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舞い降りた非日常

振り仮名編集しようと思ったけど編集メニューを見る限り、それっぽい機能が見えないのは何故? ……もしかして一度上げてからでないと編集できないとかそういうオチ?

そんな訳で簡単な補足。黒南風→くろはえ と読んで下さい。

「お邪魔しました」

「またねー、聖ちゃーん!」

「またいつでもいらっしゃい」

「はい。その時はまたご馳走になります」

 結局──

 俺はケーキだけでなく燈華先輩の家で夕飯までご馳走になる羽目となった。本当はケーキだけ食べてちょっと雑談してから帰るつもりだったんだが、その『ちょっと』の間におばさんが帰ってきて半ば強引に押し切る形で夕飯(和風ハンバーグに麻婆豆腐という不思議な組み合わせだった)まで頂くことになった。

(すっかり遅くなったな……)

 街灯が照らす夜道を歩きながら携帯のデジタル時計で時刻を確認する。

 午後九時十七分。どうやら思ってた以上に話し込んでしまったようだ。今日は特に見たい番組もないし学校から宿題も出されてないし、パソコン弄って時間潰して適当なところで寝るか。

「…………」

 まだ五月上旬だと言うのに夜風には僅かだが夏の匂いがした。どんな匂いだと訊かれても返答に窮するが──まぁとにかく夏を彷彿とさせる夜風だってことは確かだ。肌寒くないところとか。

「……?」

 ふと、通い慣れた道の途中にある児童公園の入り口付近に見慣れない影が目に映った。と言ってもここからじゃ距離があってぼんやりと輪郭が浮かび上がってるだけだから相手の顔までは分からないが一つだけハッキリしてることがあった。

(あっ、なんか三日前も同じよーなことあったな)

 街灯にぼんやりと浮かび上がる服──右から見ても左から見ても立派な幹部級の悪人御用達の服だった。ただし、今回は前回と違って仲間がいないが。

 あの時は突然の出来事だったが流石に二度目になれば驚きもそこそこに。いくらか平静さを保つことが出来た。

 落ちつけよ、俺。本音を余すトコなく暴露すれば今すぐ『そこまでだ、悪党! 貴様等の悪行を天が見逃してもこの俺は決して見逃しはしねぇ!』とか痺れるような台詞をビシッと決めて飛び蹴りの一つでも食らわせてやりたい。

 けどな、いくらヒーローに憧れる俺でもいきなり襲い掛かるほど馬鹿じゃない。万が一の確率でごく普通の庶民だったら取り返しの付かないことになってしまう。だからここは大人の対応で──

「そこのお前」

 ──はい、速攻で呼び止められましたね俺。けどこの前の戦闘員みたいに好戦的な奴じゃなくて少しホッとしたのはここだけの話だぞ?

「少しばかり尋ねたい。六条星夜という男を知らないか? 写真はないが丁度キミぐらいの歳の子だ」

「…………」

 六条星夜──随分と久しぶりにその名前を聞いたな。久しぶりにその名前を聞いたせいかどうか分からないが、時間の経過と共に心が静まっていくのを実感する。けど何故この男からその名前が出てくる?

 確かに俺は六条星夜のことを知っている。だがこんな見ず知らずの男に話す気にはなれないし、喋る義理もない。アイツには借りがあるから言わないとかそういう理由じゃなくて、本当に話したくないと思ってるから。

「……いえ。知りません」

「いや、お前は知ってるな?」

「はっ?」

 知ってる、だと? 当てずっぽうで言ってこっちの動揺を誘って情報を引き出そうという魂胆か?

