転校生は正義の味方だった
この作品に限って前書き必要か? と思いつつ二話目を投下。
改めて読み返してみると確かにこの作品、とっつきにくい上にインパクトも薄いなぁと反省。
楽しかったゴールデンウィークもあっという間に終わり、登校日がやって来る。うちの高校は他の学校よりも一学期の中間が早く、ゴールデンウィーク前にテストがあって休み明けに答案用紙が帰ってくるという仕組みだ。
「ふぁ、ぁ……」
まだ脳の一部が覚醒してないまま、通い慣れた通学路を歩く。周りも皆、俺と同じように眠たげな顔をしている生徒がチラホラいる。学校があると分かっていながらつい、休みと感覚で遅くまで起きて要らぬ早起きをした結果がもたらしたものだろう。
だが、日々の習慣というのは実に面白いもので、どんなに意識がハッキリしなくとも毎朝、同じ時間・同じタイミングでやって来る存在に対しては鋭敏な反応を見せるものだ。
「うぉっ!?」
後ろから聞こえる軽快な足音。それを聞いただけで俺は反射的に身体を屈める。次の瞬間には頭上を何かが通り抜け、俺の横を女子生徒が軽やかに通り過ぎていく。
「むむっ、腕を上げたな」
「量産型とは違うのだよ」
無遠慮にラリアートをかましてきた上級生に向かって、ニヒルな笑みを浮かべながら俺は言ってやった。ふふん、俺の隙を突いたつもりだっただろうが俺の後ろはそう簡単には取れないぜ?
「じゃ、改めておはよ、せい聖ちゃん♪」
「いつも思うけど普通に挨拶しないんですか、燈華先輩」
「正義の味方たるもの、何時如何なる時でも冷静に対処できなきゃ駄目だぞ♪」
これっぽっちも悪びれた様子もなく、ウィンクしながらからかうように言ってくるこの人は二年生の五十川燈華。燈華先輩とは幼馴染み──という訳ではなく、中学時代から付き合いだしたガールフレンドってとこだ。見た目のルックスも去ることながら、行動力もあるだけでなくとにかくあらゆる物事に対して前向きな姿勢でいる。
例えば学生の誰もが忌み嫌う定期テスト──それさえも彼女からすればイベントの一つでしかなく、友人たち(何故か学年違いの俺も誘われる)とテストの点を競い合って総合点の低い子に罰ゲームを課したりと……まぁ有り体に言えば彼女は青春って奴を誰よりも謳歌してるんじゃないかと俺は思ってる。これで料理も得意というから世の男たちからすればまさにレベルの高い娘であることに違いはないが──如何せん彼女はあまりにもパワーがありすぎるだけでなく、我が校の野球部の四番相手に五連続三振をした話は今でも伝説となってる。……いや、これは単にうちの学校の野球部が弱いだけなんだが流石の俺も毎日野球やってる奴等が素人相手に三振するのはどうかと思うけど。
「聖ちゃんはゴールデンウィーク、ずっと遊び通し?」
「宿題ならちゃんとやりましたよ。そういう燈華先輩は?」
「家でゴロゴロしたりお菓子作ったり、そんな感じかな」
「なんて不健全な」
これは由々しき事態だ。ゴールデンウィークというものを完全に舐めきってるとしか思えない暴挙ではないか。あの青空が顔を覗かせ、心地よい汗をかくのにはまたとない日々を、家でゴロゴロしながら過ごすとは……ッ!
