第2話
「本当にこれで大丈夫かな……?」
彼女の不安を乗せたまま、リヤカーは夜の道を静かに進んでいった。
城内の大広間は、豪華なシャンデリアの下で輝いていた。壁には華やかな装飾が施され、床には磨き上げられた大理石が広がる。舞踏会に集まった貴族たちは、全員が期待に胸を膨らませていた――何しろ、この場で次の妃が決まるのだから。
「皆さん、今日は集まってくれてありがとう。」
王子が壇上に立つと、会場が静まり返った。
「出会いとは、ただの出会いじゃない。僕らがここで出会うということは、出会いが運命になるってことなんだ。」
「は?」会場全体がざわつく。
王子はまったく気にせず、さらに続けた。
「この舞踏会は、舞踏会であると同時に、舞踏会じゃない舞踏会でもある。それが意味するところは――」
「王子、続けますか?」近くにいた家臣がそっと耳打ちした。
「そうだね、続けよう。」王子は満面の笑みでうなずいた。
エラは会場の隅からその様子を眺めていた。
「……あの人、本当に大丈夫?」
巨大なネズミに引かれてリヤカーでやってきた時点で自分の方が奇抜だと思っていたが、王子のポエミー構文に対する衝撃がそれを凌駕していた。
そんな中、義姉Aが王子に向かって颯爽と歩み寄る。
「王子様! 初めまして! 私の名前は――」
「その話は後で聞くとして、今は君がどう踊るかを見たいんだ。」
「わかりました! 私、得意なステップがあるんです!」
義姉Aが突然舞台の中央でダンスを始めたが、それはどう見てもフォークダンスのようなぎこちない動きだった。王子は目を丸くしながら見ていたが、やがて小さく拍手をした。
「情熱的だね。まるで出会いそのものみたいだ。」
「ありがとうございます!」義姉Aは感激してさらに踊り続けるが、周囲の人々は一歩ずつ後退していった。
一方、義姉Bは鏡を手に持ちながら、自分の顔を確認していた。
「王子様、私を見て!」
義姉Bが振り返り、華麗にポーズを決める。しかし、その瞬間、ドレスの裾が引っかかり、思い切り後ろに倒れ込んだ。会場全体が息を飲む。
「でも大丈夫……転んでも私は美しい。」
彼女はそう言って、片手を高く上げたまま起き上がると、再び鏡を覗き込んだ。
エラはひっそりと会場の片隅に佇んでいた。彼女は義姉たちの暴走を見ながら、「これ、私が出る幕ないよね」と思っていた。しかし、王子の視線が彼女に向けられると、状況が変わった。
「君……普通だね。」
突然の言葉に、エラは目を見開いた。
「えっと、それって褒めてます?」
「もちろん! 普通って素晴らしいんだ。普通であることが、普通じゃない世界で輝く証だから。」
「……何を言ってるんですか?」
エラが眉をひそめて問い返すと、王子は朗らかに笑った。
「普通とは、普通そのものなんだよ。そして、普通だからこそ、僕にとっての運命なんだ。」
「……分かったような、分からないような。」
王子が手を差し出すと、エラは半ば呆れながらその手を取った。二人がダンスを始めると、会場が静まり返った。エラのドレスの奇抜さと、ビニール靴のチープさが一層際立ち、周囲の注目を集める。
「靴が滑る……!」
エラが小声で漏らすと、王子が嬉しそうに言った。
「滑る靴もまた、運命の一部だ。」
「……もうそれ言いたいだけですよね。」
ダンスの最中、王子は次々とポエミー構文を炸裂させた。
「君の動き、それは動きであり、止まらない動きでもある。」
「……それ、ただの回転ですよ。」
エラが時計を見上げると、針が12時を指そうとしていた。
「あ、そろそろ帰らないと。」
「どうして?」王子が目を丸くした。
「これ以上ここにいると、あなたの構文に感染しそうなんで。」
エラは冗談めかして言うと、ダンスを切り上げてその場を離れた。
出口に向かう途中、ビニール靴が片方脱げる。しかし、エラは振り返らず、そのまま会場を後にした。
「……まぁ、いいか。」
舞踏会が終わった後、王子は手にした靴を見つめながらつぶやいた。
「靴とは、ただの靴ではない。この靴が導くのは運命の道標なんだ。」
家臣たちは全員、顔を見合わせて頭を抱えた。