第9話
「人身事故で免停になった人物を轢きまわる偽バットマンがいるとして、そいつはどうして相手の身元を探り当てることが出来たんだ? 相当大きな事故じゃなければ報道もされない。事故を起こした人物の名前だって出ないだろうに」
「交通課に勤務しているか、親しい友人。でしょうな」
「デクスター・モーガンかよ」
警察機関に入るような奴だ、行き過ぎた正義感というのは説明がつく。
しかしなぜ人身事故の加害者を狙うのか。
確かに長野県は比較的事件が少ないとは思うが、明らか殺人犯の方が情報収集の手間はない。
それにしてもムラサキのドヤ顔がむかつく。
「碧依はどう思う?」
「なかなか良い推理だと思います。ですが問題は今回の事件の被害者であるジンパチさんは事故を起こしたことがない。車の免許だって老いによる自主的免許返納だそうじゃないですか」
「まさに。記録上はないですな。ですが都会と違って車が必需品なこの長野県で、しかも頼れる家族もいないとなると、自主返納だって遅かったはず。高齢による事故、そして逃亡。そんなことがあったのやもしれませんぞ」
まるで警察が取り調べられていないような言いぐさだ。
喉まで出かかったが、「ミステリーにおける警察は無能なのが常識」とか言ってきそうだからやめた。
「仮にだ、仮にジンパチさんが人身事故を起こしたとする。その連続殺人鬼はどうして犯人を捕らえられなかった事件の真相を知っている。そもそもそいつの目的はなんだ?」
「知りませんな。ここまでは売れない作家のただの妄想の筋書き。それに意味を持たせるのは探偵と警察のお仕事ですぞ」
含み笑いを浮かべるムラサキ。
考え込む碧依に視線を向けていた。
「過去、人身事故を起こした人物が狙われた4つの殺人。それぞれ現場は分かれていますが、今回の事件現場近くのスーパーマーケットから自宅から行く場合、重なる一点があります」
「確かにあるけど、それがどうしたの?」
「今、スマホで検索したらその場所で人身事故によって亡くなった人物がいます。ひき逃げ犯は捕まらず、夜だったせいで目撃者もほとんどいなかったそうです」
碧依とムラサキによって点が線になっていくような。
未だに机上の空論には変わりないのだけど、あまりに形がしっかりとしていた。
「ほう。それは素晴らしいですな。なかなか。文化祭で女装した親友がめちゃくちゃタイプだった時くらいに素晴らしい展開ですぞ」
「ということで邪魔したな。私たちは交通課の方に顔を出して色々調べてみる。お礼に今度なにか奢るよ」
推理に夢中になって忘れていたがここは危険地帯だった。
急いで碧依の腕を引き出て行こうとする。
「それにしても、姐さんの姪御さんは脚が綺麗ですな」
私はもちろん碧依も顔を真っ青にして固まる。
いや、大丈夫だ。
ムラサキは頭のネジが何本か抜けている、ただの褒め言葉のつもりで言ったのかもしれない。
「女子高生にその言葉は流石に犯罪だぞ。ちょうど手錠があるが」
「やましい意味ではなく、ですな。肉付きもほどほどにちょうどいい筋肉量。触れたらいい感じにぷにっと弾力性がありそうな」
「その文章にやましさがないわけがない」
きもすぎるが、当の本人は意外にも嫌な気分ではなさそう。
実際、「可愛い」と言われるのが大好きな奴だ。
「なんというか、女の子がこんなに可愛いわけがない? ……みたいな」
「お前が女子の可愛さを語るなんて片腹痛いんだが」
ぼさぼさに隠れている両目がかっぴらかれているのが分かる。
足のつま先から頭のこめかみまで凝視するかのように、または目の見えない怪物に目の前まで近づかれているかのように。
ゼノモーフかコイツ。
牛伏寺 ムラサキ。
男の娘専門の変態である。
その一点に置いてセンサーは凄まじく、パンチラなしなイラストでも普通の女の子か男の娘か見分けることが出来るという。
碧依がセンサーに引っかかろうとしていた。
「姪御さん、スカートをたくし上げていただいても──あびしょんっ!?」
その前にセンサーをぶち折る。
正しくは変態の顔面に思いっきりのぐーぱんを叩き込む。
壁まで吹き飛ぶ、その揺れのせいで本棚からムラサキのコレクションがなだれ込む。
「邪魔したな」
「お、おじゃましました」
──絶対にこいつにだけは碧依の性別を知られてはいけない。
ダメ、ゼッタイに。
いかがわしいイラストの数々を眺めながら、心から思った。