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銀龍の寵姫②



さて、時系列は冒頭に差し戻る。これまでのあらすじ的な話をする。

学校帰りに叔父に怪異調査のお使いを頼まれた颯馬は、山道を怪異を探して歩いていると、どうやらその調査対象と思わしき大きな熊の化け物から奇襲を受ける。それも危なげなく空中跳び膝蹴りと飛びつき首締め両膝投げで返り討ちにしたのだが、あえなく手持ちの食料品を犠牲にした上に獲物を取り逃してしまった。そのまま熊をほっとくわけにもいかずに、熊の足跡を辿っているといつの間にか厳かな霊気が漂う霊域に足を踏み入れていて、そのままあれよあれよと言ううちに霊域の奥にまで招かれてしまっていた。


そこには美しい銀の龍が一柱と、なぜか人間の若い女が一人。

妙に気安い山の神が幾つか問答を問いかけてくると、おもむろに「この娘は自分の養女にするから、この娘に仕えるように」

と平伏する颯馬に居丈高に命じてくるのであった。


そんな颯馬は硬い岩の床に両膝をついて未だ平伏していた。

表をあげて良いという許しのおかげでずっと地面を見つめる真似はせずに済んでいたが、両手の拳と両膝はゴツゴツした石の上で居心地が悪い。

目の前に改めて目をやると、自分よりやや年上に見える若い女が、龍の奥側から引っ張り出してきたキャリーバックの上に腰を下ろしていた。

どうやら藤市國江(ふじいちくにえ)と名乗るこの女の荷物らしかった。この岩肌剥き出しの空間に不釣り合いな近代的なデザインのキャリーバックの上に、若者の集まる街にでも居そうな現代的な服装の國江がやや行儀悪く、くつろいだ様子で座っている。


「で、話を戻すとですね」

 

國江がシロガネの方を向いて話し始める。

まだ上を向かなければ目線が合わないらしく、片手で丸いの眼鏡を直しながら、髪を耳の後ろにかける仕草をしている。

やはり黒髪の内側だけが暗い藍色をしている。颯馬にとっては不思議な髪色だ。学校の女子の中には髪を染めている者も居るが、その派生のようなものだろうか。こんな田舎ではあまり見かけない髪をしている。

 

「この体質、なんとか治して貰えないかって有名な場所の神様を渡り歩いてたんです。まぁここに来るまで、全部門前払いにされていたんですけど」

「そうか、まぁいきなり訪ねても難しいかろうな。何かしら先触れは出したのかね?」

「庶民の私には神様へのツテも人手もありませんよシロガネ様」


くだけた様子で、微笑む國江はキャリーバックの上で足を遊ばせる。

それを気にした様子もなく、シロガネは鷹揚に相槌を打っていた。先ほどの颯馬に対する居丈高な態度とは違い、やや頭の位置が降りてきている。まるで大人が子供に合わせて目線を下げているかのようだった。

ちなみに、話を戻すとは言うのは恐らく颯馬がこの空間に訪れる前にしていた会話という事らしい。颯馬は会話の脈絡を知らないため、何の話をしているかわからない。


「霊域の主など気位の高い者どもばかりだからな。もったいぶるほど格が上がるとでも思っていよう」

「そんなものですか。でも、何度か訪ねても門前払いでしたよ」

「ふむそうか、ちなみに何処へ訪ねたのかね」


颯馬は膝をつきながら、ぼんやりと両者のやり取りを眺めるのみだ。颯馬が放って置かれている事は何となく理解している。

どうやら國江とシロガネは先ほどの颯馬に対する居丈高な命令で本題は終わったとばかりに、世間話に興じているようだ。

こういう時に口を挟むのは颯馬が苦手としてる事の一つだ。タイミングが掴めない。


「北は青森……陸奥国の南部恐山から日本海側を回って越後に佐渡、加賀と回ってきましたよ。そのまま出雲に行こうかと思っていた所だったんですが……」

「ふむ、そのあたりで化け熊に追いつかれだしたか。どこで憑かれた?」

「せっかく青森まで来たので、ちょっと北海道まで足を伸ばしたら……たぶんそこで」

「ホッカイドウ?」

「あぁえっと……蝦夷ですね」

「蝦夷というと松前藩の所領だったか。なんだそんな所まで行ったのか。海を超えるとは元気なものだ」


シロガネが楽しそうなに相槌を打つ。やはり妙に人間味のある龍だと思った。

それに地理もある程度話が通じているらしい。最も、現代の地名では通じないようだが……松前藩というと、江戸の時代の藩の一つのことだろう。歴史も地理も詳しくない颯馬だが、流石に蝦夷という単語と北海道という地名ぐらいはわかる。

とはいえ、颯馬にはシロガネの時代認識がどの程度で止まっているのかまでは測りかねた。やはり古い神様らしい。江戸時代あたりで時間が止まっているようだ。祖父母世代との噛み合わなさとは格が違う時代感の違いによる盛大なジェネレーションギャップだなと思ったが、口には出さずに神妙な顔をしておく。


「最近は船を使わずに向こう側に渡れるんですよ」

「ふふ、面白いことをいう。空でも飛ぶのか」


シロガネは冗談だと思ったらしい。國江はどうやらシロガネの時代認識の事は承知しているらしく、いちいち現代の地名を翻訳して話していた。シロガネの勘違いも深くは訂正せずに軽く笑って流している。年上との世間話に慣れている様子だった。

