第14話
──7年前、若い女性が人身事故により死亡、犯人は未だに捕まっていない。
その現場のすぐ近くにある、【ここのか児童養護施設】の駐車場を借りた。
事情を話すわけにもいかないから、ただ「事件の捜査」とだけ伝えた。
玄関まで入ったが子供たちの写真がずらっと並んでいる。
「では私の愛車を頼みます。くれぐれも子供を近づかせないように」
「ふふ、もう就寝していますよ」
「だと良いのですが」
現在、夜の7時。
良い子は寝る時間である。
しかし高校生くらいの子もいると聞く。
そのくらいの年齢、私は友人たちと外で遊び回っていた。
やさぐれ時期ということもあるが……。
「行くよ、碧依。なにしてる?」
「……いや、この女の子。どこかで見た事あるような気がしまして」
「ん。どれ」
「この集合写真の中心。仲良く手を繋いでる女の子ふたりの右側です。唇の下にほくろがある方」
「他人の空似じゃないか? 唇下のホクロなんて珍しくない。現に碧依にだって小さいけど左下にある」
ほら、とスイッチみたく押す。
南野 陽〇だって、小松 菜〇だって、竹〇 涼真にだってある。
ホクロの位置で誰かは特定できん。
しかもこの小学生くらいの女の子たちがどのくらい歳を取ったかも分からないじゃないか。
少なくともスマホで撮った写真ではない。
「この女の子たちは?」
「さあ、実はここ一回経営難で職員皆辞めてしまって。だから一番長いのも10年目の私なんですが……ここに来た時から飾ってあったのでそれより前にここにいた児童ではあると思うんですけど」
熟考しながら写真を睨みつけている碧依の首根っこを掴んで引っ張っていく。
誰のそっくりさんか思い出している暇はない。
もし碧依に間違いがないのなら、人身事故を起こした人物を殺害している犯人を捕まえるチャンスは今日しかないのだから。
7年前の事件が起きた十字路。
見渡しは悪く、廃墟や不況で潰れたお店が連なる。
街灯はあるものの風景に比べて新しすぎる。
その事件が起こってから付けられたものだろう。
──つまり事件当時、この現場は日が落ちれば周囲の確認も難しい程に暗かった。
街灯が照らしていない隙間に隠れて、見張る。
「お腹すいたろ。あんぱんと牛乳の用意がある」
「いつの時代の刑事ドラマですか。正直、お笑いコントくらいでしか見ないですよ」
「おばか。こういうのはクサイほどスタンダードのほうが燃えるでしょうが」
文句言いつつ、私が手渡したそれら張り込みグルメを口に詰め込む碧依。
こしあん派かつぶあん派かは聞かない。
私は根っからのこしあん派だ。
「あの十字路の手前で被害者が亡くなった。ただし歩道はブロックで仕切られている。暗くて転んだとか? 暗いと言ってもスマホでライトは照らせたはずだし、運転手だって暗い道でスピードを出すとは考えづらい」
「警察官の思考ですね。規則を守るのが当たり前、──そんな一般人少ないと思いますよ。こんな遅くに人が歩いているはずがないって、自分だけは事故を起こさないと慢心してスピードを出していた可能性だってあります」
まあ、そうだな。
今の推理は私の中の良い子ちゃんが出てしまった。
素が優等生なのだ。
「それに東京に比べて見回り・検問の警察の数が極めて少ないので調子乗ってわき見運転する人もいそうです」
「ごった返してる東京と比べるな。──それは東京に比べて我が県は治安が良いのだ。人情は……最近薄れてきた気がするけど、空気も水道水だって美味しいし、景色は良いし、とにかく山! あー、なんて良いんだ信州」
「ですね、だからボクもこっちに住みたいわけで」
「いや、帰れ」
「『おいでよ信州』じゃないんですか!?」
「帰れ」
「ひぃんっ」
泣き顔作っても可愛いなんて思ってやんない。
兄貴はどうだか知らんが、私はこいつを甘やかすともりはまったくないのだ。
「──し。足音がする」
口元に手を当てジェスチャーする。
バレないように影に隠れる。
フードを被り、マスクで顔を隠す。
ダボダボの服だが、歩き方で武術の心得があるのだろうと分かる。
綺麗な花束を大事そうに抱いている。
──ああ、来てしまった。
名探偵か、姪(♂)探偵だか知らないが──〝最も現実味のある作り話〟が真実に変わる瞬間を目の当たりにする。