2-3 ヒイロ、救助計画を立てる
ハイエナの件があった数日後、酒場で準備をしている俺たちに、あの時の冒険者が話しかけてきた。
「あのさ、このあいだは助けてくれてありがとな。隻眼の聖職者さん」
「あっ、君は森で救助した冒険者じゃないか。今日は1人なのか?」
「ああ、ま、まあな」
確か、彼らは2人組のパーティーだったはずだ。しかし、今日は1人いない。姿が見えないのは、俺たちをハイエナと罵ったやつだ。俺が人数ついて話題にすると、冒険者は気まずそうな顔をしてこう続けた。
「実は、アンタたちに救助を依頼したいんだ」
「救助依頼? 君はダンジョンの外にいるじゃないか。どういうことだ?」
「いや、俺じゃなくて、モブリットが森に取り残されちまったんだ」
俺とウィズは顔を見合わせた。察するに、モブリットとはこの場にいない彼の仲間、つまり、俺達をハイエナと罵ったやつのことだろう。ウィスは怪訝そうな顔で依頼者を見た。
「取り残されたとは、どういうことですか? まさか、彼を囮にして?!」
「ち、違う違う! 俺はそんな薄情じゃない! だからこそ、モブリットの救助を依頼してるんじないか!」
ウィズの一睨みで依頼者はたじろぐ。俺もはじめは、彼がモブリットを置き去りにしたのかと思った。しかし、そうではないのは今の彼の態度を見れば明らかだ。それが分かったのか、彼女ははっとして目つきを元に戻した。
「わ、私ったら、すみませんでした!」
「うちのウィズがすまない。俺達は昔、仲間に置き去りにされて死にかけたんだ。つい失礼なことを言ってしまった」
「そ、そんなひどいやつがいるのか。そりゃ、誰もあんたらを責めないよ」
話の分かる相手でよかった。なにより、ほんの少し会話しただけでも、彼が仲間のことをとても大切にしていることが伝わってくる。俺は詳しく話を聞くため、依頼者に椅子を勧めた。彼は小さく礼を言った後、静かに腰を下ろして話し始めた。
「あの後ダンジョンから生還した俺達は、すぐに森に戻ったんだ。モブリットは苛立ってた。無駄にした銅貨2枚を取り戻すんだって。だから俺たちは、『迷いの森』に入ったんだ」
「迷いの森。ああ、あそこか」
俺は自分が駆け出しだった頃を思い出す。迷いの森は、第1層にあるエリアの1つであり、モンスターはさほど強くない。しかし他のエリアと違って、マッピングに関する特殊技能や道具が使用できなくなるという地形効果があるのだ。これにより、多くの冒険者たちが翻弄されることになる。
このような特殊な条件下では、『スキル』が適切に使用できるかが重要になってくる。『スキル』とは、冒険者が使う特殊技能のことだ。どんなスキルが使えるかは本人の職によって異なり、例えば聖職者職の俺なら『回復魔法スキル』、魔術師職のウィズなら『攻撃魔法スキル』が挙げられる。
さて、『迷いの森』について話を戻そう。この地形効果への主な対策には、『索敵スキル』を連発して強引に進路決定するか、『運搬スキル』と大量の物資で長期探索するかの2つがある。
「モブリットは弓使いで、索敵スキルが得意だった。でも、魔力も回復薬も尽きて、俺達は迷いの森から出られなくなった」
順当な結果だと思った。確かに、迷いの森は第1層の探索エリアだが、先述の地形効果があるため、彼らのような新米冒険者向けではない。幸運にも索敵スキルを習得済みだったようだが、彼らのようにまだ最大魔力量が少ない者達にとって、スキル必須の特殊エリアは立ち往生の危険があるのだ。
「パニックになった俺たちは、がむしゃらに走った。気づけば俺は森の外にいた。でも、モブリットの姿はなかった」
そこまで話すと、依頼者は頭を抱えて黙ってしまった。彼が森から逃れられたのは本当に偶然だったのだろう。しかし、成り行きとはいえ、仲間を置き去りにしてしまった後悔からは逃れられなかったのだ。
