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振り回す少年と振り回される少女

区切るタイミングが分からず長くなってしまいました。一定の間隔で各話投稿できればいいんですが……難しいものです。(-_-)

 昼休みを迎えた頃になってようやく転校生に群がる男子共は落ち着きを見せた。が、それでもこれ見よがしに一緒に食事をして距離を縮めようとする輩は後を絶たない。男って本当単純だと思いつつ、俺にはあまり関係のないことだと割り切って他の生徒に混ざって真っ直ぐ食堂へ向かう……筈だった。

「そこの人、待ってっ!」

「ん? ……夜城じゃないか」

 表面上、何気なく声を返した俺だけど内申じゃ結構驚いている。三日前に公園で見た時から綺麗な娘だと思ったけど改めて近くで見るとやっぱ綺麗だなー、夜城って。

(むっ。いかんぞ俺。ここで顔がニヤけたらキショイ男ランキングに入ってしまうぞ)

 例え俺がバリバリイケメンだったとしても人の顔を見ていきなり表情が緩んでしまうのは相手に変な印象を与えてしまう。ここは一つ、気の利いたジョークでも言ってフレンドリーなクラスメイトだという印象を与えておくか。

「ふっ……まさかそっちから尋ねてくるとはな。少々驚きだぜ」

「うん。私もキミに…………えーっと……」

「皇聖だ。始皇帝の皇に聖人君子の聖と書く。……さて、夜城沙耶。君が直々に俺の元に訪ねて来たということはやはり例の件についてだろう?」

「……皇君。あなた、もしかして…………」

「ご明察。君の想像通り、俺は……正義の味方だ」

「そう、正義の味方──て、あれ?」

 と、ここでようやく俺が冗談で会話をしていることに気付いたらしく頭上にクエスチョンマークでも浮かべそうな勢いで首を傾げて、考え込んだ。

 しかしなんだ。ちょっと漫画っぽく正体を明かすような展開を作ったんだが天然で話合わせてくるとかどんな偶然なんだ。こっちは夜城がノリノリで合わせてくれてるとばかり思ったからちょっと演技に熱入れちまったぞ。

「皇君……。今のって……ただの冗談?」

「程度の軽いコミュニケーションだ。難易度はそれぞれアマチュア、ノーマル、プロフェッショナルの三つから選べる。因みに今のはアマチュアレベルな」

「いきなりそんなの言われたら誰だって反応に困るよっ」

 なんと! 最近の若者は冗談をコミュニケーションの一種として取り入れないというか……! ゆとり教育の弊害は学力低下だけでなく一般教養にまで浸透してたとは……俺の読みが甘かったかッ!

「はぁ……。今のは聞かなかったことにしてあげるからさ、代わりにちょっと付き合ってくれない? あ、もしかして皇君って学食派?」

「そういう日もあるが今日はサンドウィッチな気分でね」

 俺の昼食スタイルは学食と購買を使い分けてる。うちの食堂は安いことには安いんだがメニューがそんなに豊富じゃないのが玉に瑕だ。せめて週替わり定食があればメリハリが付くというものだが……。

「それじゃ、決まりだね。あと、ついでって言う訳じゃないけど出来れば人気の少ないところで食べながら話したいんだけど、何処か知らない?」

「体育館倉庫」

「そんないかがわしいような場所は駄目ーッ!」

 間髪入れず突っ込みが入ると同時に目の前で風が吹き上がる。それがアッパーだと分かったのはギリギリ夜城の攻撃を避けてからだが。

「むっ……実は皇君、結構凄い人?」

「言っただろ? 俺は正義の味方だって。もっとも、あくまで自称だけどな」

「それ、理由になってないよ」

 なんですと!? 正義の味方といやーあれだぞっ! 例え不意打ちかけられようがキュピーンと反応してバッと反撃して雑魚キャラをギッタンバッタン薙ぎ倒してから『お前、何者だ?』とか言いながら格好良くキメるんだぞ!

