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1-7 ヒイロとウィズ、救助隊を結成する

「ウィズ……来ないなぁ……」


 俺は顔の傷をさすりながら、ため息をついた。結局、右目の視力は戻らなかった。

 

 ダンジョンから帰還したあと、俺はウィズを連れて教会へと走った。そこでは、俺の回復魔法とは比べ物にならない完全回復の魔法を受けることができるのだ。


 ウィズの胸の傷は、無茶な逃走のせいで再び開きかけていた。というか、限られた回復回数では皮膚を繋げるのがやっとで、内臓はほとんど無施術の状態だったのだ。なおも俺の視力を心配する彼女を、無理やり先に回復させた。


 対して俺は、右目以外はほとんど無傷だった。ただ、回復魔法には完全に失われた体機能を回復させることは出来ない。教会で何度祈っても俺の右視力は失われたままだった。


「ウィズ、一緒に救助隊をやってくれるなら、明日の朝に酒場に来てくれ」

「……」

「無理強いはしないよ。でも……俺、ウィズを待ってるから」


 そう言って、俺達は解散した。ウィズはこれからギルドで仲間の死亡を報告するそうだ。別れ際、俺は彼女に深々と頭を下げられた。危機から助けたことに何度も礼を言われた。しかし、救助隊の話には、はっきりとした返事はもらえなかった。


 さて、帰還の翌朝、俺はウィズを待つために酒場へ向かった。冒険者の朝は早く、体力仕事の彼らは食べる量も多い。体格も武器も様々な者たちでどのテーブルも満席状態になったら、次にやってきた者たちは椅子の上で食事をし始める始末だ。薄い木の壁がはち切れそうなほど、店はすし詰め状態になる。

 

「何でウィズは即答してくれなかったんだろう。やっぱり、救助隊なんて突拍子もない提案だったかな。それとも、ダンジョンが怖くなったのかな」


 時間が経つに連れ、酒場からだんだん人がいなくなっていく。混雑時は俺のことを迷惑そうに見ていた店主も、今は暢気に床の掃き掃除をしている。なんだか、ウィズが来てくれるか自信がなくなってきた。

 

「……いや、そういえば俺とウィズって初対面なんだった。急に変なこと言って、ナンパだと思われたかなぁ」


 もうすぐ昼飯時だ。朝ほどではないが、酒場が混んできたら、俺のような待ち合わせの客は今度こそ追い出されてしまうだろう。晩の仕込みを始めた看板娘が、怪訝そうな顔で俺を見る。俺ほど長居している客なんて、隅で昨晩から飲んだくれている酔っ払いくらいしかいない。


「……仕方ない。こうなったら新しい仲間を探すか? ブレイブ達のパーティーには戻れないだろうしな」


 俺は重い腰を上げて、酒場をあとにした。仲間探しなら、酒場ではなくギルドに行かなければならない。聖職者を募集しているパーティーは多くないが、常に一定の需要はある。今度は追放されないよう、リーダーの人柄を見極めなければ……。


「…………ヒイロ様っ!」


 そのとき、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると、見覚えのある黒髪の女の子が立っていた。


「ウィズ……!」


 俺が名前を呼ぶと、ウィズは息を切らしながら駆け寄ってきた。頰が赤いのは、ここまでずっと走ってきたからだろうか。


「ウィズ〜! もう来ないかと思ったよ!」

「す、すみません。遅くなってしまいました」


 驚いた。てっきりもう会えないかと思っていた。でも、ギリギリでウィズが呼び止めてくれたおかげて、すれ違わずに済んだ。


「私、ヒイロ様と冒険がしたいです……。あなたと一緒にいたい……だから、来ました!」


 これまでのはっきりしない態度から吹っ切れたように、ウィズは力強く言う。そこには、洞窟で出会った時の険しい表情は一切なくなっていた。


「それじゃあ改めて……ダンジョン救助隊の結成だ!」

「はいっ!」



 *


 

「とりあえず、ギルドにパーティー結成の申請をしよう。ええと、何を書けばいいんだ?」

「メンバーの名前と、職業と……え、住所?」


 ギルドの受付で、書類と格闘する俺とウィズ。ふたりとも、パーティーを設立するのは初めてだ。渡された書類には、リーダーとメンバーのプロフィールを記入する欄がいくつかある。そのうち、俺はリーダーの部分に自分の情報を書き込んだ。


