屋敷での一時。
折り返し地点です。あと3話4話ぐらいでこの話も終わると思いますのでもう少しだけお付き合い下さい。あと、作中にある説明は結構いい加減ですので突っ込みはナシで。
『聖、薄々気付いてると思うけど──私は本当の母親じゃないわ』
混濁した意識の中、俺は目の前の女性──いや、違うな。これは夢で、君江さんが生みの親じゃないと白状した時のことだ。とは言っても、君江さんが本当の親じゃないのは何となくそうだろうと思ってたからそんなに驚かなかったのは今でも覚えてる。
『キミの両親は事故で亡くなって、貰い手がいなかったから私が引き取ったの』
何故、君江さんがそんなことを俺に話したのか? 切っ掛けははっきりと覚えてないけど多分、いつまでも隠せるようなことじゃないから俺に話してくれたんだと思う。ただ、これによって俺はある疑問を抱くようになった。
『お父さんとお母さんのこと、知ってるの?』
『えぇ。と言っても昔、職場が一緒だったってだけだけどね』
それがどうしても解からない。職場が一緒だったという理由だけで俺を引き取る理由になるのだろうか? 第一、俺は未だに君江さんの職業を把握してない。今まで知る機会はあった筈なのに、いつものらりくらりと躱されて、気付いたら連絡手段はメールとホワイトボードだけになっていた。一応、家に戻ってる時もあるけどいつもぐったりしてるから声を掛けるのが気まずくて声を掛けられないから俺は今でもあの人のことをよく知らない。
『聖、今はこれしか言えないけど覚えておいて頂戴。……いつかお前は選択を迫られることになる。だけど私は信じてる。お前なら必ず、正しい選択を出来る人間になるって』
言って君江さんは優しい笑みを浮かべながら幼い俺の頭を撫でてくれた。それはまだ俺が、一途に正義の味方を目指していた頃の、懐かしい記憶……。
「…………あれ?」
ふと、目が覚めると先とはうって変わり、全くの別世界が広がっていた。
高い天井。我が身を包むふかふかのベッド。木製のサイドテーブル。真っ赤な絨毯。その他、高そうな家具がいっぱい……。えっ? ひょっとして俺の知らないところで俺の部屋、模様替えされた? だとしたら劇的ビフォーアフターレベルだぞ、これ……。
「んな訳ねーって……」
一通り胸中で乗り突っ込みしてからようやく俺は現状を把握した。昨夜は確か検査とかいう理由で夜城に半ば強引に屋敷へ拉致されてそのままCTスキャンっぽいことやられた後、夜も遅いということで一泊することになったんだっけ。……うん、ちょっと待てよ? 確か今日って平日だよな?
「…………」
何となく、後ろ暗い気持ちを抱えたまま部屋に掛けてある時計に目をやると非常な現実がそこにはあった。
午前八時四十五分。何度見ても時間が巻き戻ることはない。つまり──
「完全にサボりじゃん、俺……」
あー、なんか色々ヤバい気がしてきた。外泊するって君江さんに言ってないのは平気だけど学校には連絡入れてないから今頃は君江さんに連絡いってると思うべきだ。殆ど放任主義の君江さんが雷を落とすことはないかも知れないけど、なんかこう……今更学校行くのってスッゲー気まずい。というかそこまで考えが及ばなかった自分の浅はかさ加減に腹が立ってくる。
だだっ広い部屋の片隅であれこれ悩み、どうしようか考えていると不意にドアをノックする音が俺の耳に届いた。
「皇君、起きてる?」
「夜城?」
聞き間違う筈もない、夜城の声だ。……てことは夜城も学校、サボッたのか。転入早々、学校をサボるのはどうかと思うが相手は命の恩人だ。そこは敢えてスルーしてやるのが優しさってものだろう。
「入ってもいい?」
「ほぅ。夜城は本当に入っていいと思ってるのか? 扉を開けた瞬間、俺の下着姿を目撃することになった場合、俺は心に深い傷を負ってお前は責任を取らなければならなくなるぞ? それでもいいというなら扉を開けることを許可してやらんこともないぞ?」
「うぅ~、そんなこと言ってももう騙されないんだからねっ」
「よし、なら開けてみろ。今なら業界用語で言うところのサービスカットに遭遇できるぞ。ラッキーだな、夜城」
「それじゃあまるで私が変質者みたいな言い方じゃない~!」
とか何とか文句を言いつつも、結局夜城は素直に扉を開けて部屋へ入って来て……一瞬でそっぽを向いた。ふっ、少し露出した背中を直視しただけで恥かしがるとは……何だかんだ言っても夜城はまだまだチェリーガールってことか。
「お嬢様、皇様のご冗談で御座いますよ。……皇様、失礼します」
と、ここで扉を開けて入室してきたのは夜城ではなく執事の黒南風さんだった。流石、この人は本気と冗談の区別をちゃんと理解してるな。どこかの転校生にも見習わせてやりたいぐらいだ!
