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2-1 ヒイロ、ウィズと添い寝する

「……本当に一緒に寝るのか?」


 ギルドでパーティーを結成した俺は、結局ウィズを連れて帰ることになってしまった。訳あって寝泊まりする場所を確保できない彼女を保護するためだ。


 やましい気持ちなんて、あってたまるか。


「はい。フカフカ者……いえ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「もう布団かぶってるし……」

 

 ためらう俺とは対照的に、彼女はお行儀よく俺のベッドに横になっている。帰路にそれとなく探りを入れたが、彼女にも純粋な気持ちしかないことは確認済みだ。

 

 ウィズはほとんど着の身着のままで俺の部屋に転がり込んだ。おそらく、装備以外の日用品は全て売り払ってしまったのだろう。だから、彼女がいま着ているブカブカの服は、穴があいた俺の古着だ。聞けば、彼女はここしばらく屋根の下で眠っていなかったらしい。遠慮がないのも無理はない。


「ヒイロ様、体を冷やしますよ。早く寝ましょう」

「失礼します……」


 気持ち程度にウィズが端に寄ってくれたので、俺はおずおずと背中からベッドに入った。


「ヒイロ様、体がお布団からはみ出てますよ」

「恐縮です……」


 ウィズが俺の体に布団をかけてくれる。時折触れる彼女の手は、ほかほかに暖まっていた。いわゆる、おやすみ体温と言うやつである。


「ああ、今度は私のお布団が足りなくなってしまいました……。すみませんが、もう少し体を寄せて下さい」


 そう言いながら、ウィズが仰向けのまま俺にくっついてきた。背中に彼女の肩や腕が押し付けられると、そこから猛烈な温もりが伝わってくる。子どもの体温、恐るべし。


 そんなことを繰り返し、何とか収まりのいいポジションを見つけることができた。ただでさえ広くはないベッドを2人で使っているのだ。俺とウィズはぴったり密着して、なんとか掛け布団の中に収まることに成功する。


「むふ、すっごくあったかいです!」


 ウィズが俺の部屋に入るところを、誰かに見られていないだろうか。

 俺は肝を冷やした。


「まだ早い時間ですから、全然眠くありませんね」

「俺もだよ。今夜は眠れなさそうだ……。悪い意味で」

「ええ? じゃあ、何か話でもしますか?」


 不思議にそう言うと、ウィズは布団の中で体の向きを変えた。仰向けになっていた状態よりも、息が近くに聞こえる。おそらく、俺の方を向いたのだ。


 俺の背中に、ウィズが額をくっつける。

 

「覚えていますか、ヒイロ様。私、つい数日前までは、救助なんてされないほうがいいって思っていたんですよ」


 ウィズの声は、まるで大切な誰かの心を振りかえらせだっているように必死だった。彼女に背中を向けて寝ている俺は、小さく裾を掴まれるまで、彼女の声色の変化に気づかなかった。


「覚えてるさ。だって、それを聞いてすごく悲しい気持ちになったからな」

「すみません。ヒイロ様に命を救われて、今なら、この人なら……って甘えてしまったんです」


 ウィズがきまり悪そうに謝る。彼女はそう言うが、事情を聞き出したのは俺の方だ。それに、彼女のつらい境遇は、1人で抱え込むにはあまりに辛すぎる。

 

「でも、今はそんなこと全然思いません。だって、服も着替えたし、明日のご飯も買ったし、何だか暖かいですもん」

「そうか。よかった」

「なにより、一度は諦めても、誰かに助けてもらった命ですから」

「……そうか」


 俺はなんとなくウィズの方を振り返った。といっても、仰向けになって、顔を彼女の方に向ける程度だ。さすがに、女の子と向かい合って寝るのは良心が咎めた。


「右目……」


 顔が見えると、ウィズは俺の右目に触れた。視力を失った右目には、ウィズを助けた時の傷がある。治療を受けてかなり目立たなくなったが、まぶたの上を走る傷跡は、初対面の相手に強い印象を与える程度には深く残っている。


