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2-4 ハイエナのレンジ&マチェッタ

 俺達が酒場を去ったあと、とある2人の冒険者が愚痴をこぼしていた。

 

「マチェッタ。さっきの依頼者、俺様達が門前払いしたやつじゃないか?」

「そうやったっけ? 貧乏人の顔なんて忘れてしもたわ、レンジ」


 弓使い(レンジャー)レンジは、行商人(マーチャント)マチェッタにそう言われて頭をかく。彼女は金にならないことには全く興味かないのだ。しかし、彼は違った。


「隻眼の野郎はさておき、あの女魔術師ちゃん、すげー美人じゃん!」

「えぇー、あの子絶対貧乏やで」

「関係ないね。俺様みたいなイケメンと釣り合う子なんて、そうそういないからな」

「どうでもいいけど。そういえば、隻眼くんの方は金持ってそうやったなぁ」


 マチェッタは少し考えた後、ある作戦を思いつく。


「なあ、レンジ。これは提案なんやけどな……」

「……おっ、さすが我らがマチェッタ様。冴えてるぜ!」


 マチェッタがレンジの耳元で何かを囁くと、彼女はとたんに目を輝かせる。2人はハイタッチをすると同時に、悪魔のような笑みを浮かべた。


「そうと決まれば、華麗に作戦開始だぜ!」

「お金ちゃん、こってり搾り取ったるで!」


 俺達の知らないところで、トラブルの火種がくすぶり始めていた。



 *



 さて、俺達が今回ダンジョンにやってきたのは、遭難した冒険者の救助依頼を受けたからだ。

 つまり、俺達の敵はモンスターではなく『災害遭難』になる。


「ウィズ、このエリア『迷いの森』には入ったことはあるか?」

「実はないんです。第1層の中でも特殊なエリアですから、あえて入るメリットもないですしね」


 俺とウィズは、食料を詰めた荷物を背負って、ひたすら森の中を歩いている。遭難者の位置が分からない以上、移動距離を稼いで、発見率を上げることしかできないのだ。さらに、『迷いの森』は冒険者達の方向感覚を狂わせる、特殊な地形効果を持つ。これらの条件は、遭難者の体力が尽きるまでの時間勝負を強いられている俺達にとってはとんでもないハンデになる。


「でも、私、頑張りますよ! 初めてだからって、弱音は吐いていられません。モブリットさんを助けるって、依頼者さんと約束しましたから!」

「ウィズは頼もしいなぁ。俺も一緒に頑張るよ」

「むふ! なんだかうまくいく気がしてきましたね、ヒイロ様!」


 そんな中でも、ウィズの士気は高い。彼女の根拠のない自信には心配にさせられるが、それを上回るやる気の高さには驚きだ。ならば、俺が彼女にすべきことは、自信に見合った能力をつけさせることだろう。


「ウィズ。試しに君が先頭を歩いてみるか?」

「え? ヒイロ様ではなく、私がですか?」

「ああ。確かに、経験豊富な俺が先導した方が速く移動できる。でも、たまにウィズが交代してくれたら、俺はいざというときの体力を温存できるからな」


 俺の提案に、ウィズは少しためらう。おそらく、自分の能力が先導を務めるのに不十分だとわかっているのだろう。しかし、彼女は最終的に首を縦に振った。


「やってみます。何事もやってみなければ、身につきませんから」

「偉いぞ、ウィズ! 俺がちゃんとサポートするから、安心してくれ」

「よ、よろしくお願いします!」


 ウィズはカチコチになりながら、俺の代わりに先頭に立った。俺達の前には、モンスターや冒険者達が作った獣道が伸びている。通常エリアよりも行き来が少ないため、起伏や障害物は多いものの、道自体を見失うということはなさそうだった。彼女は周囲を確認すると、道に沿って歩き始めた。


「あ、合ってますよね? 私、変なことしてないですよね?」

「ちゃんと俺を連れて行ってくれよ~」

「もう、やめてくださいよ! 緊張しちゃうじゃないですか!」


 まだ何も起こっていないのに、ウィズは10秒に1度は俺を振り返る。頑張り屋さんな彼女だが、こういうところがあるからこそ応援したくなるのだ。もう少し彼女を見守っていたい気持ちもあるが、今はあまり遊びすぎてもいけないだろう。適度に緊張がほぐれたところで、森の歩き方について彼女に話し始める。


「いいか、ウィズ。森を歩くときに限らず、ダンジョン探索では現在位置の把握が重要だ。君は、どうやって自分の位置を確認する?」

「地図を使います。入口からの道のりをたどったり、周りの特徴的な地形を目印にすることが多いですね」

「そうだな。他にも、コンパスや空の情報を使って方角を知ることも重要になる」


 さすがはウィズ。彼女も冒険者をやってきただけあって、このくらいの簡単な質問にはすらすらと答えてくれる。答え方も端的でわかりやすい。おそらく、地頭がかなりいいのだろう。魔術師には、頭が良すぎるせいで話し出すと止まらなくなる者も多く、多くの冒険者の頭痛のタネになっているほどだ。

 

「でも、迷いの森ではそれができない」

「どうしてですか?」

「どうしてだと思う?」

「う~ん、考えてみるので、ちょっと待ってください……」


 しばらくは単純な道が続きそうなので、この辺りで問題を出してみた。今まさに歩いている森の中で、自分たちが直面している困りごとを整理し、課題として箇条書きにする。ウィズになら、こんなこともできるかもしれない。