「最近は色々進歩して便利になっているんですよ」「そういえばもう随分前に徳川の時代ではなくなっているらしいな」と会話が続いている。

話好きな者同士だとこういった話題の脱線が起こりがちだ。口下手な颯馬は居心地が悪い。

しかし、このまま黙っているといつまでも放っておいて置かれそうなので、颯馬は意を決して口を開く。


「あの……」


國江とシロガネの会話が止まり、こちらを向く。

こういった瞬間が颯馬は苦手だ。いつもは放って置かれるぐらいが丁度いいのだが、今はそうもいかない。


「恐れながら……先ほどのお話、もう少し説明を頂きたいのですが……」


膝をついたまま再度頭を下げる。神に近しい存在に対する正しい礼儀作法がどの程度必要なの颯馬にはわかりかねるが、どうやらシロガネは細かな事は気にしない性質らしい。ややぶっきらぼうだが言葉を飾らずに申し出た。

一瞬國江とシロガネが顔を見合わせる。どっちから説明するか目配せしているようだった。一泊置いて、「えっとね」と國江が口を開いた。


 

「私がね。幽霊とか妖怪みたいなのを惹き寄せちゃう体質なんだよね」

「はぁ……」

「ちっちゃい頃からなんだけど、それが最近ひどくなってきてるみたいで。結構困っているんだ」


國江が持病の腰痛ぐらいの口調で話を始める。

霊的な存在を惹き寄せる体質というのは、祓魔師の業界ではたまに聞く話だ。要因は様々あると聞くが、主に遺伝的なものであるらしい。祓魔師であれば多少霊力の素養がなければ成り立たないが、それは怪異を惹き付けるというものとはまた異なる。颯馬も怪異は見えるし、霊力の素養はあるが怪異から好んで向かってくる事はない。


「しかも、私に近づいた怪異って力が強くなっちゃうみたいで」


國江は困ったように笑う。耳の飾りがそれに合わせて揺れている。

怪異が力を増すというと珍しい。颯馬は他に例を聞いたことがなかった。

怪異の力が増すと言われると逢魔時や丑三つ時という、一日の中でも特定の時間帯や、あるいは満月の夜など周期的なものを連想する。あとは、この場のような霊域とは逆に呪力の集まりやすい場所というのも存在する。しかし、時間や空間とは別に人間単体が怪異に影響を与えるというと、考えられるのは憑依、寄生型の怪異か。あるいはそれらとは別の血胤由来の術式の類なのか。颯馬は祓魔師であっても怪異や術式の研究者ではないので詳しい事は分かりかねる。曖昧に頷くことで続きを促した。


「それで、いよいよ自分では対処しづらくなってきたし、周りにも迷惑になるから体質改善しようと思って」

「……体質改善」

「そうそう。体質改善。なんか、頑張れば出来るって聞いたから」


何だか健康に気を使っている人のようだ。

しかし、怪異に憑かれやすく、その怪異が力を増すというのは説明の調子よりもずっと切実なのだろう。

怪異に憑かれるというのは当人の体力も精神力も消耗し続けるし、何より、程度の差はあれ怪異を祓うのには通常かなりの労力が必要だ。特に一定上の怪異は専門家でなければ対処が難しいケースがほとんどである。

いよいよ自分では対処できなくなった、という事はある程度は自分で対処していたという事だろうか。口ぶりからして、國江は素人っぽい感じがある。恐らく祓魔師ではないと颯馬は予想していたが、ある程度は素人なりの対策を講じるような努力があったのかもしれない。魔除けの道具程度なら素人でも用意できるだろう。


「それで、体質改善の旅に出たんだけど」

「へぇ……」

「ひとまず、青森にはイタコさんがまだ居るらしいから、そこに行ってみたり」


東北地方のイタコといえば、祓魔師の業界でも「口寄せ」と呼ばれる降霊呪法のエキスパートとしてある程度有名である。特に青森の恐山は強力な霊域として有名である。その地域一体には女系の遺伝的に降霊術に特化した能力を持つ女性が生まれやすいと聞いたことがある。戦闘系の技能に特化した颯馬とは専門分野が異なる専門家集団という印象のため詳しくはないが、確か降霊呪法をベースにした占術を得意とした集団だとか。國江の体質というのにも近いといえば近いのかもしれない。


「でも、何人かはイタコさんにも会えたんだけど、結局よくわかんないらしくて」

「なるほど」

「恐山の主もいるらしいから訪ねてみたけど、門前払いだったんだよね」


そこで先ほどのシロガネとの会話に繋がるらしい。

祓魔師の中でも特定技能に特化した集団であるイタコには接触できたらしいが、地域の総本尊的な存在とは接触できなかったという事か。ここに居るシロガネと同じような霊域の中核のような存在だろうが、あいにく同じ日本でも遠く離れた青森には颯馬自身いった事がないため、恐山の主がどのような存在かは知らない。


「で、私の体質はよくわからなかったけど、『南に行きなさい』ってイタコさん達に助言を貰ったから」


國江はキャリーバックの上でため息をつく。やれやれ、といった調子だ。

詳細はわからないが、おそらく降霊呪法による占いの助言だろう。それで國江の旅の大きな方向性が『南の方角の霊的な存在』になったのだとしたら、中々朧げな対象を探す旅だったのだろう。颯馬の想像するより大変な旅路なのかもしれない。日本海側を回って越後に佐渡、加賀と回ってきたという先ほどの話は単純な移動時間以上に何日もかかっているだろう。

日本は比較的治安の良い国だとしても若い女性の旅というのは大変だ。よく見ると使い込まれたキャリーバックであることに颯馬は気づくのであった。


「まぁせっかく青森に来たんだし、ちょっと足を伸ばして函館とか行ったんだけどね」

「……」

 

思ったよりも観光気分なのだな。

と颯馬は思ったが、話の腰を折りそうなので一旦黙っておくことにした。




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