出会いは突然やってきた
学校が終わるとそこは俺だけの世界だった。
真っ直ぐ家に帰ってゲームをすることもあればそうじゃない日もある。とにかく俺にとって遊びは呼吸をするのに等しい行為だった。いや、それは今も変わらないか。
中でも特別、心躍る遊びがヒーローの真似事だ。公園で見繕った木の棒を立派な剣に見立てて、強さの証に少し大きめのスカーフがマントの代わり。修行という名目で無心に木の棒を振り回すこともあれば悪党から町を守るためのパトロールをして、遅くに帰っては親に叱られたのも良い思い出だ。
正直に言おう。俺は今も昔も正義の味方という奴に憧れてる。子供の頃は無意味に世界最強を目指してはいたが成長した今となってはちょっと方向性が違う。
悪党と戦う日々でなくてもいい。強いて言うならば正しいものは正しいと叫んで、間違ってることは徹底的に追求できるような男になりたいと願ってる。いや、それでもやっぱり男の性なのか、肉体的に強くなりたいっていう想いがあるせいか、部屋で筋トレしたりしてるのはここだけの話。
幼少から中学までの俺のヒストリーを辿ればおおむねこんなモンだ。ガキ大将と言えばそれまでだ。あ、今でもそれは変わらないか。
だが実際に、そういうチャンスが到来した時、果たして多くの男共はヒーローよろしく助けることが出来るだろうか?
例えば──ちょっとガラの悪い不良に女子が絡まれてたら?
例えば──見知らぬ誰かが躓いて、車に轢かれそうな状況だったら?
例えば──フィクションの世界でしか登場しない悪の秘密結社が居たら?
いやいやいや、いくらなんでも三つ目はあり得ないだろうと思った奴。それ正しい。つか、真っ当な反応。現に俺だってそんなの頭っから否定してたさ。世の中、悪い奴は沢山いるのは当たり前。でも今時世界制服を大真面目に狙うような集団なんて、言っちまえばナンセンスだ。高校生にもなってチルドレンハートを持つ俺でもジョークとして信じることはあっても本気にするほど馬鹿じゃない。
が、事実は小説より奇なりという諺があるように世界征服を企む組織は実在した。
「…………」
俺だって未だに半信半疑なんだ。第一、世界制服と言ってもそいつらのやってることがまー草の根運動もイイトコで野望と行動が一致してなかったりする。で、世界制服を狙う組織があるなら当然、正義の味方も、、いる。
全く、一体全体何をどうしたらなんちゃってストーリーが現実を帯びてしまったんだ? いやまぁ、もう過ぎたことだし自分の身近で起きた手前、黙って見過ごすことが出来なかったりする訳で……。
世間一般で言うところのゴールデンウィーク。ちょっと捻くれた人が言えばグータラウィークとも言うべき大型連休。連休と聞いてときめかない野郎はガリ勉君ぐらいで俺みたいな健全な学生はそりゃもう遊び倒すぜベイベー的なノリだ。なんか一部生徒の間で人気のない、如何にも保護者受けしそーな先公が宿題出したよーな気がしなくもないがそんなのカンケーねぇ! 宿題なんて連休終わってから提出──すると青春のアルバムにちょっと苦い思い出として刻まれるので一応やっておく。遊びを優先しつつ。
「よーし! 全員いるなー野郎どもー!」
点呼を取るまでもなく、おー! と威勢のいい声が木霊する。本日の天気──快晴。気温・二五度。湿度・五パーセント。連休初日としてはまずまずのスタートだ。汗をかくにも暑すぎず寒すぎない気候とはまさにこのこと!
