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1-2 遭難、女魔術師との出会い

 しばらく呆然としていたが、俺は気を取り直して歩き始めることにした。たしかに俺は勇者ブレイブにパーティーを追放された。しかし、大聖女(プリースト)フィリスと生還を誓ったのだ。彼女との約束を破るわけにはいかない。


 さて、俺がダンジョンから帰還するためには、2つのハードルをクリアしなければいけない。


 1つはもちろん、ダンジョンを徘徊するモンスターから身を守ることだ。ここは、現在発見されているエリアの中では最も深層となる。当然、モンスターのレベルは高く、戦闘能力が高いものばかりだ。


 聖職者である俺は、回復魔法が使える代わりに、攻撃手段を全く持たないため、戦闘には向かない。かといって、すでに魔力切れのため魔法も使えない。今の俺がモンスターの攻撃をまとも受ければ一撃死するだろう。となれば、索敵と回避が必須になる。


 そしてもう1つは、『()()()()』だ。


 意外かもしれないが、ダンジョンで冒険者の命を奪うのは、モンスターやトラップだけではない。滑落、落石、落盤、窒息……普通の洞窟で起こる災害遭難は、当然ダンジョン内でも発生する。戦闘のプロである冒険者たちも、これらの前では無力だ。ある意味、最も警戒すべきハードルとなるだろう。


「モンスターに遭難か。とにかく、エンカウント回避と危機管理に専念しよう」


 俺の深いため息が、洞窟の壁に反響した。だが、帰れるかはさておき、やることははっきりしてきた。無事帰還することをフィリスと約束したんだ。がんばれ、俺。


「同じ場所にとどまりすぎたな。早く移動しないと、モンスターに匂いを嗅ぎつけられてしまう」


 松明の明かりで道を照らすが、先には闇が広がり、うなるような風音を響かせるだけだ。しかし幸い、分かれ道はない。つまり、風上と風下の2方向しかないということである。もし風下のモンスターに匂いを嗅ぎつけられてしまえば、必ず居場所を特定されてしまうだろう。


「風向きは……、だめだ、帰り道は風下だ」


 それもそのはず、勇者パーティーは敵を回避するために風上に向かって進軍して来たのだ。来た道を帰るということは、風下に向かって帰るということになる。このまま進むと、風下のモンスターに待ち伏せされる可能性があるのだ。


「仕方ない、迂回路を探そう」


 俺はブレイブ達が選んだ道とは逆方向に歩き出した。出口までの距離は長くなってしまうが仕方がない。俺はあいつらとは違って、モンスターに遭遇したら一巻の終わりなのだ。



 *



「ん? 何だ、この匂いは?」


 しばらく歩いていると、風に乗って獣の匂いが流れてきた。風上、つまり、進行方向にモンスターが居るということだ。一応松明で先を照らそうとするが、やはり視覚はあまり役に立たない。


「まさか、俺の方がモンスターを嗅ぎつけるなんてな」


 冗談を言いつつ、俺は緊張した。ついさっきまでなら、先制攻撃のチャンスを喜んでいただろう。しかし、一人になった今ではむしろピンチだ。聖職者の俺は、何としても戦闘を回避しなければならない。


 洞窟の奥に向かって耳を澄ます。甲高い鳴き声が1つだけ聞こえるが、弱々しい。泣いているようにも聞こえることから、モンスターは相当弱っていることが分かる。足音が聞こえないことから、もう戦闘は終わっているようで、勝ったモンスターはそこにはいなさそうだ。恐らく、負傷したモンスターは動けなくなっているのだ。


「相手が弱っている今なら、走れば通り抜けられるか?」


 もちろん、モンスターの横を走り抜けるのは大きなリスクだ。しかし、来た道を戻るのも同じくリスクだ。賭けるなら、少しでも情報の多い方に賭けたい。


「やるしかないか。……いくぞっ!」


 俺は覚悟を決めて飛び出した。カーブを一気に抜けると、その先は急に開けた空間になっていた。俺は全速力で走りながら、松明の明かりで素早くあたりを照らす。はやく敵の居場所をみつけないと。