「先輩がそうしてると知っていれば野球誘ったんですけどね」
「聖ちゃん、相変わらず近所の子供たちに人気だよね~。もう親御さんたちに顔覚えられてるでしょ?」
「いや、親に会ったことはありませんよ。遊ぶのは基本、外ですから」
ただし、親子との会話の折に俺の名前が出てもおかしくはないが。お互い、面識なんてないがガキ共の話から推察するところ、あいつ等の親は共働きではないかと俺は睨んでる。家族旅行に行ったとかそういう話をあまり聞かないから勝手に俺が推理しただけだが。
「あ、でも休み中に一つだけ大きなニュースがあったよ」
「また河川にアザラシが迷い込んだんですか? 個人的には捕獲したいところですけどね」
「どう考えても素人には無理でしょーが!」
燈華先輩の一喝と共にビシッ! という効果音が付きそうな勢いでチョップしてくる。相変わらず手が早いことで……。
「全く……どうして聖ちゃんはそうやって話の腰を折るワケ?」
「人聞きが悪いですね。ただちょっと先輩をからかって楽しんでるだけじゃないですか」
「余計に性質悪いわよっ!」
やれやれ、これが俺流のコミュニケーションだってのに何故この人は冗談というものが通じない。と言っても俺の友好関係じゃ燈華先輩が一番付き合い良い方だからまだマシな方かも知れないけど。
「それで、何か先輩の興味をそそられることでも起きたんですか?」
「今頃真面目な顔しても遅いんだから」
「酷いわっ。あれだけ勿体つけてこっちの興味を引き付けておいて飽きたらすぐにポイ捨て! 私のことを弄んで楽しんでたって言うのね!?」
「うん」
「嘘でも否定してぇえ!」
「私が聖ちゃんのこと弄ぶワケないじゃない。嘘だけど」
「爽やかな笑顔を向けながら嘘というあなたが憎らしいいいっ!」
畜生、朝から俺の純情なチルドレンハートをメッタ打ちにされるとは……流石の俺もこいつぁ想定外だったぜ。だがな、俺もいい加減いい大人(未成年とか言わない!)だ。ここは一つ、大人の余裕を持って──
「あんまり子供っぽいと絶好しちゃうよ?」
「ハイ、ゴメンナサイ……」
女尊男卑とはよくぞ言ったものだ。一昔前なら男が強かったが今は女が強い時代になりつつある。別にそれが悪いこととは思わないが──なんかこう、男としての面子というよりも頼られる感がなくなるってのは何処か寂しく思う。
利用されるだけだって? バカとハサミは使いようって言葉があるだろ。そんなのは全部解釈一つでどうにでもなるもんさ。勿論、俺に利用されて喜ぶ趣味はないけどな!
「で、始めに戻りますけどマジで何かあったんですか?」
「うん。一言で要約するとね……」
「………………」
「おっと、そろそろお別れの時間がやってきましたのでこの話は次回ということで」
「焦らしプレイ!?」
「嘘々。なんかね、一年のクラスに転校生が来るみたいだよ」
「来るみたいって……どうして先輩がそんなこと知ってるんですか?」
「うん。昨日ちょっと学校に置きっ放しにしてたノート取りに行った時にね、職員室の前を通ったらなんか見慣れない娘がいたの。で、先生に聞いてみたら休み明けに編入してくる転校生だって教えてくれた」
「ほぅ……」
転校生か。この時期……というかこんな町にやって来るなんて少し意外だな。うちの学校のレベルって中の中だし周りに良い高校なんてそれこそ沢山あるからわざわざここを好んで選ぶような奴は少ない。寧ろ滑り止めとして受ける奴が大半だ。かくいう俺は徒歩圏内で通えるのと必死に勉強しなくても入れそうという理由で選んだのはここだけの話。
「実は訳アリの転校とかだったりして?」
「アニメの見すぎだよ、聖ちゃん。……まぁ、見た感じ育ちは良さそうだったからあながち嘘とも言い切れないけど」
「そこに誰もが知ってるようなナントカ家のお嬢様というオプションが付けば完璧だな」
「まっ、どっちにしても僕にはあまり関係ないし。寧ろ聖ちゃんの方が重要なんじゃない? あの娘と一緒のクラスになれたらいいなーとかさ」
「当たり前じゃないですか」
普通に考えて人生のうちに転校生になるのも紹介されるのも滅多にない機会だ。違う町から来た同じ年の生徒──たったそれだけでそいつはまるで俺達とは違った世界から来たような不思議な魅力がある。これで転校生が外人さんなら尚良いのだが流石に留学生とかいうオチはないだろう。外国人が住むような環境じゃないし。