「お早う御座います、黒南風さん」
「お早う御座います。ベッドの寝心地は如何でしたか?」
「夢から覚めるのが惜しいくらい最高の寝心地でした」
「それは何よりです。……それと皇様、着替えはこちらの方でよろしいですか?」
そう言いながら黒南風さんは小脇に抱えていた洋服を広げて見せる。昨日まで着ていた制服は──電撃攻撃でまともに着れるような状態じゃないので捨てた。
「済みません。わざわざ着替えまで用意して下さって。……ほら夜城、ちゃんと御礼を言うんだぞ?」
「どう考えても皇君が御礼を言う立場だと思うんだけど……」
チッ、ここで釣られてくれれば儲けモンだったんだが流石にそこまで甘くはねぇか。
それはさて置き、二人がこうやって俺の部屋に訪ねて来たってことは……やっぱりあれだよな? 夜城も学校休んでまで自分の屋敷にいるぐらいなんだし。
「大事なお話、ですよね?」
いい加減、対・夜城に少しだけ脱いだ上着を羽織り、簡単に身なりを整えてから本題を切り出す。夜城が善意で俺のことを助けてくれたことは事実だとしても、流石に何も訊かずにハイさよなら、なんてことはあり得ない。騙されやすいとはいえ、しっかりするところはしっかりしてるし事情を説明するって、昨日の夜言ってたからな。
「はぁ……。皇君さ、どうして私をからかってから本題に入るの? 普通に入った方が締りもいいと思うよ?」
「性分なんだ。諦めてくれ」
いくら俺でも空気を読まず冗談を振るようなことはしないけど、それ以外の時はもう反射的にからかったりちょっかい出したりする辺り、性分と言うよりも病気と表現してもいいと思うが……いや、流石に病気はねぇだろ俺。
「うぅ~、なんか納得できないよぉ。……まぁ、皇君に話があるのは本当のことだけどさ」
「お嬢様、それでしたら食事をしながらお話ししては如何です? 丁度お嬢様も皇様も小腹が空く頃でしょう?」
黒南風さんの言葉通り、確かに俺の腹はいい具合に空いている。昼食というに早過ぎるけど、朝食というのも微妙な時間帯だが……どっちでもいっか。朝起きて腹が空いたその瞬間が朝食の時間ということにしておこう。
黒南風さんと夜城に先導され、客室から食堂へ移動する。昨晩、御伽噺に出てきそうな屋敷の門を車で通った時点からなんとなく予想は付いてたが──
(広すぎだろ、これ……)
真っ白なテーブルクロスに蝋燭立て。そしてなが~いテーブル。どのぐらい長いかと言えば机の上に乗ってそのまま連続してバク転出来るぐらい長い!
近くに控えていたメイドに諭され、椅子に腰掛けると別の入り口から配膳台を押してくる人の姿が見えた。気分はまさになんちゃってセレブってとこか。
……あとさっきから側に控えてるメイドさん達が時折、俺のことをチラ見してるけど……やっぱり快く思われてないのか?
「まさかお嬢様のご友人を屋敷へお呼びして給仕する日が来るとは……この黒南風、未だに夢の中にいるのではないかと思っております」
「初めて?」
正直、それは意外な言葉だった。出会ってからまだそんなに日は経ってないけど夜城の社交性はかなりのものだと思うし、既に友達と呼べる娘が何人かいるのを俺は知っている。
だからこそ、彼女が今まで友達を家に呼んだことがないというのは信じられなかった。
「はい。皇様は既にご存知かと思いますが、お嬢様は正義の味方の中でもブレッドと呼ばれる組織に属するお方です。そうした事情もあってか、お嬢様はいつも何処か友達に対して遠慮をなさってました……」
あの夜城が壁を? けど俺、学校でアイツと再会した時はそんな印象なんて少しも感じられなかったぞ?