「……皇君が何考えてるのか分からないけど、多分皇君が思ってることは違うから」

「そんなことはない。俺の考えは男の浪漫学に基づいてる。だから間違ってるとは言わせないぞ、夜城氏」

「はぁ……。もう分かったからそろそろ本気で案内してくれない? 時間勿体無いでしょ?」

「そうだな」

 夜城とのコミュニケーションもそこそこにして、頭の中で人気の少ない場所を検索する。

 まず、食堂は当然却下。人気云々もあるがあそこは飢えた狼たちの戦場だ。とてもじゃないがゆっくり話なんかしてられない。教室は食堂に比べればずっと平和だが弁当派が陣取ってることが多いので没。となれば中庭が妥当なところだろう。時代なのか、中庭にはベンチがあるにも関わらず昼時に活用する生徒は驚くほど少ない。それでも全くいないって訳じゃないが昼休みをまったりと過ごしたいのであればそこ以外、考えられない。

「中庭でいいか? 全く人がいないとは保証できないが、そこなら人気も少ない」

「うんっ。……じゃあ早速行こっか、皇君」

 夜城に催促されるように、俺は自分の分の昼飯を持って教室を出て行く。途中、クラスメイトが『早速ナンパか?』とか『沙耶ちゃーん! 今度は俺達と食べようなー!』だの『沙耶ちゃん、皇君は人選ミスだよ?』なんて言ってくる生徒とすれ違う。つーか最後の俺は人選ミスとかどういう意味だ? 言っておくが俺はこれでも紳士には定評のある男だぞ。夜になると即狼に豹変する野郎共と一緒にしないでくれ。

 夜城もそう思うだろ? と、彼女に同意を求めるように話題を振ってみたら意外や意外。夜城の奴、何が面白かったのか急に笑い出しやがった。

「皇君、それ全然違うよ」

 違うって、何がどう違うんだ? 誰にでも分かるよう5W1Hでの説明を要求する!

「多分、あの娘が言った人選ミスは良くも悪くもって意味だよ。良い人なんだけど恋人にするにはあと一歩足りないっていう、そういうニュアンスだよ」

「じゃあなんだ、昨今の女子は高収入、高学歴、高身長の三高主義なのか? 言っておくが俺は学生だし将来は中小企業に就職するような男だ。ましてやこの学園にいる時点で高学歴なんて望めやしない! 三高なんてもう流行らないと思ったが今になってブームが再熱してると夜城は言うのかっ!?」

「今時の子で三高なんて言葉、知ってる人いないよ?」

 いや、それ言ったら夜城も現代っ子だろ。お互い、アウトローが過ぎるな、本当に。


 そんな感じで夜城と世間話(殆ど俺が一方的に話してるだけだった)をしながら中庭へ向かうと運良く人がいる気配はなかった。適当なベンチに腰掛けて、コンビニのビニール袋からサンドウィッチと飲み物を取り出す。

「食べてからでいいか? それとも食べながら話すか?」

「んー、食べながらじゃ駄目? ちょっと行儀悪いと思うけど」

「あぁ。別に構わないぞ」

 喋りながら食事をする、大変結構だ。世の中には食事中は一言も喋らないのがマナーだと言うような人間もいると言うからマジで信じられん……! そもそも食事って奴は皆で楽しく食べる為のものなのに一切喋らないとか俺に言わせりゃキチガイもいいとこだ。

「じゃあ、早速本題入るね。……皇君は三日前のこと、誰かに話した?」

「いや、逆に信じる奴が居る方が珍しいと思うぞ」

「答えになってない。真面目に答えて」

 えー、今の答え方じゃ駄目なの? 充分答えになると思うんだけどなぁ。

「三日前のことは誰にも話してない。けど、それを判断するのは夜城だろ? それに実際問題、話したところでまともな奴は信じないと俺は思うけどね」

 今ここで、俺がどれだけ話してないと宣言しても最終的に判断するのは夜城だ。これまでのやり取りで夜城が俺という人間を充分に理解して、その上で信用してくれなければ即アウト。正直、何が起こるかまるで想像が付かない。

「……分かった。皇君、冗談言ったりするけど嘘付くような人じゃないって信じてあげる」

「あぁ。俺ほど人がいい人間はそうはいなからな」

「自分で言うと嘘臭く聞こえるよ」

「そういう風に聞こえるのは俺の素直さに嫉妬してるからだよ」

「そこまでポジティブに考えられるのってある意味才能だよね……」

 それは違うぞ、夜城。考え方は才能じゃなくて個性だ。人間、皆が皆同じじゃない。異なる価値観を持ってるから面白く思えるんだ。たまたま俺はポジティブに生きるという個性を持ってるだけで、似たような人間は他にもいる。夜城が俺の在り方を才能と称したのはきっと、俺が少し特殊だからだ。