「いいかおめぇら、夏の甲子園はお前らが考えてるほど甘くない。ツーベースヒットだの満塁ホームランなんて出来事は──ザラだぜ?」
少し演技を利かせて含みのある言い方をするだけでガキ共はおぉーっと感嘆の声を上げる。きっとこいつらの脳内じゃ有名どこのプロ野球選手たちの姿が想像されてるに違いない。
「そこで! まず投手である小野、お前にはこの俺直伝の必殺カーブを伝授しよう」
すげー必殺技かよ! きっと九○度に曲がるカーブだぜ! セイにぃなら絶対やるって! わいのわいの……。
いや原田、いかに主人公補正が掛かった俺といえども九○度曲がるカーブなんて無理だ。夢を見る時は寝る時だけにしてくれ。
「そして、野球の特訓に必要な物も用意してある」
特訓という言葉にガキ共の目が一斉にこっちを向く。ふっ、いくら携帯ゲームが高性能になろうと、ハイビジョン対応のゲーム機が登場しようとな、男という生き物──特に小学生は自分の好きな物が上手くなる為の特訓には弱いモンさ。
「お前たちを更なる高みへ上らせる為の必勝アイテム──それはコイツだぁああっ!」
声高々に宣言し、俺はリストバンド(勿論自前だ)を頭上に掲げてみせる。ただのリストバンドじゃない。これはそう、近くの廃材置き場を管理している人に話を付けてもらい、ウェイトになりそうなものを貰ってそいつをリストバンドに縫い付けたのさ。いわばこいつはオリジナル・パワーリスト。重さを小学生レベルにしてるのはご愛嬌ってことで。
「セイにぃ、何それ?」
「かの有名な巨神の大星にも登場したホームランバッター養成グッズだ」
「セイにぃ、それ大リーグ育成ギプスじゃない?」
「細かいことを気にするな」
小野の突っ込みを華麗にスルーしつつ、人数分の自作パワーリストを配る。重さは大体二キロぐらいだがガキには丁度いいだろう。つーか俺、よく人数分のリスト集めたな……。
パワーリストをガキ共がつけている間、俺は小野を呼んでカーブの投げ方を伝授する。教えると言っても俺がしてやるのはボールの握り方と腕の振り方。あとはひたすら実戦練習を積ませるのが俺流の指導。
「うしっ。全員行き渡ったな? んじゃ早速守備練始めンぞー!」
号令と共に奴らはグローブを持って散り散りになる。
ここ──柊公園は今時珍しく遊びで野球ができるスペースが設けられた公園だ。遊具で遊ぶ公園というよりもサッカーやバドミントンをする為の公園と言ってもいい。
ガキ共がそれぞれの守備配置に付いたのを確認すると俺はその場で深呼吸をして、叫んだ。
「野郎どもー、甲子園に行きたいかー!」
『おおぉおっ!』
「俺のチームに弱率はいらないッ! 甲子園に行きたい奴だけ声を出せぇえ!」
『イエッサー!』
うむ。ガキ共は今日も気合充分みたいだ。それを確認し、手にした軟式ボールをひょいっと宙に放り投げ、素早く打つ。野球部にもリトルにも在籍した経験なんてないが、こいつ等の相手をしているうちに右と左への打ち分けぐらいは出来るようになった。我ながら器用なもんだ。
白球は低い放物線を描き、ライトへ。わりと本気で打ち込んだからよく跳ねるしよく飛ぶ。子供だからと言って手加減はしない。わざとらしく手を抜けば子供の権威は勝ち取れないことを、俺はよく知っている。
俺が強打した打球はあっという間にライトを抜ける。遅れてボールを拾い上げ、ファーストを経由してこちらへ投げ返し、それを更に打つ。ショートを守る石井が駆けるが間に合わないものの、レフトの遠藤が捕球する。成長したな、遠藤の奴。前まではショートに頼りきってる節があったんだが……。ほんの一瞬だけ、その余韻に浸りながらも俺は豪快にバッドを振り、声を出す。時間はあるけど遊び方を知らないガキ共を集め、地域の探検から始まり野球をやり始めて一ヶ月ぐらいは経つだろう。そろそろ交流試合と称してどっかの野球チームと試合させてやりたいとこだ。
しかし悲しきかな、我が美咲町には野球チームというものが存在しない。これは由々しき事態だ。デジタル社会がアナログな遊びを蹂躙して良い道理などある筈がない! そのことを友人に話したら『キミはバカか? あぁいやスマン、キミはバカだったね』とか言ってきやがった。少年時代を共に過ごし、昆虫採集や探検遊びに明け暮れたあの頃の友情は一体何処へ消えたというのだ。
昔の話だと? 男はいつまで経ってもガキだからいーんだよ。
「セイにー! 早く打って来いよー!」
「あ、わりぃ!」
いけね。俺としたことがつい感傷に浸っちまったぜ。折角のゴールデンウィークだというのに初っ端から疲れたような顔しちゃダメだろ俺!
二度三度頭を横に振って気持ちを切り替える。ファーストを担当する渡辺が勢いよく投げてきたボールをしっかり捉える。
(手応え、アリ……!)