そんなことを燈華先輩と話ながら歩いていると既に俺達は昇降口前まで来ていた。時計の盤に目を落とすと二○分を少し過ぎてる。歩いて教室へ向かっても予鈴がなる前に到着するな。
「じゃ、聖ちゃん。また後でね~!」
一足早く上履きに履き替えて、爽やかな笑顔を残して立ち去り──いや、何か思い出したかのように先輩は階段前で急停止すると綺麗に一八○度ターンをして駆け寄ってくる。何をしてくるのか分からず、反射的に身構える。そんな俺を無視し、先輩は三歩手前で失速し、かと思えばいきなり軽く踏み込みを入れて飛びついてきた。
「えいっ♪」
「はっ?」
思考停止。再起動までしばらくお待ち下さい。
…………………………。
よし、自分がどういう状況に置かれてるかもう分かった。
軽く踏み込んで飛びついてきた先輩はそのままラリアートをする訳でも空中飛び膝蹴りを放つ訳でもなく、俺の腕に絡み付いてきた。それも部分的な発育が宜しいあれをそっと押し付けて。
「未遂だけど、襲ったお詫びね♪」
「…………」
いやその……何といいますか、いくら親しい人であってもこういう状況に陥れば俺も男としてどう反応すればいいのか困ってしまうんだが? しかも先輩はそうした懸念を見透かしてるかのように面白さを堪えるように笑ってる。……全部計算尽くしって訳か。
「じゃ。今度こそバイバイ、聖ちゃん! 転校生に浮気しちゃ駄目だぞー!」
「いつから先輩と恋仲になったんですかッ!」
俺の反論を右から左へ受け流し、けらけら笑いながら自分の教室へ向かっていく先輩。あの人、本当は休み中どっかで遊びたかったんじゃないのか? 普段よりずっと激しく絡んできたってことは遊び足りないってところだろうな。
(次からは先輩も誘っとくか)
あの人、ああ見えて少し意地っ張りだからなぁ。寂しくないって嘘言うよりも寂しくない振りをしつつ、気付いたら輪の中に入ってたりするし。それに先輩はあれでも子供はわりと好きな方だし面倒見もいい。流石に俺みたいに年下相手(それも小学生)としょっちゅう遊んだりはしないけど遊びの誘いってことなら多分、乗ってくるだろう。基本的に騒ぐの大好き人間だからな。
そんなことを考えながら俺は真っ直ぐ自分の教室──へは行かず、職員室の方へ足を向けた。呼び出しとか学級日誌を取る為とかそういう理由じゃない。もしかしたら転校生の顔を拝めるかも知れないと思ったからだ。
が、しかし。世の男共が考えることはいつの時代もやっぱり同じらしい。
(いやはや、これは……)
昇降口で先輩と話しこんでいた時からやけに騒がしいは思ってたがそれの正体がこれだったとは。
職員室の前は俺と同じように転校生がどんな奴なのか人目見ようと男子六:女子四の比率ですし詰め状態だった。しかも周りの反応からすると燈華先輩の言う通り、転校生は女であるらしい。出来ることなら顔もみたいとこだが流石にこの人山相手に分け入るのは至難の業だ。それにそろそろ予鈴が鳴る頃だし。
「はぁ……」
一抹の無念を残したまま、教室へ向かう俺。引きずってる訳じゃないが楽しみにしてたものが期待通りにいかないとガッカリするよな? 今の俺はまさにそんな気持ちだ。つってもまだ望みはあるから悲嘆するには早い。運が良ければ俺のクラスに転校生がやってくる、という展開もなくはないからな!
予鈴がなるぎりぎりの時間に教室へ入る。別に規則がどうこうという理由で予鈴を気にしてる訳じゃないけど……ほら、たった五分だけでも宿題やノートの見直しとか今日やる授業の予習ぐらいは出来るだろ? 無論、休み時間は遊ぶ為に存在するようなものだが。
話しかけてきたクラスメイトに軽く挨拶を交わしながら自分の席に着き、早速昨夜やった宿題の見直しをしようとしたところで、新たに近づいてくる気配を感じ取った。
「珍しいじゃないか。皇がこんな時間に登校してくるとは」
「そうか? いつもより少し遅いだけだろ?」
やれやれ……どうしてこいつは男と話す時は常に上から目線なんだ。高圧的な態度じゃないからまだマシな方だけどよ。
「まっ、君のことだから大方、職員室にでもよって噂の転校生がどんな子なのかチェックしてたんだろう? あぁそうさ、きっとそうに決まってる……。君の考えることを言い当てるなんて造作もないことだからな」
