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【恋愛 異世界】

それは婚約指輪のつもりか?

作者: 小雨川蛙

 

 私は犬を飼っている。

 十歳の頃に拾った犬だ。

「そんなところで何をしている?」

 震える犬に私は告げた。

「従うならば飼ってやろう」

 私の言葉を受けて私より遥かに大きな犬は震えながら頷いた。


 私は犬を飼っている。

 隠れるのが上手い犬だ。

 王宮の中や人混みは言うに及ばず、天井の裏、床の下、時には壁の中にさえ潜むことが出来る。

「犬と言うよりはむしろ鼠か」

 私が笑うと犬は一礼して引き下がった。


 私は犬を飼っている。

 人の言葉を解する犬だ。

「それで。毒は手に入ったか?」

 犬は頷き、小瓶を出した。

「はい。ここに」

 私は犬から小瓶を受け取り、中の液体を見つめた。

「どの程度の人間を殺せる?」

「王女様が望むなら数百人でも」

 犬の言葉に私は笑う。

「馬鹿か。私が殺したいのは三人だけだ。それとも私の敵となる者がそれ以上に居るとでも?」

 犬は一瞬、固まった。

 その表情を見て私は小さく笑うと、犬は一礼をして引き下がった。


 私と犬の関係はどちらが上でどちらが下というものはない。

 いや、本来であれば飼い主の私が絶対であるはずだ。

 例えば犬が何か危険な目にあっても私は助けないし、場合によっては自ら犬を処分するかもしれない。

 犬はそれを承知で私に飼われている。

 そして、放し飼いをしている以上、犬はより良い主人を見つけて私の下から去るかも知れない。

 私もそれを承知で飼っている。

 お互い割り切っての付き合いだ。

 どちらが先に裏切っても恨みっこなし。


 故に。


 政争に敗れ幽閉された私の下に犬が現れた時、私は穏やかな心持ちで彼を迎えた。

「久しいな」

「はい」

「飼い主を裏切ったか」

 私が笑うと犬は僅かな間を置いてから口を開いた。

「怒っていますよね」

「馬鹿なことを」

 私は微笑む。

「私がお前を利用したようにお前も私を利用しただけだ。出し抜かれた私の負けだ」

 青年の左手に握られているナイフを見つめる。

「見事だったぞ。お前のおかげで私は今やただの女だ」

「違います。あなたはただの女ではありません」

 青年の言葉の先を私は促した。

「あなたは救いようのないほどに性格の悪く、そして権力欲に支配された愚かな女です」

「随分と言うものだ。だが、私とお前の仲だ。許してやろう」

 すると青年は一度、目を伏せる。

「何を気に病んでいる? さぁ、この首をくれてやる」

 私の言葉を受けて青年は無言のまま近づいて来る。

 そんな青年を見つめながら私は問う。

「右手に何を持っている?」

 長い付き合いでよく知っていた。

 青年の利き腕は右だ。

「選んでください」

 私の目の前で青年は左手のナイフと握った右手を差し出して問う。

「死に方を」

 開かれた右手に乗せられていたもの。

 長い付き合いの中で初めて、私は動揺した。

「正気か?」

 指輪が一つ。

 青年の左薬指につけられているものと同じもの。

 青年は頷いて答えた。

「今度は私があなたの飼い主になる番です」

「それは婚約指輪のつもりか?」

 問い返すと青年は顔を赤くしながら頷いた。

「どう飼うつもりだ?」

「まだ考えている最中ですが、とりあえず悪意や陰謀の逆巻く世界からは必ず離れます」

「命が繋がれるのならば、私はまだ再起を図りたい」

「そのお答えならば私はあなたの喉を裂きます。それに言ったでしょう? 今度は私があなたを飼う番だって」

 私は大きくため息をついた。

 命あっての物種だ。

 青年の左手から指輪を受け取る。

「飼い主殿。精々犬に出し抜かれないよう注意することだな」

「ご安心を。あなたの狂犬ぶりは私がよく知っておりますので」

 鼻で笑いながら私が指輪をつけようとすると、彼は左手のナイフを取り落しながら慌てて言った。

「待ってください! 俺がつけます!」

 その様に呆れ笑いをしながら私は彼の望むままにさせた。

 私に指輪をつけて満足気な彼にナイフを手渡しながら言った。

「まったく、先が思いやられる」



 後世。

 この時代に成立したと思われる二つの物語がある。

 一つは政争に敗れ悲劇的な末路を迎えた王女の歌劇。

 そして、もう一つは平民達にも広く親しまれていた男女の商人の珍道中の笑い話。

 この接点が全くない二つの物語が繋がっているという説がある。

 曰く、死んだと思われていた王女が実は生きており、商人となり世界を旅をしたというのだ。

 当然ながら根拠に乏しく、今では一笑に付される珍説でしかない。


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― 新着の感想 ―
 ラストになり、タイトルにある【それ】がそれと言われる理由に気付かされる巧妙い話に、正しくそれは上手い話でした。
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