幕間:休憩の語らい
(スタジオの喧騒から離れた、不思議な静けさに満ちた空間。部屋は大きく四つのエリアに分かれているが、明確な壁はなく、それぞれの時代の雰囲気が緩やかに溶け合っている。ここは、時空修復師たちが、集った偉人たちの魂が少しでも安らげるようにと、彼らの記憶の断片から創り出した特別な休憩所だ。収録用のカメラやマイクは見当たらない。ここは彼らだけの、プライベートな時間。
ダ・ヴィンチのエリアは、ルネサンス期の学者の書斎を思わせる。壁には人体解剖図や奇妙な飛行機械のスケッチが貼られ、テーブルには天球儀や錬金術の道具らしきもの、そして飲みかけのハーブティーのカップが置かれている。窓の外には、トスカーナの丘陵のような幻影が広がっている。
隣接するミケランジェロのエリアは、打って変わって石造りの壁に囲まれ、床には大理石の粉がうっすらと積もっているかのようだ。壁には未完成のフレスコ画の習作、隅には鑿や槌が無造作に置かれ、まるで本物のような未完成のピエタ像が静かに佇んでいる。テーブルには、濃いエスプレッソが湯気を立てている。
向かいのピカソのエリアは、モンマルトルのアトリエのような雑然とした活気に満ちている。壁には自身の作品のスケッチやアフリカの仮面が無数に飾られ、床には絵の具のチューブや空のキャンバスが転がっている。座り心地の良さそうなカラフルなソファがあり、その前のテーブルには飲みかけの赤ワインのグラスと、アブサンのボトルが置かれている。
そして黒澤のエリアは、障子と畳のある落ち着いた和の空間。床の間には鎧兜の一部が飾られ、文机の上には毛筆と原稿用紙、そして小型の映写機が置かれている。障子の向こうには、雨に煙る竹林のような景色が見える。テーブルには、緑茶の入った湯呑みと、ウィスキーのグラスが並んでいる。)
(ラウンド3の激論を終えた4人が、それぞれのエリアに引き寄せられるように入ってくる。皆、さすがに少し疲れた表情を見せているが、その目にはまだ議論の熱が残っている)
ピカソ:「(自分のエリアのソファにどっかりと座り、赤ワインを一口飲んで)ふぅーっ!やれやれ、あの石頭の爺さん(ミケランジェロを指す)と話してると、こっちまで頭が痛くなってくるぜ!」
ミケランジェロ:「(自分の席でエスプレッソをすすりながら、ピカソを睨みつけ)なんだと、この落書き屋め!貴様のような俗物と話している方が、よほど時間の無駄だ!」
ダ・ヴィンチ:「(自分の席でハーブティーを飲み、穏やかに)まあまあ、お二人とも。議論は白熱しましたが、それも互いに真剣だった証拠でしょう。少し、頭を冷やしませんか」
黒澤:「(静かに緑茶をすすり)…たしかに、少し言いすぎたかもしれん」
ピカソ:「(黒澤に向かって)あんたもだよ、黒澤さん!観客だの責任だの、真面目すぎるんだよ!もっと、こう、バーン!と自分のやりたいことをやっちまえばいいんだ!」
黒澤:「…映画は、一人では作れんからな。そこが、君たちとは違う」
ダ・ヴィンチ:「(黒澤のエリアにある映写機に興味深げな視線を送りながら)黒澤殿、あなたの『映画』というもの、実に興味深い。あの機械(映写機を指す)で、光と影を操り、動きを生み出す…それは、ある種の幻術のようであり、また、精巧な科学技術でもある。どのような仕組みになっているのですかな?」
黒澤:「(少し驚いたようにダ・ヴィンチを見て)…仕組み、ですか。レンズとフィルム、そして光源…まあ、簡単に言えば、連続した静止画を高速で見せることで、動いているように見せる、という…」
ダ・ヴィンチ:「ほう、静止画の連続…!それは、私の描いた連続する動きのスケッチにも通じる考え方かもしれぬな。あなたの映画では、例えば、馬の走る姿などは、どのように…?」
(ダ・ヴィンチと黒澤が、身振り手振りを交えながら、映像技術について静かに語り始める。時代を超えた技術者同士の交流が始まる)