「み、道がくねくねしています。周りの景色がずっと同じですし、木のせいで遠くを見通せません」

「よく気づいたな。これじゃあ、地図を持っていても役に立たないよな。それに、上を見てくれ」

「あ、空が全然見えないです! 道が暗いと思ったら、葉が生い茂っていたんですね」

「ギルドの調査によると、2重の葉の層があるらしい。でも、そのおかげで地表に届く光が弱まり、邪魔な低木が生えにくくなるんだ」


 俺のヒントがあったとはいえ、ウィズの回答はほぼ満点だ。ここまで独力でたどり着ける冒険者はそう相違ないだろう。かくいう俺も、多くの同業者たちから話を聞き、やっと理解できたくらいだ。そういう意味では、彼女の根気強い観察力は俺を上回っているといえるだろう。


「あ、ヒイロ様。道が2つに分かれていますよ。どうしましょうか?」

「本当だ。それぞれどこにつながっている?」

「わかりませんが……、一方は上り坂、もう一方は下り坂ですね」

「どっちに行けばいいと思う?」

「ムム! また問題ですね。次も当てて見せますよ!」


 先ほどの問題でうまく答えを出せたウィズは、得意げに腕を組んで考え始める。だが、今度の問題はかなり難易度が高いうえ、常識で考えると真逆の答えを選んでしまいがちなのだ。さて、彼女に正しい判断ができるだろうか?


「わかりましたよ、ヒイロ様! 下り坂に進むのが正解です!」

「理由は?」

「上り坂を進むと、体力を多く消費しますからね。それに、普通は入れない場所も、坂を滑り降りればたどり着けることがあります」

「残念!! ウィズの冒険はこれで終わってしまった!!」

「そんなぁ~」


 ウィズの荒い鼻息がため息に変わった。あまり落ち込ませてもかわいそうなので、俺は場を和ますように笑い声をあげてみたが、それが余計に彼女の意地に火をつけてしまったらしい。


「ヒントください」

「答えじゃなくてか?」

「この程度では諦めませんよ、この私は」

「お、これは教え甲斐があるな。よし、それなら試しに下り坂を進んでみるか」


 さっきは大げさに言ったが、下り坂を選んだからと言って即死するわけでもない。せっかくの機会なので、実際に歩いて覚えてもらうのがいいだろう。ただし、先頭はウィズから俺に交代だ。


「まずは体力についてだ。確かに上り坂は疲れるが、下り坂の方が膝に負担がかかるんだ。まあ、上がればいずれ下りるわけだから、どちらを先に選べばいいというわけでもない」

「そうなんですね。じゃあ、どちらを選んでも正解、というわけですか?」

「そう思うよな。でも、問題はウィズが言った2つ目の理由にあるんだ」

「?」


 口を半開きにしながら俺についてくるウィズ。しばらく歩くと、俺達が歩く道の先に高さ3メートルほどの急な斜面が現れた。崖というほどの悪路ではないが、このまま道なりに歩くためには斜面を滑り降りる必要がありそうだ。


「ヒイロ様、下に道が続いています!」

「本当だな。どうする?」

「行ってみましょう。この斜面さえ何とかなれば、先は広そうです」


 そういうと、ウィズは率先して斜面を滑り降り、下の道に着地した。しかし、俺は上の道で待機する。なんだかかわいそうだが、彼女のためを思うなら俺まで下に降りるわけにはいかない。


 しばらくすると、下からウィズの声が聞こえてきた。


「行き止まりでした! この道、どこにも通じていません!」

「そうか! じゃあ、上に戻ってきてくれ!」

「わかりました! 今行きます……あれ?」


 木の根に足をかけながら斜面を登るウィズ。しかし、傾きが急な所で体重を支えきれず、頬を擦りながら下にずり落ちてしまった。1度目は照れ笑いで済ませる彼女だったが、2度、3度繰り返しても、一向に上まで登ってこられない。


「タチュケテ」

「ごめんごめん。早く手を貸してやればよかったな」


 下の道でうずくまるウィズの、なんと哀れなこと。しばらく様子を見守っていた俺だが、我慢しきれずとうとう彼女に向かって手を伸ばす。俺の手を掴み、引き上げられることで、彼女は何とか元の道に復帰することができた。


「ありがとうございます。ヒイロ様が言っていた意味が分かりました。下りるのは簡単ですが、戻ってこられないことがあるんですね」

「そうだ。今みたいに、下の道がどこにも通じていない場合、その場で動けなくなってしまうからな」


 これが下り道を選んではいけないもう1つの理由だ。歩いて進めるうちはいいが、勾配が急になった場合、一方通行になってしまう場合がよくある。しかも、今のように引き返す判断ができない場合は、さらに無茶な移動をして事態が悪化する、なんてこともあるのだ。


「じゃあ、さっきの分かれ道に戻ろうか。今度は上り坂を進もう」

「わかりました。でも……」

「でも?」


 俺が先頭を歩こうとすると、後ろからウィズに追い越された。ここまでは1本道だったから、戻るまでに迷うことはないだろう。俺はそんな風に気楽に考えていた。一方、振り返ったウィズは……。

 

「今度は絶対に正解を当てて見せます」

「おお……諦めないなぁ、ウィズは……」


 瞳に闘志を燃やしていた。

 これは、将来はえらい大物になるなぁ、と俺は確信した。

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