第16話
──警察署、取り調べ室。
容疑者が交通課の警察官であることはすぐに情報が出回り、取り調べ室にあるマジックミラーの向こう側には松本警察署の署長であられる警視正や本部のお偉方が控えている。
冷静を保つのも楽ではない。
正直、手に汗びっしょりである。
「では、話を聞かせていただきますか?」
──ただでさえ緊迫している状況なのに、なぜ一緒に取り調べするのが探偵を自称する(疑似)女子高生なのか。
警部補や巡査部長であれば少しはリラックスして行えた。
「──……」
黙秘。
そりゃあ当然か。
容疑をかけられている理由だって7年前に交通事故があった場所に現れたからなんて曖昧な物だ。
この場に留められているのも『逃亡』に『上司への暴行』でしかないのだから。
でも疑問なのは芦永クンが「青葉さんだって俺をボコボコにしました」と反論してしまえばこの拘束に効力はなくなるのに口を閉ざしているということ。
黙秘を続けて弁護士を待っている必要すらないのだ。
「それにしても安いシナリオだな。兄貴なら「駄作だ」と原稿をシュレッダーにかけている。警察官が犯人だなんて使い古されているにもほどがあろう。犯人の車が特定出来なかったのだって交通課の警察官が犯人なら説明がついてしまう。ああ、やっすい」
これまた私も安い挑発をしてみる。
事件の傾向から愉快犯ではないことは分かっているが少しくらい感情を逆なでてやらないとだんまり時間が続くばかりだ。
「確かに、散々悪いことしてきた主人公が罪を償って死ぬかと思ったら慕ってくれていた妹が代わりに死んじゃう海外ドラマの最終回くらい冷める展開です」
「ん? おい。それって」
「……すみませんが、彼女の前ではなにも話しません」
彼女?
私や碧依ではない。
視線は後ろの方──調書をとっている女性警察官のほうに向けられている。
彼女もマジックミラーで姿は確認出来ないお偉方たちの威圧にやられてか手汗がすごくパソコンのキーをカタカタと鳴らしている。
私が知る限り容疑者芦永 メグルは紳士的な男だ。
彼女の緊張を察知して気を利かせたのだろう。
「緑川巡査部長を呼んで、変わってもらってくれ」
「は、はい! 失礼します!!」
救われた、と言わんばかりに勢いよく立ち上がり出ていく。
それから緑川巡査部長が小走りで入ってきて調書を記録するためパソコンの前に座った。
くいっと眼鏡をあげる指は微かに震えていた。
(あの婦警さん……似てる。それにあの時。……ここのか。……──ああ、そういうことですか)
なにやら碧依がぶつぶつと言っているが気にせず芦永クンを見る。
先ほどとは違いこちらに視線を合わせて、姿勢を正している。
「警部、──そこの可愛らしい探偵さんがお疑いのように、倉科 ジンパチさんは俺が殺害しました。また、証拠不十分で捜査が打ち止めになったひき逃げ事件3件も俺が起こしたものです」
力強く壁を殴る音がした。
私たちではなく、外のお偉方の誰かが。
「また警察の不祥事と騒がれる」と血相を変えていることだろう。
……胃が痛い。
事件を起こした犯人はというと、実に穏やかだ。
静かに流れる小川のように。
目の奥には燃え盛る火なんてどこにもなかった。
その目を見て確信した。
──彼の復讐は終わったのだと。
「7年前の交通事故で恋人を失ったのが動機ですね」
「ええ、ジンパチさんはその恋人を奪った犯人でした。あの十字路、ひき逃げをし償いもせずのうのうと生きて来たような男です。他の事件は彼を見付けられないことへの憂さ晴らし、ですがちゃんと調べて標的にした。人身事故を起こしておきながら、罰金を払ったくらいで許されたと思い込んでいるような方たちばかりでした」
飲酒・薬物使用・車内での淫行。
──正義の鉄槌か。
「亡くなった恋人の事をお聞きしても良いですか?」
「彼女とは検問中に出会って俺の一目惚れでアプローチ。お互いに児童養護施設出身という共通点もあり、意気投合しました。それから結婚も意識して、家族になろうと──なのに」
「……写真を見せていただいても?」
「スマホはどこかに落としてないんですが、交通課の俺のロッカーにある警察手帳の中に紙の写真が1枚ありますので見ていただいて結構です」
あっさりと全てを自供していく。
犯行時の行動、殺害方法、淡々と。
犯人の車が特定出来なかったのは自分で証拠を消していたわけではなく出来るだけ記録が残らない道を使い、通常監視カメラの記録上限の3カ月より前に犯行現場を下見していたのだと弁明がなされた。
こくこくと頷いていた碧依だったが、急に含みのある微笑みを見せ──。
「倉科 ジンパチは貴方の恋人を奪った犯人ではありませんよ」
「──え?」
その一言に芦永クンの表情は凍りついた。