「じゃあ次の質問──」

「待った夜城。それだとフェアじゃない」

 夜城の言葉をピシャリと遮り、俺は言った。質問をすること自体は悪いことじゃない。ただ、一方的に夜城が質問して俺が答えるのは少々、不公平だと俺は思う。

「質問は交代制だ。そして相手の質問に答えられなければ次の質問には答えない。どうだ?」

「ん~……答えられる内容なら答えてあげるじゃ駄目?」

 あっさり乗ってきたな。普通はもう少し疑うなり反発するもんだが……ま、妥協案に関しては当然っちゃあ当然かな。

「……良いだろう。承諾を得たところで早速質問するけど……夜城ってぶっちゃけ、正義の味方とかそういうオチ?」

「えぇ!? た、確かに私は正義の味方やっているけど、どうして分かったの?! ていうか皇君も本当は正義の味方なの?!」

「………………」

 ちょ、なんで正解しちゃうんだよ! これマジか?! 実はドッキリとかじゃなくて夜城の奴はリアル正義の味方なのか!?

「いや、単にあてずっぽうで言っただけってのもあるけどお前、別れ際の時に自分は正義の味方だって名乗っただろ? あと俺は正義の味方に現在進行形で憧れてるが多分、夜城が思ってるような正義の味方じゃあないぞ」

 初めて夜城を見た時、まさかとは思いながら色々考えていたけど……本当にそうだったとは……。

「次は俺の番だな。……正義の味方やってるのは分かったけど、それって職業? それとも政府の秘密組織とかそっち系?」

「違うよ。正義の味方はちゃんとした職業でもないし、ましてや政府御用達の組織でもないよ」

「じゃあ一体──」

「その前に、今度は私の番だったよね?」

 うっ……そう言えば質問は一回ずつ、交代でしろと言ったのは俺だっけ。あまりの興奮についルールを破ってしまうとは……。俺もまだまだ修行が足りんな。

「あの時、皇君が会った人たち……私たちはソイソルって呼んでるけど、ああいう感じの人を何処かで見たことはない?」

「あの如何にも雑魚っぽい服を着てた奴等のことか?」

「そうそう、その人たち。見覚えない?」

「ふむ……」

 言われて、俺は高校に入学してから今日までの出来事をザッと思い返してみる。

 中学時代の友人たちとの旅行、近所のガキ共と遊んだ日、買い物で街をうろついてた時、エトセトラ……。

 もしかしたらその昔、何処かで見たかも知れないが少なくともここ数ヶ月の間にあいつ等を何処かで見たという記憶はない。そもそも初めて見たのがあの公園だったぐらいだし。

「……すまん。何処かで見たっていう記憶はない。そもそも俺はああいう人間が居たこと自体が驚きだったし、見たとしたら強く印象に残ってるだろう」

「そっか……。ま、あまり期待はしてなかったし当然と言えば当然だね」

「力になれなくて悪いな。……で、次は一番聞きたいことだ。……夜城は、何の為にここに来たんだ?」

 これが俺にとっての本題だ。夜城が何の意味もなくこの町にやって来たというのは考えにくい。そもそも彼女ほど立場に恵まれた人間ならばわざわざ転校なんて面倒なことをする必要がないように思える。

 まぁ、今までの流れから考えるなら──

「……ごめん。それは答えられない」

 やっぱりそう来たか。まぁこれは予想済みだからそんなに落胆はしなかった。それに俺の予想じゃあ転校してきた理由はこの学園の関係者の中に悪の組織に属する人間がいるという展開を予想してる。……自分で考えといてアレだが、発想が物凄くオタクっぽいな。

「じゃ、私からは最後の質問ね。……この学園に親が裕福な人間ってどのぐらい居る? 出来ればその人の名前とかも教えてくれると有り難いんだけど」

「妙な質問だな」

「皇君からすればそうかも知れないけど、私にとっては必要なことだから」

「…………」

 親が金持ちの人間か。友好関係が広い俺でも流石に友達の親の職業となると認知度は一気に低下する。ただ、俺に限らず自他共に親が金持ちだと認めてる奴なら知ってるが……話していいのだろうか?