「私、頑張ります。ヒイロ様に比べたらまだまだです。失敗もいっぱいすると思います。ご迷惑をかけるかもしれません。でも、諦めません」


 ウィズは俺の目を見ながらはっきりとそう言った。彼女が自身の成長を誓うことは喜ばしいことだ。しかし、そこには大きな向上心だけでなく、小さな罪悪感も含まれていた。俺には、それが痛ましく感じられて仕方がなかった。俺が右目を失ったのは、俺の判断のせいだというのに。

 

「……もうお休み、ウィズ。何も考えないほうが、深く眠れるから」

「……はい」


 俺はそう言って、静かに目を閉じてみせた。すると、しばらくたたないうちに、隣から小さな寝息が聞こえてくる。そっと目を開けてみると、ウィズが俺にくっついて眠っていた。


 彼女の寝顔は、とても穏やかだった。



 *



 どんっ!


 俺は、顔のすぐ隣に鈍器を振り下ろされたような音で目を覚ました。


「なっ……?!」


 驚いて飛び起きる暇もなく、次の攻撃が俺を襲う。追撃は俺の鎖骨のあたりにめり込み、俺は思わず悲鳴を上げてしまう。


 何かが俺を攻撃しているのか?

 馬鹿な。ここは俺の家だ。ダンジョンじゃないんだぞ?

 

 混乱しながら、ふと違和感に気づく。息が苦しい。うまく体が動かない。まるで全身を押さえつけられているかのようだ。もしかしたら、目を覚ます前に毒でも仕込まれたのかもしれない。


「(まさか、俺を襲っているのは……人間?!)」

 

 隣からはウィズの寝息が聞こえる。もしかして、彼女が支払いを滞納していることに腹を立てた冒険者が、俺から金を強奪しようとしているのだろうか。そうでもなければ、俺は自分が誰かに襲われる理由に心当たりがない。


「(せめて、ウィズだけでも守らないと……)」


 ウィズを起こすために声を上げようとすると、すかさず次の攻撃が振り下ろされた。ろくに相手の正体も見えない暗い部屋で、鈍器がオレの顔面を正確に狙う。


 ……俺は、攻撃を手でつかんだ!


「ウィズ、逃げろ! 俺が犯人の動きを止めているうちに、早く!」

「むにゃ……」

「ウィズっ!」


 俺が必死に叫ぶが、ウィズは気持ちよさそうに口をモクモグさせるだけで、ちっとも起きる気配がない。突き飛ばしてでも、彼女を起こすか。そう思ったが、やはり体かうまく動かない。


「くそっ……、武器を離せ……!」


 ならば、せめて敵を無力化しようと、俺は掴んだ鈍器を強く引っ張った。鈍器は変わった形状をしているらしい。柔らかい柄は真ん中で折れ曲がるように細工され、布で包まれている。先端の攻撃部分は、握りこぶしくらいの大きさの……。

 

「……クリームパン?」


 そんなわけない。

 ウィズの手だった。


「むにゃ……」

 

 暗闇に目が慣れてきた俺は、自分の体がどうなっているのか、改めて確認する。俺の上に何かが乗っている。裏返しになった寝間着で顔が完全に隠れているが、間違いなくウィズだ。


「むにゃ!」

「ヒイッ!」


 俺の上でウィズが大胆に寝返りを打つ。すると、彼女のかかとが大きく振り上げられ、俺の耳をかすめて枕に着弾した。あろうことか、俺が傷を負った右目のすぐ横だ。死角を狙った一撃に、俺は情けなく震え上がってしまう。


「ぐぅ〜……」

「いてててててて!」


 続けて、ウィズが連続で転がる。例えるならば、俺が生地で彼女が麺棒だ。何度も往復するところには悪意すら感じるが、どうやら彼女は本当に寝ているらしい。


「あぁ~、もぉ〜! どいてくれ〜!」


 それならばと、俺はベッドからの脱出を試みた。しかし、驚いたことに、どんなにもがいてもウィズの下から抜け出せないのだ。完全に脱力した彼女の体は、まるで液体のように俺の体に密着し、ホールドする。嘘だろ。洞窟では片手で持ち上げられたんだぞ。


「こんなことなら……イテッ! ……やっぱりソファで……うぐっ! ……寝ればよかった……げほっ!」


 翌朝、ツヤツヤのウィズがボロボロの俺を見て、不思議そうに首を傾げていた。俺は、野宿をした彼女が野盗に襲われなかった理由を、身を持って知ったのだった。

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