脱兎の如く
翌朝、空と海は相も変わらず青かった。雲ものんびりプカプカしている。朝早くから訓練が始まり、住民は船へと移動している。副隊長は隊長を探す為に、出没しそうな箇所を探していた
「あーいたいた、探しましたよ隊長。そこで何を?」
やっと見つけた隊長は南側の突端にある見張り台の下で、地面を這うような姿勢で何かを探している様子だった
「おー、いや何、前にここで威力偵察受けたって言ってただろう?」
隊長は立ち上がると腰に手を当ててトントンやると、副隊長の方を向いた
「どんな武器を使ったのかと思ってさ」
隊長は副隊長の方へ行くと、見張り台の上に上がった
「お前、これ何だかわかるか?」
隊長が手をさしだすと、そこには小粒で半透明の小石がいくつか載っていた。副隊長はそれを一つ手で摘むと、陽にかざす。どうやら白濁した水晶のように見える
「水晶ですか?濁っていますが」
「お前でもそう思うのか」
隊長も一つ取ると陽にかざす。同じように濁った水晶のようだが、少し青みがかっていた
「これは水晶じゃなくて、結晶だよ。命の」
「命、ですか?」
土地のあちこちで掘り出される鉱石の殆どはかつて命だった。使い尽くされ棄てられたエネルギーの電池。元はもちろん、こんな姿、こんな使われ方をする為に生み出された訳ではない
副隊長は思わず隊長の顔を見た。隊長はまだ小石を陽にかざしていたが、手を下ろすと副隊長の顔を見た
「ああ、命の結晶だ。遥か昔に古代文明が作り出した命の電池だな。かなり小さいが。これにとある力を与えると爆発する」
隊長はその小石に何かを込めると、石は急に明るく光出した。その石を空に向かって投げると、空中で爆発が起こり、爆散した
「結構な威力がありますね」
「命が持つ体験のエネルギーだからな。これは人生そのものだ。そこで得られたものを命が蓄え、人生を歩めるように物質を具現化する力だからな。当たり前だよ。奴ら、どうやら遺跡を掘り返したようだな」
副隊長は隊長の顔をまじまじと見た。この人は一体何を知っているのだろうかと
「まあ、あんまり気にすんな。それがわかったところで、どうにかなる訳じゃなし」
副隊長はこの底知れぬ隊長の深さを改めて感じていた。どう表現して良いのかわからない。いっそ神だと言って貰った方が納得できると思った
「ところで俺を呼びにきたんじゃないのか?」
忘れていたと言わんばかりに、副隊長は報告する
「ある船の船底に若者二人が侵入していたので捕らえました。大分腹空かしてましたが。船底に穴を開けようとしていたようで失敗したみたいです。現在現場で拘束中ですが、どうしますか?」
「ヤベェ、忘れてた。あいつら敵さんなんだよ。そのまま船に乗せてくれ。後で俺が頃合い見て回収するから」
「隊長が閉じ込めたんですか?」
「ああ、敵の情報は奴らから教えて貰った。敵さん、かなり焦っているらしくてな。一昨日までは2週間後の予定だったのを昨日急遽変更して明日の深夜にしたそうだ。その情報も彼奴ら二人しか知らんらしい」
「え、今夜ではないのですか?」
隊長は何かを思いついた時の悪い笑顔を見せた。副隊長は何かやらかすつもりなんだと観念した
「それで、何をするんです?」
「おびきだすんだよ」
隊長は楽しそうに笑った
訓練は順調だった。住民は指定された船に乗り、全員が揃うと船が港を離れていく。海には白い船体の船があちこちに浮び、島を時計回りに回るコースをとっていた。船のデッキでは子供達が走り回っており、訓練とは言え日常の延長のような様子があちらこちらの船で見られる。
島の近くのコースをとる船の上では、神殿の屋上にいる姫王を見つけた子供がいるようで、大きな声で姫王の名を叫びならが手を振っていた。姫王は神殿の屋上にある物見台から、それらの船が動いている様を見ていた。その顔には憂いがあるものの、子供達が手を振っているのを見つけると笑顔で手を振りかえしていた
「姫王様、そろそろ船へご移動ください」
副官が声をかけると、姫王の後ろに控えていた側付きの女官に向かって頷く
「わかりました」
姫王は物見台を降りると、屋上の階段へと進む
「ラズワードはどこに?」
「副隊長と一緒だと思います。姫王様が乗船された後、演習が行われる予定ですので、その打ち合わせだと思いますが」
「そう、ありがとう」
姫王は昨夜もらった首元の宝石を握りながら、あまり無茶しないでと心の中で呟いた
姫王が乗る御座船が港を出ると、島を一周して待機していた船たちが、御座船を中心にして一路北へと進路をとった。まるで鳥が羽ばたくような陣形は、北を守備する守備隊の見張り台からよく見えた。隊長と副隊長はその姿が地平線の彼方へ見えなくなるまで見送る