いや、半分ぐらいしか合ってねーから。それに遅れた理由は燈華先輩に絡まれたからだ。
「今日は随分と機嫌がいいな、喜多川」
少し興味ありそうに言いながらもせっせと見直しを進める俺。
この男──喜多川宗谷と俺は腐れ縁という間柄だ。悪人ではないが御覧の通り、男に対してはこういう態度で接してるせいで男友達はあまりいない。が、女性に対してはわりと紳士的に振る舞う。しかも実家は金持ちと来てるからまさに女受けは良い。お陰で男友達が俺だけというのが現状だがこいつはこいつで面白いトコがある。少しばかり世間知らずなところとか。
「俺の機嫌がいいのは当然さ。なんと言っても今日、このクラスには転校生が来るからな」
「へぇ、そこまでは知らなかったな。……で、それとお前の機嫌とどういう関係があるんだ? 正直意味がワカラン」
「やれやれ、これだから小市民は……」
仕方がないなぁとでも言いたげに肩を竦め、やれやれとばかりに溜め息を吐く。そんな仕草を見て俺は──
「いや、別に興味ないから説明しなくていいぞ」
「…………」
何気なく言い放ったその言葉がよほどショックだったのだろう、喜多川は表情を引きつらせ、額から脂汗をダラダラと流す。なんとも器用な奴だ。
「き……興味が、ない? ははっ……なにを強がるというのだキミは……。俺はこう見えて寛大な人間だ、素直に気になると言えば教えて──」
「や、そこまでして知りたいとはこれっぽっちも思ってないから」
突き放すように言いながらぱらぱらとノートを捲る。ワンパターンと言うか、何と言うか……ここまで予想通りの反応だとマジで弄り甲斐がなくなるから突っ込み側も反応に困るんだよ。と言ってもコイツに言わせれば自分がボケ役になったことなんて一度もないそうだが。
「もういいか? 出来ればそろそろノートの見直しがしたいのだが?」
「……ふっ、ならここは特別に──そう、特別に! 説明してやろうではないか。なにせ今日の俺は機嫌がいいからな!」
だから誰も頼んでねーって。まぁここでそんな野暮な突っ込みを入れるほど俺も鬼じゃあない。ここは一つ大人の余裕を持って大人しく聞いてやろうではないか。あー、俺ってばチョー紳士。
「聞くところによれば我がクラスにやってくる転校生は女性だと言われている。それも家はかなりの金持ちらしい。教師達も何故こんな共学を転校先にしたのか不思議がってた程だ」
「いや、全然話見えないんですが……」
「そしてこの学園の中で、恐らく彼女が心置きなく話せる同族となれば、この俺のように家柄も人柄も申し分ない人間と限定されてくる。……分かるか、皇? 例えどれだけ野郎共が群がろうとも、所詮俺の敵ではない、ということさ!」
「いや色々と前提条件おかしいだろっ!?」
あれか、コイツの言ってることを要訳するとこうか? うちのクラスにやってくる転校生は名のあるお嬢様。世間知らずな彼女は群がる男子に怯えまくる。そこでこいつが颯爽と現れて優しくエスコートするみたいなことをガチで想像してるのか?
「…………」
あれ、何故だろう。なんか今そのシーンを想像したら喜多川がとんでもなく痛くて可哀相なキャラに見えてきた。俺の想像の中じゃ喜多川はその謎の転校生に一蹴されてあっと言う間に両手両膝を着いて項垂れる姿しか目に浮かんでこない。
「むっ? どうした皇、急に黙り込んで? さてはキミも俺のように転校生狙いだったのか?」
「安心しろ。お前なら玉砕確定だ。俺が保証しよう」
「ふっ……そうやって余裕ぶってるつもりだろうが、この俺が相手では分が悪いと危機感を覚えたのかな?」
「なに。傍観者の余裕って奴さ」
確かに俺も転校生に興味はある。そこは認めよう。しかしだからと言って喜多川みたいにいきなし口説きに掛かるほど、俺は軽薄な男じゃない。じゃあ恋に慎重かと言えばそうでもなく、まだまだ恋より遊びを優先したいお年頃だ。周りの奴等に言わせればそれは青春という輝かしい時間を無駄にしてるらしい。別に自分のやりたくないことをやってる訳じゃないし俺にとってはこうしてるのが一番自然だから無駄にしてるって気持ちはないんだけど……むぅ。俺ってばそんなに奇人に見えるのか?