「とぼけても無駄だ。受け答えをした時の声音ですぐに分かった。隠すだけ無駄だぞ?」

「…………」

 会って数秒しか経ってない人間の声音を聞き分けるとかどんだけ超人なんだテメーは。なんかもう、この前見た戦闘員と比べるとものすっごくレベルアップした感じが拭えない。

「大人しく喋った方が──」

「しからば御免!」

 何やら雲行きが怪しくなってきたのを敏感に察知した俺の危機回避センサーは見事に拾い上げ、俺に撤退を命じた。

「やれやれ、正義の味方気取りの庶民はやはり逃げるしかないか」

「逃げてるのいではなく戦略的撤退だ!」

「逃げるも戦略的撤退も同じだぞ」

「違う! 俺はお前に背を向けて全力で走っているだけだぁあ!」

「何を屁理屈こねてるっ」

「はっ、屁理屈も立派な理屈だ! 六条星夜を知りたければ力ずくで吐かせることだ!」

 もし願いが叶うならこう、格好よく戦いたいトコだが流石にそれは無謀過ぎる、そのぐらい良識は俺にもある。それにここで夜城に助けを求めるのも男として恥かしいし、本当に助けに来るとは限らない。だから俺は自力でこいつを倒す道を選んだのだが──

(あぁ、どうやって逃げ切ろう……)

 悲しきことに、俺の拙い脳みそではやり過ごす方法がまるで浮かんでこない。ガキ共とヒーローごっこやってた頃はわりと策を練ったりしてたからアレだが今はもうそんなことをするエネルギーもなく、もっぱら野球ばっかしてる。そうした諸々の事情を鑑みてアイツに通用しそうなのはズバリ、走り回ること! ……我ながら地味だ。

「素直に逃げられると思うなよ、ガキが……!」

 悪態を付くように男(仮に戦闘員Aとしよう)は言うと、走りながら何かを取り出そうと腕をもぞもぞとさせる。何をする気か少し気になった俺は全力で走りながらチラリと後ろを振り向く。

 手にしているのは黒い棒状の武器だ。一瞬、特殊警棒かと思ったがそんな俺の予想は見事に裏切られた。

「そらっ!」

 掛け声と共に特殊警棒のような武器を何もない空間目掛けて上から下へ振り抜く。すると棒の先端が軌跡を描くように青白い光がバチバチと音を立てながら発光し、俺目掛けて蛇行してくる。

「ちょ、どんな武器だよそれ……!」

 得体の知れない武器に対して文句を言った頃には電撃は背中に直撃して、俺はその衝撃で前のめりになって倒れる。それはもう、何処かの怪盗がジャンプして着地に失敗したかのような格好悪い倒れ方だった。

「……ッ。いってぇ~…………」

 受け身なんて取れる筈もなく、舗装されたコンクリートにモロ転げたせいで膝がもの凄い痛い。実際は大した怪我じゃないって頭で分かってても痛み慣れしてないとちょっとした怪我でも大きな怪我をしたような錯覚を覚えてしまうが幸い、俺はこういう怪我には比較的慣れてるのですぐに立ち上がることが出来る──いや、すぐ立ち上がれる筈だった。

(……っ。力が、入らない……?)

 腕と脚、そして背中に力を入れてすぐに起き上がろうとするが思うように力が入らない。自分の身体を支えるなんて訳もない筈なのに全身に鉛を括りつけられたかのように動きが緩慢だ。踏ん張ろうとしても思った以上に筋肉が動かず、右へ左へ身体が揺れる。チクショウ、これじゃあほぼ歩いてる時と同じじゃねーか!

「ほぅ? 貴様、意外と丈夫だな。加減したとはいえ、普通の人間ならすぐには動けないくらいの威力はあった筈だぞ?」

 やかましい、何を冷静に分析してやがる……。こっちは逃げるだけで精一杯だからほっとけっつーんだ。しかしそんな俺の切実な願いが届く筈もなく、戦闘員Aは再度、スタンガンを空振りさせて電撃を飛ばしてくる。

「……ッ」

 またアレが身体に当たるのか──

そう思ったのが幸か不幸かは分からないが、結果的に俺は自分の身体を支えきれず、横から糸が切れた人形のように倒れ込み、一瞬遅れて青い光が脇を走り抜けて近くの電柱に直撃してスパークした。

「バカが……ッ。男ならしっかり立っていやがれ……ッ!」

 しかも勝手に逆切れまで始めてるし……いや、今はそんなことはどうでもいい。二度に渡る攻撃を見て分かったことは俺では逃げ切ることなんて不可能だという残酷な事実。銃みたいな近代的な武器で一瞬にして殺されるのとは違い、痛みを伴って殺されると思うと背筋が凍り付いた。

