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双青の都  作者: 吾瑠多萬
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新兵と悪戯(前半)


それから暫くしたある日、例によって便所掃除に勤しむ隊長の姿があった。ここは神殿の外れにある新兵専用の宿舎だ。明日から新採用された新兵がやってくるので、これ幸いとばかり掃除をしている


「いやーいいね。思いっきり掃除ができる清々しさよ。邪魔が入らんで良いわー」

神殿ではまた隊長がいなくなったと騒ぎになっていたのだが、副官にここの掃除をやらせてくれと密かに頼んでおいたおかげか、いつもよりも少しだけ時間が取れた


「あのーすいません。ここは新兵用の宿舎でありますか」

隊長が掃除を満喫し、さて戻ろうかと外に出たところで一人の若者から声を掛けられた

「ああそうだ。ここだよ」

「ありがとうございます。わだしは今日からここにお世話になるラドンと申します」

かなり大きな身の丈で横幅もある。少し言葉に訛りらしきものがあるが、それが彼の温厚さを醸し出しているようだった

「そうか。俺はここで便所掃除担当のラズワードだ。よろしくな」

ラドンは何が嬉しいのか人懐っこい笑顔で応えると頭を下げた


翌日から訓練が始まった。厳しい訓練だったが、さすがに選抜されてここへ送り込まれただけはあり、皆必死についていく。だが数日が経つと己の限界が見え始め、やがて落伍者出てくる。それでも耐えているものがいるが、愚痴くらいは言いたくいなるものだ


「わだしもう駄目です。ついていけません」


すっかり気落ちしたラドンは下を向いて座っていた。隣では煙草をうまそうに吸っている便所掃除担当のラズワードの姿があった

「そう気を落とすなよ。走りについていけなかっただけだろ?」

「走りは兵士の基本だ。できない奴は帰れ、って軍曹に言われました」

「ほー、あいつがね。知ってるか?あいつ、初日に兵舎から脱走したんだぜ。走りについていけません、とか言ってさ」

「本当?」

「ああ、本当だ。俺が捕まえたからな。でも今じゃ立派な鬼軍曹だ。皆そんなもんだよ。だから気を落とすな。走れないからと言って仕事ができない訳じゃない」


ラドンはラズワードを見つめていたがやがて嬉しそうに笑った

「わだしも軍曹みたいになれるかな」

「なれるなれる、簡単さ。お前が死にたくないと思うならな。軍曹はお前達に死んで欲しくないと本気で思っているから走らせる。決してお前が憎いからじゃない。それだけはわかってくれ。死ぬなよ、絶対に」


ラズワードはラドンの肩に手をかけると優しくポンポンと2回叩いた

「さて、俺は戻る。お前も早く休めよ」

「おやすみだ、ランズワードさん」

「ラズワードだよ。ああ、おやすみ」


ラドンはとにかく必死に食らいついた。鬼軍曹は相変わらずラドンを罵っていたが、一緒に走っているところを見るとそれは愛の鞭とでも言うところか。隣で罵詈雑言を言われながらも走り続けたラドンは、ラズワードの言葉を思い返していた。彼は素直だったので絶対に死なないぞと何度も呟きながら走っていたのだ


「よし止まれ、少し休むぞ」

正規の訓練はとっくに終わっており、居残りで走らされていたのだ。休みと言われて地面に体を投げ出すように横たわったラドンは大きく深呼吸しながら俺は死なないぞ、と独り言を言っていた。鬼軍曹はこいつは一体何を言っているのかと前から疑問に思っていたので聞いてみることにした


「ラドン、お前走りながら何を言っている」

ラドンはまだ呼吸が整っていなかったが、やがて答えた

「わだしは死なない、であリます。軍曹殿」

「ほう、誰かに教えて貰ったのか」

「はい、ラズワードさんであります」

軍曹は顔色が変わる。まさか隊長殿なのか?


「そのラズワードさんは何処にいる?」

「兵舎の便所掃除担当の方であります」

間違いない、隊長殿だ。便所掃除担当なんて言う人は彼の方以外にいない

「そうか、それなら良い」


軍曹はそれ以上言わなかった。脱走した日、優しい笑顔で死ぬなよと言われたことを思い出した。彼もまたその言葉を胸にここまで来たのだ。何処までも隊長殿は隊長殿だと軍曹は改めて思った


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