プロローグ 青天の霹靂
私、松本 青葉は探偵という生き物が──嫌いだ。
あれはシャーロック・ホームズという偉大な存在がいるせいで文学的にも職業的にも箔が付いてしまっただけなのである。
現実の探偵は小説の登場人物のように頭が切れる逸材は少ない。
ほとんどが犯罪捜査を邪魔する厄介な連中だ。
法にも従わなければ、常識もない。
英国かぶれの変人ばかりだ。
別にミステリーを否定しているわけではない。
犯罪者との頭脳戦には手に汗握るし、悪者が最後には報いを受けるのは好きだ。
現に私は長野県松本警察署の刑事第一課に勤めている。
そしてただいま、殺人事件が起こった現場に向かっている。
朝食は抜いていた。
そのせいで目つきが悪いかもしれない。
「青葉警部。おはようございます」
「おはよ、赤石クン。調子は?」
「絶好調であります!」
「君のではない。事件のだよ」
最近刑事課に配属された新人の赤石クン。
俳優吉沢なにがし似のイケメンで私の好みなんだが、流石に十も歳が違うと簡単には手を付けられない。
緊張しているのか固まっている肩を軽く叩き気合いを入れる。
「は、はい。事件はその──……解決しました」
「ん? それは素晴らしい事だけど、犯人が自供したとかかね」
「まぁ、そうですね。自供というか、観念したというか」
「はっきり言いなさい」
「探偵を名乗る女子高生が現れて、このアパートの住人を集めたらすぐに事件の真相を語り始めたんですよ。鑑識の仕事も終わっていて証拠品もほとんど回収している段階でですよ。ああいうのを、慧眼と言うんですかね」
「こんなに沢山の警察官が現場にいるのにJKひとり追い出せないのか。情けない」
「……面目ないです」
ため息を深く吐く。
それを見て私が怒っていると思ったのか、赤石クンはわんこのような困り顔をした。
可愛いな、この子は本当。
「それで、その名探偵殿はどちらに」
「あそこです。あの緑川さんと話している清楚系な背が小さくて可愛らしい娘さんです」
説明の仕方……相手が男受けの良い人物というのは十分に分かった。
やっぱり若い方が良いのか、──オバさんはお呼びじゃないってか。
「あ、叔母さん。お久しぶりです!」
「誰が『あ、オバさん』だ。青葉さんと呼べ」
「お知り合いですか?」
「知らん」
キラキラと30超えた私には眩しすぎる微笑みを向けてくる美少女。
髪色は黒、ロングに青の一部染め、東京の名門校の制服。
背は150センチ程。
スカートをぴょこぴょこと跳ねらせ、あざとい仕草。
堅物で知られている緑川巡査部長も口元を緩めている。
『Léon』のナタリー・ポートマンを語る変態みたいな目の色。
「えー。ひどいですよー。家族の顔を忘れるなんて。宇留鷲 碧依。貴女の兄、蒼一郎の子供です」
「ああ、警部の姪御さんだったんですね」
「いや、碧依は〝甥〟だ」
「へふん?」
赤石クンの画風が崩れた。
緑川巡査部長は余計に真剣な眼差しに変わる。
次は『ベニスに死す』みたいな。
私の家族は両親と──兄貴。
そして兄貴の嫁と、甥が二人。
──以上。
そのはずだ。
2つくらいの時にお風呂に一緒に入ってやったことがあるが確かに──ツいていた。
しかし言われてみれば義姉さんの目に、兄貴や私の鼻に似ている。
間違いなく血縁者だった。
「宇留鷲家は全員、東京にいるはずじゃないのか。なんで碧依がここに。──それより探偵って」
「ええ。この事件を解決したのはボクで間違いはないです。ミステリー小説家のパパに似て、推理力があったらしくって。なので長野県で探偵をしようと思っています」
「住む場所は?」
「もちろん叔母さんの家に」
「学校は?」
「パパがもう転校手続きを済ませてくれました」
「帰ってくれ」
「嫌です」
何を言われても意思は変わらないといった面持ち。
兄貴がこんな顔をした時はもうお手上げである、おそらくその子供にも遺伝しているのだろう。
「なんでこっちで探偵をするんだ。東京の方が遥かに事件が多いだろうに」
「そんなの決まっているじゃないですか。東京にずっといたら兄さんがボクの可愛さに慣れてしまう。その対策として離れることが最善であると考えたのです」
「……言っている意味がまったく分からんぞ」
「ゆくゆくは叔母さんの養子になるのが目標です。イトコなら合法的に兄さんとの結婚が可能ですからね! ふんすッ」
私、松本 青葉は探偵という生き物が──嫌いだ。
どいつもこいつも変人ばかりではないか。
特に血縁者に探偵がいるのは迷惑以外のなにものでもない。