 ……いや、良くないな。いくら質問とはいえ、安易に他人の秘密(と言っていいのだろうか、この場合)を喋るのは姑息な人間がすることだ。それにここで俺が『あいつとあいつだ』と話せば、それは友達を売るってことに繋がる。

「……俺の口からは言えない。ただ、この学園じゃそういう人間は少し聞き込みをすれば分かることだ。知りたければクラスメイトに訊くなりしてくれ」

 だから俺は、無難にそう答えることにした。勿論、この言葉に嘘はない。そもそもこの町はそんなに大きくないところだから羽振りの良い人間ってのは自然と目立つものだ。そういう人から親の職業は何かと聞けば案外、実は凄いところに勤めてるってケースは結構多い。

「うん、分かった。……これで私からの質問は全部だけど、皇君は何かない? 質問は交代制だし、皇君はあと一回質問できるよね?」

「そういやそうだな……」

 ぶっちゃけ、そこまで細かくルールを決めてた訳じゃないんだが……折角の機会だ。このラストチャンスを活用しない手立てはない。

 何を質問するかって? そんなのもう決まってる。

「なぁ夜城」

「なぁに?」

「仮面ソルジャーと傭兵戦隊、お前はどっちがより正義の味方っぽく思える?」

「へっ?」

「結論から言うなら俺はいずれも正義の味方というよりも二大イケメンアイドル勢力となりつつあるのが現状だと分析してる。イケメン、大いに結構だがその対象が子供ではなくご婦人に変わった時、それはもはや特撮アニメでも何でもないと思うのだが、夜城はどう思う?」

「急に何を言い出すの、皇君?」

「俺は至って真面目だ」

 正義の味方と言えば仮面ソルジャーシリーズに戦隊モノ……これは絶対に外せない要素だと言える。何しろ日本男児の多くはこうした番組を見ることにより、誰もが一度は正義の味方に憧れるなり世界最強を夢見たりするのが世の習いだった。

 しかしどうだ? 昨今のガキ共と来れば──

『僕にはそんなの関係ないよ』

 とか。

『別に一番にならなくたっていいじゃん。人は人、他人は他人でしょ?』

 とか抜かすんだぞ? 男に生まれた以上、勝ちに拘るのは当然の真理というもの。少なくとも俺が小学生の頃はそういう感覚が当たり前だったし、今でも目標は違えど勝ちに拘る男はいる。

 しかし今は時代の流れという奴なのか、勝ちなんかどうでもいいとかいうガキ共の多さに俺は本気で嘆いたよ。

「どうなんだ夜城? お前はどっち派なんだ?」

「……えっと、どちらかと言えば戦隊モノ、かな? 一応、それなりに縁もあるし」

 縁がある、か。察するに遊園地のヒーローショーを見て憧れを抱いたって所だろう。テレビで見るヒーローと印象の違いはあったものの、生で見て怪人をやっつけるその姿に興奮したのは今でも覚えてる。

「そうか。夜城は多人数で戦う戦隊派だったか。俺としては仮面ソルジャーを贔屓して欲しかったとこだが……まぁ仕方ない。戦隊モノには戦隊モノの良さがあるからな」

「男の子って一対一で戦うヒーローが好きだよね。私はちょっと心細いかなーって思うけど」

「心細いって……夜城にも仲間がいるんじゃないのか?」

「う~ん……居なくはないけどね、固まって戦うよりは各地で戦った方が効率がいいでしょ? それに私、ちょっとだけ浮いてる存在だから」

 浮いてる存在って……俺にはそうは見えないけどな。贔屓目を抜きにしても夜城は社交性もあるし正義の味方という点を除けば変わり者って訳でもない。……ひょっとして他の正義の味方(いや、居ると仮定しての話だが)が変わり者なのか? 会ったことなんてある筈もないから全部俺の勝手な憶測だが。

……なんてことを話しながら食事をしているうちにどうやら俺が今朝買ったサンドウィッチは既に無くなっていたようだ。う~む、二袋あれば足りると思ったんだが……まぁいい。

「ご馳走様でした」

「嘘!? もう食べたの?!」

「もうって……そりゃサンドウィッチ二袋しか買ってないからそんなもんだろ?」

「私まだ食べてないよ~!」

 食べてないって……食べながら話そうと提案した人間が一口も食べてないってどんだけマイペースなんだよ。

 一通り俺に文句を言ってからようやく夜城も自分の弁当に手を付け始めた。丁寧に包まれた布を解くと高級感溢れる弁当箱が姿を現わした。やっぱり夜城、本物の金持ちなんだな。

