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双青の都  作者: 吾瑠多萬
16/19

芽吹き


「ラズワード!」

気が付くと彼は姫王の腕の中に帰還していた。頭がぼんやりするのは、自分で飛んだ時と感覚が違う所為だろうと思った

「なぜ、戻した。まだ彼らは戦っている」

ラズワードは意識が朦朧とする中で姫王に抗議した

「あなたは希望だから。この責任は王である私が取ります。あなたではありません」

ラズワードは尚も言いたげだったがそのまま気を失い、姫王の胸の中に倒れ込んだ

姫王は彼の懐から転移の細工を施した煙草の箱を回収すると放り上げる。すると箱は宙で燃えて跡形も無く消えた



彼は笑い声を聞いた。弦楽器の奏でる音を聴いた。懐かしいと思ったが、それが誰だか分からなかった。また会おうと約束すると目が覚めた。窓から射し込む明るい陽の光が眩しくて、目を細めた。彼はまだ夢の中にいるような気持ちで何も考えられなかった。


「目を覚まされました」

遠くで誰かの声が聞こえてきた。すると誰かが走ってくる足音がして、急に視界一杯に美しい顔が覗いた

「良かった、目を覚ましたのね。私が誰だかわかる?ラズ」

そう言えば自分はそんな名前だったかと思い出す。そして目に入った顔はヴェルの顔だった

「ヴェルだろ」

そう言いたかったのだが、声が上手く出ない。擦れて変な風に聞こえる

「そうよ、ヴェルよ。良かった」

彼女の顔が急に視界からなくなったと思ったら、啜り泣く声が聞こえる。そんなに泣かないでくれと思って手を動かそうと思うが手が動かない

「霊力がないからね、体が動かないのも当然よ。少しずつ霊力を戻して。今、水と食べ物を持って来るわ」


それから隊長は少しずつ霊力が回復していった。だが、彼は何も思い出せなかった。姫王は周囲の者に彼を隊長と呼ぶことを禁じていた。その言葉が引き金になって彼らの事を思い出すだろうと思ったからだ。周囲の者はラズワードの事をラズ様と呼んでいた


ラズワードの霊力は完全に枯渇していた。本来は命すら危ういことなのだが、彼の場合は特別で命は取り留めた。だが、その回復には相当の時間が必要であり、身体や脳は危機を感じて自らロックしている状態だった。そのため大部分の記憶が一時的に失われていたのだった。霊力が徐々に回復してくると、身体も脳も部分的にロックを解放していく


それから暫くして、ラズワードはやっとベットで起き上がれるようになった。記憶も徐々に戻ってきているが、身体はあまり動かすことができなかた。食事はいつもヴェルが食べさせていたし、少し起きていると直ぐに眠くなった。それでも徐々に記憶と身体は回復していた


また時が経つと、ベッドを出て外を少し歩き回ることが出来るようになった。食事も自分で摂れるようになり、ヴェルは少し残念な顔をしていたが、それでも回復していることを祝福してくれた


ある時、ラズワードが甲板で海を見ていると、南の方角に何か重要な事があったように思ったが、思い出せなかった

甲板では非番の水兵が日陰で寝ていたり、ゲームをしたりしている。その内、一人の水兵が弦楽器を持ち出し、曲を弾き始めた。陽気な音楽が流れ始め、周囲の水兵がそれに合わせて歌い出す。ラズワードはその様子を眺めているうちに、熊のように大柄の男が弦楽器を弾いている様がその風景に重なった

「副隊長?」

そうだ、思い出した。俺は島の防衛戦中にここへ転移させられたのだ。ラズワードはいてもたってもいられず、まだ上手く動かない身体を引きずるようにして、ヴェルを探し始めた


ヴェルは執務室に居たが、顔つきが突然に変わったラズワードの顔を見て、彼が記憶を取り戻してしまったと悟った

「思い出したのね」


ラズワードは頷くとヴェルにすがるように懇願した

「行かせてくれ、ヴェル」

ヴェルは哀しげな表情で目を伏せた

「貴方は私が貴方の頼みを断れないとわかってそれを言うのね。命擦り減らして帰ったと言うのに」

ラズワードは黙り込んで、ヴェルの目から流れる涙を見詰める

「彼らが自らの命を差し出し、貴方を守ったことを無下にしないで」

ラズワードは何も言い返せなかった。ヴェルはそうは言っても彼が納得しない事はわかっていた

「…だけど、皆俺の部下なんだ」

「霊力が完全に戻ったら条件付きで許すわ。だから今は回復する事だけ考えて」

「条件?」

「その時になったら言うわね」

ラズワードは焦ったが、それ以上言っても無駄だ。確かに完全に回復しない状態で行っても何も出来ないことはわかっていた。船は刻一刻と南の島から離れている。距離が長いほど飛ぶのに霊力は必要だ。完全な状態ならこれくらいの距離に影響はない。彼は霊力を戻すため、じっとする努力をした



数週間が過ぎ、やっと隊長の霊力が完全な状態になった。隊長が戻ってきてから実に3ケ月の時間を要した

「どうしても行きたいのね」

「どうしても行きたい」

姫王はため息をついた。ラズワードの顔を見れば諦めさせることは不可能だとわかっていた

「なら条件を教えましょう。まず一つ目」

隊長は一つじゃないの?と思ったが顔に出さなかった


「必ず七カ月以内に帰還すること。二つ目、敵と交戦しないこと。三つ目、出来れば彼らの遺品を持ち帰ること。これを貴方の名の元に誓えるなら、行くことを許します。これは王としての命令です」

ラズワードは困った。だがこれは呑むしかない。

「わかりました。姫王様」

隊長は片膝をついて誓いを立てた。

「行く事を許可します」


隊長が立ち上がると姫王は続けて加えた

「もし、この誓いを破ったら貴方が一生私の側から離れる事を禁じます。いいですね?ラズワード」

身体が硬直して姫王に視線を合わせられない。

「いいですね?ラズワード。私の目を見てはいと言いなさい」

ラズワードは姫王の目を見た。深い眼差しが決して真実を見逃さないよう彼を射ていた

「はい」

「よろしい」

これはやばい。かなりやばい。だがもう遅い。彼は決心すると準備の為にその場を去った


準備ができると、ラズワードは甲板に出た

「行くのね」

「行ってくるよ」

二人は抱き合い接吻を交わすと、ラズワードはその場から消えた


姫王は彼がいなくなった場所をじっと見ていた。姫王は風から島の様子を既に聴いていた。守備隊が全滅したことを知っていた

それに風から聴かなくてもわかっている。命ある者がその命を失う時に、姫王もまた身体の一部が失われる様な感覚を味わうのだから。島の周囲には敵がまだ沢山駐屯している。彼があれを見て殲滅させないことが出来るだろうか。ラズワードが復讐や仕返しに走り、(ことわり)が彼らに跳ね返る事を遅らせ無い事を祈った


姫王はお腹にそっと手を当てた。なぜ期限が七ヶ月だと言ったのか意味がわかっているのかしら。あなたのお父様の放蕩ぶりには困ったものね、と


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