「黒南風さん、それ本当ですか? 俺──じゃなくて、私が学校で彼女と出会った時は親しみ易い印象があったのですが……」
「あれは皇君にペースを乱されたからだよー!」
ペース乱されたからって……それは別に俺のせいじゃないと思うぞ。俺に言わせりゃアレはちょっかい出して下さいよ~的なオーラが全開だったからてっきり、そういうタイプの人間だとばかり思ってた。
「ペースを乱された、ですか……。それは私としても興味ありますな。皇様、今度機会が御座いましたらその様子を是非教えて頂けますかな?」
「構いませんよ。……あ、どうもご親切に」
俺達三人の会話が一区切りしたところで空気を読んで配膳担当の使用人が朝食を目の前に差し出して来た。
メニューはクロワッサン。それも焼きたてらしくまだパンが熱を持っている。まるで朝早くからパン屋に並んで誰よりも早く焼きたてパンを手に入れたような気分だな。一度だけそれをやったことがある俺だが長続きなどする筈もなかった。金銭的な意味で。
「食べながらでいいから話、聞いて頂戴。……その代わり変なことは言わないでね?」
「夜城に隙がなければな」
「突っ込むの前提なんだね……」
ほんの少し肩を落としながら低めの声で項垂れるものの、いい加減俺との付き合い方が分かってきたのか、気を持ち直して俺の方を向いてきた。……これは、真面目に聞かないといけない感じかな。と言っても大体の予想は付くけど。
「結論から言うとね、私たちは六条星夜っていう人を探しているの」
やっぱりそうか。けどそうなると別の疑問が生まれてくる。
昨日会った男は組織に引き戻す為にあいつを探しているってのは何となく分かる。けど夜城があいつを探す理由についてはちょっと想像が付かない。
「そいつを探し出してどうする気か、訊いてもいいか?」
「……理由は話せない。でも悪いようにする気はないし、目的は保護ってことになってる。勿論、彼がペインに組するというなら話は別だけどね」
ふむ……つまり夜城たちは彼が組織に戻る前に捕まえて手出し出来ない状況にするって訳か。
「ふと思ったんだが……彼を保護して何になるんだ? それに夜城、事情は話せないと言っておきながらなんで今になって話そうと思った?」
少なくとも転校初日に行った質問会では、夜城はこの町に来た理由については話せないと明言している。にも関わらず今になって打ち明けるってことは間違いなく何か裏がある──そう考えるのは至極当然のことだ。
「そうだね……白状すれば私が──というよりも私たちが六条星夜を追いかけてる一番の理由は特異体質だからだよ」
「特異、体質……?」
何ともB級漫画的な用語が飛び出てきたものだ。まさか超能力が使えたりするような体質のことじゃあるまい?
「言葉のニュアンスで大体のことは分かると思うけど、要訳すれば超能力じみた力を使える人間のことを言うの」
マジですか夜城さん。なんかもう俺、この話に付いてこれる自信ないんですが?
「皇君も見たことあるでしょ? 私が銃口からレーザーみたいなのを射出したところ」
「へっ? あれってああいう武器じゃないのか?」
「うん。銃はあくまで媒介として使っているだけのものだから……」
知られざる技術の応用でもアングラ世界で流通する武器の仲間でもなかったのか……。とするとあの男の電気も夜城と同列ってことになるのか? 何もないところから電気を出したんじゃなくて、スタンガンという武器を通じて自分の能力を具現化した結果、そうなった…………と、解釈してもいいんだよな、これは。
「話を戻すね。……これは後の調査で分かったことだけど六条家の人間は代々、特異体質に対する抵抗力が異常に強い上に彼の血を元に作られた血清は特異体質持ちにとってはこれ以上ないほどの劇薬になる」
「普通の人には無害でも夜城みたいな人間に打つと死ぬのか?」
「そういう意味じゃない。ただ、その血清を打たれたらどうなるかは正直、私達の方でも予想が立たないから何とも……。でも劇薬だというのは科学班からの報告もあるから間違いないと思ってもいいから」
いいからって……この話、俺にはあんま関係ないと思うんだけど?
