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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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渡せなかったオルゴール

作者: 瀬名柊真
掲載日:2025/12/13

 彼女が好きだったコーヒーを啜る。まだ冷めていないから眼鏡が曇ってよく見えなくなる。視界がぼやけると、途端に眼の前に彼女が現れる。そんなわけはないのに。


 レンズを拭いてから、オルゴールのネジを巻く。彼女にプレゼントしようと思って買っていたもの。結局渡せずじまいになったけど。


 ずっと仲良くやってきていた。恋人らしく、手を繋いで、デートをして、キスをした。一年が経って、初めて一緒に夜を超えた。このままずっと順調に行けばよかったのに。


 木曜のこと。眼の前で彼女は事故に遭った。白い車。彼女の身体が跳ねて、視界に赤が入った。死んだ。死んでしまった。あの時、信号を渡らなければ死ななかったのに。僕が。僕が彼女を殺した。僕がちゃんと止めていれば。怖くなって、逃げ出した。後ろを見れば、何人も何人も野次馬が彼女の周りに(たか)り始めていた。逃げなければよかったのに。きっとまだ彼女は生きていた。あの時、生きていたはずだ。僕がその最期を見届けてやるべきなんじゃなかったのか。でも、あんな彼女を見てしまったら、きっと僕は壊れてしまう。


 あの後、彼女の遺体をこの目で見た。彼女の家族が、見てやってくれと言うから。葬式にも参加した。彼女が遭ったのは轢き逃げだったから、司法解剖もされたらしい。けれど、僕が見た彼女は彼女のままだった。犯人は、捕まっていない。今必死に捜査しているらしい。


 彼女は最期の瞬間なにを想っていた?聞いた話では、四肢が骨折して、頭部からも流血。身体には、タイヤの跡が残っていたとか。そんな状態で、なにを。辛くて、苦しくて、痛かったはず。


 彼女のことを忘れたかった。彼女の遺品整理に積極的に参加したり、ペアルックだとか、彼女を思い出すものを処分した。彼女と一緒にドライブした車も、彼女にあげた指輪も。色んな場所を掃除した。それでも、オルゴールだけはどうしても駄目だった。彼女のお気に入りの曲が入った、これは。


 流していたオルゴールが徐々にゆっくりになっていく。不意に涙が出る。滲む視界に彼女がまた現れる。今度ばかりは涙のせいだからどうしようもない。彼女が何度も僕を罵る。貴方のせいだ。貴方のせいで私は死んだ。愛していたのに。と。


 ああそうだ。僕のせいだ。だってあの時僕は、彼女を見つけた。見つけて、自分の意志でアクセルを踏んだのだから。

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