つ目の鉄塔の間。で……電線はそこの奥側の上から3番目の線だ」
「了解……」
返事と同時にフェラーリは傍らに置いたアタッシェケースを開ける。それは鍵盤を持ち運ぶ為のものだが、中身はぜんぜん違う。
L96AWS。イギリス軍が正式採用しているボルトアクション式のスナイパーライフル。
スコープの倍率を設定し、フェラーリの灼眼がそのスコープを覗きこんだ。
「…………照準調整……角度調整……風向きを考慮すると……こんなものか……いつでも撃てるわよ……」
「…………」
「どうしたの?」
「いや……今頃テオフラストはちゃんとやってるかなって……」
「大丈夫よ。なんたって天才詐欺師なんだから。今頃はアルマーニのスーツでびしっとキメて見事にマフィアのボスを演じてるわ」
「そ……そうだよね……変なこと言ってごめん。あ、カウントは30秒前からスタートするよ……ちなみにあと4分25秒」
「そろそろルイス達も準備が終わったころね……」
※ ※ ※
時間は少しだけ前に戻る。
ルイスとデイジーが居たのはテオフラストがマフィア達を騙しているまさに直下。一つ下の階だった。
「デイジー……もう少し右……あとちょっと……そこだ……」
GPSを見ながらルイスが指示し、デイジーが言われた場所に鳥餅のようなものを天上につけていく。
「こんなんで本当にうまくいくのか?」
「当たり前だ。金庫の重量は1tもある。これを計算式に当てはめると……大丈夫。必ずうまく行く。信じろ……」
「…………あいよ」
言われるがままに次のポイントに鳥餅を。
そして全部で16箇所に取り付けられた鳥餅は縦横1.5mずつの綺麗な正方形をしていた。
次にデイジーはその鳥餅めがけて手元から小さな紙粘土のようなものを投げつける。
ベタベタと張り付く紙粘土。ただしただの紙粘土ではない。それぞれに1つずつ赤いLEDの点滅する発信機が取り付けられている。
つまりは爆弾。見る人が見ればそれは一つ一つが小さなプラスチック爆弾であることがわかる。
「終わったぞルイス」
「よし。確認だが、携帯電話で爆破できるな?」
「もちろんだ」
その時……上でコツコツと複数の足音が玄関の方へと遠のく音が聞こえた。
どうやらテオフラストがうまくやってくれたらしい。
「さて……それじゃ作戦開始だ……」
※ ※ ※
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……」
ケヴィンのカウントがゼロになった瞬間。フェラーリが引き金を引く。
銃口から火花が舞い、当たりに硝煙の香りが広がる。
と同時に、プツンと言う音。弾丸は見事指定された電線を撃ちぬく。
それによって、ビルを中心としたヴェネチアの一部が停電。昼間とはいえ、古いビルは弱冠の暗さに包まれる。
「デイジー!いまだ!」
ルイスの掛け声でデイジーが携帯電話を発信した。
一気にオレンジ色の閃光が飛び散り、プラスチック爆弾の破裂音と煙が響いた。
と……
上空から何かが落ちてくる。
金庫だった。
床が抜け、金庫が落下を始めたのだ。
しかも、一階だけではない。まるでドミノ倒しのようにどんどん床を突き抜けていく。そこにルイスの計算があった。
重さ1tの金庫を落とせば、1階抜ければ、重さはその衝撃は1階抜けただけでも24kmの普通乗用車が激突している衝撃に匹敵する。その衝撃にオンボロビルに耐えられるわけがない。さらに1階抜ける事に金庫は加速しさらに衝撃を増して行くのだから。
一番下の階を抜け、エアバッグを装備したモーターボート。その運転席ではシンプソンのヘルメットに白のレーシングスーツを着たアイツが腕組みをし、仁王立ちしていた。
ドーンという衝撃音とともに、荷台のエアバッグが大きくヘコむ。船は沈没するのではないかというほどに水中に入り込んだ後、すぐに浮き上がった。
「デイジー撤退だ!」
その声と同時にデイジーとルイスがモーターボートのエアバッグの上に飛び移る。
そして、2人が乗ったのを確認し、ランエルは全ての浮き袋を切り離して颯爽とボートのエンジンをかけた。
何が起こったのかわからないのは黒服たち。彼らからしてみればいきなり爆発し床が抜けて金庫が落ちていったようにしか見えないのだ。さらに外を見ればモーターボートが一隻確かに先ほどまでここにあったはずの金庫を持って逃げていくではないか……
「何をしている!すぐに追え!」
テオフラストの声に我に返ったクラウス達はあわてて外へ行き、自分たちのモーターボートで追走する。
誰もいなくなったアジト。そこでテオフラストは静かにため息をついた。
「やれやれ……そろそろ引退したいものだね……こんな心臓に悪い仕事……」
モーターボートはどんどん逃げる。だが、金庫を積んでいるせいで速度が出ない。
だが、そこはランエルが超絶的な操船術で右の水路へ左の水路へと巧みに方向転換し、逃げていた。しかしそれでも追走してくるモーターボートのほうが圧倒的に早い。
ついに追いつかれたそこはヴェネチアの端にある倉庫街だった。
