第1話
『本日の早朝、松本市アパートに住んでいた20代女性ゆりかさんが自室で遺体として発見されました。犯人は同アパートに住んでいた30代男性フジタ マサヨシ被告。フジタ被告が『被害者女性が他の男を部屋に連れ込んでいたから、腹が立って犯行に及んだ』と自供していることから動機は痴情のもつれと思われます。この事件を解決したのは女子高生探偵らしく──『名探偵誕生か!』とSNSなどで話題になっております』
テレビに映る女性アナウンサーが興奮気味に報道する。
事件そっちのけで突如として現れた女子高生探偵に話題が振られる。
確かに漫画や小説のような話ではある。
その正体やいかに。
「碧依の話してるよ。もう有名人だ」
「えへへ、ファンネーム決めておいたほうがいいですかね」
「VTuberじゃないんだから。──それよか、なに食べてるわけ?」
自宅、というより祖父の別荘だった安曇野市の家。
帰って早々食事を作り始めたかと思いきや、出来上がったのは謎の液体だった。
「んー。バニラアイスと生卵を混ぜて醤油をかけました。3時のおやつは基本これです。叔母さんの分も作りましたよ」
「いらん。栄養的な物食え。あと青葉さんな」
「これがボクの最適解なので」
美味しいのか、これ。
興味本位で一口食べてみるが意外に行ける。
アイスに醤油とも思ったが、試してみるものだ。
しかし醤油の味がなかなかに強い。
塩分過多が怖い。
20代後半から食べ物に体調が左右されやすくなったから、毎日食っていたら死ぬ。
「どうやって事件を解決した?」
赤石クンの情報だけじゃ犯人の特定方法は分からなかった。
「簡単ですよ。彼だけがアパートの部屋から出てこようとしなかった。他の部屋の住人は野次馬として顔を確認出来ました」
「それだけ?」
「まあ、取っ掛かりとしては十分ではないですか」
「事件は早朝、寝ていた可能性だって」
「パトカーのサイレン音とアパートの周りに人だかりが出来ているんですから寝ていた可能性は低いです。もし住居の前でサイレン音がしたら普通は出て確認しませんか? 窓越しに顔を出すくらいはするはずです。引きこもるのはなにが起こっているか知っているからかと」
「たかが引きこもってただけで、犯人というには」
「被害者のスマホが盗まれていたんです」
「だから?」
「スマホが証拠品になるから取っていったと考えるなら痴情のもつれと推測されます。デートの写真とか。年がそれほど離れていない異性の住人はフジタ被告くらい。まあ、これは被害者が異性愛者だった場合に限られるので推測の域を越えませんでした」
「推理にジェンダーが含まれる時代か。……スマホは高価な代物だ。窃盗されたとも考えられる」
「被害者アパートにはインターホンと入り口にはのぞき穴、しかもチェーンロックがありますから、部屋に招くのなら顔見知りでしょう」
確かにこれが推理系のテーブルゲームなら納得は出来る、かもしれない。
「どれも信憑性に欠ける。疑わしきは罰せず。そんなことでは犯人は自白しない」
「ですので刑事さんたちに協力してもらって皆アパート裏に集まってもらいました」
「それは赤石クンから聞いたよ。すぐに解決編に突入したって」
「その前に留守になったフジタ被告の部屋を漁りました」
鍵がかかっていたはずだ。
と喉まで出かかったが聞いてはいけないような気がしてやめた。
探偵は住居侵入罪を知らない生き物なのだ。
インチキ霊能者のホット・リーディングみたいもので、情報収集のためならどんな手も使ってくる。
「人がやましい物を隠すときは林の中か、ベッドの下。ありがたい事に今回は後者でした」
「事件現場から消えたスマホが見付ったか。だがそれでも逮捕までは程遠い。拾ったと言い逃れるかもしれない。押収したスマホのパスワードは被害者の誕生日だったらしいじゃないか。少しでも彼女を知っていればすぐ突破する。交際していた証拠になる写真はすでに消してしまってるだろうし」
「今回の事件の肝はそこです。被害者は犯人を捕らえるための証拠を残した。スマホの〝アクセスガイド〟って機能を知ってますか? ひとつのアプリしか操作出来ないようにロック出来るんですが、被害者は亡くなる寸前、アクセスガイドを起動させていた。よって写真の消去は免れました」
友人や第三者にスマホを貸した時に他のアプリやフォトアルバムを見られないようにロックするあれか。
私には隠すデータもスマホを見せる相手もいないため使ったことはないが。
「でもそのアクセスガイドを解除するのもパスワードが必要じゃ? また誕生日だったなら」
「実家で飼っていた猫が家族になった記念日でした。ボクがアクセスガイドを解除し、証拠写真を叩き付けてやったわけです。これにて事件は解決」
「なぜその記念日を知り得た」
「彼女の部屋のカレンダーに書いてありましたので」
不法侵入パート2。
家族でなければ手錠をかけているところである。