「俺じゃモブリットを助けに行けねぇ。索敵スキルも、運搬スキルもねぇからな。だから、あんたたちに頼むしかないんだ」
「ちょっと待て。俺達だってそんなスキルは持ってないぞ」
索敵スキルは弓使い職か盗賊職、運搬スキルは行商人職でないと習得できない。俺達がそのどれでもないことは、装備を見ればすぐに分かるはずだ。
「でも、他にアテがないんだ」
俺の困惑した返答を聞いて、依頼者は苦しそうに唇をかんだ。
「さっきも他の冒険者に断られたばかりさ」
彼が強く握った拳から、かすかに金属音が聞こえる。おそらく、なけなしの金をかき集めて、腕のよさそうな冒険者達に救助を頼んで回ったのだろう。それも、大切な金を財布にしまう暇も惜しんで、必死に。
「だって、ここにある……銅貨10枚が、俺の全財産なんだよ!」
依頼者は唇をかみしめながら、テーブルに拳を叩きつけた。
その手からこぼれ落ちたのは、どれも端が欠けた粗悪な硬貨だった。
俺は、新米冒険者たちが置かれている立場に言葉を失った。彼らの命が銅貨10枚なのだとしたら、あの時俺が受け取った銅貨2枚はどれほど貴重なものだったのだろうか。モブリットが俺達をハイエナと罵ったのも、無理のないことだったのかもしれない。
「……ヒイロ様、私はこの依頼、諦めたくありません。何とかしてあげられないでしょうか?」
「そうだな。でも、明らかに俺たち向けの仕事内容ではないことも確かだ」
「そんな!」
依頼者への置き去りの誤解が解けて以来、ウィズは一貫して彼の味方だ。俺が頭を抱えると、依頼者は真っ青な顔で俺を見た。どうやら、銅貨10枚が全財産というのは本当らしい。俺達3人の間に、気まずい空気が流れた。
「それに、私たちが2次遭難をする可能性もある。この場合、結局ほかの冒険者に救助を依頼しなければいけない」
「ヒイロ様……」
「な、なんとかならねぇのか?」
ウィズと依頼者が、すがるように俺を見る。普通に考えれば、この依頼はきっぱり断るべきなのだろう。しかし、一度関わってしまった相手を無下にできないのが人情というものである。
「とりあえず、問題を整理しよう。まず、料金が安すぎること。今回の依頼内容だと、特殊エリアだし、巡回救助とは別だから、相場は銅貨30枚くらいだ」
「さ、30枚?!」
「今の君には払えない。じゃあ、後払いならどうだ?」
「そうか、モブリットの手持ちが10枚ある。合わせて20枚なら払える!」
20枚か。相場よりは少ないが、十分だ。
「次に、適正スキルがないこと。実は、迷いの森はスキルがなくても高レベルでゴリ押しできるんだ。君は、レベルではなく運でゴリ押ししたみたいだけど」
「ゴリ押し? 俺が?」
依頼者がキョトンとする。その隣で、ウィズが納得いったように頷いた。
「なるほど。マッピングができなくても、がむしゃらに進軍し続ければ、いずれは脱出できるということですね」
「その通りだ。おそらく、ウィズのレベルなら、単独探索でも遭難はしないだろう。俺のレベルなら、遭難者1人くらいなら楽勝で連れて帰れる」
「えっ? ヒイロ様って、一体レベルいくつなんですか?」
「最近鑑定してもらってないしなぁ。60くらいかな?」
「私、レベル37なのに……」
「気にすんな。俺なんか、4だぜ」
迷いの森は第1層のエリアなので、モンスターはそう強くない。足止めや撹乱さえ受けなければ、回復薬の使用も減らすことができる。これで運搬スキルは不要になる。
「そして、スキルがないと困ることがもう1つ。人探しだ」
「確かに、迷いの森で遭難者を探し出すのは難しいですね。索敵スキルがなければ運頼みですから」