「いいもの使ってるんだな。やっぱり弁当は使用人が作ってるのか?」

「ううん、ちゃんと自分で作ってるよ。……まぁ、自分で作ってるのはお弁当だけだし、朝食と夕食は作ってもらってるけどね。そういう皇君は自分でご飯作ったりしないの?」

「あー、たまに作るけど焼きそばとかスパゲティとかその程度だな」

 俺の場合、作れないことはないが簡単なものしか作れなかったり良い物使って調理してもそれに見合った味にはならないってことの方が圧倒的に多い。それに最近じゃコンビニ弁当の方が下手な人間が作る料理より美味しく出来てるってことの方が多いから俺としては料理が出来ないからと言ってそれほどの不自由さは感じてないのが本音。

「へぇ、皇君は一応料理もできるんだね。ちょっと意外かも」

「男が料理をするのがそんなに意外なことか?」

「うん。だって私の知り合いでちゃんと料理できる人って殆ど居ないから」

 そりゃお前、料理人に対する冒涜じゃないか。確かに家庭に限った話じゃ男よりも女の方が料理をしてるところは多い。しかし現実問題として料理を生業としてる人間の大半は男だという事実をちゃんと認識してるのか、夜城は?

 なんてことを思いながら俺は美味しそうに自作の弁当に箸を伸ばしていく夜城を観察する。と言っても横で見てるだけじゃつまらないから好奇心のままに、どんなのを作ったのか覗いてみると──

「ちょ、昼から豪華じゃねぇかっ!」

「そぉ? 昨日の夕飯の残りもあるし別に普通だと思うけど?」

 これが普通、だと……? デミグラスソースが掛かったハンバーグにエビフライ(二尾で一組という超豪華使用!)の上に鮮やかなクリーム色をしたタルタルソースが付いたお弁当が普通な訳ある筈ない! 学食や惣菜コーナーにあるエビフライを見てみろ! 一尾しか入ってないが当たり前だがそれの殆どが身を伸ばして如何にも大きい海老を使ってますよ~的な小技を使って売り出されてるんだぞ?!

「夜城、いずれお前とはじっくり話し合わなければならないようだな」

「ふぇ? わたし、皇君に何かした?」

「明日、学食のメニューを見てみろ。お前の弁当がどれだけ豪勢かよく分かるぞ」

 いや、別にうちの学食が不味いとか手抜き料理しか出さないとかそういうことを言ってる訳じゃないぞ。いざ良いところを挙げようと思えば値段が良心的ななのとデザートも注文できるという点。

 ……ま、まぁごく普通の学食じゃあないか。そもそもリーズナブルなお値段で食事を提供してくれる学食にあれこれ理想を求める方が間違ってるんだって!

「良く分からないけど……明日は学食を食べた方がいいの?」

「あぁ。社会勉強になるかどうはさて置いて、少なくともここの学生がどういうものを食べてるかはちょっとは興味あるだろ?」

「う~ん……正直なところそっちよりも人間観察をするには丁度いいかなって思ってるかも。多くの人が一度に沢山集まる場所だし、もしかしたら思いがけない情報が入ってくることもあるかも知れないし」

 情報が入ってくるって……学食をRPGの酒場か何かと勘違いしてないか? 真面目に正義の味方をしてるのか、そうじゃないのか今ひとつ判断しかねないな。

 こうして弁当を食べてる姿を見れば本当にちょっとした財閥のお嬢様に見えなくもないし、到底マシンガン型のビーム銃(なのか、あれ?)を振り回して悪の組織と戦うヒーローには見えない。

 けど俺は実際にこの目でその現場を見ている。ただ、時間が経つに連れてやっぱりあの公園で起きたことは実は俺の想像力が生んだあり得ない幻想で、こうして彼女が目的の為にこの学園にやって来たのもたまたまリアルで転校生が来たのと重なってそういう風に思い込んでいるだけかも知れない。

 ……あれ? どうして俺は夜城が正義の味方なんかじゃないって頑なに否定してんだ? 本当の俺ならばここは両手を挙げて喜ぶとこだってのに……。

「私の顔に何か付いてる?」

「……あぁ。お前のほっぺご飯粒、付いてるぞ」

「えぇ!?」

 俺の胸の内を悟られるようで咄嗟に幼稚な嘘を付いてみたがどうやら夜城相手にはこの程度の嘘で充分な効果があったようだ。夜城の奴、ご飯粒が付いてるかどうかなんて触らなくても分かるってのにわざわざ左手で頬を何度も触って確認してる。……なんか小動物っぽくて面白いな。