「傍観者……。そうかそうか! キミもようやく俺との実力差を思い知ったという訳か! あぁそうとも、君と俺とでは生まれも育ちも違うんだ。能力に差が出てしまうのは当然のことだ」
「あぁ、お前は(馬鹿という意味で)凄い奴だ、それは俺が保証しよう。……けどよぉ、この前体育の授業でやった五○メートルの計測じゃ俺より一秒近く遅かったのは俺の気のせいだったかな? 足に自信のある喜多川君より、俺の方が早かったのも気のせいだったのカナ? んっ?」
「…………」
そう言われると反論する余地がなくなったのか、再び言葉を詰まらせる喜多川。おーい、生まれも育ちも違うんだろー? だったらもうちょっと粘りとか上手い切り返しを見せたってもいいじゃないか。
「……ふっ、確かにあの時は俺の負けさ。しかし皇、お前は勘違いしてないか? 仮にも陸上は俺の本分だ。あの時、俺の得意分野であるにも関わらず負けたのは単に調子が上がらなかったからさ。人間誰にでも調子が悪い時はあるからな」
「もう少しマシな言い訳でもしたらどうだ?」
正直な話、今のはあまりにテンプレ過ぎてまったく笑えないどころか突っ込みすら出来なかったのが率直な感想だ。俺ならもっと上手く切り返せる自信がある。
例えば──
『よく思い出せ、あの時お前のタイムを計測してた時は追い風で俺の時は向かい風だった。それもスカート下の楽園が垣間見える程に強烈な風だ。そして俺は不覚にもそのパラダイスに目を奪われてしまったのだよ』
うむ。我ながら素晴らしい言い訳だ。それこそ燈華先輩ならノリノリで突っ込みを入れてくれるぐらいの出来栄えだと断言できる!
「分かるかね皇? あの時キミが俺に勝てたのも所詮はただの──」
「喜多川、先生来たぞ」
一人勝手に熱弁する喜多川に釘を刺すよう、俺は黒板の方を指差す。ちょうど本鈴が鳴り、教室に担任の藤原奈津美が入ってきた。グレーのスーツに凛とした空気を纏わせての入室は、それだけで周りの喧騒を静まらせる迫力がある。
「よーし、全員席に着け! 特に男子、気持ちは分からなくもないから今回は大甘で見逃してやるが次にやったら内申に響くからな。覚悟しておけ!」
『しゃすっ!』
どんな挨拶だよ! ……と、思わず突っ込みを入れてしまう人もいるかも知れないがこれで生徒から見た藤原先生に対する評価というものが分かっただろう。基本、先生は規律を重んじるタイプだがどこかのお偉いさんみたいにネチネチと注意したりするような人じゃない。あくまで一般社会における常識を守るようにと生徒に指導してる。具体的な指導法は──体育会系みたいなノリと言っておこう。体罰じゃないぞ?
しかも藤原先生はただ厳しいだけじゃない。今時の教師にしては珍しく、生徒の悩みを真摯に受け止めて相談に乗ってくれるから生徒受けもよければ保護者からの評価も悪くない。
「はぁ……。この様子じゃしっかりと情報が回ってるようだし、今更前置きする必要もないだろうが──今日からウチのクラスに転校生が来ることになった」
今更その言葉を聞いても声を挙げてはしゃぐ生徒は誰一人としていなかった。藤原先生の話の腰を折った生徒はもれなくタイヤ引きグラウンド二十週というペナルティが待ってるからだ。因みに俺は過去一度体験してるが……あれは地獄だった。引っ張るタイヤが軽自動車用じゃなくて運送用トラックだから想像以上にキツかったのも今ではいい思い出だ。
「夜城沙耶、入って来なさい」
藤原先生に呼ばれ、件の転校生が静かに教室へ足を踏み入れてくる。女子の半分近くは値踏みするように観察し、男子の大半は拍手で迎えて──あれ?
(あいつが、転校生?)
