第10話
日も暮れて来たため、交通課資料を調べるのは明日にすることにした。
塩尻市広岡から安曇野市まで大体車で1時間30分。
途中でお尻が痛くなったからコンビニで休む。
自宅に帰り、ベッドにダイブ──したいところではあるけど育ち盛りの子供が腹をぐぅと鳴らした。
仕方ないからお夜食を作る。
材料は……パスタとたらこソース。
調味料は大抵揃っているけど、他には作れそうにない。
大きな冷蔵庫の割にガラガラである。
「なんですか、これ?」
私が調理したものを見て、碧依は目をぎょっと丸める。
焦げたパスタである。
「茹でたパスタをフライパンに移し、炒めてカリカリにする。1つの固まりになったら皿に。たらこソースをかけたら、あら完成!」
「口の中痛めてしまいそうなんですが。頬つらぬきません?」
「幼い頃、母さんがよく作ってくれたんだ。私も兄貴もこれが好きでね。よく「カタカタ作って!」とねだってたくらいさ」
「……パパの思い出の味ですか」
恐る恐る、その小さな口に運んでいく。
フォークは通らないため、箸を使う。
パクっと。
「おいしっ! カリカリなんですけど所々柔らかくって不思議な食感です」
満面の笑みになる。
つられてこちらも笑ってしまった。
がりぼりっと音を立てる食卓。
つけてるテレビから今日の事件のニュースが流れたためチャンネルを変えた。
入学シーズンだからか、青春映画が放送されていた。
古い映画だから当然だけどこの俳優、今より明らか若っ。
「なんで番組変えるんですか? ニュース見せてください」
「家に帰って来てまで仕事の話はするな。正直、私は仕事中に仕事の話をするのもキライだ。松本警察署に勤務しているのに車で40分はかかる安曇野市に自宅があるのは仕事とプライベートを分ける為でもある」
「元々ここはひいおじいちゃんの別荘だったって聞いてます。新しく部屋見つけるのが面倒だっただけでは?」
「それもある」
とりあえず自由な時間は自由でいたい。
殺人事件のことは忘れるのだ。
もちろんミステリーやスリラー映画は観るけどそれはまた別腹である。
「碧依がここに来て、事件の話ばかりをしている。少しは自分語りしたらどうだ?」
「……自分語り、ですか?」
「養子になるどうこう言っていただろう。知っているか? 養子の規定年齢は15歳未満だ。誕生日はいつだったかな」
「10月。──ハッ!!」
そう、タイムリミットは長くはない。
半年ほど待てば養子どうこうの戯言は流され、東京に強制送還することが出来るのである。
そもそも特別養子縁組で私の養子になったところで碧依が血のつながった実兄と結婚出来る法律はないと思うが。
「私に気に入られようとする努力が見られないな」
「こほん。──宇留鷲 碧依。15歳の天秤座。得意科目は数学。苦手科目は体育。好きな物は兄さんの匂い、好きな事は兄さんの横顔を眺める、好きな人は──」
「待て待て、マイナスイメージだから。救いようのないブラコンってことだけは分かった。──共感は出来ないが……どうしてそこまで兄のことが好きなんだ」
「え? 青葉さんもブラコンなのに共感してくれないんですか」
「なぜにそうなる」
私がブラコンだった瞬間は一度も、──ただの一度もない。
「だってパパとママの結婚式の途中にパパを誘拐して「兄貴は私の!」って叫んだそうではないですか。尊敬してます」
「あ──────~~~っ!!」
自分でもびっくりするくらい甲高い声が上がった。
足をバタバタと。
違う、違うんだ、あれは違う。
だからブラコンの先輩に向けるような尊敬の眼差しを向けるんじゃあない。
過去の黒歴史を突かれ、私は早歩きでキッチンへと向かい、ビンに入ったままのワインをぐびぐびと喉へと通す。
酔って記憶を消そう。
私が覚えていなけりゃそんな過去はなかったんだから。
ある程度、頭がふわふわしてきたら再び食事の席に。
「……私はどちらかというと、兄貴には負い目を感じていたさ。勉強も器用さも勝ったことがなかったからね。思春期だったせいもあって強く当たってた。家族ってのは厄介なもんでさ、私がいくら遠ざけても気付けば隣にいるんだ。まあ……うっとうしいけど、嫌いではなかったよ」
「ママにパパを盗られた嫉妬でボクたちにも全然会いに来ないと思ってましたけど、違うんですね」
「だからやめろって! ──……やめてください。お願いします」
そこからは碧依による兄さん自慢大会が始まった。
話題は尽きず、放送されていた青春映画も終盤。
私は思った、──仕事の話の方がマシである。