「何処にも付いてないよ~」

「あぁスマン、間違えた。頬じゃなくて額に付いてる」

「はぅッ!」

 ボンッと……漫画ならそんな擬音が付きそうな勢いで顔を真っ赤にして大慌てで額をペタペタと触りまくる。同じネタで二度引っ掛かるとか、どれだけ騙されやすいんだお前って奴は……。

「ご飯粒なんて付いてないよぉ~!」

「ワリィ、どうやら俺の見間違いだったようだ。ま、人間誰にでもミスはあるんだ。許せ」

「謝っているようで実は上から目線ってどういうこと?」

「上から目線のように感じるのは俺が夜城より身長があるからだ」

「うぅ~……なんか皇君って屁理屈が上手なんじゃない?」

「屁理屈も立派な理屈だ。屁理屈という言い回しは論破できなかった人間の言い訳に過ぎんぞ、夜城」

 大人は屁理屈が嫌いだと言うがな、俺に言わせりゃそれは逃げの一手だ。自分が言い返せないからと言って巧妙に自分を正当化し、まるで反論することが悪いかのようなあの言い回しは正直、好きになれない。と言っても俺があれこれへ理屈こねるようになったのも燈華先輩の影響だったりする。ただし、あの人の場合言い返せないような状況になると──

『男の子でしょッ! 女々しいこと言わず素直に認めなさい!』

 とか言うんだぜ? 今は女性の時代というがこれはもう女尊男卑という言葉がピッタリな世の中ではないか!

 あ、いや別に女性がエラソーにするのが不愉快だとかそういう話じゃないぞ? 単純に性別を理由に差別するのは良くないという話をしてるだけだ。

「はぁ……皇君って実は友達いないでしょ? 人をからかうのはあまり感心しないよ」

「友達がいないとは失礼な! それにこの程度、からかった内には入らないぞ、ノーカウントだ!」

「真顔で言い寄ってきたら誰だって信じちゃうよ」

 うむ。確かにそれは一理ある。だが真顔で迫ってくれば相手も『まさかこういう事は言わないだろう』という固定概念を持たせて意表を突くことが出来る。

……まぁ、比較的この手の経験に浅い夜城はあっさりと──それはもう見てるこっちが面白いと思うぐらい見事にハマッた訳だがクラスの連中にこれやっても誰一人引っ掛からないぞ? 単純に相手にされてないだけなのここだけの話だが。

「ま、どっちが本職なのかは置いとくとしてだ。あまり根詰めすぎるのも考え物だぞ? 真面目なのが悪いとは言わないが肩の力を抜くことも大事だ。今のコミュニケーションにはそうした意味合いも含まれてる」

「へっ? そうだったの……?」

「勿論だ」

 うん、一割はそうだけど九割はからかって遊びたいっつー俺の欲求でしかないけど、この程度なら別にいいよな?

「うぅ~……なんか皇君に上手く言いくるめられたような気がしなくもないんだけどぉ?」

「きっと気のせいだ」


 そんな感じで夜城と昼休みを過ごし、午後の授業も適当に消化して向かえた放課後。慣れた手つきで教科書を鞄に詰め込み、帰り支度を進めつつもチラリと夜城を一瞥してる自分がいる。俺の見たて通り、あいつは騙されやすく少し口下手なところもあるが社交性は高く、一日の授業を全て終えた頃には既に仲良しグループの一つに仲間入りを果たし、これから何処かに遊びに行く約束を確約していた。(それでも諦めの悪い男子は玉砕覚悟で突っ込んで女子に邪険にされて追い払われて隅で白くなってる)

「ふっ……やはり彼女ほど高嶺の花ともなれば一筋縄ではいかないということか……」

 そして俺の前にも一人、つい今し方夜城に断られた野郎が目に見えて落ち込んでいる。喜多川、お前がそれをやると俗物に毒されたお坊ちゃまにしか見えんぞ?