ジャストミートとはまさにこのこと! 真芯を捕らえたバッドは気味のいい金属音を周囲に響かせてボールを高く打ち上げる。……しまった、ちと本気になり過ぎたな。
「なにやってんだよセイにぃー!」
「それじゃあ練習になんねーって!」
案の定、ガキ共からはブーイングの嵐。仕方ないのでサードを担当する井上を打席に立たせ、予備のボールを渡して練習するように言っておく。
「ツーアウト満塁。そういうシチョエーションだと思って挑め」
「何回の?」
「ツーアウト満塁といえば九回裏なのは常識だ」
そしてこのシチュエーションでバンドなぞ温いことは許されない。まかり間違ってもそんなことをしようものなら客席からはブーイングの嵐。翌日のスポーツ新聞には赤字で大々的なパッシングが待っている。プロの世界は厳しいぞ~。
「それ、セイにぃの頭の中だけじゃん」
「うるせっ。俺がいないからって練習サボんじゃねーぞっ」
釘を刺して、今度こそ俺は遠くへ飛ばしたボールを捜しに向かった。
(全く、我ながらよく飛ばしたものだ)
胸中で一人ごちりながらボールの散策をする。この公園は広いだけじゃなく、背の高い木も多く生息してる。ひょっとしたら木の上に……なんてことも充分考えられるので枝分かれしてる部分もしっかりと観察する。
「……むぅ…………」
おかしい。あのボールの弾道ならそんなに遠くへは飛んでないと思ったんだが……誰かが知らずに蹴っ飛ばしたのか? それとも公園で遊んでる子供の手に落ちたとか? どれもあり得ないとは言い切れないが、今はそれよりボール探しが最優先。一応、あのボールは小野の私物だからな。無くしてしまえば弁償しなきゃならん。
「おっ?」
なんてことを考えながら探していた矢先、目的のボールは意外なところにあった。
公衆トイレの屋根。その上にちょこんと、申し訳なさそうに鎮座していた。なにか引っ掛けて取ろうにも長物になりそうなものは落ちてない。昔の公園なら棒切れ一本で勇者にもなれた俺が、今じゃ棒切れだけじゃ勇者になれなくなるとは……時の流れって奴は残酷だ。
少しばかりその余韻に浸るも、すぐにボールのサルベージに向かう。トイレから二メートルほど距離を取り、助走を付ける。
「とうっ!」
掛け声一つ。気合いを乗せて宙へ放り出された俺の身体はほんの数瞬の間、浮遊感に包まれる。その間に右手を伸ばして屋根の淵を掴む。ガツンッと、身体に軽い衝撃が襲うが余裕を持って耐えてから左手も淵を掴み、腕力だけでよじ登る。今でも欠かさず筋トレしてる俺に言わせりゃこんなの朝飯前だ。
何のための筋トレかって? ほら、いざって時の為だって。引ったくりの現場に遭遇した時とか、か弱い女の子を不良から助けるためとかそういうシチュに遭遇してもいいように。
(うん?)
ふと、そこで俺は違和感を覚えた。ボールが違うとか身体の調子が悪いとかそんなものじゃない。なんかこう、トイレの下からゴソゴソと作業っぽい音が響いてる。聞き耳を立てて音源を探ってみると男子トイレからだった。
工事関係者か何かと疑りつつ、屋根の上から飛び降りて問題のトイレの方へ足を運ぶと──
「あっ……」
「…………」
なんと言えばいいのだろう。つい目があってしまったと言えばそうかも知れない。が、俺が目撃した男たちは間違っても工事関係者ではない。じゃあ何者かと聞かれたら俺も返答に窮する。
まずは服装。一般的な私服はTシャツやワイシャツ、柄の入った長袖など様々だが概ねそんなとこだろう。だが彼らが着ているのはそういった服ではない。競泳で使われるような全身水着を服にしたバージョン。しかもより雑魚っぽさを演出するかのように服の模様はまるでガイコツ型の人体模型を移したような奴だ。見た目はアレだが、思った通りのことを言えばこれは戦闘服って奴だろう。それも特撮に出てくるようなタイプ。
「き、貴様……! 何者だ!?」
「いや、それはこっちの台詞だって」
つーかなに、何なんですかあなた達? もしかしてこれ、特撮アニメの撮影現場? でも今やってる特撮アニメにこんな服着た戦闘員が出てくるよーなのはやってないし……もしかして自主制作って奴?
「……ふっ、まぁいい。貴様が何者であれ、ここを見つけられたからには生かして帰す訳にはいかないからな」
「はっ?」
生かしておく訳にはいかないって……またえらく特撮アニメ的な展開だな。もしやこれ、どっかの映像研究部の撮影か? が、そんな俺の予想を打ち砕くかのように下っ端らしき男が腰定めにあるホルスターから何かを抜き出してきた。
黒光りする鉄塊。何処か重量感があって、掌に収まるサイズの武器。あぁ、こりゃあどう見ても立派な銃だな。諜報員御用達っぽい外見なのがちょびっと残念だが……。
(いや呑気に構えてる場合じゃねーだろ俺!)
