表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

小噺 赤/紫/緑

 松本駅前の居酒屋。

 勤務終わりの警察官ふたりはそこの暖簾(のれん)をくぐった。


 ひとりは眼鏡で七三分けの真面目そうな中年男性、緑川(みどりかわ) 亮平(りょうへい)

 階級は巡査部長。

 趣味はアニメ鑑賞。

 オタクであるから他人の趣味を笑わず、共感出来る人物である。


 もうひとりは警察官にしては若く、街を歩けば女性が振り返るほどの美形である赤石(あかいし) 真治(しんじ)

 キャリア組で東京県警に配属される予定であったが、彼の強い希望で松本警察署に勤務。

 階級は東京であったら警部補にもなれたが、要求を通した故に巡査(())。


 つまり赤石(あかいし)松本(まつもと) 青葉(あおば)警部が率いる刑事課に所属しているものの直属の上司は緑川(みどりかわ)である。


 緑川(みどりかわ)は居酒屋に入り周囲を見渡した。


「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」


「先に連れが来てるはずです。汚いマリモみたいな男なんですが」


「……えーと。マリモ」


緑川(みどりかわ)巡査部長。その説明でぴんと来ても店員さん、案内出来ないと思いますよ」


 居酒屋店員は苦笑い。

 しかし視線は一点を向いていた。

 それを察知し、緑川(みどりかわ)はそちらの方向に歩いて行く。


 赤石(あかいし)もそれに続いた、店員へ頭を下げてフォローする紳士ぶり。

 店員は男性だったがぽっと頬を赤らめた。


「おお、待ちわびてましたぞ。我が同士緑川(みどりかわ)氏。そしてそちらは新顔ですな。拙僧(せっそう)牛伏寺(ごふくじ) ムラサキ。〝男の娘(オトコノコ)〟に人生を捧げた迷える仔羊でござる」


 両目すら隠れる程のぼさぼさ髪に、くたびれたフード付きの服。

 確かに「汚いマリモ」という表現がしっくりとくる。


 牛伏寺(ごふくじ) ムラサキ。

 元監察医の売れない小説家。


「噂はかねがね。赤石(あかいし) 真治(しんじ)です」


「ほう。イケメンスマイル。男の娘(オトコノコ)との相手(カプ)はモブ男が一番萌えるでござるが、君ほどの人物なら託してもよいぞよいぞ」


「ええっと」


「やめとけムラサキ。赤石(こいつ)は警部大好きマンだ」


 そう言うと赤石(あかいし)は恥ずかしそうに緑川(みどりかわ)を睨みつける。

 上司ではあるがここは酒の席、無礼講である。

 緑川(みどりかわ)はメニュー表で顔を隠して「すまん」とひと言。


「ほうほう。(あね)さん狙いとは、性別関わらず敵は多いですな」


「い、いや異性の付き合いたいとかの好きではなく。──純粋な憧れです。警察官を目指したきっかけと言うか」


「そのくせ交通課だった犯人に警部が殴られたって聞いて取調べ室へ殴り込みに行こうとしたのはどこのどいつだ。落ち着かせるのに手を焼いた。飲みに誘ったのだってお前からじゃないか」


緑川(みどりかわ)巡査部長! 貴方は職務意外の場ではおしゃべりが過ぎます!!」


「あ、生ビールひとつと刺身盛り合わせ、馬刺し。赤石(あかいし)はどうする?」


「……ジンバックと山賊焼きを」


拙僧(せっそう)はこのうっすいウイスキーのおかわりを。つまみにイナゴの甘露煮を所望するでござるよ」


 注文を終えて、メニュー表を置く。


「まあ、階級上げないとろくに捜査も一緒に出来ないがな」


「はい、頑張ります。いつか緑川(みどりかわ)巡査部長より偉くなって変なこと言えないようにします」


「おーと、後が怖いですな。期待の新人なんでござろう彼」


「全力で昇進を阻止してやる」


 ふたりの間にバチバチっと、それをムラサキは苦笑いで眺める。

 程なくして、お酒とつまみが机に並ぶ。


「事件解決お疲れ様でござる。乾杯」


「乾杯! ……俺たちはなにも出来てないんですけどね」


「警部におんぶでだっこだ。それに──お前(ムラサキ)からの情報提供。実は事件の真相を知っていたんじゃないのか?」


「まさかぁ。小説家は筋書きを妄想するだけでござる。拙僧(せっそう)が分かっていることは男の娘(オトコノコ)は最強であることと、──あの可愛い探偵さんが現れたことで、これから楽しくなりそうってことだけですな」


碧依(あおい)ちゃんのこと気付いて──……」


 緑川(みどりかわ)はごくりと喉を鳴らした。

 冷や汗まで出てくる始末。


 ムラサキはイナゴの甘露煮を口に運び、嬉しそうに微笑む。

 それ見て警察官ふたりは強く思う。

 ──宇留鷲(うるわし) 碧依(あおい)をなんとしても牛伏寺(ごふくじ) ムラサキから守らなければ、と。




 ──酒が進み、赤石(あかいし)は潰れたふたりの介抱をすることになった。


ビバ(万歳)男の娘(オトコノコ)!」


 タクシーに放り込まれたムラサキの最後の言葉。

 緑川(みどりかわ)は無言で拳を高く上げ、それに答えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