どんな娘が来るのか楽しみにしてた俺だが、相手の姿が目に移った時、転校生への興味よりも驚愕が俺を支配した。
金紗色の長髪。正義の味方だと言った時に浮かべたあの笑顔。数日前あったばかりなのに、酷く懐かしく思える。
「………………」
一度だけ、こっそり頬を抓ってみるがどうやら夢ではないようだ。しかしそれでも俺はまだ半信半疑だった。
だって、よりにもよって彼女が──ゴールデンウィーク初日に偶然出会ったあの娘正義の味方が転校生だったなんて……。流石の俺もこの展開は読めなかったぞ。
「今日からみんなと一緒のクラスになりました、夜城沙耶です。日本国籍持ってるけど海外暮らしが長かったからちょっと世間知らずなところがあるかも知れないけど良かったなら仲良くしてると嬉しいです。宜しくお願いします」
あー、つまり帰国子女って奴か。けど日本国籍持っていながら海外暮らしが長いってのは少し珍しいケースかもしれんな。いや、単に親の都合で海外に居たってだけかも知れないけど……。
「あー、何人かの生徒は気付いてると思うが彼女──夜城沙耶は、、あの夜城家の令嬢だが本人は至って普通の友好関係を所望してる」
藤原先生の説明を聞き、何人かの生徒はおぉーっと、純粋な驚きの声を上げる。俺も苗字を聞いた時は“まさか、な……”という程度の気持ちでしかなかったが……そうか、彼女はあの夜城家の娘だったのか。そりゃ全身から発せられるオーラが俺達庶民とかけ離れてる訳だ。
夜城家ってのは多くの食品企業を傘下に取り入れた名家であると同時に地元地域の活性化に尽力を注ぐことで俺達庶民の味方として認識されてる財閥だ。具体例を挙げるなら失業者対策。過日オープンしたばかりの大型洋服店は失業者限定で雇用したってのは記憶に新しい。
それにしても──
(正義の味方で金持ちって、組み合わせ的に変だろ……)
その点だけが唯一の気掛かりと言えるのは恐らく俺だけだろう。そもそも金持ちと言えば普通、真っ先に思い浮かぶのが世間知らず、もしくは経営上手で常に黒服のガードマンに両脇をガッチリ固められてるイメージが強い。
けど今、俺たちの目の前にいるお金持ちのお嬢様にはそうした印象がまるで感じられない。確かに何気ない仕草や身体から発せられるオーラ(いや、あくまでそう感じるだけだ)は本物の匂いがするけど言動や身振り手振りでクラスメイトたちからの質問に答える彼女の動きは何処か庶民臭い。
(本当に何者なんだ、あの娘?)
五月上旬──それは俺の生活に新しい風を吹かせる切っ掛けとなった出来事だった。
中休みの間はとにかく話しかけられる状態じゃなかった。転校生が金持ちで美少女と来れば他のクラスや二年、三年も物珍しさに群がる始末。俺が彼女の立場なら間違いなく胃潰瘍辺りに悩まされるだろう。
が、そんな俺の些細な心配は杞憂らしく、夜城は笑顔で一つ一つの質問に答えていく。
好みの男性は? どの国が一番印象的だった? 日本と海外との文化の違いは? ナドナド……。
夜城に投げかけられた質問の数なんて、それこそ挙げたらキリがないが……まぁ彼女への質問会は概ねそんな感じだった。
(転校生も大変だな。初日から蝶よ花よと群がれちゃあ気疲れもするだろうな)
三時限目の中休み。俺は教室から離れ、食堂に設置されてる自販機まで来ていた。前の時間が体育だったこともあってか、結構喉が渇いてる。五百円硬貨を投入し、五○○ミリサイズのスポーツ飲料水を購入して教室へ向かおうと踵を返そうとして──
「あれ、燈華先輩?」
「ハァーイ、聖ちゃん。ご機嫌いかが?」
宮仕えよろしく、何処かの君主に仕える従者のようなノリで挨拶してきたのは燈華先輩だ。この時間帯に食堂に居るなんて珍しいな。いつもは自前の弁当と水筒を持参してるんだが……。
「先輩も飲み物ですか?」
「そっ。今朝はこの燈華ちゃんともあろうことに二度寝をしてしまった訳なんですよ~。ボクとしては出来る限り出費を抑えたいのですが喉の渇きを潤したいという欲求には勝てずにこうして食堂まで足を運んで来たって訳♪」
「あー、確かに二度寝ってすごく気持ちいいですよね」