ミケランジェロ:「(ピカソのエリアにあるアフリカの仮面に、険しいながらもどこか惹きつけられるような視線を送り)…ピカソとやら、貴様の言うことは癪に障るが…その部屋にある奇妙な面(アフリカの仮面を指す)は、なんだ?あれには、妙な力強さ、原始的な魂のようなものを感じる…」
ピカソ:「(意外そうな顔をして)お、珍しいな、石頭の爺さんが興味を示すとは。あれはアフリカの彫刻だ。あんたたちの言う『美しい』形とは程遠いかもしれんが、そこには、人間の根源的な感情や、自然への畏敬が、もっとストレートに表現されてる。俺のキュビズムも、こいつらから大きな影響を受けたんだ」
ミケランジェロ:「(仮面をじっと見つめ)…ふむ。たしかに、洗練されてはいない。だが、嘘がない。直接的で、力強い…我々が失ってしまった何かがあるのかもしれんな…」
ピカソ:「(少し得意げに)だろ?古いものの中にも、新しい発見はあるのさ。…それにしても、あんた(ミケランジェロを指す)、さっき『神のため』とか息巻いてたが、本当は教皇だのメディチ家だの、うるさい注文主との間で、相当苦労したんじゃないのか?」
ミケランジェロ:「(苦虫を噛み潰したような顔になり)…貴様に話すことではない。だが…たしかに、無理解な依頼主や、くだらん横槍に、何度筆(あるいは槌)を叩きつけたいと思ったことか…!特にシスティーナの天井画…あれは、私の本分である彫刻から引き離され…」
ピカソ:「(頷きながら)分かるぜ、その気持ち。俺だって、金持ちや批評家どもに、ああだこうだ言われるのはうんざりだ。結局、本当に分かり合えるのは、同じように『創る』苦しみを知っている人間だけなのかもしれんな」
ミケランジェロ:「(ピカソの顔をまじまじと見て)…貴様のような男に、そんな真っ当なことが言えるとはな…」
ピカソ:「ハッ、見直したか?俺だって、ただ壊してるだけじゃないんだぜ。創るってのは、いつだって血反吐を吐くような作業だからな」
(ダ・ヴィンチ、黒澤との会話を一段落させ、ミケランジェロとピカソのやり取りを聞いていた)
ダ・ヴィンチ:「『創る苦しみ』、か…それは、我々芸術家にとって、永遠の伴侶のようなものかもしれぬな。私も、構想は次々と浮かぶのだが、それを完璧な形で実現することの難しさに、常に苛まれている。結局、未完成のまま終わってしまった作品も多い…」
黒澤:「…完璧を求めれば、苦しみは尽きない。私も、一つのシーンを撮るために、何日も粘り、スタッフを怒鳴りつけ、それでも納得がいかず…何度も自己嫌悪に陥った。だが、その完璧への渇望こそが、我々を前に進ませる力なのかもしれない」
ピカソ:「そうだな。満足しちまったら、そこで終わりだ。常に『もっと先へ』『もっと違うものを』って渇き続ける…それが芸術家の宿命なんだろう」
ミケランジェロ:「…ふん。貴様らと、馴れ合うつもりはないが…その一点においては、あるいは、同じかもしれんな」
(頑固なミケランジェロが、ほんの少しだけ表情を和らげたように見える)
あすか:「(部屋の入り口から、そっと顔を覗かせ)皆さん、ご歓談中、失礼します。そろそろお時間なのですが…あらあら、なんだか、さっきまでの雰囲気が嘘のように和やかですね?」
(4人は、あすかの声に少し驚いたように顔を上げる。プライベートな空間に、再び『番組』の空気が流れ込む)
ダ・ヴィンチ:「いや、あすか殿。少し、興味深い話ができたところです」
ピカソ:「まあな。たまには、こういう時間も悪くない」
ミケランジェロ:「(すぐに元の険しい顔に戻り)フン、休憩は終わりか」
黒澤:「…そうか」
あすか:「はい。名残惜しいですが、そろそろスタジオにお戻りいただけますでしょうか?後半戦、質問コーナーと最後のラウンドが待っていますよ!」
(あすか、にっこりと微笑む)
(4人は、それぞれの飲み物を置き、ゆっくりと立ち上がる。先ほどの穏やかな空気は消え、再びそれぞれの芸術家の顔つきに戻っていく。しかし、この休憩室での短い交流が、彼らの間に何か小さな変化をもたらしたのかもしれない…そんな余韻を残して、彼らは「SalondesÉtoilesPerdues」を後にする)