……いや、間違いなく関係あるんだろうなぁ。夜城がわざわざこんなことを話すってことは。
「けど、ここで一つ予想外のことが起きたの。……言うまでもないと思うけど、それは皇君のことだよ」
「俺が予想外?」
「そう。昨日の晩、黒南風さんに頼んで内緒で皇君の遺伝子検査を行った結果、皇君も彼と同じ特異体質だってことが分かった」
「…………」
まぁ、ここまで来るともう驚かないよ。自分でも何となくそうなんじゃないかなぁ~とか思ってたし。
「つまり、こういう事か? 夜城たちは六条を保護する目的で追いかけていた。けどその過程であいつと同じ抵抗力が異常に強い特異体質持ちである俺の存在を知ったから自分たちに協力して欲しいってオチか?」
「有り体に言うとそうなるかな。勿論、協力と言っても危険なことをやらせる訳じゃないから。ただちょっと色々調べさせてもらったりするだけだけど、どう?」
「ふむ……」
顎に手を添えて少し考える素振りをする。夜城みたいに前線に出て戦えと要求してる訳でもなければ特別なことをしろと言ってきている訳でもない。俺がこの申し出を断る理由はなく、寧ろ有り難い話だと思ってるぐらいだ。
個人的な理由──正義の味方の活動に一枚噛むことが出来るということもあるが今回ばかりはそれは二の次。本音を言えばまたあの男が何処かで俺を襲ってくるかも知れないという懸念があったからどうしようかと悩んでいた。
「いいぜ。俺としては渡りに船だからな。出来る範囲でなら協力するよ」
「……本当にいいの? 普通は怪しむところでしょ?」
「夜城が悪人じゃないのは今までの行動で分かるよ。それに知ってるだろ? ガキの頃から正義の味方に憧れてたって話。好奇心があるのは認めるけど、だからと言って遊びでクビを突っ込もうなんて考えるほど、俺は馬鹿じゃない」
「…………」
今度は夜城が黙り込む。恐らくは俺の言葉の真意を吟味してる最中だろう。自分で言うのも悲しくなるけど俺、夜城にはあまり信用されてないからちょっと不安なんだけ……大丈夫か?
「……うん、分かった。ここで私と話をしてる時の皇君はちゃんと答えてくれたらから信じてあげる」
「このギャップに惚れたか?」
「今ので恋をするほど私は軽い女じゃないよ」
そりゃそうだ。今時そんなんで一目惚れするような女なんて居る訳がない。
「けど夜城、協力するとは言ったけど具体的にはどんなことをすればいい? 承諾しておいて何だが、その……まるで検討が付かない」
「それは…………」
「その件については私から説明しましょう」
夜城が言いづらそうに口篭ってると取り繕うように黒南風さんが口を挟んできた。
……夜城との話に夢中で今まで存在を忘れていたのはここだけの話だ。
「先程も申されましたように皇様がお嬢様のサポートをするようなことをするのでは御座いません。それに実際、協力と申されましても皇様は我々に血の提供をして欲しいのです」
「血の提供って……意訳するならサンプルが欲しいということですか?」
「左様で御座います。勿論、あくまで血液採取が目的でありますので非人道的な実験をする訳では御座いません。ただ、皇様は我々に血を提供して、研究する機会をお与えして下されば結構ですので」
「…………」
どの辺が協力なんだ? いや、始めからそう特別なことなんて期待しちゃいなかったけど……。こりゃあ夜城の奴が言いづらそうにする訳だ。
「……それだけ、ですか?」
「はい。たったこれだけのことで結構です。後のことは我々の仕事ですので。……もしや、皇様に限って気が変わられたとかそのようなことが御座いませんよね?」
「いえ、それはありませんけど……ただちょっと拍子抜けな感じなのは否めませんが」
そりゃあ、俺に出来ることが少ないってことぐらいは理解できるさ。でもな、なんかこう、男としては格好が付かないジャン? だから俺個人としては血の提供以外にも何処かで何か役立つようなことをしてやりたいワケよ。
「じゃあ、決まりだね。血液採取は午前中でいいよね?」
「あぁ、俺はそれで構わない。……あぁそうだ、ついでに食事が終わった後でいいから電話貸してくれないか? 一応、家には連絡入れておきたいから」
「連絡? ……あぁ、それなら大丈夫だよ。こっちの方で連絡入れておいたし、向こうも事情を分かってくれたから」
「……?」