いち早く正気に戻った俺はショッカーばりの変態(今命名した)が人差し指を引くよりも早く動く。そして次の瞬間には銃口から何かが吐き出された。普通、拳銃ってのは銃弾を撃つものだが奴等が使ってるのはそういう物の類じゃなかった。それを肯定するかのように、引き金を引いた瞬間は発砲音がしなかった。マジで漫画の世界じゃねーかっ!
……一瞬しか確認できなかったけどなんか見た目とは裏腹にレーザーっぽい武器なんだな。当たったらやっぱ即死かな?
「こらお前! 大人しくしやがれっ」
「大人しくするかっ!」
棒立ちしてれば格好の標的になる。そのぐらいの常識は俺でも持ち合わせてる。よって今俺が取るべき最善の行動は逃走。逃げずに戦えって? アホなことゆーな! そりゃ確かに俺だって正義の味方って奴に憧れてるしイジメられてる人間がいれば助けるけどな、今はそんな状況じゃないってことぐらい察して欲しい……! 武器も持たずに敵と戦うほど、俺は特攻野郎じゃないから!
トイレから飛び出すように逃げ出して、走りながら俺は周りを見渡す。遊具、樹、落ち葉、小枝、使えそうなものが何一つないというこの悲惨な状況……。あーくそ、素手で殴り合えってオチかこれは?
「へへっ。自分からわざわざ広いところに逃げるなんて、間抜けな奴め……」
うっせー、雑魚キャラオーラ全開のテメェらに言われたかねー! つっても俺はその雑魚キャラ二名から必死で逃げてる訳だが……。
背中越しでショッカーが銃を構えた気配を感じる。やばい、今度は確実に撃たれるかと思ったその時だった。
「間に合ぇええッ!」
おおよそ、この場には似つかわしくない女の子っぽい声が響く。叫んだ側は切羽詰まった感じで言ったつもりでも、アニメの声優さんが叫んでる感じにしか聞こえない。
だがその叫びはただの叫び声で終わらなかった。俺がショッカー×二に撃たれるよりも一瞬早く、男たちが撃たれた。
「ぐはあぁああっ!」
「………………」
いや、なんで撃たれたのにそんな如何にもっていう声を出すんだよ。なんかもう、本気でこれが精巧な特撮アニメの撮影現場なんかじゃないかと思ってきたんだが……。
なんてことを思いつつ女の声がした方を振り向けば日本人離れした容姿をした女の子が次世代型サブマシンガンを構えていた。あれって確かP90っていう名前だったよな? 日本が定めた治安維持法は何処へいった?
「くそっ! まさかこんな極東の地にまでお前らがいるとは……!」
「黙れ悪党! この私の眼が黒いうちはこの国で好き勝手できると思えば大間違いだ!」
それ、絶対漫画の主人公が言いそうな台詞だな。けどこうやって派手な演出して登場するってことはこの女、特撮アニメのファンか? でもさっき俺はショッカーの格好した奴等に殺されそうになったし……うーん。
──なんて俺が呑気に考えている間にも彼女は動き回っている。
動きやすさを重視したその服装は残念ながらパンチラとかそういうのは一切期待できないが、それよりも驚いたのは彼女の身のこなしだ。軽快なフットワークに無理のない動作。何より俺が目を奪われたのはそれら一つ一つの動きが綺麗に見えたからだ。
動きの全てを言葉に表すなら跳ぶ、走る、構える、撃つの四つしかないだろう。しかしたった四つの動作しかこなしていない筈なのに俺は彼女の一挙一動に心を奪われていた。
(……一体全体、何がどーなってんだ?)