 ゴールデンウィーク初日に出会った奴等と対峙した時は危ないとは思ったけど自分が死ぬという気持ちはなかった。けど今は違う。人気もなければ逃げる足もない。多分、すぐに殺されるようなことはないだろうけど間違いなく、俺は今日この男に殺されるだろう。

「もう一度お前に訊こう……」

 スタンガンの先端をバチバチと、音を立てながら戦闘員Aが近づいてくる。俺が満足に動けないことをしっかりと見抜いてるらしく、歩き方にはかなり余裕が見られる。

「六条星夜は何処にいる?」

「それを聞いてどうする気だ?」

 何故こいつが六条星夜に拘るのか? その理由を模索してみたが全く心当たりがない。少なくとも知り合いや親戚にこの手の人間が居るとは思えないし、命を狙われるような家……ではあるがそういうことをした覚えはない筈だ。

「酷く動揺してるみたいだな……」

 まるで俺の胸中を見透かしたかのように、奴は言った。

「その男の心配をしてるなら安心しろ。俺の仕事は彼の保護だ」

「保護、だと……?」

 何を言ってるんだ、こいつは? 人をいきなり襲っておいて保護とか言われても信じられる訳ねーだろ。

「これ以上は他人に話せるような内容ではない。こちらに殺す気がないと分かったところで話してもらおうか? ……六条星夜は何処にいる?」

「…………」

 果たしてこの男に事実を話していいのだろうか? 正直なところ、俺は迷ってる。殺す気がないとは言ってるがそれは多分、六条星夜に対してのことであって、俺に対しては殺意があると思っていい……いや、そう思うべきだ。それにどういう訳か、この男は大まかではあるが俺の考えてることを見透かすことが出来る。こんな訳分からないような男を相手に口を滑らすのは利口とは言える訳がない。

「あくまで黙秘、か。……それもいいだろう」

 その瞬間、戦闘員Aの瞳から感情の念が消えたのを俺は感じ取った。きっとあれは人を殺す時の目だと俺は本能的に悟った。

 未練がないと見栄を張ればそれは大嘘になる。俺はまだ自分の人生を謳歌してなければやりたいことをやりきってない。何より子供の頃から夢見ていた正義の味方という野望すら叶えちゃいないのにどうしてこんなところで死ななきゃならないんだ!?

(上等……ッ! 逃げ切ってやろうじゃねぇか……ッ!)

 男と会話をしてたお陰もあって、身体の痺れはだいぶ緩和されていた。どうやらこれはRPGで言うところの麻痺効果がある訳じゃないようだ。

 戦闘員Aの右腕が振り下ろされる──そう感じた俺は後退するのではなく、敢えて前進した。近づけば近づいたでスタンガンの餌食になるが蛇行する遠距離攻撃を避ける術がないなら接近戦に持ち込んだ方がまだこっちが有利だ。

 右腕が完全に振り下ろされると同時に青白い光を纏わせた電撃が生き物のように先端から飛び出す。が、それを俺は側面に回りこむようにして避けてみせる。あの時、奴の方から近づいてくれたこともあってダッシュして距離を詰める、なんていう面倒な作業をしなくて済んだのは僥倖だ。

「……!」

「遅い……ッ!」

 思わずそんな決め台詞を言いながら脇腹目掛けて握力で固めた拳を打ち込む。自称・正義の味方を名乗ってる俺は中学校の時は独学で空手を習得した。勿論、段位持ちの人間と戦ったりすればフルボッコされるのは目に見えてるが技の型や稽古の仕方はネットや入門雑誌を読んで自分で研究したもんだ。

 あの時の俺は『何時の日か必ず出会うであろう犯罪者と戦う為の術』という名目で一人修行してたが……まさかこんな形で役に立つ日が来るとは思いもしなかった。

 ……本当、人生って奴は何が起きるか分からないな。もっとも、何時・何処で何が起こるか予想出来ないからこそ面白いんだが。

「くっ……、このガキ……!」

「やられっぱなしは性に合わないんで、ね……っ!」

 気合い裂帛。右の拳にありったけの想いを乗せて二撃目を打ち込む。送り足で深く踏み込み、肩と肘の関節をフル稼働させて加速させる。拳には男の身体の遥か向こうを打ち抜くイメージを載せて……!