なんだ。今の違和感は? 今の言葉にそう深い意味はないように思えるけど、それとなく夜城の言葉に妙な言い含みがあるように聞こえたんだが……。
「…………」
やめよう。考えたところで何か分かる訳でもない。それより今はこの空腹感を満たすことが先だ。特別珍しい料理が並んでるって訳じゃないんだがとにかくここのメシは美味い! だからここでしっかりと味わっておかないと多分、俺は一生後悔すると思う。
「やっぱり皇君って、朝はしっかり食べる方なの?」
対面の席に座っている夜城がチマチマとクロワッサンを食べながら尋ねてくる。お嬢様育ちという風には見えないが、少なくとも夜城の食べるペースはとにかく遅い。どのぐらい遅いかと言えば俺がクロワッサン三つを食べ終えた頃にようやく一つ目のクロワッサンを完食しおえるぐらいのペースだ。
「そりゃあ、体調管理ぐらい出来て当然だろ? ……いやしかし、それを聞くところから推測するに夜城、まさかお前は正義の味方でありながら自分の体調すら満足に管理できないと言うのかな? ん?」
「え~っと……そんなことはない、よ……?」
そんなことはない、ねぇ。だがな、そんなあからさまに視線を逸らして言い淀んでるお前を見ても説得力に欠けるぞ? 何より俺はそういう反応をされると外堀を埋めたくなる性分でな……。
「あぁそうか。そりゃそうだよな。まさか夜城に限って朝はギリギリまで寝たり朝食を抜いたりするようなダメダメなヒーローな訳ないよな? いや本当スマンな夜城、どうやらそれは俺の思い過ごしだったようだ。……でもさ、夜城。それなのにどうしてお前の頭、アホ毛型の寝癖があるんだ?」
「えぇ!? そ、そんな訳……ぁ…………」
慌てて自分の頭を撫で、寝癖を確認しようとしたところで夜城は気付いたのか、動かしていた手をピタリと止めて俺に注目する。あぁやばい、そんな期待通りの反応されるとますます苛めたくなってしまうではないか。
「ん? どうした夜城? 俺は別にお前を担ごうとしてあんなことを言った訳じゃないぞ? 言うなればあれは全部勝手な憶測だ」
「憶測? ……そ、そうだよね……。全部皇君の憶測だよね…………」
「あぁそうだ。お前が俺のカマ掛けに勝手に反応して墓穴を掘った姿から推理した憶測に過ぎん」
「はぅっ!」
「ほっほっほ……なるほど。皇様はこのようにお嬢様をからかっておられるのですな。この黒南風、一本取られましたぞ」
「見てないで助けてよ黒南風さん~」
「私はお嬢様の執事で御座いますが、何も甘やかすだけが執事では御座いません。時には厳しく主に接することも執事の勤めです」
「黒南風さん絶対面白がっているでしょ?!」
うん、夜城それ大正解。だって付き合いの浅い俺から見ても黒南風さんの目が潤んでいるように見えるから。
多分、本当にこういう夜城を今まで見たことがなかったんだろうな。あいつ、根っこは真面目だから加減も分からないまま真面目に生きてきたんだろう。そう思うと少しだけ夜城のことを不憫に思いつつ、俺なんかよりもずっと凄い奴なんだということを思い知らされた。
(俺も少しは夜城見習って頑張るかな……)
正義の味方になりたいと思う一方で、現代社会ではそんなもの正義の味方になれないと悟る一方で、自分は一体何になりたいのか?
何か一芸に秀でてる訳でもなければこれになりたい! という夢がある訳でもない。そういう意味だと確かな目標を持っていて、それに向かってしっかりと歩いている夜城が裏やしいのかも知れない。
朝食を済ませてから客室でしばし暇を潰した後、怪しげな道具を乗せて運ぶ黒南風さんと夜城が部屋に入ってきた。ただ血を抜くだけの検査だから特殊な機械に乗せられたりする訳じゃないってことぐらい分かってたけど……やっぱりそういうの期待しちゃうよな? 男だし。
「普通の血液検査とそう変わらないのか?」
椅子に座ったまま、アルコール液を染み込ませたガーゼを皮膚に浸透させながら夜城に訊いてみた。因みに黒南風さんはすぐ隣で血抜き作業と検査道具の点検をしている。
「んー、そうなるかな? 強いて違う点を挙げるなら血中に含まれてるAP数値の測定ぐらいかな? ……あ、AP数値ってのはね、数値が高ければそれだけ能力に対する抵抗力が強いし、強力な能力持ちの可能性があることを示唆するの」
「へぇ……」
つまり、このAP数値が低すぎれば能力者としての適正がないと見なされるのか。けど夜城は一括りに能力って言ってるけどやっぱり属性とかあるのか?
