第12話
資料室。
データ管理されているものと用紙でファイルにまとめられているものが混雑している。
芦永クンに例の3件の人身事故、また事故を起こした人物のひき逃げ事件について探してもらう。
イケメンで仕事が早い。
目の保養にもなる。
刑事課に来てくれないだろうか。
「それにしても芦永って珍しい苗字だ」
言った矢先、意外に多かったら恥ずかしいから隠れてスマホで検索する。
……ほとんどヒットしない。
うん、珍しい名前で良いはずだ。
「そうなんですか? ──実は俺、アシナガ児童養護施設育ちなんですがね。規定年齢まで里親が現れなくて最後まで施設の方たちに面倒見てもらっていて、自立するときに苗字を貰いました」
「──そっか」
触れてよかった話題なのか、少し戸惑う。
芦永クンの柔らかい表情を見るに悪い記憶ではないようだ。
胸をほっとなでおろす。
「すみません。警部にこんな話しちゃって」
「いや、構わない。じゃんじゃん自分語りして欲しい」
彼女がいるか、いないか辺りも。
セクハラに厳しいこのご時世、私からは聞けんのだ。
少なくとも左手薬指に指輪、またはそれをしていた形跡はない。
しかしこのイケメン具合にこの気さくさだ。
十中八九恋人はいるはずだ。
「この人身事故の時、君は所属していたのかな?」
「一番昔で……6年前ですよね。はい、自分今年で8年目勤務ですので所属しておりました」
「同じ車種に色、彼らが免停中にひき逃げされ死亡した事に関連性はあると思うかね?」
「……どうでしょうか。確かに資料を並べて見ると偶然とは思えないんですが、人身事故事態はそう珍しいことでもないのでなんとも」
「どのひき逃げも監視カメラや人気がない場所で行われている。これは被害者の免停中の行動を全て把握していないと不可能だ。犯人は不自然なほどに人身事故を起こした人物たちに執着している」
「〝正義の鉄槌〟──だったのでは?」
彼の言葉に少し冷ややかな視線を送る。
微かに頭によぎってもそれは警察官が共感して良い言葉ではない。
人が人を独断で裁いてはいけない。
順守されるべきは法だ。
「いや、申し訳ありません。不適切でした」
「人身事故で命を奪ったとしても、彼らが殺されて良い理由にはならないよ」
「その事故の原因が、飲酒・薬物使用・車内での淫行だったとしてもですか?」
「ああ。そんなところに私たちが理想にすべき正義はない」
芦永クンはなにかいいたげに口を開いたが。
私の目を見てそれをやめた。
私なりの正義論を語ってみたが、交通課に勤務しているのは彼だ。
腹が煮えくり返るほどふざけた理由で交通事故を起こす人物たちを飽きるほど見ているに違いない。
「君が言うように犯人の動機は正義の鉄槌なんだろうさ。現に同じ車種での事故が数件あるが狙われていない」
「──あの、ひとつよろしいですか?」
「なんだい」
「青葉警部は交通課の中にその犯人がいるとお考えなのでしょうか?」
視線を交わす。
まばたきひとつしない鋭い視線。
数秒、これが事件関連の話でなければ恋に落ちていたであろう時間。
その眼差しの意図は、自分や同僚が疑われている事への嫌悪なのか。
それとも──……。
「青葉ちゃん! 君の部下が手伝いに来たぞ」
ひょこっと顔を出したのはジャッキー風ウッチャ──茶助先輩。
(部下──。赤石クンか、これにはわけがあって。別に君と違うジャンルのイケメンに鼻の下を伸ばしていたわけではないのだ。というより赤石クンまで参戦したら両手に花だなおい)
茶助先輩の後ろから出てきたのは堅物な中年男性。
整えられた髪、ハートリムな眼鏡、しわひとつないスーツにゆるみのないネクタイ。
小さく頭を下げる。
「緑川巡査部長。なぜ君が来た。上司なんだから部下をあごで使え。くいくいっと。赤石クン連れてこい赤石クン」
「現場を走り回ってる警部にだけは言われたくないですね」
呆れたように言われてしまった。
初めて緑川巡査部長が事情聴取以外で口を開いた気がする。
寡黙な彼でもツッコまずにはいられなかったらしい。
その後、碧依からの電話があるまで3人で資料の確認作業をしていた──。