「よし、俺は書き終わったぞ。次はウィズ……って、どうした?」

「いえ、実は私……」


 居心地が悪そうにもじもじするウィズ。なにか小声でいっているようなので、耳を近づけてみると……。


「えーっ?! 金が無いから家が借りられないーっ?!」

「ヒ、ヒイロ様! 大きな声で言わないでください……!」


 ウィズが俺の口を塞ごうと襲いかかってくる。しかし、彼女の小柄さでは、俺の体に纏わりつくので精一杯だ。


「じゃあ、君は昨日どこで寝たんだ?」

「……道です」


 俺の脇の辺りから、くぐもった声が聞こえてきた。暴れるのをやめたウィズは、俺の術士服に埋もれてじっとしている。顔も見せられないくらい恥ずかしい、といったところか。


「こんな都会で住所がないなんて、不用心すぎるだろ……。頼れる人はいないのか?」

「いません……」

「本当に? 家が見つかるまで泊めてくれそうな、お人好しはいないのか?」

「いませ……、いえ、います」


 よかった、いるのか。とりあえずその人に頼み込んで、居候させてもらうしかない。無茶な頼みだが、さすがに女の子を1人で路頭に放り出すような極悪人はこの世にいないだろう。

 

「よし、俺と一緒に頼みに行こう。そいつはどこにいるんだ?」

「……目の前にいます」

「え?」

「人の頼みを断れないお人好しが、私の目の前にいます」

「……俺かな?」


 俺がそう言うと、懇願するように翡翠色の瞳が見つめてきた。ふつう、女の子にこんなふうに上目遣いをされたら緊張してしまうものだが、今の彼女の必死さは人を殺しそうなほどの迫力だ。


「行く当てがないんです! お金もないんです!」

「でも、男の一人暮らしに乗り込んでくるなんて、非常識じゃないか?!」

「もう、夜道で野盗に怯えるのは、耐えられません……!」

「そ、そんな目で見ても……駄目だ!」

「私を1人で路頭に放り出すんですか? 極悪人〜!」

「うっ……」


 そう言われると、さすがに弱った。見たところウィズは俺よりも2、3歳くらい年下だが、女の子には変わりない。今はやつれ気味だが、体つきだってはっきりしている。子どもという年でもないのに、男の俺と一緒に暮らすなんて非常識だ。


 でも、もし俺が居候を断ったせいで、かわいいウィズが見ず知らずの不審者に襲われたら……。

 ダメだ! それだけは、絶対ダメだ!


「……わかった。しばらく俺の家にいていいぞ。でも、家賃の分は働いてもらうからな」

「えっ……? えっ……?!」

「ち、違う! 家事の分担って意味だ! いかがわしいことなんて何も無いから!」

「そ、そうですよね。びっくりした……」


 胸を押さえて安堵するウィズ。びっくりしたのは俺も同じだ。まあ、男女の同居が普通じゃないという共通認識を確認できた、ということでよしとしよう。


「いいか、ウィズ。余計なお世話かもしれないが、君は年頃の女の子なんだ。本当は、俺みたいなやつを簡単に信頼しちゃいけないんだからな」

「むふふ、ヒイロ様ったら、なんだかお兄さんみたい。……いや、お父さん?」

「こら! 俺は真面目に話してるんだぞ!」


 寝床の確保ができて安心したのか、ウィズが俺に向かって無邪気に笑う。それにしても、お父さんだなんて……彼女もいない俺は、こんなに大きな娘を持った記憶はないぞ。


「服と食器はどうにかなるとして……ベッドは1つしかないぞ。仕方ない、俺はしばらく床で寝るか……」

「えっ! そんな、申し訳ないです! ほんの少しつめてもらえれば十分ですから!」

「ツメル……?」


 何を言っているんだ、この娘は。まるで同じベッドで寝るみたいな言い方じゃないか。


「……俺の勘違いだよな? さすがに聞き間違えた、とかだよな……?」

「あの、私、やっぱり追い出される流れでしょうか……?」


 ウィズの瞳がじわっと潤む。そんな彼女の様子に、俺はさっきのことを聞き返すことはできなかった。まあ、ウィズは大切な仲間だし、彼女自身も言ったように兄妹や父娘のような存在だし、緊急避難的にベッドを共有するだけだし、大したことはないし……。世間がどう思うかは知らないが。


「そ、そんなことしないよ。不便な部屋でよければ、しばらく使ってくれ」

「わあっ! ありがとうございます!」


 見ろ、ウィズの純真無垢な姿を。俺は自分の邪な考えを反省した。

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