「興味本位で訊くけど、やっぱり能力にもカテゴリがあるのか?」
「んー、一応あるけど細分化はされてないよ。能力って言っても攻撃・防御・支援の三つの種類に分別してる程度だし。……あ、皇君なら検討付いてると思うけど私は攻撃型だから」
「夜城の場合、どっちかと言えば後方で回復魔法唱えるキャラだと思うんだがな」
言っちゃあ悪いが普段のこいつを見てると到底、そこそこの運動力(と言っていいのか?)を持ってるようには見えない。むしろ何もないところで転んだりあたふたしたりするのが良く似合う魔法使い系のキャラだろう。
「皇様、準備の方が整いました」
「あ、はい。では黒南風さん……お願いします…………」
「では、失礼します……」
俺に断りを入れてから黒南風さんは注射器を手に持ち、これから刺すぞと言わんばかりにアピールする。うっ……注射の針が刺さってるところを見るのはどうも苦手なんだよなぁ。
「皇君、どうしたの? 顔色悪いよ?」
「いや、俺こういう見るからに痛い系は駄目なんだ……」
「ほっほっほ……心配いりませんぞ。なにせ痛みはほんの一瞬ですから」
そんなこと分かってる。分かってはいても──どうも針が刺さってるところを見ると強い嫌悪感が出て気分が悪くなるんだ。そんな訳で俺は注射が血管に突き刺さるよりも前に視線を逸らし、力の限り目を瞑る。くそ、よもや夜城に俺の唯一の苦手なものを知られる日が来ようとは……皇聖、一生の不覚……ッ!
「皇君って、本当に注射が苦手なんだね。正直、すっごく意外」
「人間、誰しも得手不得手ってモンがある。俺に苦手なものがあったって不思議じゃないだろ?」
少し嫌味っぽく言い返してみても夜城は『やっぱり意外だよ』と、呟く。目を瞑っているからどんな状況下分からないけど多分、俺の様子を観察してるに違いない。
しばし何処となく気まずい沈黙が流れるがそれもほんの数秒の出来事。腕に針が刺さってる感覚が前触れもなくスッと消えていく。血液の採取が終わったのだろうと思い、そっと目を開けて──
「おっと、これは失礼。まだ採取の途中でした」
「しまった、フェイントか!?」
「フェイントでは御座いません。ただの冗談で御座います」
いやいや大して意味変わらないでしょ黒南風さん! ていうか本当マジでフェイントとかビックリしたわー。またあの細い針で腕を刺されるかと思うと気分が悪くなる。
「おや? どうかなされましたかな皇様。顔色が優れないようにお見え致しますが?」
「わざと聞いてるでしょう、黒南風さん」
「さて、私には何のことやらサッパリ分かりませんな」
「ついさっきフェイント掛けた人間の言う台詞とは思えませんね……」
「ふぇいんと? 一体何の話で御座いましょう? 私、最近は物忘れが激しい上に流行り言葉には疎いものでして」
のらりくらりと俺の反論を受け流しながら採取した血液を試験官へ移し変え、見慣れない機械にセットしてボタンを押して機械を起動させる。真っ暗だった画面に光が灯り、緑色のディスプレイに曲線グラフが表示され、グラフの外側に文字が羅列していく。
「…………」
画面に映し出された検査結果を夜城と黒南風さんはジッと見つめる。当然、門外漢である俺には画面に映ってる情報を理解することなど叶わない。グラフの外側の文字だってXP数値がどうとか……もう完全に専門家の世界だ。
「思ってたより高くないね、AP数値」
「はい。しかし、このXP数値が高いのが気掛かりですな」
「うん。珍しいケースだよね、これ」
一体何がどう珍しいのか俺はまるで分からない。が、分からないなりに考えてみた結果、どうやら俺のAP数値は普通レベルだということ。そしてXP数値が高く、俺という存在がイレギュラーであることを示しているということぐらいだ。
「夜城、XP数値が高いと何か良くないのか?」
二人がしかめ面で画面を睨んでいる姿を見て、思い切って俺は検査結果を訪ねてみた。出来ることなら色好い報告であって欲しいのだが……。