「何かいいアイデアはないものか……」
俺とウィズが同時に頭を抱える。それを見た依頼者が、それならばと提案をする。
「俺が道案内をするってのはどうだ?」
「駄目だ。適正スキルなし、さらに君の護衛なんて、聖職者と魔術師には難易度が高すぎる」
「それに、迷いの森は来た道を戻ることすら困難と聞きます。案内は難しいかと……」
「そうか。力になれず、すまねぇ」
依頼者が力なくうなだれた。きっと彼なりに仲間を助けようと思っての行動だったのだろう。しかし、他に現状打破のアイデアはないようだ。となれば、今思いついている案を速やかに実行することが、救助の成功率を上げる唯一の方法だ。
「仕方ない、今回は少し強引にいこう。ただし、捜索には期限を設ける。モブリットが迷いの森に閉じ込められたのはいつだ?」
期限、という言葉を聞いて、依頼者がわずかに緊張する。俺達が依頼を引き受けたことで安心していたようだが、肝心の救助活動はこれからなのだ。失敗する可能性もあるし、俺が言った通り打ち切りで終わるかもしれない。ただ、俺が期限を設けようといったのは、ある理由があったからだ。
「あれは確か、昨日の昼だぜ」
「モンスターとの遭遇を全回避しても、3日が限度。つまり、残された時間は後2日だ」
「どうして3日なんだ? 確かに、いつまでもモンスターをかわし続けるのは不可能だが……」
3日というキーワードに、依頼者が反応する。冒険者である彼にとって、ダンジョンの一番の脅威はモンスターだ。しかし、本当に恐ろしいのは、自然の脅威であるということを俺達は知っている。
「人間が飲まず食わずで生きていられるのは、4~5日と言われている。食料はともかく、水が全くない状況では、すぐに命を落としてしまうんだ」
「水?! そんなものが重要なのか」
依頼者にとっては盲点だったのだろう。それに、彼の反応があまりよくない様子を見ると、遭難を想定した物資を持ち歩いているわけではないようだった。あいにく、迷いの森と呼ばれるだけあって、運よく水場を見つけられる可能性も非常に低い。
「じゃあ、3日と言わず、4~5日まで期限を延ばしてくれよ。頼む!」
「不安にさせるつもりはないんだが、モンスターから逃げ、帰り道を探して歩き回れば、それだけ消耗も早くなる。長くても3日が限度だ」
少しでもモブリットのためになるよう、依頼者は懸命に頭を下げた。もちろん、俺も彼の気持ちに答えてやりたかった。しかし、こればかりは救助隊どころか、誰にもどうしようもないことなのだ。
「それでも見つからなければ、救助活動を打ち切る。この条件なら、救助依頼を引き受けよう」
「それでもいい。出来るだけのことをしてやってくれ」
依頼者にとっては苦渋の決断だろう。しかし、これが俺たちにできることの限界なのだ。それが分かっているからこそ、彼は条件を飲むしかない。
「どうだろう、ウィズ。諦めたくな気持ちは俺も同じだが、もしかしたら失敗するかもしれない。それでも、この方法に賛成してくれるか?」
「……わかりました。私……できることを一生懸命に頑張ります!」
俺が頼むと、ウィズは俺の目を見ながらはっきりとそう言った。彼女の翡翠色の瞳は、不安に揺れながらも救助の成功を信じる強い光に満ちていた。彼女の決意は、彼女自身だけでなく、俺やモブリットにも大きな勇気を与えてくれる。
「それじゃあ、今日も張り切っていこう!」
「えいえいおー!」
「頼んだぜ、2人とも!」
何としても救助を成功させようと意気込む俺達と依頼者。しかし、それを遠くから見つめる怪しいふたり組がいることに、今の俺たちは気づかなかった。
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