例え時間が迫っていると分かっていても俺達みたいな人間はどうしても睡魔に打ち勝つことが出来ず、ちょっとだけと自分に言い訳しながら寝てしまうんだよなぁ。因みに俺は二度寝する為だけにわざわざ時間差で目覚ましをセットしてたりする。これのお陰で学校に遅刻するようなことはないが毎朝ゆっくり過ごせないのが玉に瑕だ。下手すりゃ朝食取る時間さえなくなるからだ。
「で、どうだった聖ちゃん?」
「どうって……燈華先輩ならもうチェック済みじゃないんですか?」
「焦っても転校生は逃げやしないよ。それにボク個人としては聖ちゃんの評価も気になるからね」
「なんだ。妬いてるなら素直にそう言って下さい」
「ふ、ふんっ! 今更ボクが一番だって言ったって遅いんだからねッ」
おぉ、流石は燈華先輩。咄嗟にネタを振ってもものの見事に切り返してくる。これが喜多川だったら絶対にこうはいかないから結構嬉しかったりする。
「まぁ、俺個人の評価ですけど結構レベルも倍率も高いと思いますよ。受け答えもしっかりしてましたし」
なんと言っても夜城の奴、飛び級で大学卒業してるって話だ。飛び級で卒業してるならわざわざ日本の高校に通う必要なんてない──と思ったがその理由は単に日本に興味があったから、と本人は言ってた。
勿論、凄いのは勉強面だけじゃない。さっきの体育で女子はバスケをやってたんだが敵チームが放ったボールをリバウンドして、そこから一気にフィールドを駆け抜けてレイアップを決めたその姿は──正直、スッゲー格好よかった。夜城の運動力が優れてるのは公園での一件で知ってたけど比較対照があると改めて能力の高さを実感する。
そのことを先輩に打ち明けたら──
「ふーん。つまり、聖ちゃんの好みの娘ってこと?」
「なんでそうなるんですか?」
「だって、沙耶ちゃんのことを話してる時の聖ちゃん、結構楽しそうだったから」
それは……確かにそうかも知れない。けどその理由を話したところで先輩に信じてもらえるとは欠片も思ってないし、だからと言ってはぐらかして説明しても更に追及されるのは目に見えてる。本当のことが言えないって結構もどかしいもんだな……。
「そりゃあ、確かに夜城ぐらいレベルが高ければ目に留まりますけど、それはあくまでアイドルに恋するのと同じ感覚ですよ」
「とか言っちゃって~。本当は彼女のことが気になって仕方ないんじゃないの~?」
むっ。意外と鋭いな、先輩。なるべく顔に出さないよう勤めてた気でいたんだがどうもこの人の前じゃ半端な隠し事はあまり意味をなさないようだな。
「そういう燈華先輩こそ、俺が夜城と仲良くのが面白くないように感じられるのは俺の気のせいでしょうかね?」
「うん。だって聖ちゃんがかまってくれないとからかう相手がいなくなるでしょ?」
そんな理由で俺に絡んでたんですか、先輩!? 俺はいつから先輩の玩具になったんですッ! 少なくとも俺は弄られキャラなどでは断じてない!
「先輩なら俺以外にも男友達いるでしょ?」
「もぅ、聖ちゃんのいけずぅ。そんなんだから女の子の間じゃイイ人止まりだって自覚してるの?」
「今はまだ愛より遊びを優先したい年頃なので」
自分でも何故そうなのかは分からないが、気付けば俺の友好関係は男女共に幅広いものになっていた。それは近所の子供と遊んでるうちに顔を覚えられたからかも知れないし、学校のスポーツ大会で積極的にチームを引っ張っていたことで目立ったからかも知れない。どっちにしても切っ掛けはそれこそ無数にあって、自分でもよく分からないうちに燈華先輩や喜多川を始め、色んな奴に顔を覚えられるようになった。つっても、本格的に異性と付き合ってる人(友達付き合いって意味だぞ?)と言えば燈華先輩ぐらいだったりする。喜多川は……まぁ、悪い奴じゃないがあいつは部活以外じゃ男と遊ぶよりも女と遊んでることの方が多い。一応、あんなんでも女子にも人気あるし。
「愛より遊びか……。ま、聖ちゃんらしいと言えばそれまでだけど、いつもそんな調子でいると女の子から告白されても知らぬ間に恥を掻かせることになっちゃうぞ!」
言いながら、燈華先輩は出来の悪い弟にお仕置きするかのように額にデコピンを一発、入れる。爪の先っちょが掠って地味に痛い……。
「じゃ、ボクはそろそろお暇するけど聖ちゃんも早く戻った方がいいよ? お姉さんとの約束だぞ♪」
最後にそんな冗談を言い残して、先輩は軽い足取りで食堂を去っていく。結局先輩は何が言いたかったんだ?