「ッ!」

 ずしん、と……右拳に重い感触が残る。まるでサンドバックを素手で殴ったような手応えだ。脇腹なら肉の壁も薄くて俺程度の筋力でも充分なダメージが期待できると思ったんだがどうしてなかなか、戦闘員Aは非常にタフで、ほんの少しだけ表情を歪ませるだけの効果しかなかった。

「狙いは悪くない。だが──」

 生徒に講義するように告げながら奴は上半身の力を溜めて、身体を捻ってその力を一気に解放した。風を纏った拳は空気の壁を押し退け、俺の肩口を捉えた。

「っ!?」

 ドカンと、まるで巨大なハンマーで横殴りにされたような衝撃が身体を突き抜ける。次に訪れたのは肩口を中心にした猛烈な痛み、そしてブロック塀に叩き付けられた衝撃。何が起きたのかさっぱり理解出来なかった。俺が肩口を打たれたことによって身体が地面から僅かに浮き上がり、そのままブロック塀に叩き付けられたということを理解するのに随分と時間が掛かった。

「ただの一市民であるお前が、俺に勝てるという慢心をしたのはお前のミスだ」

 ぐぅの音もでない。というかわざわざ戦いを挑んだのは俺の思い上がり以外何でもない。雑魚っぽい服を着てればそこそこ細身の体躯をしてたもんだからつい出来心でやっちまったのは否定できない。

「これが本当に最後の警告だ。六条星夜について話せ」

「…………」

 ここら辺が限界かも知れない。どれだけいきがったところで俺は所詮、一介の高校生に過ぎなければヒーローなんていう器でもない。それにここで素直に六条星夜のことを話せば多分、俺は生き長らえることが出来る。

 だがそれでも──

「言っただろ? 知りたければ力ずくで吐かせてみろってな……ッ」

 ──それでも俺は頑なに拒否することを選んだ。そして今まさにこの瞬間、俺の目の前にあった生存という道が音を立てて崩れ落ちた。

「そうか。……では、そうさせてもらおう」

 そう言い切った男の瞳には最早、俺という存在は映ってないだろう。ただ機械的にスタンガンを振り下ろしてなぶり殺しにする。俺の最期は概ねそんなとこだろう。だがこれでこいつは……いや、こいつ等は二度と六条星夜に会うことが出来なくなる。

(はっ、ざまぁ見ろ。悪党)

 せめての抵抗とばかりに胸中で戦闘員Aを罵るだけ罵り倒す。スタンロッドの先端が俺の頭部を捉え、鈍重な痛みを刻みつけようと言わんばかりに迫ってくる。きっと俺は誰もいないこの夜道で痛みに喘ぎ、苦しみながら死んでいくのだろうと思うと君江さんには悪いことをしたと思う。

 しかしどういう訳か、俺の悪運というものは存外図太いものらしく、切れる筈だった命綱は寸でのところで繋ぎとめられた。

「む……ッ!」

 スタンロッドが振り落とされる──そう俺が思った次の瞬間、戦闘員Aの表情が驚愕に変わったのが分かった。時間の流れが劇的に変化した訳でもないのに、俺はその変化をしっかりと網膜に焼き付けていた。

 振り落とそうとしていた腕に急静止を命じてろくな力も溜めず真横へ跳躍する。一体何がと、思うよりも早く俺は理解した。

 あの日、公園で見たのと同じ光弾が、数瞬前まで立っていた戦闘員Aの頭を通り抜ければ是が非でも誰かから狙撃を受けたということを理解できる。

「くそっ、外したか」

 そして俺の後ろで悪態を付く見知らぬ少女──いや、見知らぬ相手じゃない。夜城沙耶だ。あの日と同じように狙い済ましたようなタイミングで颯爽と登場した夜城は狩り立てるように二発、三発と続けて光弾を撃ち続ける。