「うん、結論から先に言うと高いのが悪いって訳じゃないよ。AP数値は平均値より少し高い程度だから能力持ちってことに変わりはないから。でも、このXP数値──簡単に言うと能力に対する防御力がAP数値と釣り合ってないのが少し気になってね……」
そう前置きしてから夜城は簡単にXP数値について説明を始める。
曰く、XP数値は能力に対する抵抗力を示すものであり、本来ならばAP数値に近い数値であるのが正常らしい。その理屈で行けば俺はどうやらAP数値よりもXP数値の最大値が高いわりには平常時の数値が低く、俺を襲った奴の電撃を何度も受けて生きているのはおかしいそうだ。何か特別な能力持ちかも知れないと思って他のデータも調べてみたところ、どれもパッとしない結果だった。
「こうなってくるとやっぱり皇君の能力が関係してるのかな?」
「そう考えるのが自然でしょう。しかし、そうなると科学班の班長が出張中なのは痛いですな」
能力とか言ってる時点で充分非科学的だと思うんだが? 今ひとつ状況が飲み込めないが少なくとも科学班の班長がいなければ詳しい能力の属性を調べることが出来ないってのは理解できた。つまり、今回の検証はここで終わりってことだ。
「ゴメンね、皇君。科学班の班長が帰ってきたら再検査っていう形でまたここに来てもらうことになるけど、いいかな?」
「言っただろう? 俺に出来ることなら協力するって。……でだ、夜城。どうせ科学班とやらが帰ってくるまでやることもないだろうから──」
「学校にはちゃんと行こうね?」
む……夜城にしては珍しく俺の言いたいことを読んだな? そりゃ確かに今から準備すれば三時間目には間に合うだろうけど……正直、時間が時間なだけに行く気が全くないんだが?
「なんだ、夜城。学校には風邪で休んでるって連絡入れておかなかったのか?」
「適当な理由付けて後から登校するって行っておいたから行かないと駄目だよ。あ、勿論皇君のこともちゃんと説明済みだから」
「余計なことを……」
別に学校が嫌いって訳じゃない。ただ、今から登校することに抵抗を感じるだけだ。それに俺は今、得体の知れない敵に目を付けられてると言っても過言じゃない。その辺の運動部に毛が生えた程度の実力じゃ結果はたかが知れてる。だから出来るだけ外へは出歩かないことに越したことはないが──
(やっぱコソコソ隠れるよりも打って出た方が性に合ってるな)
夜城の後ろに隠れて保身に走る──そんなダーティー且つ卑怯な凌ぎ方は俺の流儀に反する。状況だとか命だとか俺にとってはそんなのは二の次。大事なのは長生きすることじゃなくてどれだけその日、その瞬間を一生懸命生きたかってことだ。あ、これ俺の座右の銘な。
「ほら、何落ち込んでるの皇君。早く学校行くよ」
「落ち込んでねぇって。……それより夜城、お前一つ大事なこと忘れてるぞ?」
「大事なこと?」
むっ? なんだその『皇君にそんなこと言われるなんて心外だよ~』みたいな顔は? 今更学校へ行くことに反発しないがこのままじゃ俺は学校に行けないってことにどうしてこいつは気付かないんだ?
「大事なことって何? 宿題とかそういうオチじゃないよね?」
「そんな夜城沙耶さんに質問です。学校へ行くにはまず何をしなければならないでしょう?」
「……あっ!」
やっと気付いたか、夜城の奴。天然もここまで来ると笑いを通り越して感動するな。
あぁそうだよ。いくら何でも手ぶらに私服の状態で学校なんか行った日には生活指導を担当する教師の雷が直撃しちまう。
全く、本当にこいつは頼りになるのかならないのかイマイチ判断が付かないな。
「そういう訳だから夜城、ひとまず学校には寄らずに俺の家に寄ってくれ。あぁ勿論、俺に手ぶらに加えて私服で登校させてクラスの評判を落として不良呼ばわりしてクラス全員シカト的なイジメがしたいのであれば話は別だぞ?」
「うぅ~……皇君の中だと私、そんなに意地悪な転校生に見えるわけ?」
「そうだったら面白いな~と思ってるだけだ」