ワンサイドゲームと言っても良いぐらい、少女とショッカー二名の戦力差は明らかだった。あいつ等が弱い訳じゃない、彼女が強すぎるんだ。呆気に取られながらしばし、目の前の光景に魅入るが男達は漸く諦めたのか、捨て台詞を吐きながら全力で逃げていく。……リアルで見るとシュールだ。
「──キミ、怪我はない?」
「えっ?」
ふと、急に誰かに呼ばれたような気がして声がした方を振り向く。いや、正確には少し視線を動かしただけなんだが……。
「うわぁあ! ……いつの間に来てたんですか?!」
「今来たばかりだけど?」
いや、そうだとしてもこんなに近くまで接近されても気付けなかったって、どんだけ放心状態だったんだ俺は。なんかもうさっきの出来事があまりに強烈すぎて自分がどうして公園にいるのかを忘れてしまいそうだった。
「そ、そっか……。で、俺に何か用でも?」
「どうしてここに居たの?」
「いや、どうしてと言われても……」
そもそも俺がここに来た理由は飛ばし過ぎたボールを捜す為だ。他意があってここに来た訳じゃないしあんなものを目撃することになるなんて露ほども考えちゃいなかった。
……果たしてこの説明だけで信じてもらえるだろうか? いきなし口封じに殺されるなんてことはないよな?
「近所の子供たち集めて野球してたんだ。で、俺は飛ばしたボールを捜しにここまで来たところ、さっきのような状況になった」
「ふぅん。ゴールデンウィークなのに遊びに行ったりとかしないんだ」
いや、それはお前もだろ。世間じゃ大型連休に入れば友達とちょっと遠くへ出掛けたり家族で日帰り旅行したりするのが当たり前となってるが生憎とうちの家庭は違う。
あと今思ったんだけどコイツ、さっきと喋り方全然違くね? 雑魚っぽい奴と戦ってる最中は男勝りな口調だったけど今はもう普通の女の子っぽく喋ってるし……あれは戦いに対しての意気込みか何かか?
「──うん。キミの言うこと信じるよ。悪い人には見えないし」
「おう。税金も年金も納めてないがれっきとした善良な市民だ」
「あはっ。なにそれ」
軽いジョークで言ったつもりだったが、彼女はけらけらと笑った。どうやら俺のトークが受け入れられたようだ。高校の奴等じゃあ、こうはいかないからな。
「あのさ、一つ訊いても──」
「あっ、ごめんね。電話入った」
俺が質問しようとした矢先、彼女のポケットに入っている携帯が鳴り響く。なんと! 着信音は着信一という需要が全くなさそうな音だった!
「私だよ。……えっ? でもそっちは──うぅー……分かったよ、けど貸しだからね。それと私、今柊公園だから車出して。……分かった。じゃ」
何か慌しい感じのやり取りだったけど……家の人かな? さっきは全然気にしてなかったけどこの女、身なりはかなり良いし、普通の女子とは思えない雰囲気がある。
「ごめん。もうちょっとだけゆっくり話したかったけど呼ばれちゃった。またね」
「ちょ、待って。君は一体……」
「私?」
走り去ろうとする彼女を俺は慌てて呼び止める。その願いが通じたのか、一メートルほど走ったところで足を止め、振り向く。
「………………」
一瞬──いや、一秒ぐらいだろう。振り向いた時に見せてくれた彼女の笑顔が網膜に焼き付けられた感覚を今でも覚えている。なんてことのない公園の筈なのに、彼女が立ち止まり、笑いかけただけで世界が変わった気がした。
そんな、幻想的な世界から俺を引き戻したのは彼女が発した言葉だった。
「私は──正義の味方だよ」
たった一言。それは愚にも付かない言葉だけれど、それを口にした時の彼女はとても輝いていた。
(あれ、本気の自己紹介だったのか?)
ベッドの上で仰向けになりながら、俺は昼間の出来事を思い出していた。
正義の味方──彼女は確かにそう名乗った。
特撮アニメの世界じゃ当たり前のように普及してる職業(?)で、しかし現実世界においてはそのような人間はいないとされる存在。
俗に言う正義の味方って奴は多分、悪党を片っ端からやっつけるような人間のことを言うんだろう。そうでなくとも世の中にとって正しいことをやり遂げられる人なんかも、きっとこっちにカテゴライズされるに違いない。
だが現実問題、正義の味方なんてものは存在しないと、俺の心は諦めたように囁く。確かにガキの頃はそれに憧れて、本気でなろうと特訓してた時期もあったけどいい加減、俺も現実って奴を見てしまうんだ。だから俺が今現在、目指す正義の味方ってのはきっとアイツから見れば絵空事でしかないに違いない。
冷静に考えてみろ? あの時、咄嗟のこととはいえ、俺は満足に動けなかっただけでなく、満足に動くことさえ出来なかった。しかもそれっぽい女性にまで助けられる始末。恥もいいとこじゃねーか。
「…………」
駄目だ、どうも調子が狂っちまう。彼女は正義の味方なんかじゃないって一蹴すればそれで済むような話なのに、俺はそれを頑なに否定してる。何も出来なかった自分が悔しいのは確かだが、ワクワクしなかったと言えば嘘になる。
例えるならテレビでしか会えないアイドルを間近で見て、話が出来た時の高揚感。誰しもブラウン管の向こう側にいる憧れの人と道端で会うなんてことは考えないが、いざその瞬間に立ち会えば驚きと感動でいっぱいいっぱいになる。俺の場合、状況が少々特殊だったせいでそうした感情を肌で感じることが出来なかったものの、時間が経つにつれてすごく貴重な体験をしたと思うのだが──
(彼女が戦ってるのって、やっぱり悪の組織って奴?)
