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第1話 戦場の天使

 ここはルーン川沿いの廃村。アストレア王国とノイグリア帝国の交戦地帯です。


 私は廃村と森を行き来していました。丈夫で分厚いスカイブルーのローブが風に翻り、銀色の髪が頰を叩いてくる。それよりも…………近くに人の気配を感じますね。ああ、どうやら間に合わなかったみたいですね。

 目の前には二人の兵士。両国の兵がにらみ合いをしている様子ですが、これはもう決着がつくでしょう。


「これで今日のノルマ達成だな」


 銃声が乾いた音を立て、ノイグリア帝国兵が前のめりに崩れ落ちる姿。アストレア王国軍の男は足を引きずりながら銃を下ろしました。血が地面に滴り、泥に黒く滲んでいます。


「その足、負傷されていますね?」


 男がはっと顔を上げ、銃口を素早く私に向けました。銃身がわずかに震えているのがわかります。


「誰だ、貴様は!? 俺はアストレア王国軍のアレク・ヴァーレンだ! 敵か!?」


「いいえ、通りすがりのヒーラーです」


「ヒーラー?」


 私は両手をゆっくり広げ、掌の中心に意識を集中させました。魔力が集まり、淡い緑がかった光が生まれます。それは柔らかく温かく、まるで春の陽光のように優しい輝きを放ちました。光は掌から細い糸のように伸び、アレクさんの足の傷口へ向かって這い進む。


 光が傷に触れた瞬間、血の流れがぴたりと止まります。光は傷口の縁から内部へ浸透し、裂けた皮膚の下の筋肉を優しく包み込む。損傷した血管が一つずつ再接続され、赤黒い血塊が溶けるように消えていく。肉が蠢くように動き、裂け目が寄り集まって塞がる。骨にまで達していた傷は、光の粒子が骨髄まで届き、微細なひびを埋めていく。修復の過程で、かすかな温かさが傷周辺に広がり、アレクの顔に驚きと安堵が混じった表情が浮かんだ。最後に、光が皮膚表面を撫でるように覆い、薄い瘢痕すら残さず完全に消え去った。


「治癒魔法……? 貴様、高位のヒーラーなのか?」


「ですからただのヒーラーですよ。まだ痛みますか?」


 アレクさんが足を曲げ伸ばし、信じられないように自分の傷跡を指でなぞる。跡形もない肌に触れ、息を飲んだ。


「いや、もう大丈夫だ」


「他に負傷者はいませんか?」


「…………俺の仲間にいる。案内するからついて来い」


 アレクさんが踵を返し、泥濘んだ道を進む。私はローブの裾を軽く持ち上げ、その背中を追った。廃村の小屋の前で足を止める。そしてそのまま小屋の扉を押し開けると、埃っぽい空気が鼻を突く。


 中に入った瞬間、アレクさんが振り向き、隠し持っていた鈍器を全力で振り下ろした。空気を裂く重い音が耳に届く。


 私は瞬時に魔力を集中させ、防御結界を展開した。掌の中心から淡い青白い光が放射状に広がり、薄い膜のように私の周囲を包む。膜は半透明で、わずかに波打つ水面のように揺らめき、光の粒子が細かく舞っていました。鈍器がその膜に激突した瞬間、金属が光に触れて青い火花を散らし、高い金属音が響く。衝撃が膜を通じて私の腕に伝わり、軽い痺れが走ったが、膜はびくともせずアレクさんの手を跳ね返します。彼の腕が反動で大きく跳ね上がり、体勢が崩れます。


「アレクさん? どういうことですか?」


「お前が噂の戦場の天使……いや、戦争を長引かせる悪魔だな?」


「私はただ負傷者を癒しているだけです」


「それが悪魔の所業だ! お前がいるから戦争が終わらない!」


 アレクさんが歯を食いしばり、再び鈍器を振り上げる。横薙ぎの一撃が私の肩を狙って迫る。私は一歩踏み込み、左手で彼の振り下ろす腕を掴んだ。右手で肩を押さえ、体を捻る。腰を落として重心を移し、力を込めて投げ飛ばした。アレクさんの体が宙を大きく弧を描き、壁に背中から激しく叩きつけられます。木の壁が軋み、埃が舞い上がり、彼の口から苦痛の息が漏れます。


「ぐはっ!」


「悪魔とは心外です。私はメアリー・リヴィエール。壁に耳あり障子に目あり、負傷時にメアリー、ここにいます」


「舐めるな!」


 アレクさんがよろめきながら立ち上がり、鈍器を握り直して三度目の突進を仕掛けてきました。足元が泥で滑りながらも、勢いは衰えない。私は再び魔力を掌に集め、防御結界を展開。今回は膜をより薄く、しかし密度を高く張った。光の粒子が密集し、まるで氷の薄膜のように輝きます。鈍器が再び激突し、今度は膜がわずかに凹み、青白い波紋が広がった。反動でアレクの体が後ろに傾く。その一瞬の隙に、私は杖を素早く引き、魔力を先端に集中させました。


 杖の先から細い銀色の光線が放たれ、アレクのこめかみに正確に触れます。光は柔らかく、しかし確実に彼の意識を包み込んだ。眠りの魔法――それは治癒の派生で、対象の神経を優しく鎮め、強制的に休息へ導くもの。光が頭皮を滑るように広がり、アレクの瞳が急速に焦点を失う。体がふらりと傾き、膝から崩れ落ち、床に倒れました。鈍器が手から滑り落ち、乾いた音を立てる。


 私はしゃがみ込み、倒れた彼の頭の小さな打撲に治癒光を流します。掌から再び淡い緑の光が生まれ、傷口へゆっくりと染み込む。光は腫れた部分を内側から押し広げるように広がり、炎症を抑えながら血管を修復していきます。内出血が吸収され、打撲の青黒い色が薄れていく。骨の微細なひびが光の粒子で埋められ、最後に皮膚表面を優しく覆って完全に癒えていく。血の匂いが薄れ、呼吸が深く規則正しくなるのを確認してから立ち上がりました。


「悪魔……そう見えているのですね」


 私はローブの埃を軽く払い、小屋の扉を開けて外へ出ました。戦場の風が再び銀髪を乱し、遠くで砲声が低く唸る。私は泥道を歩き、次の負傷者を探し始めましょう。

読了ありがとうございます。面白いと思ったら評価星をつけてくださるとうれしいです。

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