星間のアフタートーク
(エンディングの収録を終え、どこか解放されたような、それでいて名残惜しいような表情で、4人の芸術家たちが再び「SalondesÉtoilesPerdues」に戻ってくる。部屋の中央には、先ほどはなかった大きな円卓が置かれ、その上には、それぞれの時代と好みを反映したであろう、色とりどりの料理と飲み物が湯気や冷気を立てて並べられている。部屋には穏やかな音楽が流れ、まるでささやかな祝宴が用意されたかのようだ。)
ピカソ:「(テーブルを見て目を丸くし)へえ!こりゃまた、豪勢じゃないか!さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら、だな!」
ダ・ヴィンチ:「(料理を興味深げに眺めながら)ふむ、これは見事な…それぞれの故郷の料理、といったところでしょうか。あの案内人も、なかなか粋な計らいをするものですな」
ミケランジェロ:「(ぶっきらぼうながらも、少し嬉しそうに自分の前の料理を見て)…腹は、減っていたところだ」
黒澤:「(静かに頷き、テーブル全体を見渡し)…我々のための、送別の宴、か」
ダ・ヴィンチ:「(自分の前の、シンプルなローストチキンや彩り豊かな野菜、フルーツを指して)さあ、皆さん、まずは私のところからいかがですかな?ルネサンス期のフィレンツェの味です。素材の持ち味を活かした、素朴な料理ですが、このキャンティ(赤ワインを注ぎながら)と合わせれば、なかなかいけますぞ」
ピカソ:「(早速チキンに手を伸ばし)お、いいねぇ!シンプル・イズ・ベストってやつか!(一口食べて)うん、美味い!皮はパリッとしてて、肉は柔らかい。あんたの絵みたいに、繊細な仕事がしてあるじゃないか」
ダ・ヴィンチ:「(嬉しそうに)それは何よりです。野菜も新鮮ですよ。健康にも良い」
黒澤:「(ローストされた野菜を一つ口にし)…なるほど。飾り気はないが、滋味深い。素材の力がよく引き出されている。これは、良い仕事だ」
ミケランジェロ:「(パンをちぎりながら、ダ・ヴィンチの料理を横目で見て)フン、貴殿らしい、上品ぶった料理だな。だが、まあ、悪くはない」
ミケランジェロ:「(自分の前の、豆の煮込みスープ(リボリータ)や硬そうなパン、熟成されたペコリーノチーズを指し)次は、私の故郷、トスカーナの味を試してみるがいい。見た目は地味かもしれんが、この『リボリータ』は、野菜とパンを煮込んだ、滋養のあるスープだ。この硬いパンと一緒に食べると、体の芯から温まる。我々のような、骨の折れる仕事をする人間には、こういう力強い食べ物が必要なのだ」
ピカソ:「(スープをスプーンですくい)へえ、豆のスープか。どれどれ…(一口飲んで)おお!見た目よりずっと複雑な味がするな!野菜の甘みと、パンの旨味が溶け合って…こりゃあ、美味い!体がポカポカしてきたぜ!」
黒澤:「(パンをスープに浸して食べ)…うん。素朴だが、深い味わいだ。毎日食べても飽きないだろうな。こういう食事が、あなたのあの力強い作品を生み出す源の一つなのかもしれない」
ダ・ヴィンチ:「(チーズを少し切り分けて口にし)このチーズも素晴らしい。熟成された、濃厚な風味だ。ミケランジェロ殿の芸術のように、妥協のない力強さを感じる」
ミケランジェロ:「(少し照れたように、フンと鼻を鳴らす)…まあな」
ピカソ:「(自分の前の、色とりどりのタパス、小さなパエリア鍋、生ハム、そしてアブサンのボトルなどを指して)さあさあ、次は俺の番だ!スペインとフランス、俺の愛した土地の味をごちゃ混ぜにしたスペシャルメニューだ!このパエリア、トルティージャ(スペイン風オムレツ)、生ハム!こっちはエスカルゴだ!見てるだけで楽しくなるだろう?情熱的で、刺激的で、ごちゃ混ぜで…まさに俺の芸術みたいじゃないか!さあ、遠慮なく食ってくれ!そして、景気づけにこいつを一杯どうだ?(アブサンのボトルを持ち上げる)」