特撮モノのヒーローが戦う理由は大抵、悪の組織が世界征服だの何だの、そういう物を企んでいて、それを阻止するのが王道だ。とすれば、彼女もまたそうした王道的な敵と戦っているのだろうか?
一瞬、そんな考えが浮かんだが──流石にそれはないだろうと思った。日本に限った話じゃないが先進国の警察機関はドラマのように幹部連中が腐敗してる訳じゃない。数人単位の規模で活動してる組織なら……まぁ、どうにか警察の目を欺くことは出来なくはないだろう。が、構成員の数が多くなればなるほど、そうした隠蔽は難しくなるし、現実的な問題(分かり易い例を挙げるなら金)に直面し、やがて警察沙汰となる。認知度は低いけど日本の警察ってのは基本的に優秀だからな。
「……はぁ…………」
訳も分からず溜め息を付く。この悶々とした思いを一体どうやって吐き出せばいいのか分からず、ベッドの上でごろごろしてる俺。しかしいい加減、思考の堂々巡りに飽きたので身体を起こして部屋にあるテレビの電源を入れる。キリよくバラエティ番組が終わり、今日一日の出来事を総括するニュースが流れた。
行楽地で窃盗、人が死んだ、年金未納云々、エトセトラエトセトラ……。
世間に感心がないって訳じゃないがさして興味のない俺はそれらの出来事をぼんやりと聞きながら机の周りを整理する。部屋はわりと綺麗に片付ける方なんだが同時に教科書やプリント類をその辺に置きっぱなしにしがちな俺は数日置きに部屋の整理をしなければならない。気分転換も兼ねられるから俺には丁度いいと思ってる。
『──今日の午後四時一五分頃、東京都新宿区二丁目にある雑居ビルで、極めて小規模な暴動事件が起こりました』
(……?)
学校から出されたプリントを一纏めにして、いつでも取りかかれるように机の上におこうとした時、ふと気になるニュースが俺の耳に飛び込んできた。都心──それも雑居ビルで暴動事件? 違法風俗店の検挙とかじゃなくて?
『現場は幾つかの弾痕と、刃傷の跡がいくつか残っており、雑居ビル三階で仕事してた人によりますと、五分ぐらい暴れる音がしてからピタリと止んだと話してます。警察では、暴力団組織の内部抗争と見て──』
「…………」
そのニュースを見た時、俺の頭に浮かんだのは昼間の出来事だった。考えすぎかも知れないが、何となくその事件には彼女が絡んでいるように思えてならない。けどあの娘が使ってた武器は銃弾じゃなくてレーザーだったし、刃物を使う素振りも見せなかったから俺の思い過ごしってことの方が充分考えられる。ちょっと珍しい事を体験したからと言って何でもかんでも関連性を持たせようとするとかどんだけ影響受けやすいんだよ、俺……。
(ただの偶然だろ。なに意識してんだ……)
仮に今回の事と関係があるとしても、だ。恐らくもう二度と、俺の生活圏に彼女が関わるとは思えない。思えないが──そのことを意識すると俺の心には小さな失望感と大きな虚無感で埋め尽くされてしまう。
「また会えないかなぁ……」
ペンを止めて、別れ際に見せた笑顔を思い浮かべる。
正義の味方───そんな存在、現実世界にある筈がないのに、俺は未だにその存在に憧れを抱いていた。
初めましての方は初めまして。そうでない方は銀レウス書けとか言わないで下さい。
この作品は私が初めて完成させたオリジナル小説なんですが訳あって陽の目を見ることがありませんでした。で、今日ふとこの作品の存在を思い出したのでこのサイトに投稿しようと思い、黒歴史の一部として公開しました。加筆とかはしません。というかめんd(ry
修正ぐらいはすると思いますが本当、拙い作品ですので暇潰し程度に読むことを推奨します。マジで……。
でわでわ~。