「ふんっ、とんだ興ざめだ。せいぜい正義の味方とやらにこき使われて裏切られ、我々に話さなかったことを後悔するといい」

 後悔? 一体何の話だ? その言葉の意味を考えてる間に戦闘員Aは脱兎の如くその場から離れていく。存外、早い撤退だなと思いつつも俺は苦労しながら光弾が飛んできた方向を振り向く。

「皇君、怪我はない?」

「大きな怪我ならないから大丈夫」

 男に殴られた箇所はジンジンと鈍い痛みを訴えてはいるが骨にヒビが入ったとかそういう類の痛みではないことは分かる。ただ、肩を動かすとそれに合わせて灼熱のように痛みが焼き付いてくるのは無視できるものじゃない。

「嘘。右肩痛めてるじゃない。……上着、ちょっと失礼するよ」

 俺の許可を待たずに夜城は上着のボタンを半分ほど外して肩を露出させ、ジャケットの内ポケットから湿布を取り出して貼り付ける。……常備、してるのだろうか?

「いつも持ち歩いてるのか?」

「うん。応急処置ぐらい出来るようにならないと身体がいくつあっても足りなくなるからね。……はい、これで終わり」

 肩の処置を終わらせると夜城は手際よくゴミと余った薬をポケットにねじ込んでいく。湿布を貼る時は大抵、クシャクシャになって上手くいかないものだが応急処置慣れしてるだけあって、夜城が貼った湿布はシワが全くなく、綺麗に肩にフィットしていた。

「夜城に助けて貰ったのは二度目だな」

「そうだね。私も皇君が続けて襲われるなんて夢にも思わなかったよ」

 それは俺も同意する。流石にあんなことはもう二度とないとばかり思ってたんだがよもや同じことを追体験するとは。全く、運がいいのやら悪いのやら……。

「それで、皇君。どうして襲われたの?」

「あー、襲われた理由か……」

 さて。ここは正直に話していいものなのか。それとも適当にお茶を濁すべきか?

 あの男と違って夜城は充分に信用できるのは分かるんだが、まだ気持ちの整理が付いてない俺としてはあと一歩、心の踏み込みが足りない。何より俺自身、気持ちの整理が出来てないから話すことに抵抗を感じている。

「どうも俺に用があった訳じゃないみたいだ。ほら、俺公園で雑魚キャラと運悪く遭遇して結果的にとばっちり喰らって襲われただろ? 今回もそれと同じ」

「ふーん。……本当にそうなの?」

「本当だって」

 口ではそう言ったものの、こういう時にだけ鋭くなる夜城に対して少し胃が痛くなる。昼間は驚く程あっさり俺に乗せられた癖に。……いや、もしかしたら彼女は基本、頭は良い方なんだろう。ただちょっと天然なところがあるからそういう風に思われるだけに違いない。

 とは言え、これ以上深入りされたらまずいから何とかして話題を逸らすか。

「そういやさ、夜城は銃を武器にしてるけどどうして銃弾じゃなくてレーザーみたいな攻撃が出せるんだ? やっぱり正義の味方だけが持てる特注品?」

「まぁ……そんなところかな?」

 そう答える夜城は何処かはぐらかすように微笑を浮かべながら言った。そんなところって事は当たらずとも遠からずってことか。

「それより……どうして皇君の服の一部が焦げてるの?」

「あぁ、これか? それは電撃飛ばされたから」

「へっ?」

 俺の言葉を聞いた瞬間、夜城は呆気に取られたような表情を浮かべる。あれ、俺なんかおかしなこと言ったか?

「皇君……なんて言った?」

「いや、なんか男がスタンガンみたいな武器使って電撃を飛ばしてきたんだよ。それを何回か受けたけど別に何処か体調が悪いとかそういうのは──」

「そっちの方が深刻だよっ」

 俺の言葉を最後まで聞かず、心底慌てた様子でズボンのポケットから携帯電話を取り出してすぐにコールする。

「もしもし黒南風、私。すぐ医療班手配して。……違う、私じゃなくて学校の友達。……そう、すぐに準備して、じゃっ。……皇君、悪いけど今夜はうちに泊まってくれない? 一応検査しなきゃならないから」

