第11話
「あー……頭が痛い……死ぬ……ワインで二日酔いとかはじめてなんだが」
──松本警察署交通課。
仕事場にあの空気の読めない探偵を連れて来るのはなんだか面倒だから、私ひとりで話を聞きにやってきた。
刑事課の人間が珍しいのか視線がいっせいにこちらに向く。
検問や見回りの影響か日焼けしている男性が多い気がする。
あの坊主の彼なんてなかなかのマッチョで大変よろしい。
「お、青葉ちゃんじゃねぇか。顔色わりぃな。さては刑事課の仕事に根をあげて交通課に移動を考えている。そうずら?」
真帆蟹 茶助交通課長。
歳は50歳後半。
ジャッキー・チェンの映画を観てから警察官を志したらしく、ほのかにジャッキーに似ている。
というかジャッキーのものまねをしているウッチャンに似ている。
自身は犯人を追い回すため刑事課を希望していたらしいがいつのまにか交通課の課長になっていたとのこと。
彼曰く「地域課で巡査をしている時の方が刑事ドラマしてた」。
「昨日の事件が交通課が担当していた事件に類似しているんじゃないかって──タレコミがありまして」
「あの老人轢いた後に首絞めつけた事件か。交通課の事件が関係してるってのは?」
「情報が無くて捜査打ち止めになっていたひき逃げ事件があると聞いています。少し資料を見せていただきたく」
「ムラサキだら」
すごくイヤな顔をされた。
耳にたこが出来るほど聞いた話をされているような。
実際、この話を持ってきたのは私がはじめてではないようだ。
「勝手にやめやがったくせにアイツはいつもその事件を持ち出してくる。分かってるさ、犯人取り逃がしたのは交通課の落ち度だ。だがな、現場の監視カメラも目撃者もないながらちゃんと調べただに。近場のコンビニとかの監視カメラをくまなく確認した。天ぷらナンバーしてるやつはいないか、不自然な車のへこみはないか。画質もそれほど良くないのに目を真っ赤にさせながら調べたずら」
「はい」
まずい、地雷踏んだな。
そりゃあ事件の捜査が打ち切られて一番腹を立てるのは担当していた警察官に決まっている。
本当に碧依を連れてこなくて良かった。
また「ミステリーにおける警察は無能」とか言い出したら拳が出ている。
「なぁのぉに、あのムラサキの野郎は……──で、元気にしてんのか?」
「ええ。過ぎるくらいです」
「結構結構。医学的才能はずば抜けてたが無理してるとこあったからな。たまには俺の晩酌に付き合えって青葉ちゃんからも言っといてくれや」
「嫌ですよ。茶助先輩酔うと警察専門用語と方言でしか話さなくなるんですから」
「若者はずくなしで困る」
そういうとこだぞおっさん。
とことん思うが長野の方言は濁点ばかりで可愛くないな。
「事件資料は自由に見ていいぞ。だが持ち込みや撮影は厳禁だ」
「ありがとうございます」
「それと、二日酔いにはこいつだろうよ」
そういって引き出しから天然水が入ったペットボトルと二日酔いの薬を渡してくれる。
気が利く先輩風を吹かせて右手を拳銃の形にし、からんっと舌を鳴らす。
ウインクバキュン炸裂。
うっとうしいけど部下想いな交通課長、それが真帆蟹 茶助である。
「芦永! ちょいとこの刑事課警部様の資料チェックの手伝いしてくれ」
「はっ!」
敬礼しながら立ち上がったのは──日焼け気味のマッチョ坊主。
市原なにがしかの色気を漂わせてこちらへやってくる。
身長180程、唇は薄く、不器用そうにこちらに微笑む。
あ、──私には赤石クンが……。
「芦永 メグル。言っていただければなんでもいたします」
え、「なんでも」……「なんでも」って言った? このイケメン。
どうしよ、どこまでがセーフ?
「茶助先輩、私、今日から交通課に移動しようと思います」
「青葉ちゃんが刑事課引っ張ってるんだから皆びっくりしちゃうでしょうが」
「とりあえず、資料室に案内を」
「すまない。よろしく頼む」
なんとか平然と立ち振る舞う。
静かな微笑みで「ささ、こちらへ」と案内してくれる芦永クン。
後姿からも分かる筋肉量。
くぅ。──絶景だわこりゃ。