「何をどうしたらそんなに落ち込んでるかは知らんが良かったじゃないか。傷口は浅い方が治りも早いというからな」

「全く、キミという男は……。少しは空気を読んでくれたまえ」

「そうか。なら俺はこのまま帰るとしよう。こう見えて忙しいから」

「ち、ちょっと待てッ。こういう時は普通励ますものだろっ!」

「頑張れ以外に何を言えと?」

 そもそも何を励ませばいいのさ? それに逆の立場ならお前は俺に気の利いた言葉の一つでも掛けてやれると言うのか? ここまで自己中な考え方ができる人間を目の当たりにすると呆れる以外、どうしようもなくなる。

「やれやれ、ちょっと自分が優位に立ったからと言ってそういう態度を取るとは……流石に勝者は余裕だな」

「? 何の話だ?」

「今日の昼休み、キミが夜城さんと一緒に昼食を取ったことは既に周知の事実だ。しかも彼女は他の人の誘いを断ってまでキミとの食事を所望した。どんな手段を使って夜城さんを篭絡したんだね?」

「ふむ……」

 顎に手を添えて、言い訳を考えてみる。話の内容はともかく、当たり障りのない話題でこいつの興味を引けるとはハナから思ってない。信憑性を持たせつつ、こいつを納得させるとすれば──

「一目惚れという奴だ」

「なに?」

 恋話に限る……そう俺は判断した。

「一目惚れだ。教室で俺の姿を見た時に自分のストライクゾーンに入った男子……それがたまたま俺だったという訳だ。しかし休み時間の間は知っての通りクラスメイトたちによる質問攻めの嵐。とてもじゃないが俺に声を掛けられるような状況じゃなかった。……ここまで話せば聡明なお前にはもう分かるだろ……」

「………………」

 そんな馬鹿な───と言わんばかりの表情を浮かべ、硬直する喜多川。一目惚れなんて時代遅れも良いとこだってのに何故こうもあっさり信じてしまう? ……あぁそうか、やっぱりまともな高校生ってのは恋愛に飢えてるってことか。気持ちは分からなくもないが恋なんて大人になってからでも出来るだろうに。

「ま、夜城と昼食を取った経緯はそんなトコだ。……あぁ安心していいぞ喜多川。俺は別に争奪戦に参戦なんかしちゃいないからな、彼女を落としたいのであれば存分に頑張りな」

 ぽんっと、呆けてる喜多川の肩を軽く叩き、鞄を引っ下げて教室を後にして放課後の予定を練っていく。真っ直ぐ家に帰ってから暇そうなガキ共を誘って遊ぶのも悪くないが、店を冷やかし回るのもまた一興。月の初めから金使うのは極力避けたい。

(そうと決まれば早速街に出るか)

 思い立つ日が吉日。その言葉に従い、俺は足早に街へ向かっていく。他の高校では今が中間期間なのか、他校の生徒の姿があまり見られない。いつものこの時間なら通行人・学生の比率が五:五ぐらいでプチ歩行者天国状態なんだが……これはこれで新鮮に見えるな。慌しく人が歩く景色も好きだがたまにはこういうのも悪くない。

「…………」

 これと言った目的もなく街を散策して、目に付いた本屋に入る。当然、俺がチェックするのは漫画の新刊が置かれてるコーナーだ。……いや、今はこれと言って読みたい本がある訳じゃないんだが。

 流石に漫画の立ち読みは出来ないので雑誌コーナーにある週刊誌に手を伸ばしてみる。……念のため言っとくが成人向け雑誌じゃないぞ? 興味がないと言っちまえば嘘になるけどな!

「あれ、聖ちゃんじゃない?」

「ん? ……あぁ、燈華先輩ですか。奇遇ですね」

 急に聞き覚えのある声に名前を呼ばれたのでもしや……と思いながら振り向けば制服姿で菓子作り関係の本を手にした燈華先輩が屈託ない笑顔を浮かべて自分の存在をアピールしてた。

「先輩、その本タグ付いてますよ」

「そっち系のネタは流石に笑えないと思うな~、私は」

「ですよね。済みません」

 平謝りしつつ、読みかけの雑誌を元の位置に戻して先輩と向き合う。

「先輩が菓子作りの本買うなんて珍しいですね。ネットで調べたりしないんですか?」

「そりゃあ今のご時世、作りたい料理があればネットで調べれば一発だけどさ、結局は必要な材料とか作り方の手順を覚えるにはプリントアウトしなきゃならないでしょ? それにボクはそういうデジタルよりページを捲って調べるアナログな方が好きだから」

