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双青の都  作者: 吾瑠多萬
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本来の姿


ある晩、ラズワードは珍しく姫王の寝所に詰めていた。ここからの脱出計画を二人で考えていたのだ。方針が完全に固まるまでは外に漏らせない。執務室ですら無理だったからだ


「船は以前の船を使うにしても数が足りないわね」

「数隻は新造する必要があります」

二人は必要なものをリストに挙げながら、どのくらいの時間がかかるか計算していた

「やっぱり数年は必要ね」

「そんな時間はありません。長くて一年が限度でしょう。それに」

ラズワードがその先を躊躇すると姫王が後を引き取る

「裏切り者がいるから、でしょ。私も気づいているわ」


神殿の中でさえ、十名以上いるとラズワードは考えていた。内部の情報が漏れていることは以前からわかっていたことだが、ここ数年で更に悪化していたからだ

「計画を発表した途端に攻めてくるわね。敵の様子はどうなの?」

ラズワードは偵察してきた状況を話した。はっきり言って、どこもかしこも敵だらけだ。その数は日増しに増えている。敵は何故か民族大移動のように南へと移動してきている。仮に戦闘するものだけを排除しても、大挙して押し寄せる民族を排除することはできなかった


「東と西、更に南からもここへ集結するかのように移動してきています」

「まるでここが終着点だと言わんばかりね。理由は?」

ラズワードは肩をすくめる

「姫王様がいらっしゃるから?」

「ばか言わないで。貴方が目当てでは?」

二人は笑った。だがあながち間違いではなかった。確かに人外を作り出したものは、二人の命を喰らうよう命令していた。

だが同時にかつて人だった人外の者たちは、人の頂点に立つこの二人に自覚無しに助けを求めてもいたのだ。どれ程隠しても、それは無意識には伝わってしまうのだった


姫王はため息をつくと持っていたペンを放り出し、顔を手で覆う

「もう嫌。なんで私がこんなこと考えなくちゃいけないの?一体いつまで続くの?」

呟くように言葉が漏れると、小さな嗚咽が静寂の中で響いた。ラズワードはどうしたものかとその様子を眺めていた

「私がいつも笑っているからって、何も感じていない訳では無いわ。ずっと独りで、ずっと怯えて、不安で居るの。もう耐えられないわ」


彼女は生まれてすぐに両親を亡くし、姫王となって民を導いてきた。以前の地から多くの人命を失いがらも脱出し、この地にたどり着いた。それから比較的平穏な日々が続き姫王も民も穏やかに過ごすことは出来たのだが、それも風前のともしびだ。ラズワードは彼女の人生を思うと、かける言葉が見つからなかった


「抱きしめて。私を強く抱きしめて、ラズ」

小さい声だが、はっきりと聞こえた


「そんな事したら俺はもう自分を止められない、ヴェル」

二人は幼馴染だった。ラズワードの父が先王に仕える隊長であり騎士だったこともあり、二人は子供の頃一緒に遊んだ仲だ。

姫王は覆った手を外し、ラズワードの顔を見る。涙に濡れた顔はあの頃のように幼く見える

「そうやっていつも貴方は逃げる。どうして私を受け入れてくれないの?私が結婚しない理由(わけ)を知っているでしょ。貴方、私を生涯守るって誓ったじゃない」

「守ってるよ。今だって側にいるだろ?」


ラズワードは彼女の肩に手を置くと言い聞かせるように言った。彼女の肌の温度が掌に伝わり、思わず手をうなじへと滑らせる

「抱きしめて。私を抱きしめてって言っている」

ラズワードは彼女の顔に、幼い頃の巣から落ちた雛鳥を木の上に戻すようラズワードに懇願したヴェルが重なって見えた

「仰せの通りに…」

ラズワードは彼女を強く抱きしめ、接吻した

「君には勝てないよ」

ヴェルの涙で潤んだ瞳の奥に喜びが輝いた


二人はその夜結ばれた



まだ明けぬうちに、ラズワードは目を開けた。隣で眠る彼女の波打つ海のような髪に触れると、その一房を持って口付けした

何としてもこの愛しい人を、この国の人々を、守りたかった。彼女を守る為にこそ、夫とならずに隊長で居るのだ。己のすべき事をせねばならない

ラズワードはそっと起き上がると身仕度を整え、音を立てぬよう出て行った


翌朝、ベッドの上でヴェルが目を覚ますと隣には誰もいなかった。だが昨夜は良く眠れた。彼と結ばれ心が軽くなったヴェルは姫王に戻るとお付きの女官を呼んだ

「お着替えでございますか」

「ええ、お願い」

姫王は起き上がると、女官が着替えを手伝う

「本当に良うございました。これで老婆も安心して大元に帰れます」


なぜかむせび泣いている女官に笑顔で姫王は答えた

「まだ死なないでよ。子供の世話も頼むのだから」

「そうでございましたね。まだまだ現役でやらせて頂きます」

二人は笑うと着替えて寝室を後にした

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