第6話
部下に内容を説明し、先に松本駅に向かわせた。
『容疑者にされていると思った重要参考人が線路に身を投げる』という最悪の展開は免れることが出来らしい。
座り込んでずっと泣いていたとのこと。
「名前は朝日 まりあ。34歳。家政婦。事件時刻には友人といるところを監視カメラでも確認出来る。本人は事情聴取に協力的だが事件に関しては「なにも知らない」の一点張り」
「……青葉さん? なんでボク等は松本駅西口で事情聴取されている容疑者の背中を車内で眺めているだけなんですか」
「さっきの電話でよぉ~く分かった。碧依と事件関係者を合わせるのは愚行。適当に安楽椅子探偵を気取っていればいいさ。情報収集は大人の女性である私が請け負ってあげるからさ」
「ご遺体も資料でしか見せてもらってないんですが。これでは重要な証拠を見逃してしまいます」
そんなこと言われたって、未成年に生死体を見せるのは教育上悪い。
兄貴から碧依を任されている以上、保護者としてそのあたりはしっかりしとかなくっちゃあならない。
「わざわざ売れない小説家を雇って事件資料を速攻で書き上げてもらったんだ。もっと感謝したまえ。それに証拠を見逃す危険性ならないよ。そいつ元監察医だから。情報は確か」
「元監察医で筆が凄まじく早くて売れない小説家とは、随分と無理のある設定ですね」
「業務的文章は上等なもんなんだけど、創作作品になると性癖むき出しにするタイプの作家だよ」
「ああ、いますよね。普通に可愛い女の子をヒロインにしておけばいいのに変わり種をメインヒロインにしちゃう作品とか」
「お前が言うか」
心の中でも強く唱える、〝トラップヒロインなお前が言うか〟。
いや、もし私たちの活躍が物語になるのなら主役は美人警部である松本 青葉に違いない。
この甥っ娘はせいぜい主役の邪魔ばかりするおふざけ担当だ。
『被害者との関係は?』
『雇い主です。家の掃除と奥様の身の回りのお世話をしていました。……すいません、信じられなくって』
Bluetoothイヤホンから流れているのは事情聴取の様子。
繋がっているのは後から参戦した赤石クンのスマホ。
電話口で無言だったのは間違いなく碧依のせいだ。
洗脳的な展開で怪しいと思わずにいられなかったが、まりあさんの声に嘘はなかった。
ジンパチさんの死を本当に悲しんでいるし、戸惑いが見える。
「くっつくな、うっとうしい」
耳を合わせてくる碧依を離す。
不服そうにしているが、心は痛まない。
「赤石クン、すまないけど彼女の両手を確認してもらえるだろうか。痣などがあったら教えて欲しい」
『手、ですか。わかりました。いいですか? ……綺麗なものですよ』
「ありがと。……彼女は少なくとも犯人じゃない。被害者の首には細い糸のようなもので強く締め付けた跡が残っていた。犯人の手にはその形跡が残るはずだ」
「実行犯でないことくらいわかってます。だけど犯人の手に絞殺の痣が残るという推理はいただけませんね。被害者の首に他人の皮脂などはついていましたか? 信憑性が高いと言っていた資料を見る限りありませんでしたよね。なら犯人は手袋をつけていた可能性が高い」
「うるさいな」
警察が探偵の真似事をしたらこれだ。
碧依のドヤ顔がむかつくから二本の指を鼻の穴に突っ込む。
「ふもふも、ほひはわへんふぁなかっふぁひへんふぇふぁふはいふぃへはらふひふぉひめふぇふぃふぁす」
「相当の恨みがなければ説明がつかないな。だがジンパチさんには前科はない、近所からの評価も悪くない。ご隠居の老人を恨んでいる人物なんているわけ。……だから家政婦を疑っているわけか」
鼻から指を抜き、ハンカチで手を拭く。
「暴力を振るわれた? いや、家政婦をやめればいい。家族じゃないんだから相当なことがない限り事態が悪化する前に離れてしまえばいいはずです」
「肉体関係を持ったとか?」
「被害者は80代のおじいちゃんですよ」
「男はいくつになってもケダモノなんだよ。それに枯れ専という変わり者が世界にはいる。これだから大人の世界を知らん子供は」
「枯れ専にしては事情聴取してる方におっとりしているように思えますが?」
「は? 許せんな」
「新人刑事じゃなくって先にいた婦警の方に」
「あー……なるほど」