「検査って、そんな大袈裟な……」

 なんで俺の身体をそんなに心配するんだ? 強がりでも何でもなくて、本当に身体は何処も悪くないし後遺症らしき痺れだって残ってない。寧ろ日を改めて病院で簡単な検査をすればいいぐらいだと思うんだが。

「訳が分からないと思うけど今は大人しく言うこと訊いてくれない? 明日になるけどちゃんと事情話すから」

「……まぁ、夜城がそう言うなら」

 それで納得したのか、夜城は一安心したような表情を浮かべる。俺にはイマイチ理解できないんだがどうやら俺が電撃をこの身に受けたことはかなり重要な問題らしいというのは何となく理解できた。

「あ、そうだ。泊まることになるんだから皇君の両親に連絡入れておかないとまずいよね?」

「ん、それなら大丈夫。君江さん──あぁ、俺の育ての親な。その人は滅多に家に居ない人だし今日も泊り込みだと思うから連絡は必要ないよ」

「滅多にって……その君江さんって何をしてる人なの?」

「分からん。いつも訊こうと思ってもタイミングが合わなくてな。詳細は知らないがとにかく忙しい人だ」

「ふーん……」

 それ以上、夜城が興味を示すことはなく、自分を納得させるように何度か相づちを打つ。自分の親の仕事もまともに把握してないのかと言われると耳が痛いが事実として本当に君江さんがどんな仕事をしてるのか分からないんだ。ただ、日頃の君江さんを見て推理するに、何処かの研究所に勤めてるんじゃないかと俺は思ってる。これと言った根拠はないが、あるとすれば着替えの中に白衣があるから、ということぐらいなんだが。


 夜城と取り留めのない話をしているうちに迎えの車と思われる高級車が俺達の前に停車し、運転席から身なりの良い執事(かなり若い!)が降りてきて、夜城に向かって軽く会釈する。

「お嬢様、こちらが件の?」

「うん。紹介するね皇君。この人は私の専属執事をしている黒南風砕牙さん」

「お初にお目にかかります」

 夜城から紹介を受けた黒南風さんはペコリと上品に頭を下げてきた。多分、歳の頃は二十代半ばぐらいだろう。にも関わらずこの落ち着きよう……このイケメン男、デキる!

「初めまして、黒南風さん。夜城のクラスメイトの皇聖です」

 流石に初対面の──それも付き人相手にギャグを吹っかけて反応を見て面白がるほど俺は野暮じゃない。いや、全くやらないって訳じゃないけど少なくとも今はそういうことをしていい雰囲気じゃないってことぐらいは俺にも分かるんだが──

『初めまして、黒南風さん。夜城さんと付き合っております、皇聖と申す者です。えっ、不純異性交際? いいえ滅相もありません。夜城さんとはそれもう清らかな交際をしております。えぇ、それはもう神様に誓って健全なお付き合いしてると言えますよ、ははは』

 と言う自己紹介が真っ先に思い浮かんだんだが? ……いやいやこれは末期症状とかそんなチャチなモンじゃあないぞ? 俺にとってはこれこそが普通なんだ。と言っても実際にそれをやったら流石にちょっとばかしやり過ぎかとは思うが。

「皇君、ちゃんと自己紹介できるんだ……」

「待て夜城。それは一体どういう意味だ? それじゃあまるで俺が非常識人間だと公言してるようなものじゃないか」

「だって皇君、私が声を掛けた時真顔でボケたでしょ?」

「ボケって……俺だってTPOぐらいは弁えるぞ?」

 全く……何を言い出すのかと思えば夜城の奴、俺を何処ぞの非常識人間と一緒にしやがって。そりゃ確かに昼休みに声を掛けられた時は一発ボケをかましたが何もそこで俺のイメージを固めなくてもいいじゃないか。

「皇様は大変ユーモアに溢れるお方ですね」

「く、黒南風さん……俺の考えてること分かってくれたんですね?」

「いいえ。ですが、それとなく皇様が突っ込みを入れたいのを我慢しているように見えましたので」

「黒南風さん……」

 この人はなんて良い人なんだろう……! どれだけ他人のボケに突っ込んでも、逆に俺がボケをかましても冷笑されるか無視され続ける俺から見たこの執事はまさに救世主のように見えてしまう……ッ!