ダ・ヴィンチ:「(色鮮やかな料理に目を輝かせ)ほう、これはまた賑やかで楽しげな食卓ですな。様々な味が一度に楽しめるというのは、実に興味深い。(パエリアを少し取り分けて)この米料理は…魚介の香りが素晴らしい」
黒澤:「(トルティージャを一切れ食べ)うん、卵とジャガイモの素朴な味わい。これも良いな。(生ハムも一切れ)…塩気が効いていて、酒が進む」
ミケランジェロ:「(エスカルゴを訝しげに見ながら)…なんだ、このカタツムリのようなものは…?」
ピカソ:「エスカルゴだよ、エスカルゴ!ニンニクとパセリのバターで焼いてあるんだ。食わず嫌いは良くないぜ、爺さん!ほら!(ミケランジェロの皿に無理やり乗せる)」
ミケランジェロ:「(眉をひそめながらも、恐る恐る口に入れ)…むぅ…思ったより、悪くない…かもしれん…」
ピカソ:「だろ?さあ、アブサンもどうだ?芸術家のための『緑の妖精』さ!」
ダ・ヴィンチ:「(アブサンの強い香りに少し顔をしかめ)いや、私は結構です…」
ミケランジェロ:「(顔を背け)…いらん」
黒澤:「(少し興味を示しつつも)…私は、こちらのウィスキーをいただくよ」
ピカソ:「ちぇっ、つまらんな!まあいい、俺一人で楽しむさ!」
黒澤:「(自分の前の、美しく盛り付けられた寿司、天ぷら、筑前煮などを静かに指し示し)…では、最後に、私の国の料理を。これは『寿司』。酢で味付けした米の上に、生の魚などを乗せたものだ。こちらは『天ぷら』。魚や野菜に衣をつけて揚げたもの。そして、野菜の煮物…。日本の料理は、季節感を大切にし、素材の繊細さを活かすことを重んじる。見た目の美しさも、味わいの一部と考えている」
ダ・ヴィンチ:「(寿司を興味深げに観察し)生の魚を…米の上に?これはまた、斬新な組み合わせですな。(一つ、白身魚の寿司を箸でつまみ、口へ運び)…ほう!淡白な魚の味と、酢飯の酸味が、実に絶妙な調和を生み出している。これは驚きだ…!」
ピカソ:「(天ぷらを指差し)揚げ物か!これは分かりやすくていいな!(エビの天ぷらをガブリと食べ)うん!サクサクで美味い!この軽い衣がたまらないぜ!」
ミケランジェロ:「(煮物を一つ、ゆっくりと味わい)…野菜が、柔らかく煮込まれている…。優しい味だ。…貴殿の映画にも通じるような、静かな滋味があるな」
黒澤:「(嬉しそうに)…そう言ってもらえると、嬉しい。(日本酒の入ったお猪口を差し出し)この国の酒、『日本酒』も、料理によく合う。いかがかな?」
(ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ピカソもそれぞれ日本酒を試す。初めての味わいに、様々な反応を見せる)
(食事と会話が進むにつれて、控室の空気はますます和やかになっていく。本編での激しい議論が嘘のように、彼らは互いの故郷の味を楽しみ、芸術論から離れた、とりとめのない話に興じている)
ピカソ:「いやー、しかし、面白かったな、今日の議論!まさか、この石頭の爺さん(ミケランジェロを指す)と、少しは話が通じるとは思わなかったぜ!」
ミケランジェロ:「フン、私も、貴様のような破天荒な男が、多少は物事の道理をわきまえているとは思わなかったわ」
ダ・ヴィンチ:「(微笑みながら)異なる時代の、異なる考えを持つ者たちがこうして語り合う…実に得難い経験でした。黒澤殿の『映画』という未知の芸術にも触れることができ、私の好奇心も大いに満たされました」