「いた、ケイブバットだ!」


 獣臭の源はコウモリ型のモンスターだった。2メートルほどの巨体を地面に横たえ、派手に姿を現した俺を警戒するように睨んでいる。やつは松明の明かりでもわかるくらい重症を負っていた。


 ケイブバットの警戒すべき点は、上空からの急襲だ。こいつは普段は天井にぶら下がって身を隠し、下を通る獲物を襲う。一方で、地上のケイブバットには、奇襲ができるほどの機動力はない。おそらく、今の俺が全速力で逃げれば、戦闘を回避できるだろう。


「よし、このまま走って……」


 俺はさらにあたりを見回し、進むべき道を探した。焦るな、俺。しかし、時間は1秒たりとも無駄にできない。この瞬間にもモンスターが機嫌を損ね、飛びかかってくるかもしれないのだ。


 その時。


「「……!」」


 何かと目が合った。あれはモンスターではない。ケイブバットの鉤爪に囚われた、ボロ布のような小さな……人間?!


「な、何でこんなところに人が?!」


 壮絶な光景に、一瞬立ち止まってしまう俺。その隙を、モンスターが見逃すはずはなかった。


 四肢をよじり、ケイブバットが俺に突進してきた!


「しまった! どうする、回避できるか?!」


 とっさに体をよじる。しかし、完全にはかわしきれない。とっさに杖で身をかばう。しかし、鉤爪の一本に杖がへし折られた。その勢いまま、俺の右目を引き裂く!


「ぐっ、ああああああああっ!」

 

 俺の悲鳴と同時に、後方で凄まじい轟音が響く。だが、そちらを確認している余裕などなかった。あまりの痛みに、俺は傷口が広がるのも構わず顔の右半分を手で押さえた。失ったはずの視界が赤や黄色に点滅する。パニックになった俺の脳は、鉤爪が柔らかい眼球をかすめる瞬間を、一瞬のうちに何度も追体験させた。


 痛い。そして怖い。でも、逃げないと。逃げないと。


 見ると、石柱に激突したケイブバットが目を回しているようだった。もし直撃していたら、戦士職でも致命傷だったに違いない。そんな攻撃で受けたダメージが片目程度なら安いものだ。何なら、すぐに回復魔法をかければ元通りになる。


 チャンスだ。逃げるか?

 いや、さっきの人を助けなくていいのか……?


 俺の中で葛藤が生まれる。これほど痛い思いをして、かろうじて助かった命だ。なんとしてでも、モンスターから逃げ延びなければいけない。かといって、目の前でモンスターに襲われている人を見殺しにしていいのだろうか。いや、そもそも今の俺に人助けなどできるのだろうか。そうだ、片目を失ったたった1人の聖職者が、恐ろしいモンスターを前に他人を置き去りにしたところで、誰が責めるだろうか……。


 いや、俺は誰かを置き去りにしてはいけない。

 置き去りにされた過去の俺を助けられるのは、誰かに手を差し伸べる未来の俺しかいないのだから。


 俺は狭い視界でさっきのけが人を探す。……いた! 突進の時に鉤爪が外れたらしく、床に投げ出されていた。


「大丈夫か? 生きてるか?!」

「……っ、……っ」

「よかった、まだ息はある!」


 術士服を装備しているから魔術師だろうか。こんな高難易度ダンジョンにいるのだから、相当手練れに違いない。自力で立ち上がれないようなので、駆け寄って左手で抱き起こしてやる。すると、俺の手に柔らかい感触があった。


 ()()()()()()()()()()()()()……!


「どうしてこんな女の子が……」


 長い黒髪から覗く顔立ちはまだ幼く、俺よりも少し年下に見える。服の上からでもわかる女性らしい体つきに反して、手首は枝のように細い。わずかに開く翡翠色の瞳は、ぼんやりと俺を見つめていた。


 さらに驚いたのは、怪我の様子だ。肌に血の気はまったくない。ふくよかな胸元は深くえぐられ、鮮血が滴り落ちている。


 とっさによぎったのは保身だ。これほど重症の女魔術師を連れて、モンスターから逃げることができるのか。そもそも他人を助けて何の得があるのか。


 そして、俺のそんな考えを見透かしたかのように、女魔術師が予想外の言葉を口にした。

 

「だめです……私を……助けないで……」

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