「手間掛けてますね」

 少なくとももし俺が先輩の立場なら即ネットで検索して必要なところをプリントアウトしてさぁ始めよう! という流れを選ぶのはほぼ間違いない。だからと言って先輩のやり方が非効率だとかそういう野次を飛ばしたりはしないし、むしろそういうのが好きだという人間の気持ちも理解できる。

「聖ちゃんはエッチな雑誌を読んでたのかな?」

「んな訳ないですよっ! ……まぁ、ちょっとは読もうかなとは思いましたけど」

「エッチ、スケッチ、ワンタッチ♪」

「女の子が笑顔でそんなこと言うんじゃなりませんっ」

「なーに固いこと言ってるのよ! ……で、結局聖ちゃんは何してたの?」

「普通に暇潰しですよ。そういう先輩は……どう見ても買い物ですよね」

「うん。一応ボクも家庭料理とか作れるけど専門はコッチだからね」

 そう言って先輩は手にした本を掲げ、少し自慢げに笑ってみせる。先輩がスイーツも作れるのは知っていたけどそっちがメインだったのは知らなかった。先輩の家に遊びに行ってご馳走してもらったことが何度かあったからてっきり、先輩は料理が専門だと思ってた。

「……あ、そうだ聖ちゃん。暇なんだったらウチに寄らない?」

「先輩の家ですか?」

「うん。実は昨日ね、お母さんが会社の人から十号サイズのホールケーキ貰って来たんだけど流石二人だけじゃ食べきれないから聖ちゃんにも手伝ってもらおうかな~って思うんだけど、どう?」

「ん~……」

 先輩の家か……。考えてみれば先輩の家に上がり込むのは久しぶりだな。最後にお呼ばれされたのは……あぁそうだ、正月の時だっけ。俺の家庭が正月料理を一切食べないような家庭だって知ったら何故か先輩が強引に拉致って呼んだっけ。それにしても、、、、君江さん、お盆も正月もろくに休んでないけどあの人は一体どんな仕事すればあんな多忙な日々を過ごせるんだ? 滅多に会わないからいつも尋ねる機会を失ってるしなぁ。

「……いいッスよ。今日はもうマジでどうしようか悩んでたとこですから」

「本当!? ……よかったぁ~、ようやく念願の犠牲者ゲットできたよ」

「犠牲者って何ですか!?」

 まさか先輩……自分たちは少食ぶって多くを俺に食わす気か……ッ!? 別に甘い物が嫌いって訳じゃないがケーキを延々と食べ続ける自分はぶっちゃけ、想像したくねーぞ!

「先輩、ちゃんと食べて──」

「遠慮なんかしなくていいからね♪」

「いやだからせんぱ──」

「遠慮なんかしたら口に詰め込むぞ♪」

 ……ダメだ、目がマジだ。この人本気で俺一人にケーキ押し付ける気満々だ。どのぐらい余ってるかは全く想像できないが少なくとも余裕で糖尿病になれるぐらいはあるんじゃないか?

「ふと思ったんですけどおじさんはケーキ食いに参加しなかったんですか?」

「うん。お父さん今は海外出張中だし甘い物嫌いな人だから。それに聖ちゃんは男の子だから体重とか全然気にしない方でしょ?」

「糖尿病には気をつけてます」

「聖ちゃん、私より若いからそんなの気にしなくてもヘーキヘーキ!」

 若いって……俺と先輩は一つ違いなだけだから燈華先輩も充分若いでしょ。んなこと言えばラリアット極められてアスファルトに口付けされそうだから黙っとくけど。

「聖ちゃん、今なんかボクに対してと~っても失礼なこと考えてなかった?」

「はっはっは……何を言うんですか。この俺が尊敬してやまない燈華先輩に対して失礼なことなど考える訳ないではありませぬか」

「なんかとーっても嘘っぽく聞こえるんだけどぉ?」

 そりゃそうだ。わざとそういう言い方をしたし有耶無耶にするにはこのぐらいのわざとっぽさが丁度いいからな。

「それより先輩、行くなら早いトコ行きましょうよ。店の中でたむろしてたら周りの客に迷惑が掛かります」

「もう既に迷惑掛かってると思うけど……まぁいっか」

 先輩は特に気にした風もなく、店員に品物を渡して清算を済ませる。そんな先輩の後姿を俺はぼんやりと眺める。先輩、基本的に細かいこと気にしない人だけど今のは少しぐらい気に留めとこうぜ。


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