 心なしか、夜であるにも関わらずこの人の後ろから後光が刺して黒南風さんの包容力の高さを露わにしているように見えるのはきっと目の錯覚なんかじゃない!

「おい、見ろよ夜城……黒南風さんが輝いて見えるぜ? これはきっと街灯のせいじゃなく、間違いなく黒南風さんの人徳の成せる業だ」

「うぅ~……それ絶対皇君の思い込みだよぉ~」

 なんと! いつも黒南風さんに当たり前のようにお世話をして貰っているから夜城にはこの偉大さが伝わらないというのか……ッ。

 夜城、俺はいつしか人に奉仕されるのが当たり前の環境に慣れてしまったお前の未来を垣間見た気がしたぞ。

「皇様、何か良からぬことをお考えで?」

「何を言うんです、黒南風さん。俺は純粋に夜城さんの将来を心配してるだけです」

「良く分からないけど、多分皇君が心配するようなことは絶対にないと思うから安心していいよ」

「本当にそう言い切れるか? 五年──いや三年後になったら屋敷の使用人がちょっとミスしただけで『貴女要らないからクビね』なんておっかないこと言うんじゃないだろうな?」

「そんな意地悪な姑なんかにならないよぉ~!」

 いや、ならないよと言ってもそんな可愛く怒ってもちっとも怖かねーぞ。どんだけ頬を膨らませても可愛い顔がちょっと丸っこくなるだけだし一生懸命胸板叩いてもポカポカという効果音が付きそうな力だし……これで本当に正義の味方なのか?

「さて……お二方の漫才が終わった事ですし、そろそろ宜しいですかな?」

「はい、お願いします黒南風さん」

「どうして皇君が仕切るの!? 黒南風さんは私の執事さんだし皇君と漫才なんかやってないよ~!」

 そんな夜城の言い分などこの場にいる誰もが聞き入れる筈もなく、黒南風さんは慣れた動作で後部ドアを開き、俺は足早に座席へ座り込む。それを見て夜城も渋々といった感じで俺の後に続いた。

「言いそびれたけど助けてくれてありがとな、夜城」

「今更って思うけど……どういたしまして。でも数日中にまた襲われるなんて皇君も運がないよね。普通に生活してる人がペインに遭遇するなんて滅多にないんだけど」

「ペイン? それって組織の名前か何かか?」

 そう尋ねる俺の質問に対して夜城は『うん……』と、短く返事をする。ペインは英語で痛みって意味だけど……何か名前に意味とかあるのか?

「もう一度訊くけど皇君、本当に襲われたことに関して心当たりがないの?」

「あぁ。全くないな」

 というのは真っ赤な嘘で六条繋がりで心当たりがあるんだなーこれが。けど正直、このことはいくら夜城が相手でも話したいとは思わないし俺自身、出来ることならこのことは忘れていたい。

(六条星夜、か……)

 正直、どうしてペインとかいう組織が今になって六条星夜に拘り始めたのか俺には皆目検討が付かない。少なくとも俺が知っているそいつ六条星夜は何もない人間だから。

「……。皇君がそういうなら、私もこれ以上は何も言わないでおくけど今度からは外歩く時は気をつけた方がいいよ。ほら、昔から二度あることは三度あるって言うから」

「そこはかとなく根拠のない忠告だな。……まぁ素直に受け取っておくけど」


 時を遡ること、数十分前のこと。予期せぬ第三者の登場に男はあの場から撤収し、誰もいないことを確認して脇道に身を潜め、ポケットから携帯電話を取り出した。数回のコール音の後、電話の向こうから別の男の声が届く。

「私だ。進展はあったか?」

 挨拶もそこそこに、電話の主は単刀直入に用件を訊いて来た。彼は明らかに焦れている。この土地までブレッド正義の味方が目を光らせていることに。しかも奴等もまた、自分たちと同様に星夜の行方を追っている可能性が高いとの報告も受けている。組織としても何としても正義の味方よりも先に星夜を抑えておきたいと思うのが本音だ。

