第13話
「はいよ。バニラアイスと生卵、醤油」
「ありがとうございます! えへへ、いただきます」
高校の駐車場で待っていた私は碧依が車に乗ったら、保冷バッグからその三食材とキンキンに冷えたスプーンを手渡す。
材料を再びコンビニで買うのはもったいなかったし、冷蔵庫に生卵と醤油の卓上ボトルをこれ以上増やしてはいけない。
だからわざわざ安曇野市の自宅に帰ってから碧依を迎えに来ている。
……専属の使用人かなにかか。
「私は送迎タクシーじゃないんだが?」
「別にひとりで帰るのが寂しいから呼んだわけじゃないですよ。──事件を終わらせるんです」
探偵は幸せそうにアイスか分からなくなったそれを口に運びながらそう言った。
──終わらせる。
確かに碧依はそう言ったのである。
数人の容疑者がいるわけでもなく、事件の輪郭さえ見えてきていないこの状況で。
推理という言ってしまえば〝最も現実味のある作り話〟を語るには、あまりに材料不足のような気がする。
クイズ番組で言えば『~ですが』を待たずしてボタンを押したようなもの。
「今回の事件は──倉科 ジンパチというおじいちゃんが車に轢かれた後に細い糸で首を絞められて亡くなっていました」
「ああ、しかし第一容疑者である妻は重度の認知症のため犯行は不可能。かかりつけ医に確認したけど演技の可能性はない。介護で家に通っていた女性もいるが事件日のアリバイがある」
「かつて監察医をしていたムラサキさんから、人身事故を起こた人物たちが車に轢かれて亡くなった、過去の事件3件と関連があるのではないかというご指摘を頂きました」
「だがそれはただの売れない作家の妄想の筋書きだ。そもそもジンパチさんは既に免許返納済みで、人身事故を起こした前科もなかった」
「ただし3件の被害者が乗っていた車種・色と同じものを使っていました。──とりあえず関連性があるとして話を進めますね」
異論はあとに、なんて言いたげに口に付いたアイスをペロッと舐め、スプーンをこちらに向けてくる。
「そしてそれぞれの被害者が轢かれた現場と自宅を線で結ぶと1点だけ交差する点があります。──そこを調べると人身事故で7年前に若い女性が亡くなっているのです」
「どうせ事故物件サイト〝コジマテル〟でしょ? 閲覧者が情報提供出来るから誤情報も多いはずだ」
「いえ、緑川巡査部長に調べてもらったのでちゃんと裏が取れてます」
「いつのまに私の部下を買収した!!」
「LAIN友達です。ぶいっ」
確かに交通課の資料確認でひとりだけ違うファイルを見ていたな。
手伝いというのは私ではなく碧依のだったようだ。
「それと被害者女性の住所と現場近くに住んでいるうちの高校の生徒にも話しを聞きました。やはりひき逃げで犯人は捕まっていません。ただ目撃者はいたようで、分かっているのは車種と色のみ」
「なぜ転校2日目にして他生徒の住所を知り得た?」
「まあ、色々と。──教師と生徒の禁断の愛の現場を目撃してしまったとか……?」
これ以上は聞かない事にする。
「本題に戻ってくれ」
「彼女には結婚間近の恋人がいたそうなんです。──その人物が恋人を轢き殺した犯人を探し回っているのなら筋が通ります」
「もしそんな復讐者がいるとしたら事件を担当していた警察官に──」
碧依が首を振る。
「緑川巡査部長によると恋人に関する資料はなかったそうなんです。彼女の友人達も話を聞いたくらいで会ったことはないとか」
「なら結婚間近の恋人がいるというのは彼女が見栄を張るための嘘だった、という可能性もあるわけだ」
「だから確認するんです」
「──……?」
アイスを食べ終わり、汚れた皿をティッシュで拭き、保冷バックに戻す。
「7年間も復讐の為に生きてきた人物。彼女の命日、悲劇の場所に訪れないわけがない。──今日がその4月30日です」
怒り以上に精神を疲れさせる感情はなく、7年もの月日同じ怒りで身を焦がすのは難しい。
傷はいずれ塞がるように、怒りもいつかは冷める。
──だから儀式のようなものが必要だ。
犯人は恋人の事件現場に訪れ、怒りの火に薪をくべる。
私は全力でアクセルを踏み。
その場所へと向かった。
「犯人は修行僧のようにいつもは心穏やか、内に静かに燃えている。火が消えないように。怒りを制御させるために身体をよく動かしていると思います。筋トレとか、ガタイは他人より良いはず」
碧依のプロファイリングによって、犯人像の輪郭が見えてくる。
──そりゃあもう、くっきりと。