倉庫の中に船ごと入り、金庫を運び上げようとしたところで黒服たちが銃を構え青筋を立てる。
「テメーら……誰に喧嘩売ったのかわかって無いようだな……」
ドスの効いた声でクラウスがルイスに詰め寄る。
「マフィア舐めんじゃねーぞ!!あぁ!?」
頭に銃を付きつけられるルイス。だがそれでもルイスは顔色一つ変えない。
なぜなら……
エンジンの爆音が響いた。甲高い12気筒のエンジン音。
倉庫にドリフトしながら入ってきたのは一台の真紅のフェラーリだった。
そして……
そのドアから正確無比な射撃が始まる。
アサルトライフルでの砲弾の雨に黒服達4人が一瞬で血の海に沈み、残るはクラウスだけとなった。
フェラーリは静かに停車し、ドアを開けて一人の女が降りてくる。その真紅の髪と瞳を見た瞬間、クラウスはかつて血染めの傭兵と呼ばれた女のことを思い出した。
「テメーは確か……マルセリス……」
「昔の話よ……今はフェラーリで通ってるの……」
パァン!と甲高い音が倉庫内に響く。フェラーリは何の躊躇もせずにクラウスの足を撃ちぬいたのだ。
痛みに膝を折り、床に倒れこむクラウス。それでもまだ笑みを浮べているのは不気味な光景だった。
「テメーら……後悔すんぞ……どこの誰だか知らねーが……マフィアの金に手出したんだ……ただで済むと思うなよ?じきにこの場所に仲間が来る……お前たち4人で重さ1tの金庫を運び出すのは不可能だ……諦めろ……俺達の勝ちだ……」
その言葉を聞いて笑い出すルイス。「何がおかしい!!」とクラウスが叫ぶ。それにルイスは笑いながら金庫を開けた。
暗証番号は知らないはずなのに……
中を見ると……クラウスは驚愕した。
そこには何も入っていなかったのだ……
守るべき王冠どころか、逃走資金になる予定だった札束すらも……
「てめぇ……一体どんな手を……」
「本物の金庫なら……今頃リリカさんが引き上げてる頃さ……」
その言葉を効いた瞬間、クラウスは全てを理解した。
そう……もしモーターボートに金庫をあのまま乗せたら沈没するに決まってる。なにせ大きさと重さが桁違いなのだから…
だから……こいつらは金庫をそのまま運河の中へと落としたのだ。
そして後から偽物の金庫をボートに積み込み逃げる。当然マフィアは全力でそれを奪還しようとする。そしたら、仲間が重機で運河の中から金庫を引き上げる。
まさに完璧。隙のない作戦。
冷静ならば金庫がそのまま落とされたことがわかったかもしれないが、大切なものが盗まれた瞬間に冷静で居られる人間など居るはずもない。
全てが計算されていた。
理解した瞬間、クラウスは笑うしかなかった。
それに、こいつらはそのうち消される……
「マフィアは自分たちの金を盗んだ輩は絶対に許さない……地の果てまで追ってでも捕まえる……本人だけじゃない……家族も恋人も友達も!!全部死ぬよりつらい目に合わせてやる!よく覚えておくんだな!明日から安心して眠れもしないってことを!」
それはせめてもの捨てセリフだった。
だが、ルイスはそれすらもへし折る。
「残念だが……今、お前らのボスはMI6とCIAによって逮捕された……ファミリーは壊滅だよ……残念だったな……」
それを効いた瞬間……クラウスは本当に壊れた……全てが終わった全てが消えた。
今までのことが走馬灯となって流れる。
こんなことなら王冠になど手を出すべきではなかった。こんな奴らと関わらなければ……
だが、そこで一つの疑問が生じる。
いったいこいつらは何者なのか。
CIAやMI6にも協力なコネクションを持ち、情報を提供してもらえる盗賊団など……
はっとした……
「そうか……そういうことか……」
クラウスが悔しそうに目に涙を溜めた。
「聞いたことがある……スイス銀行は……通常の銀行とは違い、金を払う代わりにどんな危険なものでも100%の安全性を保証する……だがそれでも盗難事件は起きる……その場合どうするか……」
「そう……そういう時は俺達が動くんだよ……」
「つまりお前らは……」
「スイス銀行から盗みを働いた愚かな泥棒に制裁を与え、盗品を取り返すスイスプライベートバンク組合直属の盗賊“LeBlanc”……聞いたことぐらいはあっただろ?」
「…………クソッタレ……最低最悪なのを敵に回し……」
言い終わらぬうちにフェラーリがリボルバーでクラウスの頭を撃ち抜いた。
「任務完了。リリカさんからも今連絡があった。王冠は無事に取り出して、銀行へ移送するって。金庫内のお金もクリーニングしてくれるってさ……」
「まーたバカみたいな金額取られるんだろうな……」
そう言ってルイスは笑う。
「じゃ、仕事終わったし……酒の時間だな」
デイジーの一言に全員が賛成の意を示す。
LeBlanc。
それは、リーダーのルイスを筆頭に超一流の技能を持った人間達。
爆薬のデイジー
情報処理のケヴィン
天才詐欺師のテオフラスト
運転手のランエル
武器商人のリリカ
そして、サブリーダー兼戦闘傭兵のフェラーリ
この7人によるスイス銀行から盗まれた盗品を取り戻す為に結成された盗賊団。
そして、これはその泥棒から盗む悪しき華達の物語。