「いえ……。ですが、間接的な手掛かりなら掴みました」

「言ってみろ」

「この街の人間に住むある高校生はどうも六条星夜について何か知っているようです。残念ですが口を割らせる前に無粋な横槍が入ってしまいましたが……」

「それは確かか?」

「奴の態度から見てほぼ間違いありません」

「…………」

 しばしの間、二人の間に沈黙が流れる。彼が手掛かりを掴んでいるかどうかまでは分からないが、少なくとも奴は星夜のことをそれなりに知っていると見て間違いないだろう。何処まで知っているかはともかく、ようやく掴んだ手掛かりだ。このままおめおめと正義の味方の手に渡らせる訳にはいかない。

「結構だ。お前は引き続き星夜の調査に当たれ。何としても正義の味方よりも先にこちら側に引き込め。手段は問わん」

「了解しました。……それともう一つ。どうやらこの街に派遣された正義の味方はシューティングスター光弾の射手のようです」

「なんと……」

 その報告を聞いた途端、男が僅かに──本当に些細な変化ではあったが──驚愕の声を挙げたのを男は感じ取った。光弾の射手と言えばここ数年、海外の支部を虱潰しに叩いていた精鋭の一人であり、これまで何度も煮え湯を飲まされてきた相手だ。その彼女がまさか日本に来ているとは……。

「よかろう。こちらからはガイを送ろう。奴をそっちに送る以上──」

「確実な結果を出して報告にあがります」

「分かってるならいい。決して抜かるでないぞ、ベイ」

 その言葉を最後に通信は一方的に切られた。もはや毎度のことなので男──ベイは特に不満を漏らすことなく黙って携帯をポケットにねじ込み、代わりに煙草を取り出す。

(さて。これからどう動くか……)

 ボスには報告してなかったが、先のやり取りで聖が光弾の射手の庇護下に入る可能性が高くなった。面倒なので言わなかったものの、奴が彼女に対して協力的な態度を取るとも考えられなかった。根拠らしい根拠などないが、あの男はどうも星夜について語るのを頑なに拒否しているように見えたからそう思うのだろう。

 それはいい。やり方次第では口を割らせる方法など、それこそ幾らでもあるのだから。が、どうしても一つ納得できないことが彼にはある。

(あいつが六条家から消えた時、奴はまだ子供だった。今更こっちの都合に合わせてくれるものだろうか?)

 ベイが聞いた話によれば星夜が六条家から消えた原因は内部での折衝が原因だと聞いて居る。当時の幹部のやり方に異を唱え、実力行使の手段として研究の一部に携わってた自分が離反し、且つ正当後継者である星夜を屋敷から連れて逃げ出したと、記録には記されている。当時を知る者は少なく、僅かな手掛かりを頼りに星夜を探しているのが現状だが──常識で考えれば今まで普通に暮らしていた人間がいきなりこちらの都合に合わせてくれるとは思えないし、かと言って世界制服の為に六条家の血が必要だと言っても聞く耳など持たないだろう。正義の味方が自らの存在を隠し、水面下で活動するように自分たちもまた、影で動くタイプだ。こちらのことは全くと言っていいほど認識されてないと思ってもいい。

 純血至上主義。そう言えば聞こえはいいかも知れないがその実態は古き体裁に固執してるだけの、時代遅れなやり方でしかない。頭に茶渋の付いた年寄り相手に実力主義のなんたるかを説いたところで説得できるとは思えないので黙ってはいるものの──

(やはり今の六条の人間はトップに立つべきではない……)

 煙草を携帯灰皿へ入れて、一息付きながらガイは思う。彼らのやり方が甘いとは思わないが、今のやり方に固執していればいずれ敵対組織に先手を取られてしまうのは火を見るより明らかだ。どうせ付くなら有能な人間──そう、例えば若くとも実力のある者の下に付くのが利口だろう。ただ、そうするよりも前に今の仕事を片付けるのが先決ではあるが。

(さっさと片付けてしまおう……)

 煙草の残り香を漂わせ、ガイは静かにその場を立ち去り闇の中へと消えていく。その姿を見届けた月は悪い未来を示唆するかのように、うっすらと黒雲が重なっていた。


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