小噺 赤/紫/緑
松本駅前の居酒屋。
勤務終わりの警察官ふたりはそこの暖簾をくぐった。
ひとりは眼鏡で七三分けの真面目そうな中年男性、緑川 亮平。
階級は巡査部長。
趣味はアニメ鑑賞。
オタクであるから他人の趣味を笑わず、共感出来る人物である。
もうひとりは警察官にしては若く、街を歩けば女性が振り返るほどの美形である赤石 真治。
キャリア組で東京県警に配属される予定であったが、彼の強い希望で松本警察署に勤務。
階級は東京であったら警部補にもなれたが、要求を通した故に巡査(仮)。
つまり赤石は松本 青葉警部が率いる刑事課に所属しているものの直属の上司は緑川である。
緑川は居酒屋に入り周囲を見渡した。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
「先に連れが来てるはずです。汚いマリモみたいな男なんですが」
「……えーと。マリモ」
「緑川巡査部長。その説明でぴんと来ても店員さん、案内出来ないと思いますよ」
居酒屋店員は苦笑い。
しかし視線は一点を向いていた。
それを察知し、緑川はそちらの方向に歩いて行く。
赤石もそれに続いた、店員へ頭を下げてフォローする紳士ぶり。
店員は男性だったがぽっと頬を赤らめた。
「おお、待ちわびてましたぞ。我が同士緑川氏。そしてそちらは新顔ですな。拙僧は牛伏寺 ムラサキ。〝男の娘〟に人生を捧げた迷える仔羊でござる」
両目すら隠れる程のぼさぼさ髪に、くたびれたフード付きの服。
確かに「汚いマリモ」という表現がしっくりとくる。
牛伏寺 ムラサキ。
元監察医の売れない小説家。
「噂はかねがね。赤石 真治です」
「ほう。イケメンスマイル。男の娘との相手はモブ男が一番萌えるでござるが、君ほどの人物なら託してもよいぞよいぞ」
「ええっと」
「やめとけムラサキ。赤石は警部大好きマンだ」
そう言うと赤石は恥ずかしそうに緑川を睨みつける。
上司ではあるがここは酒の席、無礼講である。
緑川はメニュー表で顔を隠して「すまん」とひと言。
「ほうほう。姐さん狙いとは、性別関わらず敵は多いですな」
「い、いや異性の付き合いたいとかの好きではなく。──純粋な憧れです。警察官を目指したきっかけと言うか」
「そのくせ交通課だった犯人に警部が殴られたって聞いて取調べ室へ殴り込みに行こうとしたのはどこのどいつだ。落ち着かせるのに手を焼いた。飲みに誘ったのだってお前からじゃないか」
「緑川巡査部長! 貴方は職務意外の場ではおしゃべりが過ぎます!!」
「あ、生ビールひとつと刺身盛り合わせ、馬刺し。赤石はどうする?」
「……ジンバックと山賊焼きを」
「拙僧はこのうっすいウイスキーのおかわりを。つまみにイナゴの甘露煮を所望するでござるよ」
注文を終えて、メニュー表を置く。
「まあ、階級上げないとろくに捜査も一緒に出来ないがな」
「はい、頑張ります。いつか緑川巡査部長より偉くなって変なこと言えないようにします」
「おーと、後が怖いですな。期待の新人なんでござろう彼」
「全力で昇進を阻止してやる」
ふたりの間にバチバチっと、それをムラサキは苦笑いで眺める。
程なくして、お酒とつまみが机に並ぶ。
「事件解決お疲れ様でござる。乾杯」
「乾杯! ……俺たちはなにも出来てないんですけどね」
「警部におんぶでだっこだ。それに──お前からの情報提供。実は事件の真相を知っていたんじゃないのか?」
「まさかぁ。小説家は筋書きを妄想するだけでござる。拙僧が分かっていることは男の娘は最強であることと、──あの可愛い探偵さんが現れたことで、これから楽しくなりそうってことだけですな」
「碧依ちゃんのこと気付いて──……」
緑川はごくりと喉を鳴らした。
冷や汗まで出てくる始末。
ムラサキはイナゴの甘露煮を口に運び、嬉しそうに微笑む。
それ見て警察官ふたりは強く思う。
──宇留鷲 碧依をなんとしても牛伏寺 ムラサキから守らなければ、と。
──酒が進み、赤石は潰れたふたりの介抱をすることになった。
「ビバ男の娘!」
タクシーに放り込まれたムラサキの最後の言葉。
緑川は無言で拳を高く上げ、それに答えていた。




