第4話
エラの家にやってきたのは、再び城の家臣たちと、彼らを引き連れた王子だった。エラが庭に出ると、王子は手に例のビニール靴を握りしめ、真剣な表情で立っていた。
「君だね。この靴を履ける人は。」
エラは黙って頷いた。彼女はすでに履いている片方の靴を指差しながら言う。
「はい。それ、私のです。だから、わざわざ持ってこなくても……」
「いや、これは運命だ。」
王子はエラの話を遮り、さらに靴を掲げた。
「この靴が導いた道。それは靴が靴であることを超えた旅路。そして、君がその旅路の終点だ。」
「靴って、そんなに哲学的な存在でしたっけ?」
エラの冷静なツッコミに、王子は笑顔で応えた。
「もちろんだよ。靴は履くだけじゃない。靴とは、未来を歩むための道標なんだ。」
家臣たちは後ろで小声で話し合っていた。
「このセリフ、台本がないと無理だよな。」
「いや、台本があっても理解できないよ……」
王子は一歩前に出ると、ビニール靴を大事そうに抱えながら言った。
「エラ、この靴を履ける君こそ、僕の運命の人だ。だから、僕と結婚してくれないか?」
その場が静まり返った。エラは呆れたように首を傾げる。
「結婚って……そんな簡単に決めるものですか?」
「簡単じゃないよ。でも、運命なんだ。」
王子の自信満々の言葉に、エラは深く息を吐いた。
「運命って言葉、便利すぎません? なんか、何でも運命で片付けようとしてる気がするんですけど。」
「いや、運命は運命なんだ。それ以上でも以下でもない。」
エラは目を閉じて頭を整理しようとしたが、王子のポエミー構文が頭の中でこだました。
「靴が靴で、運命が運命で……もう、いいです。」
彼女は手を挙げて話を止めた。
「わかりました。ただ、条件があります。」
王子は目を輝かせて言った。
「条件? 何でも聞くよ。君が運命なら、それも運命の一部だ。」
「じゃあ、まず……私に自由をください。」
「自由? それは、自由が自由であるということだね。」
「……何言ってるか分からないですけど、まあ、そうです。」
エラは続けた。
「私、あなたと結婚しても、この家族を助ける気はありません。それに、毎日忙しく付き合う気もないです。」
王子は頷いた。「もちろんだよ。僕も君の自由を大切にするよ。それが愛だ。」
「あと……」エラはちらりと継母と義姉たちを見やった。
「この家族とは、なるべく距離を置きたいんですけど。」
「いいとも。運命の距離感を大切にしよう。」
「運命の距離感って何ですか?」
継母はその会話を聞いて慌てて口を挟んだ。
「エラ! あなたが王子と結婚するなら、この家族全員で王室の一員になれるわ!」
「いや、なりません。」エラはきっぱりと答えた。
「でも、エラ、私たちの家族力をアピールすれば、王子の評判も上がるはずよ!」
「家族力って何ですか。」
義姉Aも割り込んできた。
「エラ、私たちを紹介してくれたら、王子ともっと話せる機会が増えるかも!」
義姉Bは鏡を持ちながら言った。
「そうよ! 私たちの美しさを王子に伝えるいいチャンスだわ!」
エラは冷たく答えた。
「その必要はないと思います。王子が喜ぶとも思えませんし。」
「いや、僕はいいよ。家族も運命の一部だから。」
「黙っててもらっていいですか?」
「じゃあ、決まりですね。」エラはそう言い、王子の手を軽く取った。
「一応、結婚はOKにします。でも、私の条件は全部守ってください。」
「もちろんだよ。運命を守るのも、僕の運命だからね。」
エラは心の中で、「またそのセリフ……」と呟きながら頷いた。
家臣たちはホッとした表情で拍手を始めた。継母と義姉たちは不満そうにしていたが、どうにもできなかった。こうして、エラの結婚は決まったのだが……。
エラは城に向かう馬車の中で思った。
「これ、本当に大丈夫なのかな……?」
一方、王子は隣で微笑んでいた。
「君との結婚。それは結婚であり、結婚そのものなんだ。」
エラの心の中には、新たな不安が芽生え始めていた――。