黒澤:「…私も、皆様のような偉大な先人たちと直接言葉を交わすことができ、光栄でした。特に、ダ・ヴィンチ殿の科学的な視点、ミケランジェロ殿の揺るぎない精神力、そしてピカソ殿の既成概念にとらわれない自由な発想…それぞれに、深く感銘を受けました」
ピカソ:「まあ、なんだかんだ言っても、結局、俺たちはみんな、『何かを創り出さずにはいられない』っていう、業みたいなものを背負っちまった、似た者同士なのかもしれんな!」
ミケランジェロ:「…かもしれんな」
ダ・ヴィンチ:「…否定はしませんな」
黒澤:「…そうかもしれない」
(4人の間に、穏やかな共感の空気が流れる。彼らは、それぞれの時代の話、家族の話、成功の裏にあった苦労話などを、時折冗談を交えながら、語り合う。ダ・ヴィンチが人体の構造について熱弁し、ミケランジェロが若き日のフィレンツェでの修行時代を語り、ピカソが愛した女性たちのことを自慢げに話し、黒澤が映画作りの現場でのエピソードを披露する…それは、歴史の教科書には載っていない、人間味あふれる彼らの素顔だった)
(別れの時)
(和やかな会話が続いていたその時、どこからともなく、澄んだ鈴の音のような、あるいは遠い星々がきらめくような、美しい音が静かに響き渡る。それは、この不思議な空間の終わりと、それぞれの時代への帰還を告げる合図のようだった)
(4人は、その音に気づき、言葉を止め、互いの顔を見合わせる。表情には、名残惜しさと、納得のようなものが浮かんでいる)
ダ・ヴィンチ:「(静かに立ち上がり)…どうやら、お開きの時間のようですな」
ミケランジェロ:「(少し寂しそうに)…もう、そんな時間か」
ピカソ:「ちぇっ、もうちょっと飲みたかったぜ!ま、仕方ないか」
黒澤:「…楽しい時間は、あっという間に過ぎるものだ」
ダ・ヴィンチ:「皆さん、今日は本当に素晴らしい時間を過ごせました。異なる時代に生きた我々が、こうして語り合えた奇跡に感謝します。願わくば、またどこかの時空で…」
ミケランジェロ:「(ダ・ヴィンチに向かい)…ダ・ヴィンチ殿、貴殿の知性には、腹立たしいが敬意を表す。(ピカソに向かい)ピカソとやら、貴様の無礼さには呆れたが、そのエネルギーは見上げたものだ。(黒澤に向かい)黒澤殿、貴殿の静かな情熱、しかと受け取った。…皆、達者でな!」
ピカソ:「ハッ、爺さん、らしくないな!まあいい、俺も楽しかったぜ!ダ・ヴィンチの旦那、あんたの探求心には脱帽だ!ミケランジェロの爺さん、その頑固さ、嫌いじゃなかったぜ!黒澤さん、あんたの映画、俺たちの時代にもあったら観たかったな!アディオス、アミーゴス!」
黒澤:「…私も、皆様に会えて、本当に良かった。この経験は、私の今後の…いや、もし別の生があるならば、その糧となるだろう。…皆さん、どうか、お元気で」
(4人は、互いに頷き合い、それぞれの時代の装束に身を包み直す。彼らの周りに、淡い光が集まり始める。それは、彼らを元の時代へと送り返す、時空のエネルギーの輝きだった)
ダ・ヴィンチ:「(光に包まれながら)…さらばだ、友よ」
ミケランジェロ:「…神のご加護があらんことを」
ピカソ:「…じゃあな!」
黒澤:「…また、いつか」
(光が一層強くなり、4人の姿は次第に薄れていく。最後に残ったのは、テーブルの上に残された、それぞれの食べかけの料理と飲みかけのグラス、そして、部屋に響く、星のきらめきのような美しい音だけだった。やがてその音も静かに消え、「SalondesÉtoilesPerdues」は、再び永遠の静寂に包まれた)




